ぼっちは拠点を完成させる
拠点の建物が遂に完成した。
煉瓦造りのかなり大きい建物だ。外見はかなり立派だと思う。俺達全員が個室を持って余りある大きさにしたので元の世界にあれば豪邸と言えることだろう。
ただし、家具はない。建物を造るだけで精いっぱいだったというのが正直なところだ。細かいディティールなんかは『全知全能』に備わった情報を頼りになんとかそれっぽく見せることに成功したと思っているが、それも俺の中での話。全員が気に入ってくれるとは思っていなかった。
「いいんじゃないですか、シックで」
「落ち着きのある色合いでいいと思うわ。人里離れた場所だもの、あまり派手でもね……」
俺を気遣ってか肯定する意見も多い。
「むぅ……。なぜこの家には腕がついとらんのじゃ」
一部おかしな否定的意見もあったが、嫌だとはっきり言う人はいないのは幸いだった。まぁそう言われたら「じゃあ自分で造れよ」と言って終わりだ。若しくは「気に入らなきゃ住まなきゃいいだけだろ」とか。俺は全員が問題なく暮らせるように造ったつもりだが、無理にここに住まわせる気はない。これまで通りテント生活で良ければなにも問題はないのだ。
「……家具はまだ造ってないからすっからかんだが、テントよりはマシなんじゃないか?」
「マシどころではないぞ。まさかここまで本格的な建築物とは、当初思っていなかったほどだ。しかもこれを造ったのがたった一週間とは恐れ入る」
俺の言葉ににこやかに返答したのはセレナだ。旅での思わぬ豪邸暮らしを喜んでいるのかもしれない。とはいえ床は硬いままだ。寝袋を使っての感触はテントとそう変わらないだろう。せめてカーペットでもあれば変わるんだろうが……。木材をトンテンカンして作れそうなテーブルや椅子と違ってカーペットは生半可な知識じゃ作れなさそうだ。
「……カーペットとベッド、テーブルと椅子くらいは欲しいんだが」
『全知全能』に聞けば制作方法がわかるだろうが、正直これ以上働きたくない。一週間ほどこれしかやってなかったんだぞ。偶には休みたい。異世界に来てなぜ社畜にならなければならないのか。ただ休める環境が整っていないのも事実。せめてベッドは欲しい。ベッドに寝転んでPCでアニメ観たい。
「それなら後は私達に任せてクレトは休んで。あまり得意じゃないけど、テーブルと椅子くらいなら造れると思うし」
するとメランティナが有り難いことを申し出てくれた。
「わ、私も頑張ります。カーペットならちょっとだけ宛てがあるので」
ユニも控えめながら一番懸念していた部分を担当してくれるらしい。
「なら他の者は材料調達を行おうか。幸いなことに木材となる木々がたくさんある。許可を貰ってから作業に取りかかるとしようか。それぞれ担当を分担するから、私のところへ集まってくれるか?」
そしてセレナが取り仕切ってくれる。……これ俺もうなにもしなくて良くない? ほぼヒモ状態になれるんじゃない? 働かなくていい、バンザイ。
「……あー、そうだ。ネオンとフィランダだけ、ちょっと来てくれるか?」
ただその前に、地下の研究室を紹介しておこう。見つかって後でなんだこれは? となっても面倒だ。
「? なんじゃ?」
「あら、私も?」
二人して小首を傾げている。
「……ああ。こっちだ」
俺は建物に入って廊下の角にある地下室への入り口を開く。ゲームやアニメに接する謂わばオタク脳だからか、カーペットの下とかに隠してみたい。その下に階段を造っていて、俺を先頭に降りていく。
