一行は古龍の森を目指す
もう覚えていないと思いますが、前話の前書きで私がなんと言ったかわかりますか?
「思っていたより早く次の章にいけそう」
って言ったんですよ。
それから一年以上経過しているわけです。不老長寿の種族でもなければ許されない期間ですよ。
……来週も更新します(これはガチ
鬱蒼と生い茂る草木のせいで視界は悪い。
高く伸びた木々のおかげで日光が遮られてどこまで歩いても涼しげな空気を味わえる。
だがどこを見回しても草木しかないせいで方向感覚を失ってしまう。
半分以上引き籠もりだった俺が歩くには、少し難易度の高い場所だった。
古龍の樹海。そう呼ばれている場所に、俺達は来ていた。
地図で描いたなら緑一色で塗り潰されたであろう一帯を歩いて数時間は経過しただろうか。入る時は真上にあった太陽が傾いている。夜が更ける前に目的地へと辿り着きたい。
「……同じような景色ばかりだと先に進んでるのか怪しくなるな」
俺の『観察』でも道筋が見えるわけではない。『全知全能』に聞いても樹海が常に変化しているため予測は不可能という返答のみだった。便利ではあるが名前負けしている感が否めない。
「んー……。こっちで合ってるはずなんじゃがのう」
「そうなんですよねぇ」
同行している中で、ネオンとクリアが道案内をしていた。なんでもこの古龍の樹海へ挑むには精霊との契約が不可欠なのだとか。精霊そのもののヤツはいるが、精霊にしか道順がわからないようになっているらしい。樹海全体に特殊な結界が張られているようだ。俺の『全知全能』でもそれが確かなことだというのは確認できた。ついでに『龍結界』というらしいそのスキルも『模倣』している。
しかし精霊であるクリアは道がわかるというのは理解できるのだが、なぜゴーレム好き幼女であるところのネオンまでわかるのかが理解できない。
聞いても、
「ふっふっふ。それは後でのお楽しみというヤツじゃな」
と意味深な笑みではぐらかされるだけだ。もしかしたら無邪気に見えて俺に『観察』されることを警戒しているのかもしれないと考えているが、さてどうだろうか。いつかに聞いたゴーレムパンチとやらがただのパンチなのかゴーレムの腕を使っているのかとか、少し気にはなっている。ゴーレムの作成に活きるスキルなら是非とも『観察』しておきたい。
まぁどちらにしても実際ゴーレムを創るとなれば嫌でも見ることになるだろう。今は待っておくか。
とりあえず二人を先頭に歩き続けて更に数時間ぐらいが経過した。流石に正確な時間がわかるわけではないが、夕方に差しかかっていた太陽は既に見えなくなっている。
「……モンスターは出てこないんだな」
俺はなんとなく呟いた。答えが欲しかったわけではないのだが、フィランダが答えてくれる。
「ここのモンスターは無闇に襲ってこないというだけよ。実際にはそこら中にいるんでしょうけど、古くから住まう古龍によって統治されているから。侵略者には手厚い歓迎を、訪問者には結界の試練を、っていう風に分けているそうよ。実際に古龍と話したっていう人の手記に書いてあったわ」
へぇ。モンスターにも上下関係とかあるんだな。あると面倒ではあるが、丸く治めるためには必要なモノらしい。元の世界だろうが異世界だろうが、人だろうがモンスターだろうがそこは変わらないようだ。
「もうすぐの気がするのじゃ。もう一踏ん張りじゃ」
ネオンが皆に呼びかけて先頭をずんずんと進んでいく。それから十分ぐらいが経過したところで、
「「「っ!」」」
景色が一変した。同時に途轍もない魔力が目の前に現れる。
変わらず森の中を進んでいたはずだし、先の景色も森だったはずだ。しかし俺達のいるところに木はなくなり、目の前のヤツと俺達を避けるようになっていた。
「ようこそ、奇妙な取り合わせのヒト達よ」
目の前のそいつから、声が発せられる。年老いた男のような声だった。
大きさは巨大という他ない。背中を丸めて小さな前足に顎を乗せる体勢なので全体像はわからないが、人一人が牙ほどの大きさしかないと感じるほどの、超巨大なドラゴンだった。黄緑色の鱗に覆われた上で所々が苔に覆われている。威圧感満載の巨体だが、黄色い瞳で見つめてくるその表情は柔らかい印象を受けた。背中を丸めているが森の木々より高いので、こんな大きいヤツがいれば森の外からでも視認できると思うのだが。ここに到着するまでの様子といい、古龍ってのは空間を歪曲させる力でも持っているのだろうか。
