47.一味同心ティーンエイジ系探偵不要ティーパーティ<3>
今日もパレスナ嬢は、アトリエで絵を練習する。
今回は彼女の叔母で漫画家先生のモルスナ嬢が、その指導にやってきている。
「こんな感じで、編み目の四角いブロックを掛け合わせていくのがカケアミよ」
「ただの斜線より深い味わいがあるわね!」
今は、白黒二色の絵でいかに色を表現するかの練習をしているようだ。
昔、ゼリンに漫画の概念を伝えたときに、私の知る限りの情報を魂から絞り出して教えた。それが、こうしてこの世界の漫画家に知識が受け継がれているのを見ると、感慨深いものがある。
まさか王妃候補者の一人が漫画家になっているとは思いもしなかったが。
「でも、結構時間かかるわね、これ」
カケアミの練習を続けるパレスナ嬢がそうぼやく。
まあね、とモルスナ嬢も同意するが、でもね、とさらに言う。
「今は透明なシートにカケアミや点描を印刷して、それを貼り付けるだけの画材が研究されているらしいわ」
「なにそれ、面白そうね」
スクリーントーンってやつだな。私は実物を見たことがないので、どうとも言えないが。
まあゼリンならそのうち開発に成功するだろう。道具協会も新画材には目くじら立てないだろうし。
「ま、今はそんなものないから、今回はこれらの技法をしっかり覚えることね」
モルスナ嬢はそうパレスナ嬢に告げる。
それを受けたパレスナ嬢は「よし」と気合いを入れると、ペン先をインク壺に浸け、描画の練習を再開した。
しかしだ。モルスナ嬢が指導をしているから、パレスナ嬢の会話係の私は暇だな。
暖房魔法陣を展開しているが、これは私がいなくても動き続けるし。
また刺繍でもするか?
そう考えていたとき、下女の掃除を見にいっていたフランカさんが、アトリエに戻ってきた。
「キリンさん、ハルエーナ様とトリール様がご用事だそうです。お菓子の件だとか。来客室にお通ししています」
というフランカさんの言葉に、パレスナ嬢が反応する。
「ああ、話は聞いているわ。キリン、行ってきていいわよ」
外出の許可が出た。実は、昨日のうちにパレスナ嬢には、ハルエーナ王女からの話を通しておいたのだ。
「何? 王妃候補者が二人も揃って、侍女に何か用があるのかしら」
話が気になったのか、モルスナ嬢が興味深げにそう聞いてくる。
それに答えるのはパレスナ嬢だ。
「なんでも、今度のお茶会で塩の国のお菓子を出したいらしいわ。キリンはそれに協力すると」
「あら、一風変わった催しになりそうね。キリンさん、私に協力できることがあったら言ってね」
「私も協力するわ!」
その言葉をありがたく受け取っておく。
まあ、お菓子作りなので、画家と漫画家の出番はないとは思うけれども。
そして私は、アトリエから出て来客室へと向かった。
来客室では、ハルエーナ王女とトリール嬢がお茶を飲みながら待っていた。
お待たせしました、と侍女の礼を取ってから、私も着席する。
「さて、現在どこまで話が進んでいるか教えていただけますか」
私はそう二人に問いかける。それに答えたのはハルエーナ王女だ。
「塩の国のお菓子を使いたい。そこで止まっている。うちの宮殿の料理人はお菓子は専門外だった」
国元から連れてきた菓子職人がいればそれで解決だったのだろうが、料理人はお菓子が作れないと。がっくりだな。まあ、だからこそ周囲に相談しているのだろうが。
私はトリール嬢へも問いを投げかける。
「トリール様は塩の国のお菓子は作れるのですか?」
「いえー、残念なことに実は全然知らないんですよー。レシピさえあれば作れる自信がありますけど」
ふむ、つまり菓子はトリール嬢が作ると。
となれば、事前に言われていた通り、私に求められているのは知識やレシピの提供か。
「いくつか記憶を掘り起こして、レシピを書いておきました。これをどうぞ」
私はそう言って空間収納魔法から紙を取り出す。私が塩の国で実際に食べて、レシピを聞いていた菓子の情報だ。
だが、これには問題がある。
「でもこれ、庶民のお菓子なんですよね」
そう、国王や王女が出席するお茶会に出すには、少々格というものが足りていない可能性があった。
ハルエーナ王女は、レシピに書かれている菓子名を確認する。
