106.善人、雪下ろしをする【前編】
いつもお世話になってます!
この国に初雪が観測されてから、1週間ほどが経過した。
12月を迎えた、ある日の早朝のことだ。
「…………」
俺はふと目を覚ます。
布団に覆われてない部分、つまり顔には寒さを感じる。
だが体は恐ろしく温かい。
「……すぅ」「……ん」
左右を見やると、俺の両隣には、美しい少女たちがいた。
一方は、金髪の美しい少女。
もう一方は、赤髪に猫耳の少女。
彼女たちと一緒に寝たから、布団の中が、とてつもなく暖かかったのだろう。
「…………」
彼女たちを起こすわけには行かない。
ぐっすりと眠っているからな。
俺は暖かい布団の中から、するりと抜けだす。
「……さみぃ」
新築だとしても、やはり季節柄、室内はどうしても寒くなる。
俺はそそくさとパジャマを脱ぎ、暖かい格好へと着替える。
ズボンとシャツの下にインナーを着込み、厚手の靴下をはく。
さらに分厚いコートとマフラーを巻く。
「……あとはこいつを張ってっと」
俺は腰につけている袋の中に、ずぼっと手を突っ込む。
これはマジック袋といって、タダの革袋に無属性魔法【無限収納】を付与した特別な袋だ。
文字通り何でも無制限に、中に入れることができる。
俺は中から張るカイロを取り出す。
「よっと」
体にカイロを貼って、俺はその場を後にする。
「…………ふう、さみぃ」
俺は孤児院1階のホールへと向かう。
しん……と静まりかえったその場を通り過ぎて、ガラス戸を開く。
「…………」
その瞬間に感じるのは、痛いほどの冷気だ。
冷水に顔をツッコんだような感覚。自分の体と、そうではない部分の境目がはっきりとわかる。
体の芯から冷えていくようだ。
放っておいても勝手に体がぶるぶるとけいれんし出す。
「……さっさと動くか」
辺りはまだ暗い。
夜と言ってもいいだろう。
だがあと1,2時間すれば太陽が昇ってくる。
俺はガラス戸から外に出て、裏庭を見渡す。
夜中に降り続けた雪のせいで、裏庭には一面の銀世界が広がっていた。
むき出しになっている地面が、ひとつたりとも見当たらない。
地面は真っ白な雪に覆われているのだ。
森の木々も白くそまり、何もない白い空間に放り出されてるかのようである。
「……こりゃまた苦労しそうだ」
この国には四季のはっきりとした区別がある。
夏は暑く、そして冬は寒くて降雪量も多い。
この国に住んでいる以上、冬の雪かきは必須行事と言えよう。
「まずは屋根の雪下ろしからだな……」
俺はグッ……と身をかがめる。
すると俺の履いている長靴が、淡く発光する。
俺の体から重量が消える。
この靴には【飛行】の魔法が付与されている。
体をかがめて体重を足にかけると、【飛行】が発動するように、魔法で兆背卯がなされているのである。
俺が飛び上がろうとした……そのときだった。
「だーれじゃ♪」
すっ……と誰かが背後から、俺の視界を手で覆ってきたのだ。
「さて問題です! ててん。あなたの後にいるのは、一体誰でしょう!」
……誰も何も、声で一発だった。
「ヒントその1! その人はジロくんのお嫁さんです! ヒントその2! その人はジロくんの初恋の相手です! そしてヒント3!」
背後の人物は楽しそうにそう言うと、俺の背中にぎゅっと抱きついてくる。
厚着をしていても、彼女の大きな乳房の感触は伝わってくる。
とてつもなく柔らかなクッションに身を沈めているような、そんな感覚。
「さあヒントは出そろいましたぞジロくん選手。背後の人物をあてたまえ」
「おはよう、コレット」
すると視界が開ける。
俺が振り返ると、そこには……。
美しいエルフの少女が立っていた。
流れるような美しい金髪。
晴れた日の青空と同じ色をした瞳。
