50.一味同心ティーンエイジ系探偵不要ティーパーティ<6>
腕の中の猫に、ハルエーナ王女は問いかける。
「『ねこ』、あなた悪魔だったの?」
「にゃー」
「嘘。私に嘘は通じない。解ってるはず」
「にゃー!」
猫は突然暴れだし、ハルエーナ王女の腕から抜けだした。
そして、すっとその場で姿が見えなくなった。透明化の魔法だ。
だが、魔力ソナーで位置を掴める私から逃げることはできない。
私は侍女のドレスのポケットから、今朝侍女宿舎で受け取ったままだった温石を取り出す。そして、それを透明化した猫に向けて投擲した。
「にゃっ!?」
石が虚空で弾け、猫は姿を現わす。
だが、それは猫ではなかった。変身の解けた悪魔。その生首。
「きゃああああ!?」
突然出現した生首に、方々から悲鳴があがる。私はそれを無視して、生首に近づき、髪の毛を掴んで持ち上げた。
白髪の美しい女性の顔だ。悪魔であることを証明する一本の黒い角が、額から突き出ている。首の断面では炎がちらちらと燃えていた。
私はその正体に見当をつけて言った。
「隠された建国史に語られる、天使を詐称した悪魔ですね。建国王にその首を刈られて、地に埋められたと言います」
美しい天使は建国王と共に新しい大陸で人々をまとめるが、ある日天使は人々を扇動し建国王を大陸の外に追いだした。
それから、人々と建国王の間で戦が起こる。人々を打ち倒した建国王は、最後に己を裏切った天使の首を刈り殺した。
天使の正体は悪魔だったのだ。
しかし殺されたはずのその悪魔は、こうして生きていた。生首の状態でも生きているとか、人間とは根本的に異なる存在といえど、すごい奇妙だ。
「そういえば建国史なんてものも発掘してたね。それ生きてるの? その建国史の悪魔がなんでこんなところに」
事態を見守っていた国王が、そう不思議がる。
ある日地面から生えてきた遺跡からこの建国史を発掘したのは、王太子時代の国王と庭師時代の私だ。当然国王もその中身は熟知している。
この建国史を踏まえると、悪魔の首のありかも判ってくる。私は国王に向けて言う。
「ほら、悪魔の首が隠されたのは、今の王城があったところだったでしょう? 地下工事の時にでも発掘したんじゃないですかね」
「ああ、牡丹の宮を再建した人達が、地下室作るときに白骨死体が大量に出てきたって泣いてたなー」
マジかよ。地下数メートル掘っただけで、白骨死体が出てくるとか王城酷いな。
「おぬし、どうやって妾が動物ではないと見抜いたのじゃ」
と、古風な言葉で悪魔の生首が、私に話しかけてきた。
建国当時の言葉遣いだとしたら、ずいぶんと古くさいものだな。八百年前か。
私はそんな生首に向けて説明をしてやる。一応、様子をうかがっている他の面々にも向けてだ。的外れなことを言ったら赤っ恥ものだな。
「ただの賢い猫じゃないって思ったのは、昼顔の宮でですね。この世界の人間では私しか知らないでしょうけれど、猫って人間と違って極端に熱いお湯に長時間浸かれないんですよ。発汗能力が低いので」
なに、と悪魔が驚愕した。悪魔は熱を生きる糧とするから、温泉の掛け流しはさぞ気持ちよかったことだろう。しかし、あのお湯は前世のお湯の温度で言うと四十四度はあった。そこにひたすら当たり続けるとか、猫では辛いはずだ。
火の神の祝福には耐火能力や耐熱能力はない。
「それに、ハルエーナ様があなたの嘘を見抜けると判った今となっては、初めて会ったときのやりとりも怪しいですね」
こいつは日本からやってきたのかという問いに、イエスでもノーでも答えなかった。そして、日本人は自分の手下だと言った。
まるで、嘘をつかずに、猫の自分が日本からやってきたかのように勘違いさせる言動。
でも、実際は自分が日本からやってきたとは一言も言っていない。日本には火の神の世界に通じる天界の門があるだろうから、天界を通じて日本を知っていたのだろう。日本には古いカルト宗教として、火の神を崇拝する宗教が存在していたから、日本人が手下なのも嘘ではない。
