83.喪失惑星ESP系起死回生トラベラー<5>
異世界の少年メーが、惑星脱出艦テアノンに戻っていった。
少年メーが師匠の名前を出したあの後話したのは、この惑星へ移住するための交渉をしたいということだった。
すぐさま女帝が、テアノン側の代表者をアルコロジーに招いて、交渉を行うことを決めた。向こうの代表者に、こちらの世界の出身者がいるというのが、話し合いを進める決め手となった。
師匠の名前は、女帝も知っていたらしい。なんでも、アルイブキラに移住する前は、元『幹』の魔法技術者の幹部だったらしい。道理で、魔女の塔の地下に世界樹トレインの駅があるわけだ。
惑星脱出艦までは、私達がこの惑星に来るまで使った宇宙船を使って送った。
アルコロジーの近くに来るまでに少年メーが乗ってきたらしい乗り物は、見事にスクラップになっていた。まあ、大怪獣バトルが繰り広げられたまっただ中にあったというのだから、然もありなん。
宇宙船から見た惑星脱出艦テアノンは、めちゃくちゃでかかった。なんでも、最大収容人数は八万人で、現在は四万人が乗っているのだという。こんなものが通れるとか、天界の門って広いのだなぁ。
テアノンの使者は、その翌日にやってきた。艦長と副艦長、そして少年メーの三人だ。外には混沌の獣がいるというのに、また少ない人数で来たものだ。まあ、師匠がいるなら怪獣が来たところで後れは取らないのだろうが。
ちなみに先日少年メーが一人でこちらに来たのは、こちら側を警戒させないためと、彼がテレポーテーションを使って緊急脱出できるかららしい。まあ、そんな彼は怪獣に追いかけられた挙げ句に、ドラゴンに丸呑みにされたわけだが……。
さて、使者達はアルコロジーに入り、迎賓区画から離れた区画にある会議室へと通された。使者達との話し合いに、アルイブキラの人間は関わらない。彼らは、旅行で遊びに来ているだけだからな。
こちら側の参加者は、女帝、アセトリード、リネ、そしてなぜか私だ。相手の副艦長の弟子ということで、女帝から出席を要請された。リネが居るのは、異世界の道具がどんなものか気になっているということだった。
ちなみに、私の腕の中にはドラゴン、キリンゼラーの使い魔がすっぽりと収まっている。異世界人が気になるらしい。
「さて、こちらの代表者紹介からいきましょうか。私は、惑星脱出艦テアノンの副艦長、調整体管理番号1200283、名前をセリノチッタと言います。ご存じの通り、前世は世界樹の人間でした。そこにいる、何故か侍女のドレスを着ている馬鹿弟子の師でもあります」
かつて亡くなった師匠のものとは違う声質で、セリノチッタを名乗る少女がそう自己紹介をした。以前の師匠の面影も何もない、青髪の少女。
話しているのは世界樹の世界共通語。昔師匠が話していたアルイブキラの言語ではないので、話し方からも師匠の面影を捜し出すことができなかった。そもそも師匠とは三年間という短い付き合いだったから、少ない動作から師匠かを判断するのは難しい。
「こちらの男性が、艦長のリグール様です。調整体ではありません」
艦長と呼ばれた男性は、緑色の髪をした青年だ。艦長と言われても納得できる、きっちりした服装に身を包んでいる。
そんな簡単な紹介を終え、さらに師匠が言葉を続ける。
「ちなみに調整体とは、超能力の力を高めたデザイナーベビーのことですね。社会的カーストは最下級でしたが、私が反逆して地位を高めました。まあ、そんな社会も惑星ごと滅びましたが」
