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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第三章 後宮侍女

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45.一味同心ティーンエイジ系探偵不要ティーパーティ<1>

 寒さの続く冬の日。今日もパレスナ嬢は、アトリエで線画の練習をしていた。

 今日はモルスナ嬢の訪問はない。ゼリンに監修を頼まれたと言っても、さすがに連日訪ねてくるというわけにもいかないのだろう。

 そんなアトリエで、私はパレスナ嬢のリクエストで、前世の日本における漫画の歴史を話し始めた。


「前世における漫画の始まりは、台詞がない、しかし滑稽で面白い物語を描いた絵巻物だと言われています」


 時は平安。印刷技術もなく、版画でもない墨画の作品が、漫画の始まりとして現代にまで残されていた。


「鳥獣戯画と呼ばれる作品で、代表的な場面としては、人のように二本足で立ち上がる動物達が、転げまわる様子が描かれています」


 兎がひっくりかえり、その周囲を二本足で立つ蛙が面白そうに囲っている絵を幻影魔法で空間に投影する。これ以外の場面は正直よく知らない。複製品なんて扱ったことないので。

 そして、私はすぐに幻影を消した。線画描きの邪魔になってはいけないからな。


「その後も私の出身国日本では様々な絵巻物が描かれていきますが、印刷技術が発達すると、メッセージ性のあるイラストを本にするようになります」


 確かポンチ絵ってやつだ。風刺画だな。

 ふんふん、とパレスナ嬢は興味深げに私の説明を聞いている。


「やがて、台詞を絵の横に描くようになり、さらに時間の移り変わりを表わすためにコマ割りの技術も生まれます。漫画が物語となったのです」


 第二次世界大戦前にはすでに、現代に通ずる漫画の形ができていたという事実に、改めて驚く。

 私の中では漫画って、戦後に完成したばかりの現代的な娯楽のイメージがあるのにな。


「その後、漫画を載せる雑誌が出てくるようになり、その連載分をまとめた漫画本が売られるようになりました」


 単行本だ。

 この世界でも漫画は単行本の形で売られている。漫画雑誌はまだ存在しない。


「最初から完成した本を作り、それを貸し出す貸本なる文化も一時期存在しています」


 貸本は……正直よく知らない。妖怪漫画で有名な人が活動していたとかは断片的に知っているけれど。


「やがて、一人の天才が現れます。漫画の神様と呼ばれる存在です」


「神様がマンガを描いたの? なにそれすごい」


 パレスナ嬢がそんな感想を漏らした。だが、それはさすがに勘違いだ。


「いえ、ただの比喩表現で、神様のごとき実績を残したすごい人間という意味です」


 この世界で神様と言えば、火の神か大地神話の太古の神々だ。