恐ろしく整った顔と、そして側頭部から生えるのは、とがったエルフ耳だ。
彼女は俺の嫁、名前をコレット言う。
「正解! さすがジロくん。先生の自慢の教え子だねっ」
ニコッと笑うと、コレットが正面から抱きついてくる。
「正解者には先生からのハグを贈呈。むぎゅー♪」
彼女もまた厚着をしていた。
白いコートとピンクのマフラーに帽子が実に愛らしい。
コート越しに彼女の暖かな体と、柔らかな乳房。そして果実のような甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「おはよ、ジロくん。こんな朝から精が出ますな」
彼女は俺から離れる。
天使のような笑みを浮かべながら、あいさつしてくれる。
「おはよ。と言ってもまだなんもしてないがな」
「ふふっ。みんなが起きる前に雪かきしよとしてくれる。優しいジロくんが、先生大好きですよ♪」
コレットは俺に近づくと、頭をよしよしと撫でてくる。
身長は俺の方が高いので、ちょっと背伸びしていた。
「俺たちの関係っていつも思うけど複雑だよな」
「そうねー。昔は教え子だったのに、今では立派な孤児院の先生ですもの」
コレットは俺が子供の頃、故郷の村で先生をしていた。
俺は彼女にいろんなことを教えてもらった。俺の持つ【スキル】の使い方や、その他知識全般を。
彼女はハーフエルフだ。
そのことを偽って、エルフとして働いていたのだが、それがバレて村を追放。
以後20年あまり、俺たちは離れて生活していた。
ところが今年の初夏、冒険者を引退した俺は、森の中で偶然コレットと再会を果たす。
子供の頃のあこがれの先生と、再び会うことのできた俺は、彼女への思いが再燃。
思いを伝え恋人となり、そしてプロポーズし、今に至る。
「思えばジロくんも大人になったものじゃのう」
コレットは俺を見上げながら、しみじみという。
「コレットはあのときから変わらず、ずっとキレイだよ」
ハーフエルフは人間よりも長命だ。
現在彼女は180歳なのだが、人間で換算すると18歳くらいなのだという。
出会った当初から先生は美しかった。
あれから20年、つまりコレットは人間的には2歳の歳を重ねているのだが。
今も昔も、変わらず彼女は美しかった。
「ふふっ♪ ジロくんもお世辞がうまくなったもんだ。しかし先生もただ年を取ったわけじゃない。その程度のお世辞じゃ、喜ばないんだぜっ!」
と言いつつ、彼女のエルフ耳が、ぴこぴこぴこ、と上機嫌に動いていた。
「凄い喜んでないか?」
「ほほほ、ジロくんのご想像にお任せしますぜ」
「そうですかい」
さておき。
「ジロくん、これから雪かきするの?」
「その前に雪下ろしだな」
「なるほど。屋根の雪おとしてから雪かきしないと、二度手間になっちゃうもんね」
逆だと屋根の雪を、あとでもう一度かかないといけないのだ。
「では先生をお供に連れて行くのはどうでしょう」
「ありがとう。申し出は嬉しい。けど」
「おっとジロくん! 皆まで言うな」
手を俺の前に出して、コレットが言う。
「ジロくんのことだから、寒いから中に入っててって言うつもりでしょう」
じっと……と彼女が俺をまっすぐに見てくる。
「けどだめよ。ジロくん、1人で頑張る必要ないわ。だって私たち夫婦でしょ?」
ね……とコレットが微笑む。
「……そうだな。すまん」
「ううん。ジロくんのみんなのために頑張ってくれるところ、私とっても大好き」
コレットは俺に近づいて、ぎゅっとハグする。
俺の頭をよしよしと撫でる。
「けど何でも1人で背負い込もうとするところは、先生よくないと思うの。そこは治していきましょうね」
「……了解だ、先生」
彼女の甘いミルクのようなにおいに当然としながら、俺はうなずいたのだった。




