ぼっちは拠点を作る
古龍の森に建てる拠点について皆で話し合っていた。
とはいえ皆我が強いため話がまとまらない。
ニアとミアは俺に言ってきたように遊び場が欲しい。
メランティナは宿屋と同じような皆で暮らせる木造の建物を所望している。
ネオンはゴーレム研究施設を。
ナヴィは訓練場を。
クリアとセレナは森の中の湖近くに拠点を建てたいと言い出し。
フィランダは魔法や魔道具の研究施設を望んだ。
エルサは強いて言うならとツリーハウスを求め。
ユニ、リエル、アリエーラは特に望むところがないそうだ。
やいのやいのと言い合って議論しているが、結論が出ない。いくつかの条件を組み合わせればそれなりの形になると思うのだが。
「……じゃあ、とりあえず湖の近くに拠点を造ればいいんだろ?」
面倒になってきたので、俺が結論を出すことにした。俺はぼっち故に人が話しているところに入っていくのは苦手だ。俺が会話に入ることでその場の雰囲気を壊すのが嫌というか。面倒というか。
ともあれ、話が進まないと俺が建築をする都合上なにから行えばいいか悩んでしまう。できれば早く安全な屋内でのんびりしたい気持ちもあったので、拠点を最優先にする。
「わかった。では、クレトに協力する者と食糧の調達などをする者とで分けるとしよう」
結論さえ出してしまえば、リーダーに慣れている“水銀の乙女”のセレナが方針を決めてくれる。あれだけ議論していたというのに、他のヤツもそれに従っていた。……こんなに早くまとまるならさっさと結論出しておけば良かったな。無駄に長くならずに済んだのに。
「私はクレトと一緒にいますよ」
「オレは狩りの方が好きだな」
「拠点の間取りとか決めたいから、クレトについていようかしら」
「……もり、あそぶ」
「あそぶっ!」
「私は探索が苦手なので、ちょっとでも拠点を手伝います」
クリア、メランティナ、ユニが俺についてくることを表明した。ナヴィ、ニア、ミアは森の探索に出るようだ。
「……ニアとミアは、迷子にならないようにな」
「……んっ」
「だいじょうぶっ!」
広大な森だ。古龍なら全体を把握しているだろうから最悪あいつに聞けばいいんだろうが、あまり借りを作りすぎるのも後々に響く可能性がある。まぁここには強いヤツらが揃ってるし、なんとかなるだろう。
「私も探索に出よう。食糧の確保は急務だ」
「わしも同意見じゃな」
「なら私もそっちを手伝おうかしら」
「森での探索なら任せなさい」
「私も探索は得意」
“水銀の乙女”のメンバーは全員探索に出るようだった。彼女達に任せておけば多分大丈夫だろう。ナヴィだけなら不安だったが。
「では、各々行動を開始しよう。当面の目標は拠点を造り生活を整えることだ」
セレナが改めて告げて、それぞれ目的の場所へ歩いていく。
俺はクリアの案内で森の中にあるという湖へ向かう。程なくして着いた先には、そこそこの広さがある湖が広がっていた。湖面に陽光が反射して綺麗な場所だ。環境汚染もないので湖が透き通っている。それどころか清らかな雰囲気さえ感じた。
「ここ、精霊が生まれそうなんですよね。湖の精霊が誕生すれば、もっといい立地になりますよ」
同じ精霊であるクリアが感慨深く言った。心から後輩の誕生を歓迎しているようだ。俺からすると後輩という存在はただ先輩を追い抜いて「あれぇ? 先輩まだその段階なんすかぁ?」と嘲笑ってくるイメージが強いのであまりいい気はしないのだが。精霊にはそれがないのだろう。
「あっちの方に砂に面した場所があるので、そっちに拠点を造りましょう」
クリアの言うことを聞くわけではないが、湖の淵がどうなっているかも拠点には重要だ。早く決めて次の作業に移りたいし、悩むのが面倒というのもある。まぁ精霊という人とは異なる存在であるとはいえ、感性はそこまで変わらないだろう。
