62.遊戯の話
冬の8月最終日。その日は、週に一度の休日であった。先週は護衛のビビと特訓をして一日を終えたが、今日ビビはナシーに連れられて近衛騎士団の方に顔見せに行くというので、今回の特訓はなしだ。
私だけでなく、侍女宿舎に住む侍女の多くが、本日お休みとなっている。
そこで私は、侍女の仲間達に誘われて町へ繰り出すことになった。お出かけである。戦争が終わったということは侍女の皆にも知れ渡っていて、どこか開放的なムードとなっていた。
遊びに行くメンバーは私も入れて八人。その中には、友人のククルとカヤ嬢の姿もあった。
そして、普段は顔を合わせるものの、そんなに話すことのない面々もいる。
王城前から乗った大型の辻馬車の中で、私の隣に座っているのもそんな一人だ。
「ふふ、キリンさんと初めてお出かけですね」
侍女の少女、メイヤが私にそう話しかけてくる。
そうか、彼女と遊びに行くのは初めてになるのか。侍女になって三ヶ月経つが、意外とこういう機会は作らなかったな。
「悪い。付き合いがよくなかったようだ」
「いえいえ、誘わなかった私達が悪いのです。こうして参加してくださるのなら、もっと早くに誘えばよかったです」
今月は一人で温泉に行ったり、ビビの特訓をしたりと、誘われても断っていた可能性が高いけれどな。
まあでも、親睦を深めるのはいいことだ。宿舎で日常生活を共にする仲間達だからな。
「ただ、私みたいな年増が君達みたいな若い子と一緒に行動して、勢いについていけるのかが心配だな」
「まあキリンさんったら。この中で一番見た目が若いのはキリンさんでしてよ」
私のアラサー幼女ジョークに、メイヤはしっかりと笑ってくれた。
そして彼女と談笑することしばらく、馬車は目的地に到着した。
私は年長者として少女達を代表して御者に料金を支払う。使うのは特殊な貝でできた硬貨だ。
「毎度ありがとうございます」
「またよろしく」
そうして私達は馬車から降り、目の前の建物を見上げた。
うら若い少女達が集まって休日に行く場所。それは……アミューズメントパークである!
「着きましたわね、ティニクランド!」
その建物は、広大な敷地面積を誇る、三階建ての巨大な施設だった。
商人ゼリンのティニク商会が最近になって王都に立てた、大型遊戯施設だ。中には、道具協会から承認された魔法道具を活用した様々な遊具があり、休日となると王都中から若者が遊びに集まってくる。貴族の子女である侍女達ですら魅了して、こうして休日を遊びに費やしにやってきているのだ。
私達は施設の中へと入り、入口ロビーの受付へ。そこで、私はまた少女達を代表して受付をすることにした。
「八名だ。そして、これを」
私は受付嬢に、一枚のカードを見せた。それは、ティニク商会の特別優待券だ。
「優待券を確認しました。入場料は無料。全施設の料金が五割引きとなります」
「まあ、本当に割引きになったわ!」
「今月厳しかったから助かるー」
少女達から歓声があがる。
彼女達は貴族の子女といえど、大抵の子が普段は親からあまり仕送りをされることなく、侍女の給金をやりくりして生活している。
庶民的な金銭感覚を身につけることも、花嫁修業の一環であるからだ。
彼女達は将来、侍女を使う側になる可能性が高い。その侍女が、どうやって資金繰りをして生活するかを主人として把握する必要があるという建前である。
本当なら富豪である私が全員分の料金をおごってもよいのだが、カヤ嬢からはそういうのはあまりよくないと言われたため、自重している。本当に立派な侍女達である。
そして、受付嬢から人数分のゴム製の腕輪が配られる。受付を済ました証だ。
「まあ、銀色。これが優待の証なのね」
「初めて見るー」
腕輪を着けるだけでも、これだけの人数がいたら大騒ぎである。私達はきゃっきゃと盛り上がり、そして早速入場することにした。
まず向かう先は、ボウリング場だ。
そう、ボウリング。前世のあれである。
玉を転がしてピンを倒すあれである。
もちろん、このボウリングの発案者は私。設備を作らせたのはゼリンのやつだ。そして設備の魔法設計をやらされたのは私である。
私が自重せず魔法道具を設計したため、ピンは自動で回収され自動で設置されるし、玉は自動で手元に返ってくる前世と遜色ない代物となっている。
当然道具協会の監査対象。技術的に使用不許可扱いを受けるはずが、ゼリンはどう交渉したのか、他に仕組みを漏らさないことを条件に、このボウリング場の設置に成功しやがったのである。
おかげで、明らかなオーバーテクノロジーの遊戯施設が、王都一の有名施設として誕生することになった。
「隣同士のレーンで、四人ずつ分かれましょうか」
ボウリング用の靴に履き替えながら、カヤ嬢がそう提案する。
「どう分けます?」
「私、キリンさんと一緒がいいです!」
「私もー。初めてだしー」
「カヤさんとククルさんはいつも一緒だから、キリンさんとは別ね」
「ええっ、横暴ですわ!」
私を蚊帳の外に置いて少女達はわいわいと話し合って、チームが二つに分けられた。
といっても、隣同士のレーンだから、遠く離れるというわけでもないのだが。
そしてゲームが開始された。
皆できゃっきゃと笑い合いながら、ボウリングの玉を転がす。その結果に、一喜一憂しながら少女達は全力で楽しんでいく。外出用のドレスでボウリングって、みんな器用だなあ。
よし、私も楽しもう。てりゃー!