「うん、確かにこれはちょっと、お茶会には相応しくないかも」
そう言う王女だが、これにトリール嬢が反応する。
「見た目なら私が豪勢にできますよー」
「それ良いかも」
そう話が決まりそうになるが、私は待ったをかけた。
「待ってください。これでレシピは全部ではないかもしれないんです」
「どういうことですかー?」
不思議そうにトリール嬢が聞き返してくる。
私は改めて二人に言葉を投げかけた。
「いるじゃないですか。白詰草の宮に、他国のレシピ集を持っていそうなお方が」
「あっ、確かにそうですねー」
「ファミー」
本が好きで仕方がない本の虫のところならば、レシピがある可能性はあった。彼女が小説以外の本も好んでいるならばの話だが。
私達は早速、白詰草の宮に向かうことにした。
◆◇◆◇◆
白詰草の宮にて、私達はファミー嬢に歓迎される。
儚い印象を受けるその外観だが、心から訪問を喜んでいる様子がうかがえた。本は一人で読むものだが、友人は欲しいのかな。
「ようこそいらっしゃいました。本日は、わたくしのお勧めの本の紹介がご希望でしょうか?」
いきなり本を薦めてくるとは。やはり本が、よっぽど好きなようだ。
「いや、今日は別の用事」
そうハルエーナ王女が切って捨てる。心なしか、ファミー嬢がしょんぼりとしたように見える。
「今月の国王とのお茶会に、私の国のお菓子を使う。レシピ本ある?」
そう簡潔に話す王女の言葉に、ファミー嬢はなるほどなるほど、と頷いた。
「勿論ありますわ! 塩の国のお菓子レシピ集『エイテンのお菓子五十選』! ただのレシピだけでなく、そのお菓子にまつわるコラムも載っている趣深い本ですわ!」
急に元気になって早口でまくしたてるファミー嬢。ちなみにエイテンとは塩の国の正式国名だ。
「書庫にしまってありますので、侍女に持ってこさせますわ」
そしてファミー嬢は後ろに控えていた侍女に指示を出し、書庫に向かわせた。
その間、私達はお茶を楽しむことにする。ハルエーナ王女とトリール嬢は薔薇の宮に引き続き二杯目だが大丈夫か。
あ、大丈夫そう。普通に飲んでる。
出されたお茶請けを美味しそうに食べながら、トリール嬢はファミー嬢に向けて言った。
「レシピ本もお読みになるのですねー。ファミー様はお菓子作りはなされないのですよね?」
ファミー嬢はその言葉に、にっこりと笑って返す。
「材料から、どのようなお菓子なのかを想像して楽しむのですわ。レシピ本には挿絵があることが多く、一度食べてみたいと想像の羽を広げるのです。また、お菓子に関する挿話などが書かれていることもあり、そのレシピが書かれた地域の歴史を感じさせてくれることもあるのです」
また早口だこの人。レシピ本でここまで語れるのか、すごいな。
そんな雑談をしているうちに、書庫に行った侍女が返ってくる。手には一冊の本を携えていた。
侍女はその本をテーブルの上へと載せる。表紙には、『エイテンのお菓子五十選』とアルイブキラの言語で題字が書かれていた。
「塩の国の文字じゃないんですねー。よかった、私、外国語苦手でー」
そうほっとした様子でトリール嬢が言った。
「はい、私は隣の大陸の文字も読めるので原本でも構わなかったのですが、どうもこれはエイテンが他国に向けて自国文化を広めるために大量に翻訳されたもののうちの一つのようなのです。カラーで印刷されているので、国が発行した本だと思いますわ」
「初耳」
ファミー嬢の長い言葉に、そう一言だけ述べたのは当のエイテンの王族であるハルエーナ王女。
まあ、第三王女ともなれば知らない国の事業も存在するだろう。
「では、早速見ていきましょうかー」
トリール嬢がレシピ本の表紙をめくる。説明通り、カラーの挿絵が入れられた活版印刷の本だった。
私達はそれを見ながら、これが美味しそう、これは形が美しいなどと感想を述べながら読み進めていく。ファミー嬢は終始笑顔だ。
「わたくしは、この水草から作るお菓子が特に興味深いと思っていたのです。水草など、普段口にしない植物ですわよね? どのような食感なのか、想像も付かなくて楽しくて仕方なかったのです」
「この水草なら、取り寄せれば準備できますから、今度作ってみますねー。一緒に食べましょうー」
