84.王妃と旅行
いろいろあった惑星旅行から五日が経ち、月は変わって二月二日。私達の国アルイブキラは、計三ヶ月ある春の中盤となる、仲春の季節を迎えた。
荷ほどきもすっかり終わり、私達王妃付き侍女は通常業務を再開する。
パレスナ王妃は旅行前と変わらず、勉強の日々だ。
変わったのは、教師役。
今までパレスナ王妃の農学・化学教育をしてくれていた先王は、旅行中に樹人化症が完治した。
そのため、国に戻ってきてからは、数年ぶりに城外の人々の前へ姿を現すようになった。今の国王にはない特殊な人脈等もあるようで、その橋渡しに忙しいようだ。遅れてやってきた引き継ぎの時間ってやつだな。
代わりの教師役は、王宮で暇をしていたらしい王妹のナシーが務めるようになった。まあ、副業で作家業などしているくらいだし、忙しくはないのだろう。
だが、ナシーは先王と比べると、教え方にいまひとつ覇気がない。
彼女はまだ十八歳。教える本人も、学問は道半ばということだろうか。
その教師交代があったためなのか、パレスナ王妃の習得が順調なのか、勉強の時間は先月と比べるとだいぶ減っていた。
新たにできた空き時間で彼女が何をするかというと、マナー講師のミミヤ嬢によるレッスンか、あるいは趣味を満喫することになる。
パレスナ王妃の趣味。そう、絵画である。
今日もパレスナ王妃は、内廷に割り当てられた専用部屋で筆を振るう。
格好は、汚してもいい高級ドレス――矛盾したような言い方だが、王妃なので仕方がない――に、割烹着のような上着を着込んでいる。
旅行から帰ってきてから描き始めた絵の題材は、惑星脱出艦テアノンである。
「キリン、ここもうちょっと拡大して」
そしてパレスナ王妃が王妃候補者だった時期から、彼女の“お話役”だった私が今日しているのは、いつもの雑話披露ではない。
私は、惑星脱出艦テアノンを幻影魔法で再現する、一種の思い出写真代わりとなっている。
惑星旅行は計十四日間の日程だった。
そのうち、十日間がテアノンの住民との交流に使われた。
パレスナ王妃は、交流が始まった初日から、向こうの名士の娘と意気投合し、絆を深めていた。
言葉は通じていなかったが、互いに芸術の腕を披露し、簡単な作品を作っては交換していた。
その結果どうなったかというと、パレスナ王妃の手元には、惑星の様子を自分で描いたスケッチすら残らなかったのだ。
旅行中の何かを題材にして新たに絵を描くには、資料が足りない。
名士の娘から贈られた惑星の絵はある。だが、パレスナ王妃の若いプライドが、他人の絵を参考に自分の絵を描くという行為を許さなかった。
そこで目をつけたのが、幻影魔法を使える私というわけである。
正直、他人の絵を参考にするよりも幻影魔法はずるい気もするのだが……。というか模写も絵画の立派な手法の一つだと思うのだが、他者のスケッチを使うのはそれとは違うのだろうか。
「ああ、そう。そこよ。この部分、なんなのかしら」
「師匠の設計した三連装魔導砲だそうです。攻撃魔法を撃ち出す兵器ですね」
「うわー、そんなのあるのね。そうよね、あれだけの人を乗せているのだもの。身を守る術は必要よね」
惑星脱出艦テアノンの最大収容人数は八万人。実際には四万人乗っていた。
その旅路は、自分達の惑星を脱出して、すぐに惑星フィーナに到着というわけにはいかなかったらしい。
天界の道は複雑怪奇。ときおり、人が住むのに向かない他の惑星に放り出されて原生生物との戦いとなったり、人の住む惑星に出てそこの戦争に巻き込まれたりしたらしい。
「魔導砲を撃つ機会は少なかったらしく、もっぱら活躍したのは、人型搭乗兵器ミシオンだったそうですよ」
「あー、あれね。巨大なゴーレムかと思ったら、人が乗って操縦するというのだもの。驚いちゃったわ」
そう、テアノンには、搭乗型の人型ロボット兵器があったのだ!
それを駆使して、テアノンは数々の戦いを繰り広げ、最後に惑星フィーナへと辿り着いたとのことだ。
本当は世界樹にある天界の門から出てくるはずだったらしいのだが、天界の火の神が気まぐれを起こしたのか、惑星フィーナの方へと飛ばされたようだ。
そこで、彼らは私達と出会うことになった。
うーん、壮大だ。テレビアニメにしたら、四クールくらいのロボットアニメになるのではないか?