うへえ。なかなか壮絶そうな世界だな、向こうは。
ちなみにデザイナーベビーとは、生まれる前の子供を遺伝子操作だかなんだかし、超人的な子供を作るとかいう試みのことだ。昔、世界共通語の辞書を読んで、『幹』にその技術があることを知った。
「そしてこの子が、外交官のメーです。先日そちらにお邪魔しましたね。この子も調整体ですが、その超能力は、調整体の中でも極めて飛び抜けています。次世代の幹部候補なので連れてきましたが、かまいませんね」
問題ない、と女帝が手を振って応えた。
そして、こちらも順番に自己紹介をしていく。
女帝、アセトリード、リネ、そしてキリンゼラーと話していき、最後に私の番だ。
「世界樹のアルイブキラ国の王城にて、王妃付き侍女をしておりますキリンと申します。今回は、セリノチッタ様の元弟子として参加させていただいています」
「侍女! キリンあなた、本当に侍女などやっているのですか。魔女になるのはどうしたのです。それに元弟子ではなく、今も弟子ですよ!」
うわあ、こりゃ師匠だわ。
「まあまあ、その辺の積もる話は、この場が終わった後にでもじっくりするのじゃ」
女帝が割って入り、そして交渉が始まった。
「私達の住んでいた惑星は、修復不可能なほどに壊れました。徐々に崩壊していく世界で二年かけて惑星脱出艦を作り、周辺地域で生き延びたわずか四万人がこの世界に脱出してきました」
師匠がそうこれまでの経緯を説明する。
壮絶だなぁ。二千年前に世界樹を宇宙船として改造して月へと脱出した女帝からすると、同情するところがあるのではないだろうか。
「そして、世界樹のどこか余っている土地をどうにかして譲り受けようと考えていましたが……、惑星が再生されていたならば、わざわざ月へと渡る必要もありませんね。こちらからは異世界の技術や超能力の概念をお伝えするので、大陸に存在するソーアトルー(アルコロジー)のどれかをお譲りいただけませんか?」
「ああ、構わぬ構わぬ。好きなのを持っていけ。なんなら、稼働したばかりの世界樹都市エメルを使うかの? 都市に常駐する、世界樹の枝の管理者が誰かほしかったところじゃ。バレン家のナギーにでも頼もうかと思っていたが……」
ずいぶんあっさりとした了承だった。
「ちょっと、女帝陛下!? 異世界の道具を確保するチャンスなのですよー? もっと交渉粘ってくださいませんかー?」
リネがそう待ったをかけた。彼女は、道具協会の人間だ。道具協会は世界樹の文明を抑制するだけではなく、新しい道具を収集・管理するという役割も持っている。
だが、女帝はなんでもないという風に言葉を続けた。
「そう言われてものう。向こうの代表者二名がこちら側の人間とか、最初から茶番じゃろ、これ……」
「二名、ですか? 副艦長の方が元『幹』の魔法技術者とは聞きましたけどー」
リネの言葉に女帝は溜息をつき、そして言った。
「実はそこの艦長はな……、数年前に行方をくらました、我のあるじ様なのじゃ」
「えっ?」
予想外の言葉に、思わず声を上げてしまう。
女帝のあるじ……。ああ、前に女帝本人から聞いたことがある気がするぞ。確か、一万年は生きている魔法使いで、宇宙船世界樹の船長。そして人を迎えに行くと言って行方不明になった。
それが、この艦長なのか。
彼の隣に師匠がいるということは……異世界まで師匠を迎えに行った?