「はい、是非に!」
そうファミー嬢とトリール嬢が盛り上がる。
ハルエーナ王女は、おそらくこれを食べたことがあるな。食感のネタバレをしないよう黙っているのだろう。
ちなみに私もレシピは聞かなかったが、一度食べたことがある。美味しいよ。
「あ」
トリール嬢がめくったあるページで、ハルエーナ王女が声をあげた。
「私これ好き!」
珍しく、ハルエーナ王女が強い語調でそう主張した。
なになに、と他の私達は本のページを覗き込む。菓子の名前はピピン・チャー。挿絵は……花の形をした何かだった。
「ふむふむ、これはー」
トリール嬢がレシピを精査する。
「簡単に言うと、でんぷんのお餅ですねー。中に色々混ぜているので、どんな味になるのか作ってみるのが楽しみですー」
色を付けたでんぷん餅を花びらの形に成形しているのか。
王女が好きと言っているのだから、格式には問題はないだろう。他の問題があるとすれば……。
「材料、用意できそうですか?」
そうトリール嬢に私は尋ねてみた。一応の確認だ。
「問題ないですよー。塩の国独自の材料とかないので、この国で材料は集まりますよー」
「それはよかった」
トリール嬢の言葉に、私はほっと胸をなで下ろす。
どうせなら、ハルエーナ王女が好きという菓子をお茶会で使わせてあげたいからな。
「あ、でも今から作るには苦苦芋が足りないですねー。苦苦芋のでんぷんを使うみたいです、これ。私の厨房では別のでんぷんを使っているんですよー」
そうトリール嬢が言う。そうか、今すぐは無理そうか。一応、私は残りの二人に確認してみる。
「ハルエーナ様かファミー様の宮殿の厨房に、苦苦芋ってあります?」
「食べたことないから多分ない」
「解らないですねー。ちょっと聞いてみます」
ハルエーナ王女はないとすぐに断言し、ファミー嬢は侍女を厨房に派遣した。
そして侍女が帰ってくると「無いそうです」とはっきりと言った。
「でんぷんを取るための芋で、食べるにはちょっと苦すぎますからねー。普通の厨房にはないと思いますー。でんぷんも別のものが一般的でして」
そうコメントを述べるトリール嬢。まあ、そうだよね。仕方ないか。
だから、ないなら取りにいけばいい。
「調達しに行きましょうか」
私のその言葉に、ハルエーナ王女が反応する。
「市場、今から行く?」
「まあ、市場に行けば確実にあるとは思いますが、その前に後宮内で探してみましょうか」
私がそう言うと、三人は不思議そうな顔をする。
またもったいぶった言い方をしてしまったかな。
「芋と言ったらバルクース家。白菊の宮のミミヤ様を訪ねてみましょうか」
そうして私達一行は、ファミー嬢を新たに仲間に加え、白菊の宮を目指すことになった。
◆◇◆◇◆
「ありますわよ。あの地面の中で育つタイプの芋ですわよね? 厨房に転がっていますから、好きなだけ持ち出してくださいな」
そうあっさりと、ミミヤ嬢は答えを述べた。
本当に後宮にあったよ、苦苦芋。さすがすげえぜ芋伯爵家。
「珍しいですねー。でんぷんではなくて芋の形で保管しているのは」
そうトリール嬢がミミヤ嬢に言う。
そうね、とミミヤ嬢は答える。
「収穫したのをそのまま送ってくるのですわ。大変なのはシェフだといいますのにね?」
なるほど、産地直送と。
「それよりも、これはいったいどんな集まりですの? 急に芋の所在など聞いてきて驚きましたわ」
そう不思議そうな顔でミミヤ嬢が聞いてくる。
代表して、私が答える。
「今月のお茶会はハルエーナ様が担当することとなりました。そこで、お茶請けにエイテンのお菓子を用意することになったのです。試作するに当たって、苦苦芋が足りなかったため訪ねた次第です」
「なるほど、お茶会の。ファミー様までいらっしゃるのは何故かしら?」
さらに疑問を重ねてくるミミヤ嬢。
「わたくしの蔵書の中からレシピ本を提供いたしました」
そのファミー嬢の答えに、再びなるほどと納得したミミヤ嬢。
そして、彼女はまた言葉を続けた。
「そうですわね。試作でも本番でも当家の苦苦芋を使用していただいて構いません。その代わり、私にもお茶会に協力させてくださいな」
「助かる」
ハルエーナ王女は簡潔にそう返した。