剣と魔法のファンタジーをやっている世界樹の世界とは、だいぶジャンルが違うな。
「ミシオンも絵に描きたいわねー。ほら、メイヤと仲の良かった子いたでしょう? あの子の乗っていたものが一番格好よかった!」
「メーさんのエースカスタム機ですね。なんでも超能力でオプション兵器を動かすという……」
少年メーの名を聞いて、少し離れた場所で他の侍女達と詩作にふけっていた侍女のメイヤが、こちらをちらりと向いた。
パレスナ王妃が絵を描いている間は、侍女達は手持ち無沙汰になるので、本日、彼女達は詩を作って暇を潰している。
いかにも貴族らしい雅な趣味である。私には到底できそうにないな。
「超能力ねえ。あれって、私にもできるのかしら」
「種族が違うから無理ではないでしょうか。一見同じ人種に見えますが、その成り立ちは異なります。今後惑星フィーナに世界樹から人が入植するとして、互いに交流を図っていくのでしょうが……。交配が可能かどうかも考えると、それもおそらく無理ではないかと」
って、メイヤ。ショックを受けた顔をするんじゃない。
なんだ? 少年メーの所にお嫁に行くつもりだったのか? 貴族の娘だから難しいだろう。
あ、いや、ありなのか。アルイブキラ国を代表して、『幹』も気にかけている遠い異国に住む幹部候補と婚姻を結ぶ。うん、ありだな。
ただ、子供が生まれるかどうかと考えると怪しいのだ。
うーん、『幹』とテアノンが得意とする遺伝子操作技術であるいはいけたりするのか? 普通にいけそうだなぁ。
「人体改造技術が進んでいるようなので、向こうの種族をこの世界樹の動物人類種に近づける試みが、もしかしたら行なわれるかもしれませんね」
私がそう言うとメイヤの表情が、ぱあっと明るくなった。
それを見て、パレスナ王妃が小さく失笑する。
そこで、私は一つ思いだしたことがあった。
「メイヤって新年のときに、婚約者がいるって言ってなかったかな……」
私がそう呟くと、部屋の空気が凍った。
メイヤが能面のような顔でこちらを見つめてくる。
やばい、こういうときにやんわりと諭してくれるサトトコが、今日は休みだ! 今の呟き、言わなかったことにできないかな!?
「ま、まあ愛は人それぞれですよね」
そう思いつくままに言ってはみるものの。
「キリンさんー。今の何もフォローになってないかもー」
メイヤの親友であるリーリーにそう駄目出しを受けてしまった。
ええい、いいからはぐらかすのだ。
「まあ、私達が超能力を使えるようになるには、そういった人体改造を受ける必要があるでしょうね」
うっ、メイヤがこちらを見たままだ。
「自分を変えてまで覚えようとは思えないわねー。そもそも、私、本来使えるはずの魔法だって習得していないわ」
パレスナ王妃は、場の空気をあえて読まなかったのか、そう話に乗ってきてくれる。
「魔法は覚えると便利なのですけれどね。生活が豊かになりますよ?」
私がそう言葉を返すと、パレスナ王妃はふふんと笑って答えた。
「魔法を使える人が身近にいれば、私もついでに豊かになるでしょう? キリンはずっと私の侍女を続けるのだし」
王妃付き侍女を続けるの、やはり決定事項なのかね……。一度国王と話し合って決めてほしいものである。
「今も、キリンに幻影魔法を使わせることで、豊かな絵画生活を送れているわね! 今後もよろしくね!」
「私が同行できないときは、自分で風景覚えておいてくださいね……」
「常に同行させるから問題ないわねー」
と、そこまで言葉を交わしたところで、こちらを見ていたメイヤが、思わずといった風に吹きだした。
「ふっ、ふふっ、本当にパレスナ様とキリンさんは仲がよろしいのですね。私も旅行に同行したというのに蚊帳の外で、妬いてしまいそうです」
「まあ、そこは数ヶ月早くパレスナ様付きの侍女になった、アドバンテージということですね」
メイヤの言葉に、私はそう返したのだが、パレスナ王妃はそれを否定する。
「あら、私は最初からキリンのことは信用していたわよ。何せ、私を暴漢から助けてくれたのだからね!」
「ああー、あれは、暴漢というか、山賊というか、工作員というか」
あれは、もう半年は前の出来事なのか。安全なはずの領内を馬車で移動していたパレスナ王妃が、山賊に扮した鋼鉄の国の工作員の集団に襲われるということがあった。
そこに私が偶然通りかかり、工作員を素手で殴り倒してパレスナ王妃を救ったのだ。確か、そのときの様子を脚色して絵画にした物もあったはずだ。
「あのときの私を描いた絵、どうしました?」
「ああ、あれ? キリンの絵が欲しいって言っていたから、ゼリンに売ったわよ。もしかしたらカードになるかもしれないわね」
「いつの間にそんなことを……」
ゼリンは、トレーディングカードゲームの事業を展開している大商人だ。方々の画家に英雄の絵を描かせて、それをカード化している。肖像権の概念のない世界は、これだから油断ができない。
まあ、カードになるのは今更だから気にしないでおくか。
