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エセ勇者は捻くれている  作者: 星長晶人
古龍の森

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黒魔人は自らの最強を目指す

 ユニと話をした翌日の昼過ぎ、俺はナヴィに呼び出されていた。


 昨夜のユニについてもそうだが、こちらから話そうと思っていたところに声をかけてもらえるのは助かる。俺からアクションを起こさなくていいから楽だ。


 ただし呼び出されたのは昨日ナヴィがイルミナと戦っていた魔王軍の訓練場だった。そこには当然、イルミナもいる。俺が来たと見るや笑顔で挨拶してくれたが、ナヴィとは特になにも話していないようだ。人は相手によって態度を変えるモノだが、ここまで露骨だと逆に意識しているように感じる。昔馴染みのようだったし、今は自分の方が強くなったから興味がない、という態度を取っていても思うところは消えないのだろう。


「来てくれたか、師匠」

「……お前からの呼び出しは珍しいしな」


 それに、今回は俺からの用件もある。まぁ大体同じことだと思うし、来ることについては問題なかった。問題があるとするならここが魔王軍の目がある訓練場だということだが。


「おう。オレは強くなるために、師匠についてきた。師匠は強ぇからな、師匠についてくればオレも強くなれるんじゃねぇかって思ったわけだ」


 それは知っている。言っても聞かなさそうだったから仕方なく了承したが、俺がナヴィに師匠らしいことをした覚えは一切ない。


「けど違った。師匠の強さは師匠にしかできない強さだ。オレが真似できるもんじゃねぇ」


 そうだな。俺の能力は『観察』、『模倣』に偏っている。他のヤツに同じことをやれ、というのは些か無理がある。本来努力や研鑽というのは人と同じことをするのではなく、自分の力を身につけるためのモノだからだ。他人の真似をするのは向上のために必要なこともあるが、全く同じになる必要はない。そういう点で言えば、ナヴィは師匠にする相手を間違えた。


「それに、師匠についてきて思ったんだよ。オレが目指してるのはそういう強さじゃねぇって」

「……そうか。確かにお前の戦闘スタイルとは方向性が違うよな。どっちかと言うと妹の方が近い」


 目指す方向性の違いが明確になったのなら、ナヴィが俺についてきた意味も少しはあったのかもしれないな。


「いや、あいつはねぇ。あいつの強さは師匠一人に依存した強さだ。あいつは強く在りたいんじゃねぇ、師匠を支配したいだけだ」


 ナヴィが吐き捨てるように告げる。たった一度の邂逅でそこまで見抜くとは、伊達に戦闘狂やってないな。


「オレはここの出身だからよくわかる。『虚飾』に選ばれた師匠は、真似してるスキルを自分の力だと思ってねぇ。真似できることも自分の力だって思ってたら『虚飾』にはなんねぇんだ」


 ナヴィにしては珍しく理屈を並べて断言した。……まぁ、間違っちゃいないな。所詮は借り物。真似できるのも俺が元の世界にいたら実現できなかったことで、異世界に来るとなった時に特技? やなんかをスキルというシステムに昇華した結果だ。『模倣』を構成している要素全てが本来の俺の力ではないことを証明していた。


「だから、オレが目指す最強と師匠の最強は違ぇんだ」


 ナヴィは改めて言い直す。……だからもう俺には興味ない、って話だったら今も師匠呼びしてるのが謎すぎるよな。師匠呼びしてたせいで俺の名前を覚えてないとかじゃなければいいが。


「……で、お前はどうするんだ?」

「師匠よりも強くなる! そのためには師匠の近くにいて、師匠が倒してきたヤツをオレも倒せるようにならないといけねぇ」

「……一応、昨日の話を聞いて考えたってわけか」

「おうよ。そんで、いつか絶対師匠に勝ってやる」


 ナヴィは屈託のない笑みを浮かべて宣言した。


 こいつは間違いなくバカだ。どう頑張ったって、あいつ以外が俺の『模倣』を破る術はないのだから、勝ち目はほぼないというのに。こいつは底抜けのバカだ。

 ただだからこそ、勝算があるのかもしれなかった。


「……そうか。期待せず待ってる」

「そこは期待してくれよ、オレは師匠の弟子なんだぜ?」

「……お前が勝手に名乗ってるだけだろ。俺がお前に教えることなんてなかっただろ」

「勝手にオレが学ぶからいいんだよ」


 ナヴィは俺と一緒にいるヤツらの中でも相当に真っ直ぐだ。昨日は思い悩んでいた様子だったのに、今ではもう吹っ切れた様子を見せている。若干イルミナが苛立っているのがわかったが、おそらく面白くないのだろう。

 なにせ自分の力で強くなるというナヴィの目指す最強は、イルミナとは全く別物だ。イルミナは強くなりたいという気持ちが強いという点ではナヴィと同じだろうが、イルミナは他人の強さを見た時それを「欲しい」と思ってしまう。つまり、どちらかと言うと彼女の心情は俺に近い。その上で地力を上げることに余念がないのだから異常な強さを発揮して当然だが。


