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怪力魔法ウォーリア系転生TSアラサー不老幼女新米侍女  作者: Leni
第三章 後宮侍女

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33.新任侍女

前回のあらすじ:暫定ご主人様のオルトのお出かけに侍女として付いていったキリンは、その先で出遭った友人を介錯してあげたのだった。

「これが大地神話の金属サンプルねえ……」


 クーレンバレン王城の王宮奥深く、国王の執務室で、私は国王と向かい合って座っていた。

 私達の間を隔てるガラスのテーブル。そこには金属のインゴットが置かれていた。そのうちの一つを国王が持ち上げ、まじまじと見つめている。

 これは、私が『幹』から帰還するときに女帝から受け取った、惑星フィーナで採れるという魔法金属だ。

 惑星フィーナへ向かった探査船はまだ帰ってきていないが、『幹』に保管されていた分を国に持ち帰るサンプルとして渡されたのだ。

 女帝曰く、魔王を浄化したのは私であり、その功績に報いるため、特別措置を取ったとのこと。

 この世界の地上には出回っていない未知の金属。その価値はいかほどであろうか。


「金属には詳しくないから、よくわかんないや。魔法師団に丸投げしよっと」


 そう言って国王は手に持っていたインゴットをテーブルの上に置いた。

 まあ、そうなるか。国王の専門は農学・化学だ。金属資源の乏しいアルイブキラの王では、未知の魔法金属など見せられても使い道など思い浮かばないだろう。

 丸投げされることになった赤の宮廷魔法師団は、『幹』との関わりも深いエリート集団だ。きっと何かしらの成果は上げてくれるだろう。


「今回はよくやってくれたよ。まさか魔王討伐なんて大金星を上げるなんてね。勲章ものじゃないかな」


 足を組み、そう私をたたえる国王。だが、私としてはその評価は過大だ。


「討伐じゃなくて介錯だけどな。あいつは自ら討たれに来た」


「へえ?」


 私は、魔王が正気を保っていたこと、自分から浄化を願ったことを国王に説明した。

 その話に、国王は感心するように相づちを打ち、聞き役に徹してくれた。

 私としても、アセトリードが偉大な勇者だったことは広く伝えたいと思っているので、ちゃんと聞いてくれることは嬉しかった。

 今回は執務室に同席している秘書官も、静かに話を聞いてくれている。

 やっぱり勇者は何かが違うんだねえ、立派なもんだ、という国王のコメントを受けて、この話は終わりとなった。


 そして、話を変えたいのか、国王は一枚の書類をテーブルの上に広げる。


「さて、キリリン。人事発令の時期がやってまいりました」


「ん? 誰か配置替えになるのか」


 書類の文字の向きは、私の方を正面にしておかれている。読んで良いということだろう。私はまじまじとテーブルの上に置かれた書類を眺める。

 人事発令。王国暦834年8月1日。下記のとおり人事異動を発令する。氏名、キリン・セト――


「配置替えになるのはキリリンでーす」


 私が字面を読むのと同時に、国王がそんなことを言いだした。

 思わぬ人事異動に、私は困惑する。


「ええっ、早くないか? 私が近衛宿舎に所属してから、一ヶ月くらいしか経ってないぞ」


 この世界での一ヶ月は、約四十日間だ。『幹』に行っていた期間が結構あったにしても、宿舎付きになってから仕事に慣れるくらいにはそこそこ時間が経ったとも言える。だが、それでも部署異動になるには早いと思った。今日は7月39日。近衛宿舎付きになったのは7月1日だ。

 私の困惑に国王は、それはね、と説明を始めた。


「近衛宿舎付けにしたのは、正直キリリンが、いつ魔王討伐戦に連れていかれても良いようにって配置した事情があるよ。俺は『幹』に抵抗はしてたけど、念のため討伐メンバーになる近衛騎士とキリリンを事前に顔見せってね」


 魔王討伐戦の打診、一月以上前には来ていたのか。まあ、戦力を国外に出すんだから、それくらい前なのは当然か。結果的にオルトと私の二人だけで行ったが。魔王討伐戦の舞台になった遺跡の広さ的に大決戦とはいかなかったため、少数精鋭で組んだのだろう。


「だから、宿舎付きは解消。あそこ、そもそも従騎士も小姓もいるんだから、侍女とか必要ないっしょ」


 そう言う国王。しかし、実状はと言うと……。


「あそこ女っ気無いから、私がいなくなるとなると、皆嘆くだろうなぁ」


 私は就任当初の近衛宿舎での、騎士達のはしゃぎっぷりを思い出してそう言った。

 幼女でも顔見知りでも元男でも、侍女なら大歓迎って感じだった。


「キリリン、結構ありがたがられてた?」


「ああ。女子としてちやほやされた」


「幼女相手にそれは駄目でしょ、あいつら……」


 規律とかに厳しい国王が、そう私を睨むように言った。

 大丈夫だよ! 愛でられただけで性的なことは一切無かったから!