 どこぞの世界の神話と違って、やけに人間くさいやりとりをしたり浮気をしたりはしない偉大な存在だ。

 まあ、大地神話の神々は実際には特定個人ではない今の人類の祖先だし、火の神の端末である天使や悪魔はずいぶんと人間くさいんだが。


「ともあれ、漫画の神様の存在に引っ張られて漫画文化は興隆し、様々な漫画の天才が現れ偉大な作品を残していきます」


 見てみたいわねー、とパレスナ嬢が言うが、それはかなわないことだ。

 庭師として世界中をまわった私でも、異世界を渡る手段は見つけられていない。

 私の魂や猫の存在を見るに、火の神がどうこうすれば世界を渡れるのかもしれないが。


「その流れは私の生きていた時代まで続き、一時期は子供の読む物と思われていた漫画ですが、いつしか青年向けに描かれた作品も多く描かれるようになったのでした」


 そうまとめて、私は話を終えた。簡素な歴史だが、専門でもないので私の知っている内容はこんな程度のものだ。

 それに対し、パレスナ嬢は疑問をこぼした。


「キリンの世界のマンガって、子供の読む物と思われてたの? 確かに子供にも読みやすいものだけれど」


 まあ青年漫画雑誌とかが存在する現代日本でも、漫画は子供の読む物というイメージが完全に払拭はされていなかった。

 だが、この世界のこの国では事情が違う。


「この国では、本はまあまあ高いもので、貸本文化もないですからね。自然とお金のある大人の趣味になるのです」


「へー。小説になるけれど、『ぼくら少年探偵団』なんかは初心者向けと貴女言っていたわね。でも、あれ子供向けよね?」


 げ、ばれてたか。


「そうですね。この国では小説は高尚な娯楽として見られていますから、親が子に教育目的で与えるのを見越しているのだと思いますよ、ゼリンのやつは」


 私は推測でそのようなことを述べた。

 高尚な娯楽扱いだからこそ、巷ではホルムスの格好の真似をすることが、粋なこととして受け入れられているんだ。近衛騎士が真似するくらいだからな。


 発信者側の総元締めである商人のゼリンはおそらく、下品な作品が世に出ないようコントロールしていると思われる。品のない小説を読んだという話は聞かないからな。同室のカヤ嬢が好む恋愛小説や恋愛漫画にも、濡れ場はない。

 漫画を描く人間として、良識のある貴族であるモルスナ嬢を採用しているところからも、そのあたりが見てとれる。表現の自由なんてなかった。

 同業が現れたらこの均衡は崩れるのだろうが、はたしてゼリンは同業他社の存在を許すだろうか。商人は怖いからな。


 そんな話をしていると、掃除下女の様子を見にいっていたフランカさんが、アトリエに戻ってくる。

 そして、パレスナ嬢に向けて言った。


「国王陛下がこれから来訪されるようです」


「本当に!?」


 パレスナ嬢がペンを放り出して立ち上がった。

 そして自らの格好を確認しだした。大丈夫。今日は絵の具を使わないから汚れたドレスではない。ドレスの上から袖付きエプロンをしているだけだ。割烹着みたいなやつだな。見た目は当然悪い。