私は見事に勘違いしてしまったが、こいつは自分の出自をはぐらかしていたのだ。
「決定的なのは、今回の苦苦芋のお茶です。あなた以前、腹の中にずいぶんと苦苦芋を貯め込んでいましたね。今回使ったんですか? よくやるものです」
試食のあの日、大量にでんぷん取りに使った苦苦芋をこいつは食べていた。悪魔は冷たいものを食べないので、食事目的ではない。
腹の中で芋の苦味成分を圧縮して、こっそり薔薇のコップに塗りたくったのだろう。
「ハルエーナ王女が、いたずらで侍女などに指示して、苦苦芋の汁をカップに入れた線はありません。カップから、あなたの特徴である火の匂いがしますからね。体内で芋の苦味成分を圧縮したせいでしょう」
問題はどうやってコップに塗ったか。
国王がお茶会に参加するとあって、毒物が混入しないよう青百合の宮は、厳戒態勢にあっただろう。しかしだ。
「侍女達に見つからずにコップに近づくのは簡単です。なにせ、先ほど判明しましたが、あなたは魔法で姿を消せますからね。器用な魔法ですね」
姿を消せるなら正直、犯行方法はなんでもありだ。犯人捜しの推理なんて、この時点で成り立たない。
やはり名探偵なんていらなかったんだ。繰り返し言うが、私達がすべきなのは悪魔狩りである。悪魔は滅すべき人類の敵である。
「他には、白詰草の宮で本棚が倒れたときに、あなたも書庫にいましたね」
あのとき書庫に居たのは、パレスナ嬢、ハルエーナ王女、ファミー嬢、ビビ、猫だ。パレスナ嬢とビビは被害者なので、容疑者から除外できる。残り二人は……実は容疑を否定する根拠はない。
パレスナ様と仲よさげに本について語っていたハルエーナ様とファミー様が、本棚を倒したとは思いたくない。まあこれは私情だが。
「私は別に推理なりで、本棚を倒した真犯人を突き止めたいわけではありません。あなたが本棚倒しを条件的に実行できたかどうかが解りさえすればいいのです。あとは、あなたがやったのかとハルエーナ王女に聞いてもらえば解決です」
私はちらりとハルエーナ王女を見る。彼女はこくりと頷いた。頼めばやってくれるということだろう。
やっぱりこの子万能すぎる……。塩の国はよくこんな子、国外に出したな。もしかして王族全員この能力持っているとか? 読心魔法と比べたら、脅威でもないからいいのか。
もし、本棚倒しの実行犯が実は悪魔じゃなくてハルエーナ王女だった場合は……、パレスナ嬢の言葉に従って、ただのいたずらで済ましてしまえばいい。私がしたいのは犯人捜しじゃなくて悪魔狩りだ。
ファミー嬢? 彼女は本が入っていないにしても本棚倒すかね。書庫という存在そのものを愛していてもおかしくないぞ。
ともあれ、私はさらに言葉を続ける。
「それになにより、私は天使や悪魔がその場にいるかを判別できるんですよ。あなたから嗅ぎ取れる、その火の匂いで」
日本で生きていた猫が、地球から天界経由で転移してきた影響で、火の匂いがすると思っていた。だが、どうやら違うようだ。
こいつが悪魔だから火の匂いがするのだ。近づかなければ判らないほど匂いが弱いのは、首だけで胴体が存在しないからだろう。
「ここまで情報が揃うと、あなたの正体を、お湯に耐えられて、特定の人間を狙っていて、本棚を倒せて、火の匂いがする賢い転移猫と解釈するのは正直苦しい。目的を持って人間に害を与えようとする、猫に化けた悪魔と解釈した方が自然でした」
だから私はこいつを悪魔と推測した。確実に悪魔と断言できない状況証拠ばかりだが、揃いすぎると怪しくなるものだ。
「ぬぬぬ……」
悪魔がうめき声をあげる。
私はそんな悪魔に向かってさらに言う。
「さて、では話してもらいましょうか」
「話す? 何を話せと言うのじゃ? 妾はもう殺されておしまいなのじゃろ? ああ、幾年月も土の下で眠って、蘇ったと思ったら殺されるなど、妾は薄命すぎるのじゃー」
