106.善人、雪下ろしをする【後編】
夜明け前の時間。
俺はエルフ嫁コレットとともに、屋根の雪を下ろすことにした。
「さ、ジロくん。屋根まで私を連れていって! お姫様抱っこで!」
ニコニコ笑いながら、コレットが俺に両腕を伸ばす。
「その【飛行】の魔法が付与された長靴、私持ってないんだもん」
「え? いや職員全員分の長靴には……」
「持ってないの!」
どうやら俺に抱っこされたいらしい。
「わかったよ。ほら、おいで」
「ふふっ♪ わーい♪ じゃあ失礼!」
俺はしゃがみ込んで、彼女をひょいっと持ち上げる。
「コレット、ちゃんと飯食ってるか? 凄い軽いんだけど」
「ご心配なく。毎日ちゃんとお腹いっぱい食べてます。ジロくんのおかげで食料には困ってないんだよ」
かつてこの孤児院は、多額の借金を抱えていた。
職員のコレットも、そして孤児院の子供たちも、常に腹を空かせていたのだ。
「ほんと、ジロくんが来てくれてよかった。あなたがいなかったら、今頃私たち飢えて死んでたもん」
再会したあの日、コレットは借金取りに連れて行かれそうになっていた。
そこを俺が偶然通りかかって、彼女の借金を肩代わりしたという次第。
確かにあのとき職員がいなくなったら、子供たちは餓死していたかもしれない。
「ジロくんは私たちの救世主だよ」
ふんわり笑って、コレットが俺の胸に頬を寄せる。
「……ジロくんのにおい、大好き」
「俺もコレットの甘いにおいが好きだよ」
「ほほう。だがしかし私はその百倍はジロくんのにおいが好きなんだぜ。ずっとかいでられるし、幸せな気分になるんだぜ!」
そんなふうにちょっとイチャついて、俺は【飛行】の魔法で、孤児院の屋根へと飛ぶ。
屋根の上にも、こんもりと雪が積もっていた。
さく……っと足が雪に埋まる。
「ジロくん。前から思ってたんだけど、魔法でなぎ払えーってできないの?」
「火魔法でってことか? 屋根が燃えるだろ。火災は勘弁な」
「そっかー……。火が使えるんだったら雪かき楽になるかなーって思ったんだけどな」
「まあ……それはできなくても、同じようなことはできる」
「と、言いますと?」
俺は腰につけたマジック袋から、【それ】を取り出す。
「何これスコップ?」
「とはちょっと違う。【スノーダンプ】っていうんだ」
四角形のシャベルに、パイプの持ち手が付いている。
【手押し車】みたいな見た目をしている。
「スノーダンプって?」
「雪を掘って捨てるんじゃなくて、押し端に寄せる除雪道具だよ」
感覚的にはブルドーザーだ。
「これを手で押しながら歩く。すると……」
「わっ、通った後に雪がない」
こうやって手で押して、雪を押し出す感覚で、雪かきを行うのだ。
「スコップだとどうしても、雪を掘って持ち上げるって、結構腕力がいるだろ。これなら押しながら雪かきができるから楽なんだ」
ちなみになんで俺がこんなものを持っているかというと、俺の持つ【特殊技能】のおかげだ。
「それもまたジロくんの複製スキルで作ったの?」
俺には使った物なら何でも作ることのできる、【複製】という特別な能力を持っている。
これは前世で使っていた物さえも、複製して再現が可能なのだ。
前世、つまり俺がこの異世界にくる前、俺は地球でサラリーマンをしていた。
死後、この世界の人間として転生したのである。
「そう。俺大学……学生の時雪国に住んでてさ。そこではスコップよりも、こういう押し出して端に寄せる雪かき道具の方がよく使われてたんだよ」
「ふむふむ。ジロくんのいた世界は、ジロくんと同じで優秀で偉い子さんですね」
「別に俺は優秀でも偉い子でもないよ」
凄いのは、この道具を最初に思いついて、開発した人間だ。
俺はただ、地球の便利グッズをこちらの世界に、横流ししてるだけにすぎない。
「それでも凄いよ。ふふっ、ジロくんは本当に救世主さんだ。この孤児院のみんなを救うために女神様が使わせた、神の使いなんだよ」
誇らしそうに、コレットが胸を張る。
「照れからやめてくれ」
「お、ジロくんでも照れることがあるんだね。照れてるジロくんはかわいいですぞ~。ふふっ♪」
コレットにからかわれながらも、俺たちはスノーダンプを使って楽々と雪をかいていく。
「ところでジロくんや」
「なんだいコレットくん」
「これって雪を端っこに寄せていく道具なんだよね? てことは雪がこのスコップの部分に貯まってく分けでしょ?」
俺はうなずく。
「けどスコップの部分に、雪がまったくないんだけど」
「そう、そこが地球の製品とちょっと違うところなんだよ」
俺はコレットの元へ戻って説明する。