「へぇ、いいところね」
「はい、綺麗です」
クリアに案内された場所は、やや開けていた。湖に面した場所が浜のような砂場になっている。緩やかな斜面を描いているので、例えば船なんかもここから湖へ向かえそうだ。湖の広さは流石に琵琶湖ほどはないがかなり広い。船が造れるならのんびり漕いで回るのもいいかもしれない。久し振りに音楽プレイヤーをつけて気ままな時間を過ごすのがいいだろう。
独り気ままな時間で思ったのだが、拠点も防音処理とかできるようにしたいな。そんな技術があるかは後で『全知全能』に聞きながら確認しないと。
「……ならここにするか。拠点は……あの辺でいいか」
「いいと思いますよ。広めに場所を取ってしまいましょうか」
俺が指を差すと、クリアが言って両腕を『液体化』させ触手のように伸ばす。先端のみ刃状に変形して『硬化』させた。それらを振るって木々を根元から伐採していく。……元の世界より効率いいな、それ。
水の触手を枝分かれさせて倒れていく木を受け止めゆっくりと下ろしている。森を守護していた側だったというのに手慣れているな。
「……メランティナは残った切り株を引っこ抜いておいてくれ。ユニはクリアの手伝いを」
一応指示だけ飛ばして、拠点の構想を練り始める。俺には後で切り株を引っこ抜いて出来た穴を埋める作業も待っているが、とりあえず三人に任せよう。
とりあえず、いきなり難しいことには挑戦せず長方形のわかりやすい形で造るとするか。個室一つ一つの広さなども考えるとやはり設計図のようなモノは書いておいた方がいいと思うが……。
『全知全能』、丁度いい感じで設計図を作ってくれないか?
俺には設計図を組み立てるノウハウがない。スキルなどの技術なら『観察』しただけで『模倣』できるが、設計に無理がないように建築するという知識がない。それを補うのが『全知全能』の役目……だと思っておくとしよう。もちろん俺が持っている僅かな知識でなんとかできるならそれでもいいんだが、残念ながら俺は建築について学べる高校ではなくただの普通科高校に入学している。専門的な知識は持っていなかった。
――可能。頭の中に設計図を提示する。
できるのか。名前の通り万能だな。と思っていると頭の中に水色半透明で描かれた立体の設計図が浮かんできた。……コンピュータとかで表示するレベルじゃねぇか。ちゃんと寸法も俺達全員個室があって余りある大きさだし、個室の部屋の大きさも充分だ。
……なんでこんな精密な設計図が出来るんだ?
――全知故に。思考の隅にあった情報を元に構築している。
頼もしい返答だった。そしてどうやらこの個室の大きさは、俺がはっきりとは認識していない「これくらいが個室の広さとして充分」という情報を元に設計している、ということらしい。……いや便利。
設計図を改めて確認していると、リビングや浴場などもあった。俺が欲しい部屋だな、と思っていたところに手が届く設計。流石は『全知全能』、できるヤツだ。いや人じゃないんだけど。むしろ元の世界で言うところのコンピュータみたいな感じなんだけど。
「……兎に角、これで建てられそうか」
呟いて設計図で描かれた幅と見ている光景を重ねてみる。クリアに指示して周囲の木の枝が拠点に当たらず、日差しも遮らない程度の範囲で伐採してもらった。メランティナが怪力で切り株を引っこ抜き、ユニは魔法を駆使して木の枝を削ぎ落し先端を切り落として丸太を積んでいっている。ユニにクリアを手伝わせたのは正解だったのかもしれない。ちゃんと意を汲んで丸太にしていってくれている。まぁ素人目、ざっとではあるのだがそれを使えるように加工するのは俺の役目だろう。必要な丸太の本数は? と『全知全能』に尋ねて伐採した丸太の数を照らし合わせた。……全然足りないな。まぁ当然か。後で古龍に伐採の許可を貰っておくか、揉めると面倒そうだし。
