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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第四章 後宮侍女2

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59.近衛の話

『戦争への介入が決まったのじゃ』


 とある日の正午、魔法道具『女帝ちゃんホットライン』からそんな連絡が入った。

 世界の中枢『幹』による戦争介入。子供の喧嘩に親が出てくるようなものだが、世界の歴史を振り返ってみると割と行われてきたことだった。世界に善意を満たすという『幹』の目的からすれば、当然のことなのかもしれない。

 ただ、今回の戦争は日数的に考えて、まだ本格的に戦いが始まっていないだろう。それなのにもう介入が決まっているのは、異例とも言えた。


『使い魔蟻で偵察させたところ、おぬしの言っていたカヨウという輩は確かにいたのう。天使か悪魔かは判らんが、火の神の端末だということは確定じゃ。そして、アンテナ通信はされておらんかった』


 ああ、やはり天使猫の胴体が暗躍しているのか。

 この国の隠された建国史によると、首から上が存在していた頃の悪魔は、建国王の周囲の人々を扇動して、建国王と敵対させたという。その扇動能力を駆使して、鋼鉄の国をこの国アルイブキラに差し向けたのだろう。すべては、建国王の血筋を絶やすために。

 八百年以上前の指令を頑なに実行し続けるとか、割と機械的なところがあるんだな、悪魔は。


『さすがに、悪魔の悪意で仕組まれた戦争を見逃すことはできん。即刻停戦じゃ』


 『幹』が停戦させると決めたら、その戦争は止まる。地上の国と『幹』との間には、絶対的な技術力差・戦力差があるからだ。中世ファンタジー世界に未来SF軍団を突っ込みましたって感じになる。