それにミミヤ嬢は満足そうに笑みを浮かべると、ハルエーナ王女に向かって言った。
「それで、お茶請けはエイテン風とおっしゃいましたが、お茶会自体はどちらの国のスタイルでやるのでしょうか? アルイブキラ風? エイテン風?」
「アルイブキラ風でやる。皆の負担にならないだろうから」
「でしたら、今度青百合の宮にお邪魔させていただいて、お茶会のマナー講習をさせていただきますわ」
「ありがとう」
そのように二人で話はまとまったようだった。
そんなやりとりを見守っていたファミー嬢は、やや驚いたような顔をして言う。
「すごいですわ。バルクース家のマナー講習と言えば、お金を払ってでも受けたがる貴族の憧れですの」
「そうなんですか? この前、ダンスレッスンと食事マナー講習を受けたのですが」
私がそう言うと、ファミー嬢は本が絡んでいないからか弱々しい声で答える。
「あれはミミヤ様の善意で行ってくれているのです。侍女まで講習をさせていただけるなんて、破格ですわ」
確かに、本来はお金を払って家庭教師なりを付けて学ぶことだ。それを無料で教えてくれるなんて、完全に慈善事業である。
数いる王妃候補者の中で、飛び抜けて後宮への貢献度が高いな……。
「さて、では苦苦芋をいただいて、青百合の宮でお菓子作りしましょうかー」
トリール嬢が拳を掲げて、気合いを入れる。
そんな十五歳の微笑ましい姿を見守る十九歳のミミヤ嬢は、優雅に微笑んで言う。
「私は当日までの楽しみにしておきたいので、成功するのをここで祈っていますわ」
今回は同行者が増えなかった。当日まで味見しないというのも一つの選択か。
そして、私達は厨房へと案内され、シェフのおばさんに大量の苦苦芋を渡されるのだった。あ、ちょ、多すぎない? いいから持っていきなって? おばさん強いな。
◆◇◆◇◆
でんぷん、すなわち片栗粉。それの作り方。まず、火は使わない。
皮を剥いた苦苦芋を細かくすりおろす。
それを布で包み、水の中へと入れる。布をゆらしたり揉みほぐしたりすると、でんぷんが水に溶けていく。
その水をしばらく放置すると、でんぷんが下に沈殿する。
そうしたらでんぷん部分を残して水を捨てる。
これで抽出は完了。あとは乾燥させて粉にする。
粉になるのにかかる時間は……。
「半日ってところですねー。なので、キリンさん魔法でぱぱっとお願いしますー」
「ここで私頼みですか。まあ構いませんが」
加熱せずに、しゅわっと水分を蒸発させる。こういう細かい術も、魔女仕込みで習得しているのだ。
私がこれ使えなかったら、お菓子作りが明日に延期していたところだな。
と、そんなとき、厨房に思わぬ侵入者が!
「あややや、『ねこ』が苦苦芋食べていますわ」
ファミー嬢が力のない悲鳴をあげた。そう、猫がでんぷんを搾り取った後のすりおろし苦苦芋をもぐもぐと咀嚼しているのだ。
ここは厨房だ。毛のある動物の侵入はさすがに困る。
なので、ハルエーナ王女を刺客として差し向けた。
「ハルエーナ様。猫と厨房の外で遊んでいてください」
「解った。『ねこ』、おいで」
一心不乱に芋の残骸をむさぼる猫をハルエーナ王女は抱え、厨房を出ていった。
「では、作りましょうか。レシピをしっかり守ってやりましょうー」
そうトリール嬢が宣言し、花のでんぷん餅、ピピン・チャーの作製が開始された。
慣れた手つきのトリール嬢が、つたない動きのファミー嬢をサポートする。
調理は滞りなく進み、色の付いた花のお菓子が無事に完成した。
「やりましたねー」
「お菓子作りは初めてですが、これはそんなに難しくないのですね」
喜ぶトリール嬢に、感慨深げにするファミー嬢。ハルエーナ王女がいないのが残念だが、侍女とかに猫を任せて戻ってこないということは、作る過程は彼女にとってそう重要ではないのだろう。
そしてお昼ご飯前の青百合の宮で、試食のお茶会を開いた。
ハルエーナ王女とトリール嬢にとっては本日何杯目のお茶だろうか。
試食を終えた私達は、国王とのお茶会が開かれるまでに、お菓子の感想を他の人に秘密にしておくことにした。
別に味は悪くない。単なる当日まで楽しみにしていてねってやつだ。
国王とのお茶会まであと十日。準備は着々と進んでいくのであった。




