94.善人、子供たちにお鍋料理を食べさせる【後編】
晩飯であるお鍋料理が完成した。
こたつテーブルの上に置いてある、お鍋に、手をかける。
「ほい、完成」
俺は鍋の蓋を開ける。
孤児院1階ホール、に、ふわ……っと美味そうなにおいが広がる。
「「「ほわー!!!」」」
子供たちがテーブルに手をついて、お鍋の中をのぞき込む。
ちなみに、こたつの周りには座椅子がおいてあり、子供たちはそこに腰掛けている。
「やっぱりしちゅーです?」
初めてお鍋を見た現地人のキャニスが、首をかしげて、俺に聞く。
「ポトフなのです?」
「なにいってるのよ! カレーじゃない!」
ラビもレイアも、お鍋がなんたるかをわかってないようだ。
鬼姉妹も首をかしげている。
困惑する現地人をよそに、地球人がキラン、とどや顔で言う。
「のん。これがおなべ」
「「「おー……?」」」
「これはキムチ鍋」
「「「お、おおー……?」」」
「からくてとっても美味しいお鍋よ」
「「「ほんとにー?」」」
コンが説明しても、やっぱり現地の子供たちは、実態がよくわかってなかった。
ぐつぐつと煮える、キムチ鍋を前に、子供たち全員が、首をかしげている。
「にぃ、みんなよくわかってない」
「まあ現地の子たちが鍋食べるのは初めてだろうしな」
するとコンが俺をじっと見てくる。
「そーゆーときの、あじみコンさんでしょう」
「またいつもの、一番手頼めるか?」
「まかされよ」
コンがしっぽで、自分の胸をとんと叩く。
その間に、子供たちがお鍋をのぞき込んで、興味深そうに見ている。
「スープ真っ赤でやがるです」
「なんだかとっても……とっても……よだれが出てくるのです!」
獣人たちのしっぽや耳がぱたぱたと動き、他の子たちは目をキラキラさせていた。
「にぃ、はやくぅ」
コンも期待に目を輝かせながら、きつねしっぽを激しく振り回す。
「ちょっと待ってな」
俺は取り皿を手にとる。
お玉で中身をすくう。
今日はキムチ鍋だ。
豆腐に白菜、豚肉がしっかりと、キムチのエキスを吸って実に美味そうだ。
ちなみに鍋の素は、俺が複製スキルを作って、現地のキムチ鍋の素を作り、それで鍋を完成させた次第だ。
俺は具をたっぷり入れたお皿を手に、子供たちに言う。
「良いかみんな。俺たち大人に、具を取ってもらうんだぞ。決して鍋に自分から手を出さないこと。いいか?」
「「「わかったー!」」」
素直に返事をする子供たち。
万が一やけどしたとしても、光魔法(回復魔法のこと)が使える俺とコレットがいるから、対処はできる。
だがそれはあくまで万一の場合だ。
子供たちには痛い思いをしてもらいたくない。
自由に鍋を食べさせてやれなくて申し訳ないが、子供たちの身の安全が最優先だった。
それはさておき。
俺は皿を持って、コンの隣に座る。
「にぃ、ふうふうして。ふーふーして」
「はいよ」
俺はレンゲでスープと白菜をすくって、吐息をかけて冷やす。
その様子を、子供たちが固唾をのんで注目して見ていた。
ややあって、ほどよく具を冷まし終える
「ほら、コン」
「やーん。あーんして」
「はいはい。あーん」
「きゃ、にぃにあーんしてもらえる。しあわせ」
俺はレンゲを、コンの小さな口に向ける。
彼女が大きく口を開いて、ぱくっ、とレンゲに食いつく。
それを抜くと、コンがむくむく……とほっぺを動かして咀嚼する。
「はふ、はふ……。はふん……」
冷ましたのだが、ちょっと熱かったらしい。はふはふしながら、具を嚥下した。
「どうだ?」
「……にぃ。まずい」
コンがうつむいて、ぶるぶる……と体を震わせる。
「不味かったか?」
料理は失敗してないと思うんだが……。
するとコンが、顔を上げて、ぷるぷると、首を振るった。
「のん。まずい、とは味のことじゃない。これは……はまる。寒い季節に、これは、はまるね。まずい。はんざいてきだ」
コンは顔を明るくして、しっぽをぶんぶんぶん! とヘリコプターのように回す。
良かった、気に入ってもらえたようだ。
「コン! どうなんです?」
「コンちー……ゃん。おいしいのー……ぉ」
動向を見守ってい子供たちが、コンに尋ねる。
コンは子供たちを見回して言う。
「この感情を、言葉であわらすのはむずかしい。あえていうなら、からくてとってもおいしい」
「「「おおー!」」」
子供たちの歓声が上がった。
目の前のお鍋が、コンを通して、美味しい物だと、子供たちに伝わったのだろう。
「なーなーおにーちゃん! はやくたべさせろやです!」
キャニスがその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「わかったわかった」
俺は他の職員たちと協力して、子供たちに、ご飯を食べさせていく。
「うめー! かれー!」
