99.善人、エルフ嫁と旧校舎で語らう【前編】
いつもお世話になってます!
初雪が降り、嫁たちに天気アプリの使い方を説明した、翌朝。
明け方。
俺はふと、目を覚ます。
俺はベッドの上で、右向きで眠っていたようだ。
俺の右隣には、エルフ嫁のコレットがいたはず。
なのでこの体勢だと、彼女の美しい金髪や寝顔が見える……はずなのだ。
「ん……?」
俺の目の前には、誰もいなかった。
右隣は空っぽだ。
「コレット……?」
俺は半身を起こして、辺りを見回す。
ベッドの上には桜華やアムといった、他の嫁や恋人たちが、すぅすぅと寝息を立てチア。
だがいくら探しても、ベッドの上に、コレットの姿はなかった。
「トイレにでもいってるのか……?」
まだ職員が起きる時間じゃない。
かといって朝の見回りにしては、早すぎる。
用を足しにいったのだと思い、俺はベッドに横になる。
トイレへ行って帰ってくるくらいなら、何も問題が無い。
俺は彼女が帰ってくるまで、意識を沈めないでいた。万一があるかもしれないからな。
そして……数十分後。
「……帰ってこないな」
トイレにしては長すぎる。
俺は起き上がり、壁に掛けているダウンジャケットを羽織る。
この時間では、まだ暖房のタイマーが起動していない。
だから室内は恐ろしく寒いのだ。
なにせ、部屋の中にいても、吐く息が白くなるのだから。
俺は自分の寝室を離れて、孤児院1階、ホールへと赴く。
しんと静まりかえったホール。
そこから移動し、俺は1階と2階のトイレを調べた。
だがどちらにも、コレットの姿はなかった。
ホールへと戻ってきて、ひとりごちる。
「どこいったんだ……?」
と考えていた、そのときだ。
ひゅぅうう…………。
と、どこからか冷たい風が吹いてくるではないか。
「ん? なんだ」
前の古い孤児院ならばいざしらず、この新築ですきま風が吹いてくることはない。
ならば窓やドアが閉め忘れていたことになるのだが、それもない。
寝る前にはきちんと、戸締まりをしているからな。
孤児院のあるソルティップの森は、私有地となっており、万に一つも泥棒は入らない。
戸締まりをするのは、外気が入ってこないようにするためだ。
に冬場は特に寒いしな。
しかしそれでも、風が吹いてるとなると……。
俺は風が出ている方へと歩いて行く。
孤児院の出入り口だ。
「ドアが、開いてる……?」
開閉式のドアが、少しだけあいていた。
そこから風が吹いている。
「……昨日は、ちゃんと閉めたはずだよな」
いなくなったコレットと、閉じているはずのドア。
「まさか……」
俺は嫌な予感がして、そのままドアを開けて、孤児院を出る。
頭上からは無音で、大量の雪が降っている。
曇天からは絶え間なく切片が降り注ぎ、地面に雪を積んでいた。
日付が変わる前から降り出した大雪は、まだやんでないようだ。
白く積まれた雪の絨毯の上に……ぽつぽつと、小さな足跡が残されていた。
足跡はよく見ないとわからないレベルだ。
後の上に雪が降り積もっている。
出て行ってそこそこ、経っているように思えた。
凝視しないと見えない足跡を、俺はたどっていく。
孤児院を出て、おっていくと……。
そこは昔使っていた、旧獣人孤児院の建物があった。
今を新築する際、取り壊さずに残したままにしておいたのだ。
足跡は旧校舎(古い方の孤児院という意味で)の中へと消えていった。
建物の中へと入ろうと思った……そのときだ。
ザクッ……。
バサッ……。
と、屋根から何かが落ちる音がした。
「コレット!」
嫌な予感がして、音の方へ駆けつける。
つもりに積もった雪の上は、非常に走りにくかった。
靴の間に雪が侵入し、靴下がぐっしょりと濡れている。
音のした方を見るが……しかし、最悪の事態には至ってなかった。
単に雪の塊が落ちただけみたいだ。
「…………」
安堵のあまり、へたり込みそうになる。
その間にも、屋根の方から、ザクッ……ザクッ……と雪をかく音がした。
俺は靴に力を込める。
この靴は、以前靴に【飛行】の魔法を付与した特別なものだ。
ぐっ……と力を入れると、体が浮く。
そのまま俺は、旧校舎の屋根の上へと、着地した。
果たしてそこにいたのは……。
「ジロくん?」
コートとニット帽、という出で立ちの美少女エルフが、立っていた。
「は、早いね。朝起きるのっ」
「…………」
俺は彼女の手元を見やる。
土木作業用のスコップが、その手に握られていた。
「コレット。何やってるんだよ、こんな雪降ってる中」
「あ、あはは……ちょっとね」
雪をかく音。
落ちてきた雪。
そしてスコップを持っている……コレット。
これらが導き出す答えは、ひとつだ。
恐らくこの旧校舎の屋根に積もった雪を、下ろしていたのだろう。
俺はコレットに近づく。
自分が着ていたダウンジャケットを脱いで、彼女の肩にかける。
「寒いだろ。これ着ろ」
「……ありがとう」
一気に寒くなったが、中にインナーを着込んでいるので、まだ耐えられた。
コレットがもそもそ……と俺のジャケットを、コートの上からはおる。
「雪かきしてたんだよな?」
「うん。すごい大雪でしょ。だから、かいとかないとって思って」
コレットが中空を見上げて言う。
灰色の空からは、無数の切片が降り注いでいる。
スコップでかいた部分に、うっすらと雪が積もりだしていた。
「朝になってからでも十分だと思うぞ。というか、今やってもまだ降ってくるから、朝雪の勢いが落ちてからやるのがベストだ」
「そうね。けど……この建物、古いから。雪の重さで、すぐに天井に穴空いちゃうの」
コレットがその場にしゃがみ込んで、旧校舎の屋根を触る。
「…………」
なるほど、と俺はコレットの行動の真意に気付いた。
なぜコレットが、旧校舎の屋根の雪かきをしていたのか。
おそらく彼女は、守りたかったのだろう。
古くなった、この旧校舎。
今では使われてないこの建物も、彼女にとっては、思い出の建物だ。
それが大雪の重さで、ぺしゃんこになってしまうことを、彼女は恐れたのだ。
俺はマジック袋から、スコップを取り出す。
「コレット。先に中に入ってな」
「ジロくんは……?」
「今残っている雪下ろしたら、すぐに後を追うよ」
「そんな……手伝うよ」
「いや、良いから。すぐに終わるし。それにコレットはもうずっと雪かきやってたんだろ。風邪引いちゃうって」
俺が言うと、コレットがじわ……っと涙をためる。
「うん……。わかった。ありがとう、ジロくん」
そう言って、彼女は屋根から降りていった。
どうやら2階の窓から、はしごを使って、ここへ登ってきたらしい。
1人残された俺は、ざくざくとスコップを使って雪下ろしするのだった。