「あ、キリンお姉様、またストライクですわ」
幻影魔法で空間に投影されているスコア表を隣のレーンから見ながら、ククルが言った。
「玉を転がすなら、驚異的な身体能力も意味がないと思っていましたのに……! これが一流庭師……!」
メイヤが恐ろしげな表情で私を見てくる。
ふふん。ボウリングなら、前世の大学時代にサークル仲間と散々遊んだからな。体が小さくなっても、正しいフォームは魂に染みついているんだ。
対戦競技なら、一人だけ上手いと勝ちすぎて空気が読めていないとなる可能性が高い。しかし、ボウリングはスコアを競うものの、そのスコアは他者の影響を受けない。そのため、私がどれだけストライクを連発しても問題はない。本当にいい娯楽である。
そうして私達は2ゲームほどボウリングを楽しみ、次の施設へ向かうことにした。
「あ、あれでキリンさんに挑戦したいです! 魔法ホッケー!」
「ん? ああ、あれか。いいぞ」
「正直キリンさんは強すぎると思うので、こっちは二人で行きます!」
「え、私もやるのー?」
少女達の挑戦を受けて、私はエアホッケーのような遊具で遊んだ。
ほどほどに加減したが、それでも終わる頃には相手はばてばてになっていた。
背が足りないから魔法で作った台の上に乗ってやったから、足場とかそんなによくなかったんだけれどな。
「た、体力の絶対的な差を痛感しますわ」
「きついわー」
じゃあ次は、体を動かさないやつに行こう。カラオケだ。
これもまたオーバーテクノロジーの固まりである魔法道具を使っている施設だ。魔法設計は当然のように私。
だが、道具協会のお偉いさんがこのカラオケにはまってしまい、うやむやのうちに設置の許可が出た代物だったりする。大丈夫か道具協会。まあ、仕組みを外に漏らすわけではないので、人類全体の文化水準は向上しないであろう。
ただこの施設、どこから調達したのか照明の魔法道具がふんだんに使われているんだよな。一般には街灯用途でしか使われないのに。ゼリン、いったい何をやったんだろう……。
「『名探偵ホルムス』の劇の主題歌が入ってますわ!」
「まあ、この間一緒に見にいったあれですね」
「私、歌うー」
「ああ、ずるい。私も歌います」
魔法道具のマイクを奪い合う少女達。こらこらお嬢さん方、マイクは三つもあるんだから喧嘩しない。
そして私達は、歌劇の劇中歌や、定番の民謡などを歌って大いに盛り上がった。
ここにいつか、ファミー嬢とミミヤ嬢が翻訳編曲した、『ワルツで祝うひなどりたち』が収録されるといいなぁ。などと思ったりもした。
そうして時間は昼飯時に。
「フードコートに向かいましょうか」
「何を食べます?」
「安いご飯は、正直あまり口に合わないー」
そこは貴族のご令嬢。庶民の口にするものとは普段からして違う。
だが、この施設は庶民向けのため、フードコートにはあまり高級店はない。そこで、私は提案した。
「ここに私のプロデュースした飲食店があるんだ。そこで珍しいものが食べられるから、行ってみよう」
「まあ、キリンさんお勧めですか。これは楽しみですね」
そう嬉しそうにメイヤが言う。
そして、やってきたフードコートの一画。
そこで、私は店員に注文する。
「バガルポカルピザを八人分よろしく。飲み物は適当な果実水で」
そう、ここの料理はピザだ。
この国ではチーズが一般的でないため、ピザに類似した料理が存在しない。
だが、私は酒をそれなりにたしなむので、チーズを普段から口にしたいと思っている。そこで、酪農村と提携して、チーズを生産してもらっているのだ。巨獣の乳で大量生産されたチーズは、ゼリンを通じて私が料理レシピを教え、飲食店などで日々消費されている。
この国でもチーズが一般に広まる日もそう遠くはないだろう。
「ピザのお店ですって。聞いたことあります?」
そう少女の一人が疑問を出すが、それに答える人がいた。
「まさか、ピザとは驚きましたわね。最近、流行しつつある料理ですわ。チーズという乳製品を円いパンの上に載せ、さらにトッピングとして様々な具材を載せて窯で焼き上げる、主食と副菜を同時に食べられる料理だと聞きます」
解説大好きメイヤがそうつらつらと述べた。知っているのかメイヤ。だが、食べたことはないようだ。
「チーズですか」
「あれ、なかなか美味ですわよね」
チーズを食べさせたことのあるカヤ嬢とククルが反応する。
だが、二人はまだチーズの本当の美味しさを知らない。