 もちろん、戦争が起きるたびに毎回『幹』が出張って全てを台無しにしては、地上の国の人々は快く思わないので、ここぞというときにのみ出ることになる。

 そして、今回がそのここぞだ。


「悪魔はどうなるんだ?」


 通信の向こうの女帝に、私は尋ねる。


『そりゃあ悪魔じゃからなぁ。悪事を成したのなら問答無用で討伐じゃ』


「あー、それだけどな。なんとか生け捕りにしてもらえないか?」


『なんじゃと?』


 私は女帝に頼めるような立場ではないが、一応お願いをするだけしてみることにした。


「前も説明したとおり、その悪魔はこっちにいる天使の生首の胴体部分なんだ。ずっと生首というのも可哀想だから、胴体を確保してやりたいんだ。どうにかならないか」


『どうにかなるかと問われれば、どうにかなるが……それをやる義理が我らにはないのう』


「そうか……」


 残念だったな、天使猫。お前の胴体は永遠におさらばするようだ。

 そう思っていたのだが。


『じゃから、貸し一つで請け負ってやろう』


 と、女帝からそんな言葉が投げかけられた。


「貸しか……比較的どうでもいい他人のために借りを作るのは、割に合わないな……。天使本人への貸しにならないか?」


『我も木っ端天使などどうでもいいわ。おぬしだからこそ意味があるのじゃ』


 う、ううーん。

 ここでさらば胴体とするのは簡単なんだがな。でも、女帝がどうにかなると言っていることをスルーするのもな。

 よし、決めた。


「解った、それでよろしく。胴体確保してうちの城まで連れてきてくれ」


『なんじゃ。なんだかんだ言って、おぬしも優しいのう』


「いや、私が借りを作った分、個人的に天使に返してもらうだけだよ」


 胴体部分を持ってきてもらった恩として、天使猫には私の思うとおりに動いてもらおう。

 そうだな、天使ヤラみたいに、ハルエーナ王女の護衛になってもらうのはどうだろう。

 ハルエーナ王女は今となっては私の大切な友人だ。その身を天使が守ってくれるとなれば、安心できる。


 そんなわけで、現場のあずかり知らぬところで戦争の行方と黒幕の処断が決まった。

 私は通信を終え、部屋にいたカヤ嬢の身だしなみチェックを受けて、侍女宿舎をでる。ちなみに通信は世界共通語なので、カヤ嬢に話の内容は伝わっていないはずだ。


 王宮へと入り、後宮への入口で門番の騎士に挨拶する。門の近くは少し寒いだろうが、冬期も残り九日なので頑張っていただきたい。

 そして薔薇の宮へと向かう。中に入ろうとしたとき、ふと人の気配を宮殿の裏手から感じた。

 なんだろうか、と裏手に行ってみると、そこには一心不乱に剣を振る、護衛のビビの姿があった。


「どうしました、ビビさん。こんな寒空の下で素振りなんて」


 私は彼女にそう声をかけた。

 護衛ならば鍛錬も必要だが、今は雪がちらつく空模様だ。何も屋外でやらなくてもいいだろう。


「これはキリン殿。いえ、屋内では木剣しか振り回せませんから。真剣を振るなら屋外でないと」


 確かに、狭いところで真剣を振り回すのは危険だからな。

 後宮には練兵場のような施設もないので、護衛の人達は腕を鈍らせないようにするのも大変だ。


「風邪を引かないようにしてくださいね」


 私は、ビビの足元に熱を放射する魔法陣を敷いてやる。

 だが、彼女の反応はというと。


「いえ、魔法は不要です。寒さ程度に負けないよう、己を鍛えませんと……」


 そう拒否をしてきた。そして、彼女は険しい顔で言葉を続ける。


「己を追い込みでもしないと、弱い私は強くなれぬのです」


 弱い、弱いか。何か思い悩んでいるのか。

 何かがあって、こんなことをしているのか。


「弱いでしょうか。この前も、手練れの敵相手に、二対三で見事に耐え忍んでいましたが」


「あれは、キリン殿がいなければ私は死んでいたやもしれません!」


 お、おう。

 確かに、鎧ごと槍で腹を貫かれていたが。


「あれで痛感したのです。強くならねば何も守れぬと。それに、以前山賊に襲われたときも、キリン殿に任せるばかりで私は何もできませんでした……」


「あー、どちらも鋼鉄の国の工作員ですね」


 おのれ鋼鉄の国。全て悪魔ってやつのせいだ。


「お嬢様は王妃になられます。しかし、今の弱い私では近衛に入り、お嬢様の守りを続けることはできないでしょう。なんとしてでも強くなって、近衛にならねば……」


「なるほど、それで強くなりたいと」


 漫然とただ強くなりたい、だと本当に強くなれるかは怪しい。だが、近衛騎士団に入るという目標があるなら、そこに向かって彼女は強くなれるかもしれない。

 だから私は、そんな彼女を応援したくなった。


「私が鍛えましょうか?」


「それは……願ってもないことですが、よろしいのですか? 侍女の仕事もあるでしょうに」


「パレスナ様にビビさんのためと言えば、一日にいくらか時間は作ってもらえますよ。それに、明日は私、休日なんです。じっくり見てあげられますよ」


 私の言葉は上から見るような発言だが、実際に私は彼女より強いと断言できる。だから、私は彼女を鍛えてあげることができるのだ。

 私が習得しているのは蛮族の剣だが、それでも彼女の底力を上げてやることくらいはできるだろう。


「では、明日から特訓ということで。なので、今日、無理に震えながら素振りなどする必要はありませんよ」


 そう言って、私は改めてビビの足元に暖房魔法陣を敷いた。


「はい、よろしくお願いいたします」