 とりあえずパレスナ嬢の化粧直しをするために、一旦私室に戻ることにした。


 私とフランカさんの侍女二人がかりでパレスナ嬢の見た目を整え直していく。ビアンカは広間で国王の到着を待っている。

 そして来客室へと移動し、やがて国王が薔薇の宮へと到着した。

 ビアンカの先導で来客室へと入室してくる国王と女性の近衛騎士達。ビアンカの表情には緊張は見えない。慣れているんだろうか。


「やっほー。元気そうだね」


 国王がそう軽い調子でパレスナ嬢に挨拶する。対するパレスナ嬢も、優雅に礼をし挨拶を返す。


「ごきげんよう、陛下。すこぶる元気よ」


 パレスナ嬢の言葉に、国王はにかっと笑う。


「いやー、道中寒い寒い。雪積もりそうだよねえ。いや、雪降らせているのは俺なんだけどさ」


 そう言って国王は着席した。フランカさんはお茶の準備をしに退室している。すぐに戻ってくるだろう。

 なお、国の天候は『幹』と王族が決める。確かに雪を降らせているのはこいつで間違いない。


「冬はなくせないのかしら?」


 そうパレスナ嬢が疑問を漏らすと、国王は首を振ってそれを否定した。


「いや、春を長くする条件として、冬期と雨期を設定されているんだよね、『幹』に」


 もしかして『幹』は惑星に人類が帰ったときに、季節の変化に人類が対応しきれなくなっていないようにとかいう目論見でもあるのだろうか。

 でも、常春の国なんかも世界にはあるんだよな。常夏なら解るが常春って。


「それに、冬に育てるからこそ、美味しくなる農作物だってあるんだよねー。雪の下で葉野菜を育てたり、根菜に霜を当てたりね」


「それは初耳ね!」


 そういえば、前世でそんな話を聞いたような聞かなかったような……。

 そうして話しているうちに、フランカさんが入室し二人にお茶を淹れていく。


「どうぞ、お茶請けはトリール様が作られた焼き菓子です」


「お、やったね。トリールの菓子は美味いんだ」


 先日トリール嬢が置いていった焼き菓子を配るフランカさんを見て、嬉しそうに反応する国王。

 なるほど、国王もトリール嬢の菓子を食べているのか。確かにあれは美味いからな。


「そういえば、昨日、『王宮侍女タルト』を食べたんだって? なんだかんだで作れるんじゃないかキリリン」


 国王が話をこちらに振ってくる。『王宮侍女タルト』の言葉を聞いてぴくりとビアンカが反応するが、正直そちらに構っている暇はない。あの国王陛下に侍女が話しかけられたんだからな。主人のためにも失礼があってはならない。


「詳細なレシピは存在しませんでした。美味でしたが、すべてはトリール様の経験と勘によるものかと」


「そっかー、美味しかったかー。俺も今度作ってもらおっと」


 私の返答に、国王はそう言葉を返してくる。

 国王は唯一、現在の後宮に足を踏み入れることを許された男性だ。菓子を食べるという軽い理由でも、後宮に気軽に来られるのだろう。女性近衛騎士を伴ってだが。

 そんな国王は、再びパレスナ嬢へと話を振る。


「で、どう? キリリンを侍女にして。俺はキリリンが敬語使ってるだけで笑えてくるんだけど」


「侍女にしてもらえてよかったわ。面白い話をいろいろ知っているから、お話ししてて楽しいの」


「キリリンはどう? パレスナについていてどんな感じ?」


 話を振られたので、正直に答えることにする。


「良い主ですよ。わがままはあまり言いませんし、優しいですし、努力家です」


「そっかそっか。相性悪くないようならセッティングした甲斐があるよ」


 満足そうに国王は膝を叩く。そしてお茶を一口飲んで一息入れた。

 ああそうだ、前々からパレスナ嬢に聞きたかったことがあるんだ。国王もいるからついでに聞いてみよう。


「気になっていたのですけれど、二人の馴れ初めはどういうものなのですか? すでに婚約が内定しているように見受けられるのですが」


 そう、周囲も本人達も二人の婚約が決まったかのように話しているのは、どういうことか聞きたかったのだ。

 国王とは王太子時代はよくつるんでいたが、こいつが国王になってからはあまり会話をする機会もなかった。だから、いつ婚約者候補を見つけたかなんて話も、聞いていないのだ。


「ん、俺の一目惚れ」


 そう国王が答える。なるほど、一目惚れ。


「違うわ、私が一目惚れしたのよ」


 だが、パレスナ嬢もそう答えた。なるほど、一目惚れ。


「はー? 俺っちのほうがずっと一目惚れしてたし」


「私の一目惚れの方が格上よ!」


 なんだこいつら。

 国王は咳払いし、お茶を一口飲むと、私に向けて馴れ初めを語り出した。


「二年前の晩春だったかな。ゼンドメル領で二十年に一度の土壌総点検があってね。そのときの領の案内人がこの子でねー。ずっとつきっきりになってくれてたんだけど、すごいノリが合ってねー」


 ノリかよ。一方パレスナ嬢も身を乗り出して語り出す。


「十歳も年上の偉い方だというから、どんな堅物が来るかと戦々恐々としていたの。けれど、蓋を開けてみるとすごい話しやすい方が来たわ!」


 なるほどねえ。物語になるような運命の出会いってやつではないけど、お互い話が合ったんだな。

 ってそれ、一目惚れではないじゃないか。


「いやー、二十数年も好きな人ができなくて、俺ってもしかして誰も好きになれない人間なんじゃないかって悩んでたんだ。一番仲の良い女性なんて、中身男のキリリンだったし。でも杞憂だったよ」