「二人が食べたことのあるのは、常温で固形のものだろう? チーズは、熱して溶かすとその本領を発揮するんだ」
私のその言葉に、楽しみです、と二人は笑った。
そして、ピザが焼き上がり、私達はそれを受け取りフードコートに併設されたテーブルへ行く。
「これがピザですか」
「いい匂いー」
少女達が未知の料理を前に色めき立つ。
「これはピザの中でもバガルポカルピザといって、バガルポカル領で採れた野菜をふんだんに使ったピザだ」
私のその説明を受け、ククルに視線が集まる。
バガルポカルはククルの実家の領地だ。
注目を浴びたククルは、首をかしげて言った。
「こんな料理があったのですね。寡聞にして知りませんでしたわ」
「まあ、別に領主のゴアードのやつは通してないからな。ティニク商会が、もともとバガルポカル領の商会だった縁でできた料理だ」
「なるほど、そういうことですの」
と、料理が冷めてしまう。ピザは温かいうちに食べないとな。
「では、いただこうとするか」
皆で食前の聖句を唱えぴかっと光り、トングを使ってピザを掴み、食べる。ピザなので手づかみでもいいのだが、そこはお嬢様といったところだ。
「ん! んんー!」
「美味しいわ。なにこのパンの上のとろーっとした食感」
「これがチーズですか。初めての味わいですわ」
「美味しいー」
少女達はそのお味に大満足。チーズを食べたことのあるククルとカヤ嬢も味わっている様子だ。
食は進み、それなりの大きさがあったピザ一人前をそれぞれぺろっと食べてしまった。
「満腹ー」
「塩味が強い感じがしましたから、食後の塩飴は必要ありませんわね」
「宿舎の食事でも出ませんかね、ピザ」
皆、お腹いっぱいといった様子で、一息つく。
「午後からはどこを見て回りましょうか」
「食事の後は激しい運動はしたくないですわね」
「これどう? 鏡の迷宮だって」
少女達はパンフレットを取り出して、次にどこで遊ぶかの話を早速始めている。
元気だなぁ。若いっていいね。と、おじさんくさい感想が思い浮かんでしまった。いけないいけない。
そしてその後も私達は散々遊び倒し、日が沈み始める頃になってようやく王城へと帰還することになったのだった。
こういう休日もたまにはいいものだ。
◆◇◆◇◆
明くる日、一年の最終月である9月の1日。月が変わっても私は後宮でのお仕事だ。
今日のパレスナ嬢はナシーの小説の挿絵を描くということで、アトリエで私は彼女のお話係として話をすることになった。
今回の話の内容は、オーバーテクノロジーの産物、ティニクランドについて。施設の概要を説明して、昨日遊びに行ったことを報告した。
「うらやましいですー。私も連れていってください!」
そう侍女のビアンカが言う。まあ、彼女も遊びたい盛りだ。後宮にこもってばかりでは、鬱憤も溜まるばかりだろう。
しかし、私は彼女を遊びには連れていけない。
「ビアンカさんとは休みが合わないですからね。侍女が一度に二人も抜けるわけにもいかず」
と、ビアンカに諭すように私は言った。
「ううー。ティニクランド、行ってみたいですねえ」
「今は忙しいから無理だけれど、結婚式が終わった後ならみんなで出かけられるわよ」
ビアンカの言葉を受けて、パレスナ嬢がそう言った。
みんなでまたお出かけか。それも楽しそうだな。でも駄目だ。
「結婚式が終わったらパレスナ様は王族ですから、そう簡単には遊ぶために外出できないのではないでしょうか」
そう私は厳しい現実をパレスナ嬢に突きつけた。
「ええっ、でも陛下はしょっちゅう城下町に行ってるって言ってたわ」
「それ、真似してはいけませんよ」
近衛の仕事をあまり増やしてやるな。国王はトラブルに巻き込まれても、己の力で解決できるからなんとかなってるんだ。か弱いパレスナ嬢はそういうわけにはいかない。
「ええー、じゃあ私はどうやってティニクランドに行けばいいんですか。ハルエーナちゃん誘ったら一緒に行ってくれるかなぁ」
「ハルエーナ様は、そろそろ帰国の準備で忙しいのではないでしょうか」
ビアンカの言葉に、私はそうコメントした。パレスナ嬢の結婚式が終わったら、後宮は解散だ。ハルエーナ王女も母国に帰ることになる。
「残念です……」
そういうわけで、薔薇の宮メンバーで外に遊びに行くという話はお流れになった。
みんなで遊ぶのは楽しそうなんだけれどな。そこは公人である王妃の辛いところよ。
だからせめて、室内に設置できる魔法道具くらいは用意してみるかな、と私は今まで作った遊具の数々を頭に思い浮かべるのであった。