 ビビが騎士の礼を取ってきたので、私も侍女の礼で返す。

 そして、仕事に向かうため私は宮殿の入口に戻っていった。

 遅刻だが、まあ事情を話せばフランカさんも解ってくれるだろう。




◆◇◆◇◆




 明くる日。私は侍女のドレスではなく、動きやすいズボン姿で後宮を訪れていた。

 一日前に決まった特訓なので、城の練兵場は場所が取れなかった。まあそれは仕方がない。昨日と同じ、薔薇の宮の裏手でやろう。

 私の予定に合わせて今日を休みとしたビビも、動きやすい服装で宮殿の裏手にやってきた。


「キリン殿から特訓を受けられると聞いて、護衛の皆にどやされました」


 そんなことを言い出すビビ。

 なんだ。護衛のみんな、強くなりたがってるのか。だが、護衛四人全員を一度に鍛えるとなると、この場所では狭いからどうしようもない。

 なので今日はビビ一人だ。


 昨日、パレスナ嬢にビビを鍛えると言ったら、その様子を絵に描きたいとパレスナ嬢が言いだした。が、今日は朝からミミヤ嬢と婚姻の儀式の練習なのでこの場にはいない。

 二人っきりだ。邪魔はいない。早速始めるとしよう。


「さて、まず最初に確認しますが、ビビさんの得物は剣ですか?」


「はい。護衛として屋内でも取り回しの利くよう、剣を習っております」


「では、大前提の話をしますと、剣は槍より弱いです」


「む……」


 ビビと戦った町中での襲撃犯は、三人とも両手槍を使っていた。

 私は押し黙るビビに向けて言葉を続ける。


「リーチの絶対的な差。一説では、剣が槍に勝つには、相手の三倍の力量が必要と言われています」


 剣道三倍段ってやつだな。前世の漫画で見た言葉だ。


「しかし、この国の騎士達の武器を見てみると多種多様で、必ずしもリーチの長い武器を持っているとは限りません。自分に合った好みの武器を使っています。何故だか解りますか?」


「むう……いや、解らないです」


 私の質問に、そう降参するビビ。まあ、今の彼女では理解はできないだろう。


「それはですね、リーチの差を埋める技が存在するからです。ビビさん、町での襲撃で、私があの槍使い達と戦う様子、見ていましたか?」


「ああ、怪我はしていたが、油断せぬようにと見ていました。驚異的な戦いだった」


「そのとき、私に武器を折られた後の敵二人が、どのような攻撃を私にしてきていたか、覚えていますか」


「それは……ああ、なにやら目に見える風のようなものをキリン殿に飛ばしていた。魔法かと思ったのですが」


「それです。あれは闘気を自在に操り、戦う技術。名を気功術と言います」


 この国の騎士達は、力量は様々だがこの気功術を覚え、武器によるリーチの差を埋めている。闘気を飛ばしたり、闘気を伸ばしたり、闘気で突進したりだな。


「気功術……聞いたことはあります。ただ、エカット公爵家の護衛団では年配の者が多少使えるといった程度だったはず」


 ふむ、多少か。闘気は多少使える程度なら、ほぼないのと同じだ。半端に気功術を覚えるくらいなら、その時間のぶん、剣の技術を磨いた方が強くなれる。

 だが、ビビは見たところ、剣の技術は十分にある。近衛騎士ほどとは言わないが、騎士の見習いを卒業した程度にはあるのだ。日々の鍛錬のたまものだろう。

 だからこそ、この前も手練れの槍使い三人相手に、二人で対応できていたのだ。

 私はそんなビビに告げる。


「私との特訓では、ビビさんには気功術を習得してもらいます。私は、対人用の剣など覚えていませんからね。私が覚えているのは対魔物、対巨獣用の蛮族の剣です」


「気功術を私が……」


「なので、まずはやってもらうことがあります。それは――」


 私は、空間収納魔法を使い、あるものを取り出す。


「この野菜ジュースを飲んでもらいます」


「は?」


 私の言葉に、ぽかんと口を開けるビビ。

 いや、私は結構真面目なんだがな。

 この野菜ジュースは、昨日、薔薇の宮の料理長に言って用意してもらったやつだ。冬期なので新鮮な野菜が少ない中、迷惑になったかもしれないが、ビビが近衛を目指すためと言ったら料理長は快諾してくれた。


「まあ、まずはぐいっと」


「は、はい」


 私に促されて、野菜ジュースを口にするビビ。だが、その表情はとても嫌そうだ。

 しかし、強くなるためには必要なので我慢してほしい。


「料理長に聞きました。ビビさんの食事メニューは肉が中心ですね」


「はい。肉は筋肉を鍛えるために必要だと聞いております」


「それも悪くないのですが、闘気を鍛えるためには、野菜中心のメニューに変える必要があります。野菜パワーが闘気パワーになります」


「野菜が闘気を……?」


「ええ。闘気とは植物の力です。世界樹の加護により、植物の力を帯びた魂と肉体が作り出す生命のエネルギーなのです」


 以前、緑の騎士ヴォヴォを鍛えるときにも言った言葉をビビにも語った。

 人の魂は、世界樹から生まれ、そして死後世界樹に還る。その魂の基である『世界要素』は、樹液として世界樹の中を巡っている。魂とは元々、植物に近い存在なのだ。


「なので、闘気を鍛えるために、野菜を食べて植物の気を取り込みましょう」


 人が植物に近づくほど、闘気は力を増す。もしかしたら、人類が惑星にいて惑星に魂を管理されていたころは、人類は闘気が使えなかったのかもしれない。

 実際、私の魂は地球産で植物の気を帯びていないからか、私の闘気の最大出力は一流の気功術使いのそれに遠く及ばないのだよな。代わりに膨大な魔力があるからどうにかなっているが。


