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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第三章 後宮侍女

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48.一味同心ティーンエイジ系探偵不要ティーパーティ<4>

 冬の八月も中旬に近づいてきた頃、今日もパレスナ嬢はアトリエで絵の練習をする。

 どうやら満足のいく出来のものが仕上がったようで、今は一枚の絵を前にモルスナ嬢とああだこうだと何やら言い合っている。

 私から見たら「とても上手い」としか表現できない絵だ。なので、彼女達の話に口を挟める領域に私はいない。

 そして数分の話し合いの末、この絵はゼリンに見せる一枚に決まったようだった。


 そしてモルスナ嬢は、椅子に座って一息つく。


「それにしてもこの部屋は暖かくていいわね」


 そんな独り言のような台詞をぽつりと言った。

 それをしっかり聞いていたのか、パレスナ嬢はにっこりと笑う。


「いいでしょう、侍女暖房。一宮殿に一人欲しい人材よね、この子」


 などと言いながら、彼女は私の方を見てきた。釣られてモルスナ嬢も私の方を見る。

 そう、この部屋は今、私が魔法で暖めている。魔法暖房は火を使うが、私の魔法は火が出ないため火事の危険性がないので安心だ。


「うちの宮の暖房も魔法道具ですごいけれど、それでも火元から離れると冷えるのよね」


 と、床の魔法陣を見ながら言うモルスナ嬢。

 後宮の魔法暖房は、一部屋一個という感じでさほど火力は高くないからな。前世の雪国の石油ストーブなんかは、たった一つで家全体を暖められるらしいが。


「空気を対流させて、部屋全体に熱が伝わるよう魔法陣を調整しています」


 私は、そうモルスナ嬢に魔法の説明をいれる。それを聞いたモルスナ嬢は、椅子から立ち上がり、私の方へと近づいてくる。

 そして、私の前に立ち、腰をかがめて視線を合わせ、右手で私のアゴを持ち上げ――


「ねえ貴女、今からでも私の侍女にならない?」


 スカウトの言葉をいただきました。


「あ、こら。キリンは私のものよ。あげないわ」


 そうなんだよねえ。パレスナ嬢の侍女という立場は譲れないんだよな。なぜならば。


「申し訳ありませんが、国王陛下から直々の命令でパレスナ様に付くよう言われておりますので……」


「あら、そうなの。陛下が相手じゃ、どうしようもないわね」


 そう言ってモルスナ嬢は薄く微笑みながら私のアゴから手を離した。

 私はそんなモルスナ嬢に向けて言う。


「パレスナ様が相手ならなんとかなったんですか」


「そうね。何せ叔母でお姉様だからね」


「いやいや、陛下関係なしに渡さないわよ」


 笑うモルスナ嬢に、渋い顔をして言い返すパレスナ嬢。そして、モルスナ嬢は、ひらりと私の前から動くと、その隣に立っていた侍女のビアンカに抱きついた。


「じゃあ、ビアンカをもらうわ。パレスナのところは小さな子達ばかりで面白そうでずるいわ」


「ビアンカも駄目!」


 パレスナ嬢は立ち上がってモルスナ嬢を引き離しにかかる。

 突然話の渦中に巻き込まれたビアンカはというと。


「私はお母さんと一緒の仕事場が良いですー」


「あら、さすがに私でもフランカは引き抜けないわね。振られちゃった」


 そう言って、モルスナ嬢はビアンカから離れ、元の席に戻った。意外とお茶目な人なんだなぁ、この人。

 パレスナ嬢も、私の侍女は守り切った!と言って椅子に座り直す。

 そこからは雑談タイムとなった。今日の絵は先ほど完成した分で良いということだろう。

 令嬢二人と侍女二人の四人で、会話を交わしていく。そんな中で、ふとお茶会の話題になった。


「キリンはハルエーナに協力していたみたいだけど、準備は進んでいるのかしら」


 そうパレスナ嬢に話を振られたので、正直に答えておく。


「ええ、順調ですよ。茶葉の選定は終わりましたし、お茶菓子も決まり試食も済ませました」


「塩の国のお菓子なのよね。楽しみね。どんな味だった?」


「それは当日のお楽しみということで」


 パレスナ嬢の質問への答えは、秘密としておいた。ただ、美味しいのは保証する。


「私も食べてみたいです!」


 そうビアンカも話に乗ってくる。お茶会は王妃候補者だけがお茶をするので、侍女は食べずに後ろで待機するのみだ。試食に参加していないビアンカは当然最後まで食べられないことになる。それでは可哀想なので、私はビアンカに向けて言った。