 要するに、ナヴィが俺の強さを否定するということは、当時にイルミナの心情を否定することにもなりかねないのだ。気に食わないのも当然だろう。


「貴様にクレトを超えることなど不可能に決まっている。今の私にも勝てないようではな」


 だからイルミナがこうしてナヴィに鋭い言葉を投げかけるのも、当然の結果だろう。


「あ? いつかっつっただろうが人の話聞けよ。当分勝てねぇくらい師匠は強いんだよ、てめえはちょっとしか知らないだろうけどな」


 売り言葉に買い言葉、と言うべきか。ナヴィがなぜか怒りを露わにして反論した。


「ふん。魔大陸からいなくなった時から変わらぬ弱さの貴様が、今更格段に強くなれるわけがないだろう。相変わらずのバカっぷりだな」


 そういえば昨日案内してもらっている最中に言っていたが、人はここを暗黒大陸と呼ぶがここにいる者達は魔大陸と呼ぶ。人基準だと「あそこは日の光が届かない暗黒の地」という名づけ方になっているようだ。だがここに暮らす者達は決して他の大陸に劣っているような呼び方はしたくない、ということで魔大陸と呼んでいるようだ。ネーミング一つ取っても人間の矮小さが滲み出るな。


「オレだって強くなってんだよ。……だから、今弱ぇのは知ってるつもりだ。今のオレじゃ、獣人にだってヴァルキュリアにだって敵わねぇ」


 ナヴィの表情に悔しさが滲んでいる。メランティナとセレナを挙げる辺り、ナヴィの最強への気持ちの強さが窺えるというモノだ。言っておくが、あの二人はお前の周りにいる中どころか世界でも相当に強い部類だぞ。


 なんにせよイルミナは、ナヴィが自分のことを弱いと認めたことに少し驚いているようだった。


「ようやく自分の弱さを認めるようになったか。私との勝負から逃げ出した時点で、理解してはいただろうがな」

「あん? 違ぇよ! オレは勝負から逃げねぇ!!」

「嘘を吐くな!」


 イルミナとナヴィが顔を突き合わせて睨み合った。周りは幹部と黒魔人赤種の諍いに巻き込まれまいと一歩離れる。俺もできれば離れたかったのだが、さきほどまで当事者だったことから逃げるに逃げ出せない。折角の機会だし、少し話を聞いてみるか。


「……そういや、二人って知り合いなのか?」

「あん? ……あー、まぁ、そうだな」

「ふん。貴様の顔など二度と見たくなかったがな」


 言いづらそうなナヴィと不機嫌そうに腕を組むイルミナ。こうしていると色に違いこそあれど、どこか似ているような気がする。同じ色魔人というのもあるのかもしれないが、どこか姉妹のような雰囲気すらあった。


「師匠はこっちのこと知らねぇだろうが、オレら色魔人ってのは色の違いに関わらず同じ村に住んでんだ」

「色魔人は最強の種族だ。その最強さを絶やさぬよう、色魔人内で子供を作る掟がある。より濃い血がより強い色魔人を生む。元を辿っていけば村のほとんどが親族になっているだろうな」


 だから二人も顔が似ているのか。


「んで、オレらが生まれる前に唯一の黒魔人だった男がいて、折角だからと二人嫁にしたんだよ。色の強い方から二人、な。で、白魔人の母親から生まれたのがイルミナ。その後灰魔人の母親から生まれたのがオレってわけだ」

「……似てるとは思ったが、異母姉妹かよ」


 道理で。となると、イルミナがナヴィを気に食わない理由もなんとなくわかる。自分の母親の方が高位の色魔人で白魔人で最も強い青種で生れ落ちたにも関わらず、白魔人より低い灰魔人から生れ落ちたのが、色魔人最強の黒魔人赤種だったわけだからな。


「色魔人同士の子供の場合、どの色で生まれるかはランダムになる。黒魔人と黒魔人だろうが、白以下が生まれることはあるのだ。その上、瞳の色で区分される種別も重要になってくる。わかりにくいとは思うが、白魔人青種ともなれば大半の黒魔人すら超える潜在能力を持つことになるのだ」


 基本の色で格差は出るが、種別によっては格差を覆すことができるのだろう。つまり、白魔人であったとしてもイルミナが生まれたことで村の者達ががっかりした、ということはないはずだ。むしろ白魔人の中でも最上位となれば喜ばしく思われたと思う。