「つまり、惑星脱出艦で一番偉い人間は、我らの世界樹で一番偉い人間ということじゃな。茶番以外の何物でもないのじゃ」
「ふふふ、黙っていてすまないね」
そこでようやく、艦長が初めて口を開いた。
「本当はセリノチッタだけをこちらに連れて帰るつもりだったのだけれど、こんな大所帯になってしまったよ。まあ、大陸が再生したというなら、テアノンの住民達は生活を保障する見返りとして、テラフォーミングの手伝いでもさせればいいんじゃないかな」
テラフォーミングとは、人の住めない惑星を人の手で改造して、人の住めるような環境に変えることを言う。最大の難関であろう大気の組成はすでに完了しているようなので、あとは微生物を撒き、植物を生やして、動物を入植させる必要がある。
しかし、そこで疑問が一つ。
「しかし、異世界人ですか。よく世界樹人用の大気成分で、そちらの世界の住人が正常に呼吸できますね」
「ああ、微妙に大気の成分は違ったんだけど、四万人全員改造してきたから、問題ないよ」
ええっ、今ちょっとすごいこと言ったぞこの人。
「歩み寄りは大切です。これからは同じ世界に生きる一種族として、末永く共存していきましょう」
いい話っぽく師匠が話をまとめた。
まあ異世界人側がそれでいいなら、何も言うまい。
◆◇◆◇◆
旅行はうやむやのうちに中止になる……なんてことはなかった。
むしろ、アルイブキラの面々とテアノン側の異文化交流が、積極的に行われた。テアノンの代表団とともに大陸を観光し、アルコロジーを散策し、惑星脱出艦を案内してもらい、アルコロジーへのエネルギー供給拡大のため世界樹の枝を促成栽培し……。
そんな約十日間の間に私は、片言ながらテアノン側の言語を話せるようになっていた。リスニングはもう完璧だ。ただし文字は読めない。
「もうお別れなんて寂しいよー」
「うう、ついにこの日が来てしまいました……」
すっかり仲良くなった少年メーと侍女メイヤが、別れを惜しんで涙を流していた。
メイヤはさすがに私のようにテアノン側の言葉を理解はしていないが、少年メーはテレパシーで会話が可能だ。なんでも知りたがるメイヤは、そんな少年メーにつきまとうようにして質問を何度も重ねていたのだ。
少年メーにとって、自分達のことを知りたがるメイヤの態度は、好ましく映ったらしい。
「またいつか会いましょう!」
「また来てね!」
そしてパレスナ王妃は、テアノンの名士の娘と仲良くなっていた。お互い言葉は一切通じていない。
名士の娘も芸術をたしなんでいたようで、絵画を通じてお互いの絆を深めあっていた。面白いな、こういうの。
そして、この場ではお互いの作品を交換し合っていた。麗しい友情である。
「釣り!」
「釣り!」
国王は、その娘の父親、すなわちテアノンの名士本人と、仮想体験遊具の釣りゲームを通じてすっかり親友になっていた。
お互いの言語は、簡単な単語だけ理解しているらしい。まあ、釣りをするだけなら、そう多くの言葉は必要ないかもしれないな。
いつかこの大陸に魚が復活したら、ゲームではなくリアルの世界で二人一緒に釣りを楽しむなんて未来が待っているかもしれない。また女帝が、アルイブキラ王族一行を惑星まで連れてきてくれるかは判らないが。
「世界樹の枝、彼らは大事にしてくれるといいのだがな。ああ、残って成長を見守りたい……」
「病気は治ったのですから、素直に帰りましょうね」
そして先王夫妻が、立派に育った世界樹の枝を眺めながらそんな会話を交わしていた。
そう、先王の樹人化症は、この二週間ですっかり治った。王太后はそれを大層喜び、アルイブキラの皆に先王の無事な姿を見せたいがため、早く世界樹に戻りたがっていた。
一方で先王は、順調に育っていく世界樹をずっと見守りたがっていたのだが。
「勇敢な兵達に、敬礼!」
オルトの号令で、近衛騎士達が騎士の礼を取る。
彼らは、テアノンの超能力兵団と訓練を通じて互いを認め合ったようだ。