「じゃあ、お茶会が終わった後に余ったおかわり分をもらえるよう、ハルエーナ様に頼んでおきましょうか」


「わーい!」


 喜んでくれたようで何よりだ。ビアンカと仲の良いハルエーナ王女なら、否とは言わないだろう。

 そして、お茶会の話題と言えば、一つパレスナ嬢に言っておかないといけないことがある。


「パレスナ様、お茶会の前日ですが、私、青百合の宮にお手伝いに行ってきますね。力仕事の協力要請を受けているのです」


「あら、力仕事なんてわざわざ侍女がやるのかしら?」


 不思議そうな顔をしてパレスナ嬢が問う。まあ、普通はそう思うだろうな。


「いえ、本来なら下女の仕事ですが……さらに言うなら男の下男達の仕事ですが、後宮は男子禁制なので……。女手だけではテーブル運びなどが心許ないので、力に自信のある私が駆り出されることになりました」


「あら、そうなの。こんな小さいのに力持ちなのよねえ」


 ええ、背は小さいけど高性能が売りですよ。

 そんな雑談を繰り広げていたときだ、フランカさんがノックをしてアトリエに入ってきた。

 そして、モルスナ嬢に一礼してから、主のパレスナ嬢に向けて言葉を放つ。


「午後からハンナシッタ殿下が来訪されます」


「あら、ナシーが」


 パレスナ嬢が意外、といった顔でそう返事をした。

 一方、モルスナ嬢は平静な顔でそれに続けて言う。


「殿下がいらっしゃるなら、準備とかあるでしょうから、私はもう帰るとするわ」


 そうしてアトリエでの雑談はお開きとなった。

 午後からやってくるというハンナシッタ殿下。愛称ナシー。

 フルネームはキアン・ハンナシッタ・バレン・ボ・アルイブキラ。

 その正体は、国王の妹。王妹殿下。いわゆる王族というやつだ。




◆◇◆◇◆




 午後、薔薇の宮の広間で、ナシーをお迎えする。来客室まで案内する侍女の仕事は、今回私の担当だった。


「ようこそいらっしゃいました、ハンナシッタ殿下」


 ナシーに向けてうやうやしく侍女の礼を取る。

 ナシーは銀髪金目の鋭い雰囲気を持つ妙齢の女性。確か、今年で十七歳だったか。


「ああ、久しいなキリン。本当に侍女をしているのだな。どうか前のようにナシーと呼んでくれ」


 ナシーはそう困ったことを言ってくる。そりゃあ仲の良い国王の妹という関係上、昔からこの子とはよく会っていて、心の中ではこうしてナシーと呼んでいるけれども。しかし、今の私には立場がある。


「今は侍女ですので……」


 そう断ろうとしたが、ナシーは悲しそうな顔をこちらに向けてくる。


「ナシー殿下、と」


「ああ、それで妥協しよう」


 許された。殿下は付けていいのか。

 侍女の仕事に戻ろう。私はナシーのコートを脱がすと、広間に据え付けられているハンガーラックにそれを掛けた。

 そして、お付きが一人いるので、その人からもコートを受け取る。人……いや、人じゃないなこれ。天使だ。天使の証である白い鹿のような角が二本頭から突き出ており、首の後ろからはとげとげが突き出ている。髪は短めの白髪で、女の姿をしている。

 私は天使のコートもラックに掛けると、二人のもとへと戻る。


「どうも、またお会いしましたね」


 天使にそう挨拶される。はて、この天使とは会ったことがあったか……。ああ、そういえば一ヶ月ほど前に、騎士ヴォヴォと緑の騎士団の副団長の結婚式で見かけて、目礼を交わしたことがあったな。そのときもナシーのお付きであった。