 さて、野菜ジュースも飲ませたし、次だ。


「次に、体から闘気を出してみましょう。いよいよ実践編ですよ」


「ええ、楽しみです」


 本当に楽しそうな顔でビビは言った。

 まあ、わくわくするよな、闘気を使えるって。魔法を使える並にわくわくする。

 どちらも一般人には縁がない不思議パワーだからな。


「闘気はおもに、瞑想によって自分の中にある世界樹の力を感じ取ることにより、湧きあがらせることができます」


「瞑想ですか。それっぽいですな」


 得心したといった顔でビビが頷く。

 しかしだ。


「瞑想なんて正直、時間の無駄なので、今回は魔法でなんとかします」


「えっ」


「魔法で肉体と精神を世界樹と接続させて、強制的に植物の力とは何かを理解していただきます。準備はよろしいですね」


「えっ、ちょ――」


「はいどーん」


 魔法発動。地面のはるか下と、ビビが繋がる。ビビの周囲に翡翠色の光がもやのようにまとわりつき、地面から光が出たり入ったりする。

 そして、ビビはその場に倒れた。


「――! ――!?」


 ビビは今、世界樹という巨大な存在と一つになっている。自我はかき消え、意識は果てしなく世界に広がっている。

 これ、一人でやるには結構危険な魔法だ。こうやって私が監督していないと、ビビは世界から戻ってこられなくなるかもしれない。

 私も、父が生きていた頃に、父から施されたことがある。

 感想としては、なんというか、スピリチュアルな体験とは、こういうものなのかなって感じである。


「こちらが光っているような……むっ、キリンか」


 と、ビビの様子を見守っていると、ナシーが宮殿の裏手へとやってきた。天使ヤラをおともにつれている。

 私とビビの姿を見たナシーは、その場で腕を組みながら言った。


「これは、あれか! 闘気の修練中か!」


「ええ、パレスナ様の護衛が、強くなりたいというので特訓をしています」


「ずるいぞ。私だって強くなりたいのだ。私も特訓をしてくれ!」


「……別にいいですけれど、後宮にご用事があったのでは?」


「それが、小説の挿絵の話に来たのだが、パレスナは儀式の練習中のようでな。なので、ちょうど時間はある」


 と、そろそろビビを戻さないと。大変なことになってしまう。

 私は魔法を慎重に終了し、ビビを現世へと戻した。

 ビビは、地面に倒れたまま、ぼんやりと口を開く。


「そうか、そうだったのか……世界樹とは……魂とは……!」


 あ、なにやら虚無を見ている。ちょっと長く世界に浸しすぎたか。

 私は、ビビの身を起こすと、背中を押して活を入れた。


「うっ、……なかなかきついですね」


「はは、すごい体験だろう。私もキリンにやられたことがある」


 目に光が戻ったビビに、ナシーが話しかける。すると、ビビは突然の王妹登場にぎょっとした顔をした。


「これは、ハンナシッタ殿下! 失礼しました!」


 ビビはかしこまり、騎士の礼を取った。


「よいよい。これから共にキリンの特訓を受けるのだ。仲良くいこう」


「特訓……? 殿下もキリン殿の特訓を?」


「うむ、前々から手合わせの約束をしていたのだ!」


 そういえば町で会ったときにそんなことを言っていた気がしないでもない。

 それよりも、まずはビビだ。私はビビに話しかけた。


「で、ビビさん。闘気は出せそうですか?」


「ああ、今なら解ります。肉体と魂に宿る世界樹の加護というものを」


 ビビはそう言うと、拳を握り丹田に力を入れた。そして。


「――!? これが闘気!」


 ビビの体から、色のついた輝く空気のようなものが吹き出した。闘気である。

 その結果に、私は満足して頷く。


「できたようですね。その闘気を体の表面に留まらせれば、基礎の身体強化の完成です」


「これを、こう!」


「はい、よくできました」