「このスコップの部分に、【加熱】の魔法がかかっているんだよ」
無属性魔法・【加熱】
文字通り物を暖める魔法だ。
「スコップに【加熱】の魔法を一緒にかけることで、雪を溶かしてかきやすく。しかもかいた雪は溶けるから、端っこに寄せる必要がなくなるってわけだ」
スノーダンプはとうするに、ブルドーザーと原理は一緒。
つまり物を端っこに寄せるだけしかできない。
となると端っこに雪が山積していく。
だがこれなら、溶かしながら雪をかくことができる。
結果、雪は山積みにならず、余計な場所を取らなくてすむ。
「炎で焼き払うのは危ないが、こうすれば楽に雪下ろしできるだろ。雪かきもだけどさ」
「なるほど……! さすがジロくん。天才の発想だよ!」
にこーっと笑って、コレットが俺の腰にしがみつく。
ぱたぱた、と子犬のしっぽのように、コレットがエルフ耳を動かす。
「これなら女の子でも楽に雪かきできる。ほんと、たいしたもんだ、うちの旦那は」
うんうん、とコレットが笑顔でうなずく。
「ありがとう。さ、続きだ」
「あいあいさー!」
スノーダンプを使って、さくさくと屋根の上の雪をキレイにする。
【飛行】の魔法を使って、地上へと戻る。
その後もふたりでダンプを押して、裏庭と、そして孤児院の周辺の雪を押していく。
庭の雪をキレイに除雪した頃には、すっかり日が昇っていた。
俺たちは孤児院の裏庭、ホール近くのガラス戸の前に立つ。
「お疲れ、コレット」
「お疲れさま、ジロくん。なんだか動いたら熱くなってきたわね」
コレットはマフラーとコートを脱いで、あちち……と手をうちわにしてあおぐ。
「その格好であんまり外にいちゃだめだぞ。風邪引くから」
「確かに汗かいてるものね……。おっ♪」
コレットは自分の格好を見て、にまりと笑った。
「ジロくん大変。汗でシャツが肌に張り付いてるよ!」
「ああ、そうだな」
じろじろ見るのもマナー違反だと思って、俺は目をそらす。
「なにゆえ目をそらすかっ。男の子ならガッツリ見ても良いのに」
不満げなコレットの声。
「体を冷やすと行けないから、コートは着なさい」
「ほほう。そうね、体を冷やしちゃいけないわね……。えいっ♪」
コレットが笑顔で、俺に抱きついてくる。
ぐいっと俺の頭に腕を回して、抱き寄せる。
大きくて柔らかな乳房に、俺の顔がうずまる。
甘酸っぱい、とてつもなく甘いにおいと、生暖かい肌の感触が、実に気持ちが良い。
「こうしてハグして、体を温め合えば、風邪は引かないと思うの」
「そうだな」
シャツ越しにうっすらと、ピンク色のブラが見える。
しまった見てしまった……。
「すまん」
「お気になさらず。むしろ見せてるので」
「なんでそんなことを?」
「旦那様を喜ばせるのも、妻の役目ですものっ」
そんなふうに抱き合っていたそのときだ。
「あー!」
と、孤児院の方から、大きな声がした。
そっちを見ると……。
「コレット! ずるいですよ!」
そこに立っていたのは、人間の少女、マチルダだ。
「……ジロ。あんた朝っぱらからなにやってるのよ」
隣には赤髪の猫耳少女、アムがいる。
「……コレット。ずるいです。わたしもじろーさんのこと、抱っこしたいのに」
アムの隣でモジモジしているのは、鬼の女性、桜華だ。
「おやジロー。また楽しそうなことをしてるじゃないか。私も混ぜてくれよ」
桜華の隣であくびをしているのは、幼女と見まがう女性、妖小人のピクシーだ。
コレットを含めた5人が、俺の嫁、および恋人である。
「コレット! 抜け駆けはいけないと何度いったらー! もー!」
マチルダがズンズンと肩を怒らせながら、俺に近づいてくる。
ぐいっと俺の肩を引っ張って、マチルダが俺の顔に乳房を押しつける。
「ジロさん! どうですか、わたしのおっぱいは!」
「もう! マチルダ! 今は朝なのよ。そういうのは控えなさい」
ぐいっ、とコレットが俺を引っ張る。
「そういうコレットこそ! 朝からジロさんとイイコトして!」
「私はいいの。ジロくんの奥さんだもの。夫婦のコミュニケーションですよ」
「そのわりにコレット、メス顔してましたよ!」
「メス顔ってひどいわ! 私そんな顔してないわよ!」
ぎゃあぎゃあ、とエルフ嫁と元受付嬢が口論している。
これが、俺たちの日常。
孤児院の、いつもの様子だ。
後数時間すれば、ここに子供たちの賑やかさも加わる。
これが俺の、今の生活。
冒険者を引退した俺の、孤児院での先生生活だ。
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