「儂がこの森を治める古龍、と汝ら呼んでいる存在よ。ヒトのように宴はせぬが、如何用かくらいは聞いてやろうぞ」
モンスターだが、人語を話せるらしい。手記を書いた人というのが竜の言葉を話せていたからだったらどうしようかと思うところだ。
「して、汝らの代表は誰になるか。儂の森に用があると言うなら、申してみせよ」
古龍は続ける。代表と聞いてなぜか俺に視線が集まった。見知らぬ他人ではないとはいえ居心地の悪いことだ。この流れで断ってぐだぐだにしてしまうのも面倒だ。今日はさっさと休みたいしな。
「……ある研究をしたくて来た。もちろん森の破壊をする気はない。静かに研究ができて、人が少なくて、食糧調達が可能な場所という条件に当て嵌まるのがここだっただけだ。安寧を邪魔する気はない」
「そうか。であれば汝らの滞在を認めよう」
話してみると意外と話のわかるヤツだった。すんなり受け入れてくれる、かと思ったが。
「ただし、条件がある」
……出たよ、こういうパターン。「いいだろう。ただし、条件がある」のヤツだ。そんなに相手を持ち上げてから落としたいのか。
「……条件?」
「そうだ。儂が滞在を認めるということは、この森の結界の庇護下に入り、森の恵みを受け、汝らの居住するところを好きに使って良いということだ。それにはまず、試練を受け汝らの力を示すがいい」
試練ね。まぁなんだかんだと優秀な人材が揃っている。俺の出る幕は一切ないだろう。
「試練は単純よ。五回戦って、勝利数が多ければいい。一度の戦いに参加できるのは三人までとする。こちらは選出された者から感じる力に応じて数を調整する。以上だ」
純粋に戦う力を競うようだ。ただ目の前の古龍が参戦するとなれば話は別だ。偽物とはいえ対応力の高い俺が出るしかないだろう。そうなれば面倒だが、こちらの参加者に応じて選抜するらしいので古龍自体が出てくることはないだろう。
ただし、古龍がきちんと参加者に応じた戦力を宛がってくれれば、の話だ。最悪格上と戦わされることも想定される。そうなるくらいならスキル上明確な格上が存在しない俺が戦うべきということになってしまうが。
「誰が出るか」
“水銀の乙女"のリーダーとして仕切りをやってきているであろうセレナが話を始める。
「「オレ(わし)に任せておけ!」」
戦略と相性を考えて選んでいくべきだと思うのだが、真っ先に二つの声が上がった。
黒魔人赤種のナヴィと“水銀の乙女”のネオンだった。互いに薄い胸を張っている。こうして見ると似た者同士のような気がしてくるから不思議だ。
「悪ぃがオレ一人で充分だ。ちみっ子は引っ込んでろ」
「ちみっ子じゃと? 年上に対する態度がなっておらんようじゃの。お主こそ引っ込んどれ」
しかし二人は顔を見合わせると互いに挑発し始めた。似た者同士じゃないかもしれん。いや、同属嫌悪とも言うか。というかナヴィより年上なのか、ネオンは。
「……じゃあもう二人でやればいいだろ、面倒だ」
言い争うくらいならさっさと済ませて欲しい。
「了解だ、師匠。オレがこのちみっ子より活躍するところを見ておいてくれ」
「ふん。分を弁えない小娘には負けんわ。わしの活躍をとくと見ておるがいい」
両者は競い合うように前に進み出る。そういえばネオンが戦闘するところは初めて見るな。折角の機会だから存分に『観察』しておくか。
「その二名か。ではこちらも二体、サルガとデルガよ」
古龍の声に応じて二体のモンスターが姿を現した。
焦げ茶色の毛を持つ同じような姿をしたモンスターだ。体格が良く全長は三メートルほどとなっている。顔は見えないようになっていて、それぞれ赤と青の仮面のようなモノをつけている。ただ紐がないので顔に貼りついているとしか思えない。仮面に空いた目の穴の奥には光がなかった。……ホントに普通のモンスターなんだろうか。いや、違うか。だって最強の種族であるナヴィが出るとわかって選んだわけだし。見た目は地味だが強いんじゃないか? ナヴィは仮にも黒魔人だそうだし。頭で考えるのはできないだろうが、実際には強いと思う。