「ゼリンに旅行の内容を手紙で送ったのだけど、詳しく聞きたそうな返事がきたわよ。キリンが同行したことも書いたから、そのうち貴女、呼び出しでも受けるのではないかしら」
「うへー。まあ、今度会いに行って、外国の今の動きでも聞いてきますよ。そろそろ鋼鉄の国の併合が成立する時期ではないですか? 式典、きっと招待されますよね?」
先々月にこの国と戦争を起こしかけた鋼鉄の国は、悪魔に国内をガタガタにされ、国として成り立たなくなった。だから、隣の国である塩の国に併合されることが決まっている。
この国は塩の国の友好国のため、併合の式典に国王夫妻を招待すると、親善大使であるハルエーナ王女が言っていた。
「今度の外遊が、城の外でする王妃としての初めての仕事になりそうねー。国内の視察より先になっちゃったわ」
「この前の旅行は、一応『幹』の最高指導者が来ていましたが……」
「女帝ちゃんとの旅行なんて、仕事でもなんでもないわよ」
いつの間にか、女帝蟻とパレスナ王妃が仲良くなっているなぁ。
旅行当初なんて、完全にかしこまって敬語で話していたというのに。
「女帝陛下だけでなく、世界樹で一番偉い人らしい蟲神蟻の賢者様がいましたが……」
蟲神蟻の賢者とは、世界樹においておとぎ話でも語られる伝説的存在だ。
神の蟻を従えた人間の魔法使いで、トレーディングカードゲームでカード化もされている大英雄だ。
「ああ、テアノンの艦長のリグールさん? あの人、自分はただの技術者だからかしこまる必要ないって言っていたわ」
だが、本人の態度はこんなものだった。ちなみに神の蟻とは女帝のことらしい。蟻人や女王蟻人は人という文字が入っているのに、女帝は女帝蟻という名称だ。本性は人型ですらないのかもしれない。
「ゆるいですね、『幹』のトップ二人……」
そう私が言うと、パレスナ王妃は少し真面目な顔をして答える。
「だからといって失礼なことはできないけれどね。陛下から、彼らに無礼を働いたら、全ての蟻人の怒りを買うって釘を刺されたから」
「蟻人って上が絶対の従属種族ですからね。とんだ罠ですよ、本当に」
女帝本人はゆるいが、蟻人という種族はゆるくないのだ。
直通回線の女帝ちゃんホットラインでは、気兼ねなく友人として話せているが、あれも他の蟻人にモニターされていたりするのだろうか。考えてちょっと怖くなった私であった。
そんな感じでこの話は終わったのだが、次の話題としてパレスナ王妃が爆弾を落とした。
「で、メイヤは結局メー君との仲、どうするつもりなの?」
突然そんな話題を振られたメイヤが、ぎょっとした顔をする。
「婚約者がいるのに、心はよそにある。貴族らしいといえばそうなのでしょうけど、王家の者としてはあまり看過できない事柄よ、それ」
王室の者は恋愛結婚で結ばれる。そして、王室は、貴族達にもできるだけ夫婦間で愛を育むよう、通達を出している。いつもの世界を善意で満たすためというお題目だ。本人達にとっては、大きなお世話だと思うのだが。
一方で、貴族側の実態は、政略結婚というか、親が結婚相手を決めることが大半だ。愛は、はたして育まれているのかどうか。
「ええと、それは、その……」
メイヤはパレスナ王妃の言葉に、困ったように言いよどんだ。
「今なら、女帝ちゃんに掛け合って、メー君との仲を『幹』に認めてもらうこともできるのよ。貴族間の約束事なんて軽く消し飛ぶわ」
「婚約破棄しますわ! 元々親の決めた婚約なのです。私は自分の意志でメー様と結婚します!」
ええっ、あっさり決めたよ。メイヤの婚約者、災難だな……。
「じゃあキリン、女帝ちゃんに連絡お願いね」
しかも私が連絡役!
えらいことになってしまったな。
「人間は、つがいが必要で面倒そうじゃのう」
と、そこでずっと黙っていた原初のドラゴン、キリンゼラーの使い魔が、古風な世界共通語でぽつりと呟いた。彼女はどうやら、アルイブキラの言語をこの短い期間で理解しているようだった。
くっ、他人事のように言いよってからに。あんたも本体は惑星フィーナにいるのだから、テアノン側への連絡役になってもらうぞ。
私は、メイヤの結婚宣言で盛り上がる侍女達を眺める。私の頭に浮かぶのは、祝福の言葉ではない。
一方的に婚約破棄されてしまうことになる、婚約者の男性。彼はメイヤという、それなりの美人である婚約者をなんの非もないのに失ってしまうことになった。私は元男として、そんな彼に同情を禁じ得ないのであった。
第六章は不定期更新予定です。次回更新は年内に行ないます。
書籍版は一月以降発売予定。2019/11/27の活動報告に主人公キリンのキャラクターデザインを載せています。
また、別作品の新連載を先月から始めました。
「21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!」
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