「な、なんじゃこれは……!」
「こんな地下室まで造っていたのね」
ネオンは表情豊かだからわかりやすく目を丸くしていた。フィランダも冷静そうだが驚いてはいるようだ。
「……研究用に造った地下室だ。主に二人が使うだろうから、教えとく」
「助かるのじゃ! ……因みにここの素材は使ってもいいのかの?」
満面の笑みで返事したネオンが、もじもじと指を差した先にオリハルコンの塊があった。……棚とか造ってないからそれっぽいヤツを置こうと思って適当に置いたんだったかな。ホントはなにかの研究装置みたいなのがあれば一番だったんだが。
「……好きにしてくれ。棚とかが必要なら自分で造れよ」
「うむ! ありがとうなのじゃ!」
「研究が捗りそうで助かるわ」
こういうのを必要とするのはこの二人だろうと思う。しかもそれぞれがそれぞれの研究を行うので、別に駄弁っていて煩いというわけではない。人は作業に集中していると喋らなくなっていくモノだ。まぁなにをしていてもそんなに喋らないというのは置いておいて。俺以外の話である。もちろん二人のために造ったとかそんなわけもなく、ここに来た目的がゆっくり研究するためだからだ。
俺の旅する引き籠もり計画を実現するためには、乗り心地抜群の巨大ゴーレムを創らないといけない。そのための試行錯誤を繰り返さないといけないわけだ。
ただ偶には休みたい。自室でPCを眺めていたい。
……とりあえずは簡単なソファか大きなクッションが欲しいな。綿花とかないんだろうか。ちょっと散歩がてら探してみるか。
二人に研究室のことを伝えたのでもういいかと思い、地上へ上がる。リビングにと思って広く造ったスペースで、なにやら言い合いが勃発していた。
「それは狡いわ。じゃんけん中に手の形を変えるなんて!」
「メランティナこそ、私より速いからって負けそうになったら手を変えるじゃないですか!」
クリアとメランティナが睨み合って言い争いを繰り広げている。なにやらじゃんけんで揉めているようだ。というかこの世界にもじゃんけんがあったんだな。
「クレトが戻ってきた。ここは本人の意思を尊重するべき」
俺が地下室から出てきたことに気づいたリエルが告げると、全員が一斉にこちらを向いた。さっきまで言い合いをしていたこともあって威圧感がある。
「……くれと」
「クレト!」
ニアとミアが素早い動きで俺に跳びかかってくる。それをできるだけ優しく受け止めた。
「クレト、部屋はどっちと隣がいいの?」
「もちろん私ですよね?」
メランティナとクリアが圧がかけられる。……いや待ってなんの話。部屋割りの話であれだけ盛り上がってたの?
「……部屋だったら一階の角部屋がいいんだが」
できるだけお隣さんを減らす角部屋。防音完備にはしてあるが上の階になると「足音が煩い!」とかの近隣トラブルを引き起こす可能性もあるのでそういったことを起こさない一階。つまり一階の角部屋が正義。なんならそれ以外考えられないまである。
「「……」」
俺の答えに、二人は複雑そうな顔をしていた。『観察』で読み取れたのは悔しいとか諦めの感情だろうか。
「……となり」
「クレトととなり!」
抱えている二人が嬉しそうに言ってくる。……? さっきの発言を聞くに、メランティナとクリアの二人が隣の部屋なんじゃないのか?