はらはらと涙を流しながら悪魔がなげいた。うーん、首から下があれば、美しい泣き姿なんだろうな。
「話してほしいのは当然、犯行の動機ですよ。何故パレスナ様を狙っていたのか。それもわざわざ命に別状はない方法で」
「何故妾がいちいちそのようなことを話さねばならぬ」
「話さなければこのまま抹殺ですが、話せば陛下から温情がいただけるかもしれませんね?」
私は国王の方を見る。彼はただ無言で頷いた。
よかったな。まあ国王が与えても、私はそう簡単に温情を与えないがな。
「話す、話すのじゃ!」
焦ったように悪魔が声をあげる。
そして、悪魔はとつとつとと話し出した。
「その公爵令嬢を狙った理由は……、婚姻を諦めさせるためなのじゃ」
「へえ?」
私は相づちを打って、言葉をさらに促す。
「有力な婚約者には不幸が訪れる。そうなると、婚姻を諦めると思ったのじゃ……。クーレンの血は絶やさねばならぬ。クーレンをこの大陸の主にしてはならぬというのが、我が上位存在の判断だからのう」
クーレンとは、建国王のことだ。
この悪魔がクーレンと敵対した理由は建国史に語られていなかったが、どうやら当時の新大陸の主の座を巡ってのようだった。この悪魔の上位者である火の神の意思には、別に推す人物でもいたのだろうか。
なるほどね、と私以外で唯一隠された建国史を知る国王が一人納得している。
私は悪魔に疑問に思ったことを問う。
「でも、パレスナ様が一人諦めたところで、別の候補者があてがわれるだけだと思うのですが……全員に嫌がらせをするつもりだったんですか?」
「そんなわけないのじゃ。適当に何人かいなくなれば、ハルエーナが王妃になれたのじゃ」
え、私? とハルエーナ王女が驚く。
私はさらに悪魔に問う。
「建国王の血は絶やすんじゃなかったんですか?」
「ハルエーナは別の大陸の出じゃ。子が生まれればクーレンの血は半分に薄まる。そして何代も別の大陸からの婚姻を繰り返せば、クーレンの血はほぼ絶えるのじゃ」
「ええっ、何その発想……」
血を絶やすって、その手段が平和的すぎる……。話の行方を見守る周囲の雰囲気も、どこかゆるくなっていた。ハルエーナ王女に至っては、恥ずかしさからか顔を真っ赤にしている。
というか建国から八百年も経っているんだから、すでに血も十分薄まっているんじゃないのか。
「もういっそ、直接国王の命を狙うなりはしなかったんですか……」
私は平和すぎる悪魔というギャップに、思わずそうこぼしてしまう。
まあ、狙った瞬間、悪魔は近衛騎士達に細切れにされていただろうが。姿だけ透明化しても、近づけば気づくぞあいつら。ここにいる女性の近衛騎士も当然できる。
「それは……おぬしが……おぬし達が悪いのじゃ!」
髪を掴む私の手の下で、悪魔がなげく。
「おぬし達クーレンの血筋が……妾が地の底で眠っている間に、上からばかすか善意を注ぎまくりおってからに……。おかげで善に偏りすぎて、あまり悪いことがしたくなくなってしまったのじゃ」
「ああー、そういう……」
「命を狙うとか恐ろしすぎるのじゃあ……」
悪魔の言葉に、皆が脱力するのが解る。
国王は以前言っていた。後宮で善意数値を計測していると。
多分、王城の他の場所でも計測しているだろう。
そうして、王城全体から善の気を発するようにしていたのだろう。世界樹教の教えってやつだ。それが、王城の下の悪魔に注がれていたと。
かつて火の神の祝福を持つ勇者が魔王に堕ちたように、善意に浸された悪魔が善の性質を獲得してもおかしくはない。
魂が悪意に満ちても悪に堕ちなかった元勇者の精神のような、絶対不変の魂の記憶。そういうものが、おそらく天使や悪魔ら火の神の端末には存在していないのだろう。火の神の意向でころころと性質を変えるのが奴らだ。
そして、過剰な善意は人から闘争心を無くす。