古龍がどれほどの力を持っているのかは不明だ。ただ前人未踏の秘境にあるわけではないので、おそらくこれまでに数多くの人間が古龍討伐に挑んだのだろう。そして悉くが討伐に失敗して今も尚古龍が生きている。一応この世界に存在する大陸ではここが最も弱いと思うのだが、それでも強い者はいるはずだ。勇者君が来るまでもなく、それこそ俺以外のヤツらは元々この世界で生まれ育ち、しかしかなりの強さを誇っている。そういうヤツらが古龍に挑まなかったかというと、多分そうではない。そういう文献を見つけたわけではないが、おそらく古龍はそんなヤツらでも太刀打ちできないほどの強さを持っている。仮に俺が戦ったとして、一瞬で消される可能性をどうして捨てられようか。俺の戦い方の都合上、最初に俺が感知するよりも速く全身余すことなく消し飛ばされれば死ぬ。ステータスは大幅に強化されているため不意打ちを食らうこと自体が稀だとは思うが、それでも油断はしない。完全なる初見殺し、これこそが俺の『観察』や『模倣』の欠点なのだ。
だからこそ、かなり強いと思われる古龍相手には、戦うようなことをしないという関係を保っていきたい。もちろん向こうとしても警戒しているようなので、下手な真似はしないだろう。
腹を割って話すとか柄でもないので、無言で考えて不干渉を貫く。いつものことだ。
立地とスペースの確保が終わったら後は俺次第。三人にはもう好きにしていいと告げて、俺はまず切り株を引っこ抜いて出来た穴を埋める。地下室を作るという案もあるが、どうしよう。ダンジョンで手に入れたガイアのスキルがあれば簡単に造れるだろうし、まずはそっちを先にした方がいいか。地下の研究施設とか、一部喜びそうなヤツらがいることだし。古龍も森のどこかで怪しげな研究をされるよりは、地下でやってもらった方がいいだろう。土壌に影響が出ないよう空間ごと隔離しておけば厄介事を招かないだろう。
というわけで、早速地下室を構築しよう。
ダンジョンの九十四階層で相対した、大地の女神ガイア。ダンジョンという全方面を土に囲まれた場所で戦う相手としては、かなり厄介な相手だった。『模倣』してきたスキルによるゴリ押しを繰り返しながら時間を稼ぎ、同じ能力を『模倣』して抑えつけなければ勝てなかっただろう。
そんなガイアから『模倣』できたスキルは三つ。
一つは『ゼウス』などと同じ権能スキルである『ガイア』。全ステータスを大幅に引き上げ、土系統を扱う上で最高位に位置するために土系統を相手が使おうとした場合即死させることが可能。ここまでは『ゼウス』とほぼ同じだ。『ガイア』の独自効果として、周囲にいる味方へ強力なバフ効果を付与することができる。ただし大地の上にある時のみで、空中にいる味方はこの恩恵を受けることができない。ジャンプした瞬間に切れるとかそこまで厳密なモノではないが、区分の怪しいスキルではある。というか『孤立』持ちの俺に味方への強化効果とか皮肉が利いてんな。
二つ目は『母なる大地』。大地に類するモノを好きに操作することができる。その上周囲一帯の自然に好かれる。植えた植物は育ちが良くなり、本来持つ生態以上の実りを齎すなどだ。また荒廃した自然と復活させることができる。
