95.善人、桜華と鬼娘たちと風呂掃除する【後編】
その後桜華の娘たちと、風呂に入ったあと、着替えて、風呂掃除をする。
湯冷めしたら大変だからと、俺1人だけで掃除しようと思ったんだが。
一花たちが手伝うと言って聞かなかったので、ありがたく、申し出を受け入れることにした。
「ありがとな、みんな」
ブラシで床をこすりながら、俺は鬼娘たちに言う。
「なーに気にしなさんな」
「アタシたち、好きでおにーさんのこと手伝ってるんだもん!」
「ですので、お気になさらずおじさま♪」
「でももーしわけないっつーなら、体でお礼を払ってもいいんだぜっ!」
ねっとりとした視線を、娘たちが俺に、向けてくる。
「もうっ! あなたたち、マジメにお掃除しないなら戻りなさい!」
ブラシがけをしていた桜華が、顔を赤くして言う。
「ちぇ、おかーちゃんのけちんぼ」
「ママって意外と独占欲強いよね~?」
「性欲に比例するのでしょうか?」
「あー、それありそうな」
桜華がまた顔を赤くして、怒りのオーラを放出する。
それをいち早く感じ取って、娘たちが三々五々、散らばる。
「……ふぅ」
「お疲れさん、桜華」
ごしごし……とブラシをかけながら、俺が言う。
「……じろーさん、娘たちが、ご迷惑をおかけしました」
桜華が立ち止まり、ぺこっと頭をさげる。
「迷惑? いつ迷惑なんてかけたか?」
「……お風呂入ってるときです。ことあるごとにせくはらしようとして」
「ああ……。うん、まあ、気にしてないから。気にすんな」
あの子たちは、何かにつけて理由をつけ、俺の下半身に触れようとしてきたのである。
「……じろーさんは優しすぎます。もう少し怒っても良いのに」
「そうかな?」
「……そうですよ。けど、そういう優しいところ、大好きです」
淡く微笑んで、桜華が言う。
「そっか。ありがとうな」
俺は桜華に近づいて、彼女のすべらかな黒髪を撫でる。
湯上がりだからか、彼女の肌はピンク色に染まっていた。
化粧が落ちて、普段よりも若干幼い感じがする。
それでも匂い立つような色気は、体のパーツやら、髪の毛から、放出されていた。
「…………」
桜華がブラシを落として、俺の肩に手をかける。
「……桜華。スキルを使わせないでくれ」
「す、すみませんっ」
顔を赤くして、桜華が俺から離れる。
「……わたしってばもう、すみません」
「いや、うん。あとでな」
「……はいっ」
とまあ、そんな風に、俺たちはまず、床をブラッシング。
その後シャンプーやボディソープなど、からになっている物を、詰め替える。
「ところで兄ちゃん」
「ん? どうした一花?」
俺の隣に、一花が近づく。
「最近露天風呂に天井作ったのって、兄ちゃんかい?」
一花が上空を指さす。
天井、というか、木の板の【傘】が、湯船の上にかかっているのだ。
木の板を【へ】の字にして、くっつけただけの、簡単な作りである。
柱を2本立てて、そこを支柱にして、傘を差している感じだ。
「ああ。そろそろ雪が降るだろ? ふってても温泉に入れるようにって作ったんだ」
「ふーん。けどあんなぺらい木の板一枚で大丈夫かい?」
一花が首をかしげる。
「まあ言いたいことはわかる。この国の冬、どかどか雪ふるもんな」
「そうさぁ。あんなぺらっちい板、すぐに雪が積もって崩れちまうよ」
この国は12月から3月まで、雪が降る。
それも1日に15センチの積雪とか、とかざらだ。
一花の言うとおり、天井が雪の重さで落ちてきてしまう恐れがあった。
「けど大丈夫なんだよ」
「ほー。なんでさね?」
俺は立ち上がり、一花とともに、湯船の元へ行く。
「あの板には【固定化】の魔法がかかってるんだ」
「なんさね、それ?」
「もともとは無機物の時間を凍結させて、劣化などを防ぐ魔法だ」
だが別の使い方もできる。
「木の板の時間を止めてるから、いくら重さがかかっても折れないんだよ」
「ほー。よくわかんないけど、魔法で天井が落ちてこないようにしてるってことさね?」