こいつはまさに獰猛な虎から、牙と爪を抜かれた猫ちゃんになったのだ。
そんな悪魔に、国王が不可解な面持ちをして言う。
「しかし変だなぁ。天使からの情報だと、今うちの王族を狙っている悪魔勢力は存在しないはずなんだよね。国家が安定しているからちょっかいはかけないって」
そういえば、この国の王族は天使とのコネクションがあるんだったよな。ヤラールトラールだ。
だが、それは仕方がない。私は国王に、この悪魔がおかしい理由を説明する。
「実は天使や悪魔って、本来うなじに天界と通信するためのアンテナがついているんですよ。それがないと、火の神からの指令を更新できないんです」
「そうなのじゃ! クーレンのやつめ、妾の首をアンテナごと刈り取りおったのじゃ!」
この悪魔の生首にはアンテナがついていないため、王国暦にいう834年以上、天界からの情報をアップデートできていない。
だから今も執拗に、この国の王族をどうにかしようと狙っているのだ。
「なので、アンテナつけてみましょうか」
私はそう言うと、空間収納魔法からとある物品を取り出した。
悪魔のアンテナの束。庭師時代、私は何度も悪魔を狩ったことがあるが、そのときの戦利品としていくつか回収したことがあったのだ。
「ひえっ、おぬし、妾達の臓器をそんなに収集しておるとか、シリアルキラーなのじゃ……」
ええ、カルチャーショック。悪魔にとってアンテナって、外に露出した臓器扱いなの。天使のアンテナを褒めると照れるから、てっきり立派な尾羽とかそのあたりの扱いかと。
私はとりあえず悪魔の言うことは無視することに決めて、首の後ろにアンテナの一つをぶっ挿した。
「あっあっあっあっ! ぬああああ!」
悪魔がぴくぴくと震える。これ大丈夫なやつなのか。
やがて悪魔の額に生えていた黒い角はぼろぼろと崩れてなくなり、代わりに鹿のような白い角が二本生えてきた。世界樹の手によって天使化したのだ。
周囲の人々からどよめきがあがる。そりゃあ、目の前で急に悪魔の生首が天使の生首に変われば、驚きもする。
「お、おお……久方ぶりに上位存在の意思を感じたのじゃ……」
天使の生首は、そう言って感極まって涙をこぼした。
顔は美しいが、生首だとシュールだな。
「ハルエーナよ、公爵令嬢よ、すまなかったのじゃ。妾のしたことは今となっては無意味なこと……この国はクーレンの子孫によって末永く繁栄すべきだったのじゃ」
そう唐突に謝罪の言葉を生首は述べた。
突然の展開についていけないのか、目を白黒とさせるハルエーナ王女とパレスナ嬢。
私は生首の言葉に補足してやる。
「心からの謝罪だと思いますよ。天界との通信を傍受していましたが、間違いなく相手は天使に該当する意思です。八百年の間に方針の変更がなされたようです」
私は一応、火の神の使う言語も習得している。
そして天界の通信傍受は『幹』の魔法だ。世界樹は常にこれを展開しており、火の神の端末が人間にとっての善か悪かの判別を行う。そしてその端末の見た目に角という形で反映させて、人にも天使と悪魔として見分けられるようにしている。変身されたら無意味だが、思いっきり殴れば変身は解ける。
「ま、とりあえずこれにて一件落着かな」
ハルエーナ王女とパレスナ嬢の二人が上手く反応できないので、代わりに国王がそう話をまとめる。
だが、まだだ。
「この天使がパレスナ様に嫌がらせをしてきたことについて、罰をまだ決めてませんよ」
「ああ、それね」
国王がそう言いながら、びっと指をこちらに突き付けてきた。
「悪魔のままだったら駆除しなくちゃいけなかったけど、天使化したなら、パレスナとエカット公爵家に処分はゆだねるよ」
その国王の言葉を受けて、周囲の視線がパレスナ嬢へと向かう。
まだ状況を完全には飲み込みきれていないのか、パレスナ嬢は「えっと」とわずかに言いよどむ。そして、一息溜めて言った。