「どうやら結論は出たようだな。ふふ、二人共あの子達がクレトと隣がいいと言った後に『もう片方を』を言って聞かなかったが。なるほど、こういう治め方もあるか」
セレナが俺にもわかるように言ってくれる。ああ、なるほどね。二人はただ隣を奪い合ってたんじゃなくて、ニアとミアが隣の部屋になるから、もう片方の隣を奪い合ってたのか。どうせ部屋に入れば隣だとかどうでもよくなるから意味ないというのは言わないでおくが。
その後の話し合いがどういう風に片づいたのかは知らないが、俺はとりあえず綿花かなにか、クッションを作れそうな素材はないかと森を探索していた。久し振りに独りの時間が作れたので、最近充電のコツを掴んだ音楽プレイヤーにイヤホンを装着しお気に入りのアニソンを聴きながら。やっぱユキトキって最高だな。
こんなにのんびりしていていいのかと思われるかもしれない。だが俺は勇者ではない。被害を減らすために急いで魔王を倒す必要もなければ、誰かに追い立てられているわけでもない。そしてなにか目的があるわけでもなかった。世間には死んだと思われているので、しばらく滞在してもいいかもしれない。
ただ、古龍が最初に「なんかあったら手ぇ貸せよ」と言っていたので、なにかしらの兆候があるのかもしれない。若しくは『予知』みたいなスキルとか。できれば“それ”が起こる前に退散したいんだが……多分無理だろうな。あの古龍人智超越してそうだし。俺達がそれに関わることが前提での交換条件だろう。
とはいえ、余程のことがなければ大丈夫だ。同行しているヤツらは強いからな。ディルトーネなら俺達の行先がわかると思うので魔王側の刺客はここにいる俺達を襲えるだろう。だが古龍の結界を打ち破れるほどの強さがあいつらにあるとは思えない。古龍はおそらく神の試練で言うところの九十一階層から先、神話の存在共が出てきたあの辺りの敵と同じくらいの強さを持っていると思う。魔王軍幹部揃い踏みならなんとかなるかもしれないが。
「……ここを出たら次の島に行く手段を探さないとな。人目につかない方法を考えないと」
空を見上げれば他の島というか大陸が浮かんでいるのが見える。黒くて禍々しい島が魔王軍の総本山らしいが、おそらくあそこに行くまでに島々を渡っていかなければならず、勇者様のお優しい性格で各地の問題を解決して回っているのだと思う。
そんな勇者様は俺達とは別の街で活躍していたらしい。今はどこにいるかわからないが、あまり早く次の島に行きすぎるとバッティングしてしまう可能性もある。しばらくはのんびりする方針でいいか。他のヤツらも遊んでばかりいるわけではないようだし。
後はニアとミアへのプレゼントを考えないとな。あの二人が一番身を守る術がない。ある程度戦えるとはいえ強敵相手には手も足も出ないだろう。誰かが一緒にいればいいが、もしかしたら単独で強敵と遭遇する場面になる可能性もある。その時のために備えておく必要はある。
神の試練で色々なモノを手に入れたわけだし、有効活用しないとな。
そんなことを考えながら呑気に探索していると、綿花らしきモノを見つけることができた。周辺を探って群生地を発見したので、これでクッションでも造ってみよう。布に綿を詰めればそれっぽくなるよな?
「……羊毛を量産するスキルとかないかな」
綿花から綿を採取しながら、ぼそっと呟いた。羊毛クッションとか柔らかそう。使ったことないけど。
綿は詰めると思っていたより小さくなるという話をどこかで聞いたことがあったので、採り切らない程度に集めまくった。
残るは綿を詰める布だ。クッションは柔らかな感触も大事だが外側の肌触りも重要だ。とはいえなにを使ったものか悩むな。毛皮にすると匂い消しが必要になるし、布の作り方なんぞ知らない。適当な余り物で包んでみるか。
ということで拠点に帰宅。自室となった場所で俺の持ち物を確認し丁度良さそうな袋を探す。
寝袋に綿を詰め込んでみる。床にそのまま寝転がるのはあれなので、外套を敷いてその上に綿を詰めた寝袋を設置。その上に仰向けで乗っかれば……うん、まぁマシかな。ベッドの上だったらもっと良かった。さて、ここからはPCでアニメを観る時間だ。部屋割りを決めたり家具を造ったりと忙しいだろうし、俺はのんびりしていよう。
そうして俺は、食事と睡眠以外の時間をアニメ視聴に費やして一週間を過ごすのだった。……我ながら自堕落な生活を送ってるなぁ。ま、まぁアニメから技のヒントを得ることだってできるし? 絶対的に意味がないとは言い切れないし。
「……まずは衣食住を整えてから、研究に移らないとな」
そんな言い訳を口にしながらのんびり過ごしていたのだが。
「クレトさん、見てください! カーペットが出来ましたよ!」
「協力して棚を造ったんだ。欲しいモノを持っていってくれ」
「少し難しかったけどベッドが出来たわ。クレトの分もあるわよ」
ユニ、セレナ、メランティナが他の人と協力して家具を造り終えたらしい。自室に運び入れるとほぼなにもなかった部屋に生活感が出てくる。
……これじゃあ研究始めるしかないじゃん。
働かない免罪符を失った俺は、研究を始めることになるのだった。