「では汝らの力、見せてもらおうか」
古龍の合図によって試練の一戦目が開始される。
「おっしゃいくぜぇ!」
まず、ナヴィが一人で突っ込んだ。二人で戦うというのに連携もくそもない行動だ。まぁそこはナヴィだから仕方がないか。
彼女はまず赤の仮面をつけた方に狙いをつけたらしい。真正面から突っ込んでいって、突っ立っている敵に右の拳を叩き込んだ。どむ、と重い音は鳴ったが全く吹き飛ばず後退もしなかった。ナヴィが呆然と敵を見上げている内に、仮面の青い方が横から顔面に向かって拳を振るう。後ろに跳ぼうとするのを赤い方が腕を掴んで止めて、ナヴィの頭に拳が直撃した。嫌な打撃音が響いて身体が流れる。通常時の俺もそこそこ強くはなってきたのだが、今の拳は目で追うのが精いっぱいだった。確かにナヴィの相手としては申し分ないな。今の俺はメランティナより多少強いくらいだし。
ナヴィが抵抗しないのをいいことに、青仮面は次々と拳をぶち込んでいく。全身漏れなく、ボコボコにするように。血が飛び散り痣が増えていった。
「……全く。とんだ口だけ女じゃったな。なにも考えず正面から突っ込むだけとは」
ネオンの声が冷たく響く。彼女はナヴィが一方的に殴られているというのに、なにも手は出さない。しかし着々と戦闘準備は進めているようで、歪んだ虚空に手を突っ込んでなにか弄っていた。
殴られているナヴィも死にはしていないようで、足腰から力が抜けていない。流石に目の前で殺されるようなら止めてやった方がいいかもしれないが、俺が怒られるだけだろう、一応師匠なのに。
「じゃがおかげで準備はできたのじゃ。活きだけはいい小娘にしてはよくやった方じゃの」
妙に煽るような発言をして、手を突っ込んだ虚空からなにかを引っ張り出す。
「これがわしのゴーレム! その三十七号君じゃ! とくと見るがいい!」
お披露目できるのが嬉しいのか、嬉々としてゴーレムを取り出した。それは全長五メートルもある巨大な人型の岩だった。全身は紫色で、頭にある二つの目だけが紅く輝いている。
「ゆけわしのゴーレムよ、敵を蹂躙するのじゃ!」
ネオンが堂々と指示することで、ずんずんと三十七号君が歩き出す。……鈍いな。ってか結局お前も正面から行かせるんじゃねぇか。
敵の二体はナヴィをぽいと投げ捨ててゴーレムに向かい合う。そして素早く肉薄して二体同時に真ん中へ攻撃するために左右それぞれの拳を叩き込んだ。しかしゴーレムは硬いからか、全く退かずに二つの拳を振り上げる。そして渾身の力で叩きつけるも、敵はそれぞれ拳を受け止めてからもう一度同じように、さっき以上の威力を持たせて三十七号君を殴りつけた。結果、胴体が粉砕されてゴーレムが崩れ落ちる。
「な、なんじゃと……っ!?」
ネオンが目を見開いて驚き、
「……わしの三十七号君が……わしの可愛いゴーレムが……」
膝から崩れ落ちてがっくりと両手を突く。……おい。五回あるとはいえこの勝負に負けたらこの森使えないんだぞ。わかってるんだろうな、というか本気出せよふざけてないで。
「ちっ……。結局てめえも一人で倒せてねぇじゃねぇか」
ネオン本人に攻撃しようとする二体の後ろから声が聞こえる。二体が振り向く前に背中を手で掴み、青黒い柱を立ち昇らせた。『黒魔導』か。二体を攻撃し手傷を負わせたナヴィはネオンの方に歩み寄っていく。
「ほら立てよ。まさかただのモンスター如きがオレの黒魔導で死なねぇとは思わなかった。手ぇ貸せ。倒すぞ」
「……ふん。ようやく年長者に頼ることを覚えたか。殴られて冷静になるとかどんな頭してるんじゃ」
「煩ぇ。いいからさっさとやるぞ。あの程度にやられてちゃ、話にならねぇからな」
楽しそうだった開始前と比べると、いくらか冷静になったようだ。普段からそんな感じならいいんだけどな。
「そうじゃな。お主らの前で戦うのは初めてじゃから、わしも不甲斐ないところばかり見せるわけにはいかん。反撃開始といこうかの」
「おう」
そして、ナヴィとネオンによる反撃が始まる。




