94.善人、子供たちにお鍋料理を食べさせる【前編】
いつもお世話になってます!
アムと一緒の布団で寝た、翌日。
夕方。
俺が食堂で、今晩の料理の仕込みをしているときのこと。
がらッ! とガラス戸が開き、子供たちが建物の中へと帰ってくる。
「さみー!」
「あいすえいじー」
「さむすぎるのです!」
食材をちょうど切り終え、鍋の中に入れる。あとは煮込むだけだ。
俺は食堂を出て、子供たちの元へ行く。
孤児院1階、ホール。
ここには大きめのこたつが、3つ出してある。
子供たちがいない……と思ったら。
全員が、こたつの中に体をすっぽりといれて、顔だけ出している。
亀の体勢を取っていた。
「こたつはあったかいねー……ぇい」
「姉貴ぃ~。手が冷てえよぉ」
「どれどれー……ぇ。ひゃあつめたいねー……ぇい。しばらくおこたの中で-……ぇ、おててつないでおこうねー……ぇ」
赤鬼姉妹、姉のあやねと、妹のアカネが、仲むつまじそうにしている。
「おにーちゃん! さみーです! なんかあったけーもんのみてーです!」
「かぷちーのほしいね」
犬娘キャニスと、きつねっこのコンが、顔を俺に向けて言う。
「ちょっと待ってな。もうすぐ美味いもん、食わせてやるからな」
俺はキャニスの側に座って言う。
暖かい飲み物を出しても良いのだが、せっかく【あれ】を作ったのだ。
ちょっと我慢して、ぜひとも食べて暖まってもらいたい。
「! おめーらきいたか!」
キャニスの耳が、ぴーんと立った。
「いえーす。きいた。ひさかたぶりの、うますぎけーほーだ」
「「「うますぎけーほーだー!」」」
子供たちの目が、きらきらと、いっせいに輝きだした。
「なにがくるんだろ-……ぉね」
「にーさんがおいしーものっていってたのです。きっとおいしーものなのです!」
あやねとウサギ娘のラビが、ニコニコしながらうなずく。
「おにーちゃんがうめーっていったもん、絶対うめーもんな!」
「信頼と実績のにぃ。きたいしとる」
キャニスとコンも、うんうん、とうなずく。他の子供たちもうなずいていた。
「して、にぃ。献立は?」
「「「こんだてはー?」」」
頬を紅潮させながら、子供たちが俺を見てくる。
「今日はお鍋だ」
「「「?」」」
「おなべやー」
コン以外の子供たちが、はて、と首をかしげた。
まあ、わからないよな。現地人たちには
「おいコン。おなべってなんです?」
「シチューとか、カレーつくるときの、おなべです?」
犬娘とウサギ娘が、コンに尋ねる。
「のん。にぃの世界の料理だよ。食べるととってもあったまる料理」
「「「おおー!」」」
犬耳とうさ耳が、それぞれぴーん! と立つと、ぱたぱたと羽ばたく。
「にぃ、なになべ?」
コンもキツネ耳をぴくぴくぱたぱたと、せわしなく動かしながら、俺を見てくる。
「食べてからのお楽しみだ」
「あぅん。にぃにじらされる。わたしをじらすなぁ! う゛ぇははははは。ぷーん」
コンが平坦な声音で、そんなことを言う。
「コン、おめーときどきなにいってっかわっかんねーときあるです」
キャニスに冷静にツッコまれていた。
コンは恥ずかしそうにこたつの中に入ってもだえていた。
「大丈夫だ、滑ってないから」
「ネタを拾ってくれるにぃ、いっぱいちゅき」
コンが嬉しそうに笑った。
こんなときでもネタをぶっこむ彼女は、本当にすげえなと思った。
それはさておき。
子供たちが帰ってきたので、夕飯の支度をする。
と言っても下準備は終わっているので、あとは煮るだけだ。
俺は倉庫からガスコンロを取り出して、こたつのテーブルの上にのせる。
子供たちが食欲旺盛なので、コンロは4つ。鍋も4つだ。
火をつけて待つことしばし。
鍋の蓋から、湯気が立ってきた。
ことこと……と鍋の蓋が微細に動く。
「よーしみんな、そろそろ飯にするぞー」
「「「まってたー!」」」
子供たちがいっせいに、こたつの中から体を出す。
「にぃ、ここでごはんたべるの?」
コンがいちはやく、そのことに気付く。
「ああ。こたつで食った方が美味しいかなって思ってさ」
「ナイスチョイス。ふぜーがあってとてもよい。にぃのセンス、ばつぐんだね」
「ありがとうな、コン」
わしゃわしゃ、とコンの頭を撫でる。
キツネ耳が嬉しそうにぴくぴく動いていた。
「なーなーおにーちゃん。テーブルに何おいてるんです?」
キャニスがテーブルに手をついて、俺を見上げて言う。
「これはコンロだ。火がつくから触らないようにな」
「おにーちゃんがさわるなってゆーなら、さわんねーです!」
にかーっと笑って、キャニスが元気よく返事をする。
「そうか。偉いなキャニスは」
俺はキャニスの、茶色いふわふわとした髪の毛を撫でる。
「わふ~♪ もっとなでろやです~♪」
キャニスが気持ちよさそうに目を細める。
リクエスト通りにすると、ふわっふわの犬しっぽが、ぶんぶんぶん! と激しく動いた。
「はうっ、いいなっ、キャニスちゃん、いいなぁ……」
ラビが指をくわえて、キャニスを見やる。
俺はラビの隣に座って、彼女の茶髪(キャニスより明るい色)を撫でる。
「えへっ♪ にーさんになでなでされるのだいすきなのです!」
ラビの垂れ下がったロップイヤーが、嬉しそうにぱたっぱたっ、と上下する。
「おー、ずるいやん。みーもなでて」
「おいらもー……ぉ」
「あねきのつぎ、アタシな」
「レイアわすれたら承知しないわよ!」
子供たちの頭を、順々によしよししていく。
ややあって、
「よし、お鍋セット完了。みんな、もう一回手を洗ってこようか」
「「「っしゃー!」」」
子供たちはこたつから出ると、手を洗いに行く。
その間に食器などを、職員たちで用意した。
ややあって、子供たちが、ホールへと帰ってくる。
「さみー!」
「さみしくてふるえるー」
「さむいのですー!」
ひゃー! と子供たちが笑いながら、こたつの前に座り、足をツッコむ。
「おにーちゃん! おててあらってきたです!」
キャニスが、にぱっと笑って、俺を見やる。
「しっかり洗えたか?」
「ばっちり、です!」
両手を挙げてキャニスが言う。
「みんなも?」
「「「ばっちりー!」」」
よし、オッケーだな。
俺たち職員は、厚手の布手袋をはめて、お鍋の蓋を取った。