「はい、以前はどうも。私、キリンと申します」


「これはどうも。ナシーの護衛のようなものをしております、ヤラールトラールです」


「天使様が護衛とは、心強いですね」


 私がそう言うと、ナシーは力強く頷いた。


「うむ、ヤラは強い。私では到底かなわないな」


 ナシーは武術をかじっている。その技量は騎士と数分も打ち合えるほどなのだが、この天使はそれよりも強いようだ。

 まあ、天使や悪魔って、基本的に強いからな。


「悪魔を何体も討伐しているキリンと、果たしてどちらが強いか、気になるものだな」


 そんなことを言い出すナシー。

 私はそんなナシーに向けて諭すように言った。


「天使とは戦ったことがありませんが……そもそも戦うような相手ではありませんよ。悪魔ならいざしれず」


 だが、天使は私の言葉に苦笑した。


「天使と悪魔という区分は、世界樹や人間がそう決めただけで、本質的には同じですよ。私達は皆、上位存在の端末なのです」


 そう。天使や悪魔は火の神が地上を監視し、介入するための端末なのだ。本人達は天使や悪魔といった区分はどうでも良いと思っている。人間からすれば、人に益あるものと人に害あるものなので、大違いなのだが……。


「それよりも、貴女からは私達と同じ気配がします……。どうやら人間のようですが」


 天使が私をじっと見つめながらそう言った。

 それは他の天使にも言われたことがある。前世の死後、魂が天界を通った弊害だろうな。


「私達の上位存在の祝福でも受けているのですか?」


「いや、そういうのはないですね。あったら便利だとは思いますが」


 勇者が受けるという火の神の祝福。その効果は、分割思考の習得だ。その副次効果で頭がよくなったり、思慮深くなったり、咄嗟の判断に優れたりするわけだ。火と名に付いているが、別に耐火能力は上がったりしない。

 火の神もどうせ私の魂に匂いを付けるなら、分割思考もセットで付けてくれればいいのに。


 まあ、良いだろう。あまりここで雑談するのもなんだしな。


「では、お部屋へご案内します」


「ああ、よろしく頼む」


「お願いします」


 そうして私は二人を来客室へと案内した。来客室では、パレスナ嬢が立ってその訪れを待っていた。


「久しぶりね、ナシー!」


「ああ、久しいなパレスナ。元気そうで何よりだ」


 そう言って二人は、互いに近づくそして。


「いえーい!」


 ハイタッチした。以前国王ともやってたけど、なにそれ流行ってるの?