闘気で戦う近衛騎士と、超能力を駆使する兵団の模擬戦は、なかなか見応えがあったものだ。
そんな感じで私達は、惑星脱出艦テアノン勢と合流してからの約十日間を全力で楽しんだのだ。
そして、今は別れの時だ。
テアノンの人々が見守る中、アセトリードの先導で、私達は宇宙船へと乗り込んでいく。
「いやー、思わぬハプニングがあったが、旅行は大成功じゃったな!」
女帝が楽しそうに言う。ちなみに、彼女のあるじは惑星に残っている。しばらくは、テアノンの指導者として頑張るようだ。テアノン側の人類用に魂循環システムを新たに作る必要があるとか言っていたな。
「ハプニングの規模が世界規模で、頭がおかしくなりそうでござるね」
アセトリードがやれやれといった様子で呆れた声をあげた。まあ、ホスト役お疲れ様だ。
「いっぱい、新しい道具を確保できましたー。最高の旅行でしたねー」
今回の旅行で一番得したやつがいるとすれば、この道具協会の回し者のリネだろうなぁ……。
二千年前の惑星の道具だけでなく、異世界の道具まで棚ぼたでゲットできたのだ。
「キリンは、旅行を楽しんでくれたかの?」
女帝がそう私に尋ねてくる。答えは、もちろん是だ。
「ああ、楽しかったよ。何故だか余計なものまでついてきたが」
「余計なものとは酷いのじゃ、姉上の子よ!」
腕の中で毛玉が抗議するようにじたばたと騒ぐ。
そう、原初のドラゴン、キリンゼラーの使い魔が私についてきたのだ。
キリンゼラーにとって、姉の要素を持ちつつ、別人である私の落としどころとして、姉の子と認定することにしたらしい。
大切な姉の子。どうせなら一緒に居たい。だが、私が住むのは王城の中だ。巨大なドラゴンは入り込めない。だから、彼女は本体を惑星フィーナに残しつつ、意識を乗せた使い魔を私の手元に置くことに決めたらしかった。
城に使い魔を同行させることになるが、国王に許可は取ってある。まあ、国王もあんな巨大なドラゴンに頼まれては、否とは言えまい。
「ああ、本当に余計なものがついてきてしまったよ。……まさか師匠が城に来るだなんてね」
「なんですか馬鹿弟子。私の存在に何か不満でも?」
「不満というか不安だらけだよ。まあ、職場が違うのが救いか」
「今の魔法宮はどうなっているのでしょうね」
テアノンの指導者の一人であったはずの師匠。だが、師匠はすでにあちらの弟子は育て終わったとか言い出し、世界樹に帰還することを選んだ。しかし、魔女の塔での隠居は選ばず、古巣であるアルイブキラの宮廷魔法師団への入団を決めた。魔法宮には師匠を嫌っていた人もいたし、一波乱ありそうで不安である。
「ああ、早く魔女ウィーワチッタの軌跡というものを見たいですね」
そして困ったことに、女帝が私の映像記録コンテンツ、魔女ウィーワチッタの軌跡の存在をばらしてしまった。
師匠と死別してからの二十年間。それが、赤裸々に映像に残っているのだ。
いったい、どんな反応が返ってくるか想像するだけで怖い。でも私は負けない。私は魔女ではなく侍女なのだ。
「そろそろ世界樹の影響範囲に入るのじゃ!」
宇宙の旅をしばらく満喫していると、女帝がそんな声を上げた。
そして、身体に世界樹の祝福が戻ってくる感覚があった。とうとう帰ってきたのか。そう感慨深い思いに浸っていたときのことだ。
『おかえりなさい!』
そんな声が、頭の中に響いた。
これは……世界樹の声か。例の神託というやつらしい。意思を持つ世界か。なかなか面白いよな。
これから、またこの世界にはお世話になることになる。だから、私は彼だか彼女だかに向けて、小さな声で言った。
「ただいま」
帰る場所があるなら、たまの旅行も悪くない。
喪失惑星ESP系起死回生トラベラー<完>
次話、登場キャラが増えたので簡易人物紹介です。
書籍版アラサー幼女は2020年1月に刊行予定です。担当イラストレーターはハル犬様です。書籍版もどうぞよろしくお願いします。