 吹き出し続けていた闘気が、膜のようにビビの体をおおった。

 これで第一段階はクリアだ。

 私はビビに告げる。


「では、その身体強化をしたまま、限界まで闘気を使ってみましょうか。模擬戦です」


 私は空間収納魔法を使うと、木剣を取り出した。


「おお、とうとう手合わせだな!」


 木剣をさっと受け取ったのはビビではなくナシー。こうなると思って取り出した木剣の数は三本だ。

 そして、私達は闘気を体に被い、模擬戦を開始した。

 一対二の戦いだ。もちろん私が一人で、ビビとナシーは即席のコンビだ。


「はい一本」


「ぎゃー!」


「隙ありー」


「ぐわー!」


 模擬戦は私の一方的な勝ちとなった。

 だが、勝敗は重要ではない。ビビの闘気を使い切らせることが大事なのだ。


 模擬戦を数度繰り返すと、ビビは肩から息をし、闘気の膜が失われた。

 私はそんなビビに向けて言葉を投げかける。


「闘気は無限のエネルギーではありません。肉体と魂から絞り出す力です。初めのうちは効率的に力を取り出せないため、すぐにエネルギーが空になってしまいます。でも、消費を続けていれば効率はよくなっていきます」


 達人になれば、地に足がついている限り世界樹から力の供給を受け続けるという、離れ業を使えるようになるのだが。まあ、そこまでいくのは本当に一握りの人間だ。国王みたいな。


「では、エネルギー供給しましょう。野菜ジュースです」


 私は、ビビとナシーに野菜ジュースを渡した。


「えっ、私もか」


「はい、ナシー殿下もです」


 二人は心底嫌そうな顔をして野菜ジュースを飲み干した。

 そしてまた始まる模擬戦。


「えいやっ」


「ぎゃん!」


「足元が隙だらけです」


「ぐふっ!」


 そんなことをさらに五セットほど繰り返し、一時休憩することにした。


「そなた、なかなかやるではないか。ビビと言ったか」


「はい、ビビと申します。パレスナ様の護衛をしております」


「パレスナが結婚した後はどうするのだ? ゼンドメル領に戻るのか?」


「いえ、できれば近衛への入団に挑戦したく……」


「そうかそうか! それはいいことを聞いた。君のような根性のある人間が第三隊に入るとなったら、とても頼もしい。私の方から推挙しておこう」


「い、いいのですか?」


「ああ、近衛に入って、またこうしてキリンにしごかれよう」


「はい!」


 ……私、別に近衛の教導員ではないのだけれどな。

 ちなみに、第三隊とは近衛騎士団第三隊のことで、女性近衛騎士の集団である。

 後宮でも、地元から十分な護衛を連れてこられていない宮殿に、臨時の護衛として派遣されていたりする。


「さて、休憩は十分ですね? 模擬戦を再開しましょう」


「今度こそ一矢報いてみるぞ。いいなビビ」


「はっ、了解いたしました、ハンナシッタ殿下」


「ああ、私のことはナシーでいい」


「そ、それはしかし……」


「なに、別に殿下をつけるなと言っているわけではない」


「……解りました、ナシー殿下。キリン殿に地面の味を味わわせてみせましょう」


「ははっ、なかなかそなたも言うではないか」


 どうやら、二人の間に友情が育まれたようだ。

 いいなあ、こういう青春って。二人もそこまで大きく歳も離れていないし、ビビが本当に近衛に入れたら末永い付き合いになりそうだ。


 私は、ビビがちゃんと近衛に相応しい実力になれるよう、気合いを入れて鍛えてやることに決めた。


「せいっ」


「ぎゃあああ!」


「ていっ」


「ぐえー!」


 景気よく二人は宙を舞い、除雪されて山になった雪の中に頭から突っ込む。

 ちなみに天使ヤラは、特訓の間中ずっと、地面に設置した暖房魔法陣の上から一歩も動かないでいた。


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