 そう国王がつらつらと語った。そういえば昔の国王は王太子のくせに、貴族の女性と仲良くしているの全然見なかったなぁ。


「私も十四歳を過ぎても婚約者がいないものだから、お父様は私をお嫁に出す気がないんじゃって疑ってたわ。でも、恋愛結婚しろって意味だったみたい。相手が陛下だから、公爵の娘として見ると適切な相手って感じだけれど」


 パレスナ嬢も感慨深げにそう語った。公爵令嬢、しかも一人娘に恋愛結婚しろとは剛毅な公爵様だ。

 いくら分家があって妹もいるにしても、下手したら直系途絶えているぞ。

 まあ、女王が許される王族と違って、この国の貴族は男子が継承するものだから娘は自由にさせたのかもしれない。


「うちの国の王族は恋愛結婚推奨だけどねー。善意的な事情で」


 後宮についてカヤ嬢が説明していたときも言っていたな。半恋愛結婚推奨だって。

 半というのは平民との婚姻は推奨されないって意味だ。平民がいきなり王族生活は辛かろう。


「私が王宮に善意を満たしてみせるわ!」


 力強くパレスナ嬢が宣言する。それに国王は満足げに頷き、さらに言った。


「計測によると、後宮の善意数値も平均的に高く止まってるみたいだよね。みんな仲悪くなさそうで良かったよ」


 計測してるのか善意。まあ、陰謀と嫉妬渦巻く女の園とか怖くて仕方がないもんな。

 そして話に一区切りつき、国王はお茶請けの焼き菓子をもぐもぐと頬張る。


「美味いなぁ。トリールのお菓子は」


 その国王の言葉に、パレスナ嬢は眉をぴくりと動かす。


「陛下は、私が料理やお菓子作りができた方が嬉しいかしら?」


 と、パレスナ嬢が言うが、国王はきょとんとした顔をして返す。


「別にできなくてもいいんじゃない? 今後も食べたいなら、トリールを王宮菓子職人にでも指定してあげればいいんだしさ」


「王宮菓子職人! その発想はなかったわ!」


「俺っちは後宮に彼女を入れたときからそのつもりで配置したけどね。まあ、君が気に入ればの話だったけど」


「そうなのね」


「後宮にいる子達は、まあだいたい君と交流を持ってほしい地位の子を配置したよ。王妃になった後に助けになってくれると思ってね。モルスナは、顔見知りがいた方が安心できるからって考えだから、ちょっと違うけどー」


 なるほど、そういう事情での選定なのか、あのお嬢様方は。

 いずれもキャラが濃いから、どういう選定基準なのかと疑問に思っていたところだ。


 そしてその後も二人の話は弾み、時間がある程度経過して国王は退出の時間となった。

 国家元首は暇ではないのだ。この前、町にいたけど。


「帰りに『王宮侍女タルト』の予約入れていこっと」


 そう国王が言葉を漏らす。

 タルトは昨日初めて作ったから、まだ完全にはトリール嬢の満足いくものにはなっていない気がするのだが、国王に急かされる形になるなこれは。

 そして来客室を退室しようとしたところで、ふと思い出したように国王は言った。


「そうそう、今月のお茶会は、ハルエーナ殿下に采配を任せたから、皆協力してあげてね」


 そう言い残して、国王は薔薇の宮を去っていった。

 お茶会か。確か、一月に一回、国王と王妃候補者全員を集めて開催するのだったな。

 冬だから野外では行えないが、青百合の宮の中で開催するということかな。来客室にはそんなに人が入らないだろうから、ミミヤ嬢がダンスホールにしていたように、入口すぐの広間を使ったりするんだろうか。


「協力、ね。キリンも留意しておいてね。頼まれれば、なんでも手伝う心構えよ」


「かしこまりました」


 そういうことになった。

 でも、お茶会ってどんな準備がいるんだろうな。

 私はとりあえず、ハルエーナ王女がヘルプを投げてくるのを待つことにしたのだった。受け身の姿勢である。まあ、何かあったら仲の良いビアンカが話を持ってくるだろうから、別に大丈夫だよね。


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