 その後に生まれたのが、最上位の黒魔人赤種であるナヴィというわけだな。


「んで、白魔人青種よりも強い黒魔人は、赤種だけってことだ」


 ナヴィはどこか誇らしげに告げる。


「元々の潜在能力が高くとも、活かせないのであれば宝の持ち腐れだ。無様だな」

「てめえ……! 喧嘩売ってんのか!?」

「私と貴様では喧嘩にすらならないな、残念ながら」

「なんだと!?」

「ただの事実だろう?」


 気を抜くとすぐ喧嘩するんだから。喧嘩するほど仲がいい、ってヤツだと思っておこう。


「……で、勝負から逃げたとかって言ってなかったか?」


 なので気を遣って俺から話を振らなければならない。面倒だ。


「ああ、そうだ。こいつは直前で私に負けたこともあって、村の皆の前で勝負するとなった時逃げ出した。それ以来姿を見せないと思ったら、クレトに同行しているとはな」

「だから、オレは別に逃げたんじゃねぇっての!」

「ではなぜいなくなった!」

「あ、あの日、珍しい生き物を見つけて追いかけてたら、うっかり足を踏み外しちまったんだよ……」

「は?」


 ナヴィは気まずそうに目を逸らして言う。……いや俺も「は?」って言いたい気分なんだが。


「で、そのまま魔大陸から落っこちて人間に捕まっちまってたってわけだ。五年くらいか?」


 それで奴隷みたいな扱いを受けていたところを、俺が目撃したわけか。

 イルミナはナヴィの経緯を聞いて呆れているのか、唖然としていた。


「……そういえば、貴様は底抜けのバカで間抜けの阿呆だったな」


 やがてイルミナは頭痛がするように頭を押さえて言う。


「バカにしてんのか!」

「バカだからな」

「……まぁ、仕方ないな」

「師匠まで!?」


 本人は驚いていたが、妥当な評価だと思う。


「……まぁいい。一つ忠告しておくが、あの村に貴様の居場所はない。戻ろうなどとは考えないことだ」

「ん? おう。戻るつもりもなかったから別にいいぜ」

「そうか」


 一応姉のような立場にあるからか、イルミナが忠告していた。お優しいことだ。気に食わないのは間違いないだろうが、憎しみとまではいかないのだろう。


「……事情はわかった。お前からの話は終わりか?」

「おう。オレは師匠についてくが、師匠とは違う強さを見つけてやる。色魔人は、もっと上にいけるはずなんだ」

「……そうか。まぁ、好きにしろ」

「おう!」


 ナヴィは屈託なく元気に返事をする。


 確かに、言われてみればそうだ。

 黒魔人は確かに強いが、最強の種族と呼ぶには些か見劣りする。イルミナの強さも見てはいるが、ナヴィにはまだまだ力が眠っていそうだった。『黒魔導』は黒魔人特有のスキルだが、それなら種別特有のスキルはないのかとも思う。わざわざ分かれているくらいだから、なにかあってもおかしくはない。

 獣人における『昇華』や『獣人覚醒』のように種族毎の強化スキルもあるとするならば、黒魔人赤種の全種族最強という肩書きが呆気なく覆されてしまっている。簡単ではないのだろうが、それぞれの種族を突き詰めたようなスキルがあれば覆ってしまうのであれば、最強の呼び名の格が落ちてしまう。

 黒魔人赤種にはなにか特別な力がある、という風に考えるのは不思議なことではない。


「色魔人に更なる強さがあったとして、貴様が到達できるとは思えないがな」

「はっ。少なくともてめえよりは先に到達するけどな。一日で強さがリセットされるなら、オレの方が近づける」

「ふん。もし色魔人固有の強さがあるとしたら、種族としては格上の貴様に勝てる道理がなくなる。ならば、私にはどうでもいい。勝手に目指せばいいだろう」


 イルミナはつまらなさそうに言った。勝手な想像ではあるが、彼女は先に生まれながらもナヴィの強さに何度も敗北を味わってきたのだろう。彼女の劣等感みたいなモノはそこから来ているのだと思う。だからこそ強くなりたいと思った時に他人の持っているスキルなどを欲しがってしまう、というのがこれまでの様子を『観察』してきた俺の推測だ。


「……とりあえずお前の中での方針が定まったんならいい。俺は戻るな」

「おう! これからもよろしくな、師匠!」

「クレト。気が変わったら私の下へ来てくれ。お前のように強い者ならいつでも大歓迎だ」


 なんかイルミナの中の(わだかま)りも多少解消したようなので、二人の関係も好転するかもしれない。できれば仲良くしてくれるといいのだが。俺に同行していたヤツが幹部にちょっかいをかけていると噂されると面倒だ。目をつけられかねない。


「強けりゃいいってんのかよ。てめえも相変わらずだな。村の慣習とかガン無視じゃねぇか」

「貴様に言われたくはないな。あの村にはもう私より強い者はいない。ならいる意味などあるわけがないだろう。あそこに留まっていては、強くなどなれない」

「そりゃ同意だが、てめえオレに文句言える筋合いねぇじゃねぇかよ!」

「ふん。貴様のように間抜けで行方不明にはならず、私の意思で村を出たのだがな?」

「そりゃ喧嘩売ってんのか!」

「私と貴様では喧嘩にすらならないと、何度言ったらわかる」


 仲いいんだか悪いんだかよくわからんなこいつら。いやまぁ、悪いわけじゃないのか。いいということにしておこう。


 他の魔王軍の兵士達には悪いが、これ以上こいつらに構っている場合ではない。次になにをするか決めているわけではないが、隙あらば挑んできそうなので早々に退散することにするのだった。

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