「そちらの天使様は初めましてね!」


「はい。ヤラールトラールです」


「私はリウィン・パレスナ・エカット・ボ・ゼンドメル。パレスナと呼んでね!」


「よろしくお願いします、パレスナ。私のことはヤラと」


「ええ、ヤラ、よろしく。私、天使様を見るのって初めてだわ!」


 どうやらパレスナ嬢と天使の二人は無事に打ち解けたようだった。なにやら握手などを交わしている。

 そして、パレスナ嬢はナシーの方へと向き直り、言った。


「それにしても、私が後宮に来てから訪ねてくるのは初めてね。嬉しいわ」


「ああ、それがな。兄上の王妃選定が終わったら、次は私の配偶者候補を後宮に入れることになった。下見をしにきたんだ」


「あらそうなの。ナシーもとうとう婚約ねぇ」


「未だ恋などしたことがないから、配偶者を決めろと言われても困るものだが……」


「大丈夫、貴女にもきっと素敵な出会いがあるわ。私と違ってこの後宮が舞台になるけどね!」


「そうなると良いのだがな」


 そう言って笑い合うパレスナ嬢とナシーの二人。

 しかしパレスナ嬢。こんなことを言っているがナシーはかなりの恋愛小説好きだぞ。きっとカヤ嬢に会わせたら一晩語り合いそうなくらいだ。

 そういう点では、恋愛漫画家のモルスナ嬢とも話が合いそうだな……。


 そうして立ったまま話に盛り上がる二人。

 最初はお互いのことを話していたが、やがて横にいる天使のことについて話題が移った。


「天使様をこうして間近で見る機会があるなんて……あ、そうだ、ヤラを絵に描いていいかしら?」


「絵ですか? 構いませんよ」


「本当! ええと、この部屋の画材はどこに置いたかしら……」


 天使にモデル役を取り付けたパレスナ嬢が、何かを探す素振りを見せた。

 それを察知したのか、ビアンカが動いて部屋の装飾品を飾る棚から、紙束と鉛筆を取り出してパレスナ嬢に渡した。

 ちなみにもう一人の侍女であるフランカさんは、いつの間にか入室していて、テーブルに三人分のお茶を配っている。


「ありがと。それじゃあちょっと描かせてもらうわよ」


「ええ、どうぞ」


 パレスナ嬢が鉛筆を紙の上に走らせる。

 そんな彼女の様子を楽しそうな目でナシーは見ていた。


「実はパレスナは有名な画家なのだ」


「なるほど、そうなのですね。もしや部屋に飾られていた……」


「ああ、家族の肖像画だな。パレスナに一年前に描いてもらった」


「自信作よ!」


 ナシーと天使の会話に、そう割り込んで誇るパレスナ嬢。その間も絵を描く手は止まらない。

 そして、天使の頭部を観察しながらパレスナ嬢が言った。


「立派な角ねえ」


 その言葉を受けて、天使は苦笑する。


「この角は、自前のものではなく世界樹によって付けられているのです。世界樹は私達端末を、天使と悪魔に区別したがるので」


「へー。じゃあ、このうなじのとげとげは?」


「これは、上位存在と情報をやりとりするための重要な通信器官です。アンテナと言います」


「上位存在って火の神のことよね。アンテナ、格好良いわねー」


「褒められると嬉しいですが、そう見つめられるとどうも気恥ずかしいですね」


 天使にとって首後ろのアンテナは、誇るべき部位らしい。

 そしてさらにパレスナ嬢は問う。


「その他に、天使様と人間で外見上違うところはあるの?」


「いえ、端末は人間を模して作られているので、違いはありませんね」


「ヤラは女性の姿ね。天使様の中には男性もいるのよね?」


「ええ、私は女性型です。ただし、生殖機能はありません」


「なるほどねー」


「失礼、お茶をいただいていいですか?」


「あ、どうぞどうぞ」


 ずっと立ったままだった天使が、着席してお茶のカップを手にする。


「雪の降るこの季節は、きついものがありますね」


 お茶をすすりながら天使がそう言った。


「ヤラは寒いのが苦手なの?」


「私達端末は、火の性質を持っていますから、苦手です。だからこうして、熱いお茶やスープから熱を取り入れてしのぎます。お茶菓子はすみませんがいただきません」


 お茶請けとして出されていた焼き菓子には手を付けない天使。

 天使や悪魔は熱で生きるため、熱くない食物は基本的に摂取しないのだ。


「代わりに私がいただこう」


 いつの間にか着席していたナシーが、天使の分の焼き菓子を手元に引き寄せた。よく運動するぶん、彼女は割と大食らいなのだ。体形はむしろスリムなくらいなので、これくらい食べて丁度良いくらいなのだろう。


 その後も数十分ほど三人は雑談を繰り広げた。

 そして、ナシーが別れの話を切り出した。


「さて、短い訪問となったが、他の宮殿も見て回らねばならぬのでな。ここいらでおいとましようと思う」


「待って、もう少しヤラを描かせて」


「いや、そう言われてもだな……」


「あとちょっと、あとちょっとだから! あ、それと色も塗らせて!」


 パレスナ嬢の突如のご乱心に、困った顔をするナシーと天使の二人。


「一日! 一日モデルをしてくれたら肖像画ができるから!」


 あまりにあんまりな主の姿に、私も苦笑を禁じ得ない。そして、ふとフランカさんと目が合う。

 やりますか? やりましょう。

 私とフランカさんはパレスナ嬢の腕を掴み、部屋の隅に引きずっていく。


「あ、ちょっと二人とも何するの!」


「ビアンカ、お二人はお帰りですので、ご案内して」


 フランカさんはパレスナ嬢の言葉を無視して、ビアンカにそう指示を出した。

 ビアンカは「はい!」と元気に返事をして、二人を促し退室させた。


「ああ、せっかくの題材が……」


 パレスナ嬢ががっくりとうなだれる。

 そして、ナシーと天使の二人は無事に薔薇の宮を去っていった。


 その後のパレスナ嬢はというと、記憶が残っているうちにといってドレスを着替えアトリエに籠もり、一心不乱に天使の絵を描き出した。

 仕方なしに、私は魔法で天使の幻影を出して、モデルの代わりを用意してあげた。そして、夕方になって幻影を消して侍女宿舎に戻ろうとすると、今度は私が引き留められた。

 主のその様子に、私とフランカさんは笑うしかなかった。いや、さすがに夕方以降に絵を描くのは止めよう。

 パレスナ嬢は良い主なんだけれど、こういう面もあるのだなぁ。


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