「……その天使さんはもう無害なのよね? 私は最初に言ったわ。あんなのただのいたずらでしょ」
なるほど、許すのか。
私の頭もだいぶ冷えてきたので、彼女達が許すなら私も許そう。
でも、まだだ。
「では、次、ハルエーナ様のお茶会を台無しにした罰。どうしますハルエーナ様」
「私?」
私に話を振られて、きょとんとするハルエーナ王女。
そう、この場は、本来なら国王と王妃候補者達の交流の場。けっして悪魔を捜しだすための場ではない。
「……パレスナが許している。なら、お茶会は再開すれば良いだけ。私も許す」
許された。こいつ本当に命拾いしたな。
天使は、私の手の下で「すまぬのう。ありがたいのう」と涙を流している。比喩的な意味で、本当の天使はパレスナ嬢とハルエーナ王女の二人の方なんじゃないか。
そうして、お茶会は無事に再開されることになった。
◆◇◆◇◆
パレスナ嬢が落として割ったカップは回収され、待機していた下女の手によってテーブルは綺麗に掃除された。
そして、改めてお茶が淹れ直され、おかわり分にストックされていた茶菓子が配られる。パレスナ嬢のお茶のカップは予備のため、薔薇の模様が入っていない。まあこればかりは仕方ない。
天使の生首は、見苦しいということで再び猫に変身させられた。今はまた、ハルエーナ王女の腕の中に収まっている。
そういえば、なんで日本猫の姿をしているか聞いてなかったなあ。
この天使は日本からやってきたわけではないから、どこで猫の情報を知ったのか。アンテナが無事だった頃に、天界伝いで当時の日本の情報を得たのだろうか。
日本猫は日本に古くからいる猫の品種で、八百年前にも日本に生息していたはずだ。
ただ、今の私はただの侍女なので、お茶会中にそれを猫に問うことはできない。
聖句が再び唱えられ、お茶会は再開した。
ご令嬢方はおそるおそるとカップを口に運び、お茶を口に含む。
当然のごとく苦苦芋はどれにも仕込まれていなかったようで、皆無事にお茶を飲み込んだ。
「さ、塩の国のお菓子ってやつをいただこうかな」
国王は明るくそう言った。
花のでんぷん餅はトリール嬢の力作だ。お茶会が中止にならなくて本当に良かった。
国王とお嬢様方は皿の上に載ったでんぷん餅の花びらをスプーンですくい上げると、そのまま口へと運んだ。
「うーん、これは良いね。予想以上だね」
国王がそうコメントをする。
「繊細な甘さね……もちもちとした食感も相まって、お茶がより美味しく感じるわ」
パレスナ嬢が茶を一口飲んで、そう言った。そう、花のでんぷん餅ピピン・チャーは塩の国の茶にすごい合うのだ。
他のご令嬢方も、美味しそうに茶と餅を味わっている。
ハルエーナ王女は、腕の猫に餅を「いる?」と聞いて拒否されてる。ピピン・チャーは別に熱くないから、天使の口には合わないだろう。
天使や悪魔は熱で生きるので、彼らは人肌より温かいものしか基本食べない。だから、悪魔猫が火を通していない苦苦芋を食べたのは、食事目的ではなかったわけだ。
国王と令嬢達の間で雑談が交わされ、場がそれなりに盛り上がっていく。
「初めて現実の推理っぽいものを見たけど、キリンと陛下しか知らない情報が出てきて、傍聴者の立場って微妙だったわね! 人間が犯人じゃなくてよかったけど」
「決め手が匂いというのは、聞いている側としてはちょっと引く」
「現実と空想は同じようにならないからこそ、本の中の空想が輝くのですわ。でも、悪魔が黒幕って幻想的で素敵だったと思います。ジャンルは推理小説じゃなくなりますけれど」
「私でも推理マンガって描けるのかしら。原作つきなら一考の余地があるわね」
「天使様が正直に動機をお話しにならなかったら、侍女さんはどうしたのかしらね。言葉通り抹殺?」
「話の最中、空気にさらされたお菓子が乾いていくのが、悲しかったですねー」
やめてえ! 私を槍玉に上げないでえ! 私にできるのは物理で悪魔をあぶり出すことだけなの!