三つ目は『生命回帰』。神話において神々を生んだとされる女神ガイア――と同じような存在なのかは兎も角。そんな由来のスキルだろう。いける! と思った直後万全の状態にまで回復した時は何事かと思った。命あるモノの状態を巻き戻すスキルだ。自分の傷、消耗した魔力ですら元通りになる。相手が動物なら生まれたばかりの状態、それ以前にすら戻すこともできる。しかも回数制限がないと来たから、二回目が発動されてからは諦めて発動される前に倒し切る方針に切り替える必要があった。それができなければ、俺はあそこで死んでいたか一生勝敗がつかなかっただろう。俺もこのスキルを『模倣』したわけだし。自分以外にも使える、というか本当は自分以外に使用するスキルだ。自分に使うだけなら本来の力は発揮されないのだが、他者へ使うと対象のステータスが増幅して復活する。制限があるとすれば、対象が瀕死になっていなければならないということくらいか。どこぞの戦闘民族の特性を他者に与えることができる感じだ、とこの効果が判明した時に思った。まぁこの効果を知ったのは『全知全能』でスキルの齟齬を失くしている最中だったのだが。もしガイアが他の神と協力して戦った場合、おそらく俺に勝ち目はなかった。そう断言していいスキルだ。
とまぁ凶悪スキル目白押しなわけだが。俺が今回使うのは『母なる大地』のみである。大地を操れればいいんだから、他二つのスキルは必要ない。……どうでもいいが種族を『模倣』した時のヴァルキリーのように、性別は影響しないらしい。このスキルを持っていることで母のような包容力が身に着くわけではないので当然か。
『母なる大地』によって、俺の指定した範囲の土が退き長方形の穴が出来る。深さは七メートルほどだ。やや深めに掘っておいた。加えて壁と床に『神鋼化』を施していく。厚さは十センチくらいあれば充分だろう。この処理は重さで崩れないようにするために必要だ。まぁそんなことのためにオリハルコンを使うのは贅沢というモノだが、俺ならほぼ無限に生み出せるので問題ない。
ともあれ人が造れる中では最硬の地下室の土台が出来上がった。
オリハルコンで頑丈さを確保した後はスペースを作るために退いてもらった土を煉瓦として使える土へと変換後、『神炎魔法』で焼き上げて煉瓦を作っていく。煉瓦の作り方は『全知全能』に補完してもらい、炎系魔法最上位で焼き上げることで特殊な煉瓦に仕上げていった。焼き上げるのも魔法で効率良く、現代と比べてもおそらく高速でできているだろう。爆発程度なら余裕で耐えられる。
『母なる大地』で土の量を増やし『全知全能』に必要数を計算してもらう。魔力量もえげつないことになっているため一気に焼き上げていった。
出来上がった煉瓦は赤茶色に白を混ぜたような色で、軽く丈夫。これ以上ない素材になった。折角だからシヴァから『模倣』した炎を使いたかったが、残念ながらあれは破壊を司る炎なので燃えカスしか残らない。
煉瓦の周りにセメントみたいな泥土を塗って壁際に積み上げていく。俺は頑丈な組み方を知らなかったので『全知全能』に聞いてその通りにやった。俺が思いつくのなんて二つ置いてその間に載せる方法ぐらいだからな。いくら後で固まるとはいえ不安が残る。地上ギリギリまで積み上げてから床を作る。デザインを考える能力が足りなかったので同じように煉瓦を敷き詰めてみる。
「……まぁ、初めてにしては上出来か」
不器用でないこと、この世界に来てステータスが上がったことを考えてもわれながらいい出来だと思う。想定する建物の半分くらいの広さで作ってみた。
ここからは設計図通りの建物を上に作る作業だ。まずは土台から。……とりあえずオリハルコンを土台にするか。オリハルコンをこんなことに使うヤツなんていないだろうが。
本来なら土台にする鉱石やなんかを削って整えて、とする必要があるのだが。『母なる大地』でもなんとかなるし、オリハルコンを操作することもできる。ダンジョンで色々な敵と会えて良かった、と今は言うべきか。
『全知全能』に設計図の修正を頼み、土台を造り始める。
そうして俺は食事が出来て呼ばれるまで作業を続けるのだった。