ああ、と俺がうなずく。
一花が感心したように言う。
「それなら安心して雪降ってるときでも、風呂は入れるさね。さすがね、兄ちゃんは」
うんうん、と一花がうなずく。
「ねーねーおにーさん!」
次女の弐鳥が勢いよく、俺の腕にしがみついてくる。
「床がぽかぽかしてるけど、これっておにーさんが前に言ってた、床暖房ってやつ?」
一花がしゃがみ込んで、床に敷いてる石触れる。
「あ、ほんとだ。じんわりあったかいさね。これも兄ちゃんの魔法かい?」
俺は弐鳥たちを見て言う。
「ああ。床暖房と原理は一緒だ。石に【加熱】の魔法が付与されている」
無属性魔法・【加熱】。
物体を暖めるときに使う魔法を、床の石と一緒に複製合成(物体と魔法とを複製すること)。
あとは【成形】の魔法を使って床板をつくり、銀鳳の槌(大工)たちと一緒に、床を張り替えたわけだ。
「色々見えないところで、兄ちゃんは作業やってるんだねぇい」
一花が感嘆の吐息を漏らす。
「……そうですよ。じろーさんは、わたしたちが快適に過ごせるように、いつも心を砕いているのです」
桜華が得意げにそう言った。
「おにーさんのそういう優しいとこ、アタシだぁいすきっ♪」
弐鳥が笑顔で、俺に抱きついてくる。
「あ、ずりぃ。あたしも~」
「わたくしもっ」
「おっちゃん抱いてっ!」
鬼娘たちが、俺の腕や体に、抱きついてくる。
「あ、あなたたちっ! もうっ! お掃除しないなら出て行きなさい!」
母が声を荒げるが、娘たちはクスクス笑う。
「きっと兄ちゃんとふたりきりをじゃまされて、気が立ってるんさね」
「あー、なぁるほど。ママってば意外とこどもっぽ~い」
「違います! もうっ!」
その後桜華と娘たちと、残りの作業を進める。
排水溝の髪の毛をとったり、使い終わったイスや桶を片付けたりする。
一通り落ち葉を拾って、俺が【廃棄】の魔法を使い、ゴミを処分する。
「よし、こんなもんだな」
俺はキレイになった竜の湯を見渡して言う。
「みんな、手伝ってくれてありがとう。おかげでとっても早く終わったよ」
俺の前には、鬼娘たちがニコニコしながら立っている。
俺の隣に桜華がいる。
「なんのなんの」
「おにーさんのためなら、アタシなーんだってするもんっ♪」
「なんなら、夜の方もお手伝いしますわ♪」
「おっ、いいね~。みんな一緒に卒業しようぜ!」
娘たちが熱っぽい視線を、俺に向けてくる。
「もうっ! いけませんっ! ほら、風邪を引かないうちに戻りなさい!」
桜華が子供たちの背中を押す。
「ちぇ、おかーちゃんのけちんぼ」
「いっちゃん。違うよ。ママはほら、他の女に自分の男とられたくないんだよ」
「「「ああ、そういう」」」
生暖かい視線を、娘たちが、桜華に向ける。
「違います! ほら、風邪を引かないよう、体を温かくして寝るのですよ! おやすみなさい!」
そう言って、桜華が娘たちを、押していく。
「わーったよ。そんじゃ兄ちゃん、また明日」
「ママがハッスルしすぎないように、気をつけてね~」
娘たちがニヤニヤしながら、去って行く。
あとには俺と桜華の2人だけが、残された。
「それじゃ、俺たちも戻ろうか」
「……はい」
桜華と並んで、孤児院へと戻る。
きゅっ、と彼女が腕を引いてきた。
「どうした?」
「……あの、夜の方は?」
物欲しそうに、桜華が俺を見上げてくる
「ああ……。うん、心配するな。竜の湯のぽかげで、体力は満タンだ」
ぽん、と桜華の頭に手を乗せる。
「……はいっ」
そう言うと、桜華は喜々として、俺の腕をがしっとつかむ。
そして小走りで、俺を連れて、ベッドへと向かった。
……その後、気付いたら明け方で、竜の湯に浮かんでいた。
もちろん、隣には、申し訳なさそうな桜華がいたのだった。
書籍版、11月15日に発売です。
21:30ごろに、キャララフを、活動報告の方にアップします。
アムのキャララフを公開する予定です。
次回もよろしくお願いいたします!