「からくてとってもおいしーのです!」
「はふはふ! うますぎるじゃない!」
「あねきっ、からくってうめーなっ!」
「そうだねー……ぇ」
大人たちにレンゲを差し出され、子供たちがはふはふと、鍋をつつく。
「ぶたにくがからくてうめー!」
「お魚さんにもお汁がたっぷり!」
「はふぅん。ぴりからスープがぎょかいやおにくのあじをひきたててるー」
暖かいお鍋料理を食べるたび、子供たちの額に汗がにじむ。
みな笑顔を浮かべて、料理に舌鼓を売っていた。
良かった、喜んでくれて。
「にぃ、ふーふー。もあ、ふーふー」
「はいよ。ちょっと待ってな」
俺はお玉で具をすくい、皿に入れると、コンに食べさせる。
その様子をキャニスが、じっ……と見ていた。
唐突に、口を開く。
「なあなあおにーちゃん!」
キャニスが犬耳をぴーんと立たせながら、俺を見て言う。
「どうした、キャニス?」
「ぼくにもふーふーしてくれや、です!」
きらきらした目を俺に向けるキャニス。
「コレットがしてくれてるじゃないか」
エルフ嫁が、犬っこにご飯を食べさせていた。
「おにーちゃんにしてもらいてーんです!」
それを聞いたコレットは、苦笑しながら、レンゲをテーブルの上に置く。
「コンばっかりかまっててずるいです! ぼくもおにーちゃんにふーふーしてもらいてー!」
コンばかりにかまっていたからだろうか。
キャニスがかまって欲しそうだった。
「コン。ちょっと行ってきて良いか?」
「いってらっしゃい。はやくかえってくるのよー」
俺はコレットと場所をチェンジ。
キャニスの隣に座ると、いぬっこが俺の太ももを、ぺしぺしと叩く。
「はやくはやく! おにーちゃんはやく!」
「はいよ。待たせてごめんな」
俺はお皿とレンゲを手に取り、中身を救うと、キャニスに差し出す。
「ほら。あーん」
「あーん。はふっ、はふっ、んくっ。……んめー!」
キャニスが熱そうにしながらも、お鍋の具をもぐもぐと、美味しそうに食べる。
「おにーちゃんもっともっと!」
キャニスにお鍋の具を食べさせること、しばし。
「はわわ……。いいなぁ」
俺の隣に座る、ウサギ娘が、物欲しそうに見上げてくる。
「いいなぁ、キャニスちゃん、いいなぁ~……」
「おいラビ。おめーもおにーちゃんにふーふーしてもらいてーです?」
「はいなのです!」
「しかたねー。おにーちゃん、ふーふーしてやるです」
俺は桜華に、キャニスの食事係を任せる。
ラビを見て、俺が尋ねる。
「ほら、ラビ。何が食いたい?」
「あのあの、えっとえと……。はくさいさんと、おニンジンさんが食べたいのです!」
「お肉は?」
「おにくもっ!」
俺はリクエスト通り、お玉で具をすくって、ラビのお皿に入れる。
「ほら、ラビ。熱いぞ」
レンゲをラビに向ける。
うさ耳少女は、大きく口を開いて、ぱくりと食いついた。
「はふっ、はむっ、はふんっ、ほふっ……」
ぷるぷる……とラビが嬉しそうに身を震わせると、
「おいしー!」
と両手を挙げて、体全体を使って、おいしさを表現していた。
「にーさんにふーふーしてもらって、なんだかさっきよりも美味しく感じるのですー!」
ラビが笑顔で、そんな嬉しいことを行ってくれる。
「あー、それわかるです」
「にぃにふーふーしてもらうと、3ばいうまくなるよね」
「「「なるなるー!」」」
子供たちが俺を見て、にこにこと笑っている。職員たちも笑っていた。
気恥ずかしいが、悪い気はしなかった。
「…………」
「あんちゃー……ん。アカネちゃんがふーふーしてほしいってー……ぇ」
姉鬼あやねが、俺を呼ぶ。
「バッ……! んなこといってねーし!」
「そうなのー……ぉ。じゃあおいらだけ、ふうふうしてもらおー……ぉ」
「あ……」
「じょーだんだよー……ぉ」
俺は鬼姉妹の元へ行く。
「アカネちゃんからおねがー……ぁい」
「ああ。お前はホント、妹思いのいい姉ちゃんだな」
よしよし、と姉の頭を撫でる。
「にひー……ぃ。ほめられちったー……ぁ。あんちゃんのそういうところー……ぉ、だー……ぁいすきっ」
俺が鬼姉妹に、料理を食べさせていると、
「レイアもたべさせなさいよ!」
「のん。みー」
「つぎはぼくのばんだろうが、です!」
と子供たちが、ぞくぞくと、俺にもっともっとと迫ってきた。
「あんたたちはジロにふーふーしてもらったでしょー! つぎはレイアがジロにふーふーしてもらの!」
レイアがカーッ! と歯を剥いて威嚇する。
「にぃがまちきれない。かむひあ、にぃ」
「おにーちゃん! まだかっ、はやくこいやですー!」
そんなふうに、夕食の時間は、賑やかに過ぎていったのだった。
書籍版、11月15日に発売です。
いま活動報告の方に、キャララフを載せてます。
昨日はコレットを載せました。
明日はアムのキャララフを載せる予定です。
ではまた!