私はパレスナ嬢の後ろに立ちながら、内心で悶えた。
そして国王はふと、猫になっている天使に話を振った。
「天使さん、伝え聞くところによると『ねこ』って、動物の名称っぽいんだけど、実際は君の名前ってなんなの?」
どこで伝え聞いたんだ。私が動物としての猫を話した相手ってそんなに多くないぞ。
「妾はネコールナコールなのじゃ。ネコと呼んでよいのじゃぞ」
「へえー。じゃあ、種族名とは偶然の一致?」
「いや、昔アンテナがあったころに、天界と繋がった別の世界に妾と同じ名を冠した生物がいると聞いての。天界経由でその生物がいる国の情報を取り込んでおいたのじゃ。それが今、頭だけになって体のサイズが丁度よかったから、その生物を変身先に選んだのじゃ」
そんなことができるのか、天使と悪魔って。
いつも悪魔が化けるのは人間だから、そう色々とは化けられないと思っていたのだが。
私が内心でそんなことを考えている間にも、天使は国王と話を続ける。
「ところでのう、おぬしに一つ頼みがあるのじゃが……妾の胴体、どこかにあるなら持ってきてくれんか。無事ならくっつくのじゃ」
くっつくのかよ。やはり悪魔は首など刈らずに、斧で縦に真っ二つにするに限る。
「んー、建国史ではどこに埋めたとあったっけ、キリリン」
パレスナ嬢の後ろで会話を聞きながらじっと待機していた私に、国王は話を振った。
ふむ、悪魔の胴体か。ご愁傷様だな。
「確か、北の山……アバルト山の山頂ですね」
「あっ」
私の言葉に、国王は察したようだ。
「その山が何かあるのかの?」
国王の様子に、いぶかしげになる天使猫。
「いやあ、その山って、七年くらい前に二匹の竜が生まれて暴れ回ってね……王家の施設があった山頂は完全に吹き飛んだんだ」
「なんじゃと!?」
国王の言葉に驚きの声をあげる天使。というか猫の姿のまま普通に喋れるんだな。
そんな天使に、国王は可哀想なものを見る目で言った。
「今頃、胴体は粉みじんになっているだろうねー……。ばらばらになったパーツが全部君みたいに生きていれば、合流もできるだろうけど」
「できるか! 端末はそんな不思議生物ではないのじゃ!」
「生首になって生きているだけで大概だと思うよ……」
そんなこんなでお茶会は無事に進み、笑顔で終了となったのだった。
しょうもない事件は起きたが、結果的に誰も不幸にならずに済み、ハルエーナ王女の腕の中には今も猫がいる。
薔薇の宮の警戒態勢も解けるし、明日からも平和で楽しく過ごせそうでなによりである。
一味同心ティーンエイジ系探偵不要ティーパーティ<完>
第三章はこれで終了です。第四章は引き続き後宮編となります。