「まあ宿舎に他の侍女を付けるかは、侍女長や女官長と相談するとして……」


 どうだろう。近衛宿舎付きを希望する侍女は、そこそこいるかな、多分。あそこは結婚に適した歳の男達が一杯居るし、結婚相手を探すにはいい環境だろう。まあ、現在の近衛騎士は貴族出身でない者も多いし(勿論騎士になるにあたって貴族に叙勲されているが)、貴族の娘たちである侍女は既に婚約者がいる者が多いのだが。


 それよりも、と国王はテーブルの上の書類を人差し指で叩き、話題を変える。


「キリリンには後宮に行って貰うよ」


 後宮薔薇の宮ならびにリウィン・パレスナ・エカット・ボ・ゼンドメルの担当とす。

 そう書類の異動先の役職欄に書かれていた。後宮にある薔薇の宮というところの担当に今回任命され、その宮にいる主がパレスナ嬢というエカット公爵家の公爵令嬢ということだ。公爵領のゼンドメルは王都のすぐ南だ。

 しかし、後宮。後宮である。近衛宿舎付きから、ずいぶんとおもむきが変わるな。男子の園から女子の園だ。


「後宮かぁ。参考までに何人、後宮入りしてるの?」


「んー、六人かな」


 六人。後宮、すなわち大奥として見るとそんなに多い数ではないと思う。徳川家康なんかは十人だか二十人だかの側室がいたって言うし。


 でも、元男として見ると、自分のこととして考えた場合、六人の奥さんはさすがに勘弁願いたいって思いがある。

 前世では一夫多妻の国もあったが、夫は妻の扱いで平等に心がけることを苦心すると言っていたからな。それでいて妻同士の仲を取り持たなければならない。妻同士の仲が悪い家庭など、想像するだけで地獄である。


「うへー、それだけお后さんいるのって、夜だけでも相手するの大変そうだなぁ」


「うん? キリリン何言ってんの?」


 私のコメントに、国王はそう不思議そうな声を上げた。


「え、六人相手に子作りしなくちゃいけないんだろ? 王様の義務として」


 王はその血を絶やさないのが一つの義務だ。ゆえに、お家騒動が待っていようとも子を複数儲ける必要があるのだろう。

 後継者争いで国を割る内乱が起きるなど創作分野じゃ定番だが、王の立場からしてみれば、王族の血が絶えるよりはましなのかもしれない。

 だがしかし、私の言葉に対する国王の反応は、思っていたものと違った。


「しないよ!? そもそも俺っちまだ奥さんいないよ!?」


「えっ」


「えっ」


 どういうことだ……?

 後宮に六人も后を抱えていて、奥さんがいないとは一体。

 混乱する私に、国王が呆れた声で尋ねてくる。


「ねえキリリン、君、後宮をどういうものだと思ってんの?」


「ええと、王の后――正室や側室が暮らす場所だよな? 子女が生まれたらその子達もそこで暮らす……」


 前世の日本では、将軍徳川家の大奥がテレビドラマの時代劇にもなり、人気を博していた。

 私は見たことがないのだが、それでも大奥や後宮ハレムの知識はいくらかある。

 だが、国王はそれを否定した。


「全然ちげーよ! 正室は王宮の王族区画で暮らすし、側室はこの国もう採用してないよ。子供も王族だから、王族区画」


「ええっ、じゃあ後宮はなんのためにあるの。誰が六人もいるのさ」


 理屈が。理屈が合わない。私の困惑の言葉に、国王は淡々と説明を続ける。


「王族の奥さん候補だよ。候補者を後宮に呼んで生活して貰って、王族はそこに通って相性のいい人を奥さんに選ぶの」


「ええ、全然後宮ではないじゃないか」


「そもそもキリリンの言っているのは後宮スワトじゃなくて『バシーヌ』じゃないか」


 『バシーヌ』。世界共通語での後宮、大奥だ。先ほどまで私が後宮と呼んでいたのは、アルイブキラの言語で『スワト』である。

 ええと……。

 つまり……。

 脳内の日本語訳が間違っていたってだけだな!


「ああそういう……」


 私は納得して、頷いた。

 なんでこんな誤訳をしてしまったのだろう。確かあれは、柄の悪い庭師仲間と会話していたときのことだ。


 王様はいいよなぁ。綺麗どころを『スワト』に呼んで住ませて、毎日良いことしてるんだろうなー。


 と、そんなことを言っていた。私は初めて聞く『スワト』という単語を文脈から後宮と訳したのだった。


後宮バシーヌじゃなくて、大規模お見合い会場だってことか……」


「ああ、それ言い得て妙だね。お見合い会場ー。何ヶ月も滞在して貰うけどねー」


 国王が王太子だったころ、婚約者は居なかった。何故居なかったは知らないが、今その婚約者捜しを何ヶ月もかけたお見合いで見つけ出そうとしているのだろう。さすが、国主なだけあって、やることが大規模で大げさである。


「王族に選ばれなかった方も、後宮スワトに呼ばれるだけの者だと箔が付いて、その後の婚姻に有利に働くのですよ」


 今まで私達の会話を微笑を浮かべながら見守っていた秘書官が、そう補足してくる。

 ええと、つまり、お見合いに呼ばれた娘さん達も、選ばれずとも王のお手つきとは思われず、むしろ箔が付くってことか。何それ、いいことじゃん。ククルもお見合い行けばいいのに。婚約者居ないし、いい年齢だろう。


 そんなことを内心で考えていると、国王は足を組み直し、テーブルの上の書類を再び指さした。


「で、キリリンには、エカット公爵家の姫さんに付いて貰う」


 ふむ。主人を持つということだね。まあ侍女だし当然だ。これが下女なら、主人を持たない後宮の掃除担当などもいるのだろうが。


「了解した」


「わざわざキリリンを選ぶのも理由はあるんだけどね……まず、本人がキリリンに助けられて直接礼が言いたいと」


 そう国王が言ってくる。

 ふーむ、エカット公爵家の娘か。何か聞き覚えがあるな。


「いつ助けたかな……思い出せそうで思い出せない」


「キリリンが侍女になってからのことだね。王城に向かっているところを山賊に扮した工作員に襲われていて、そこを助けられて馬車ごと街へ運ばれたって」


「あ、ああー、あれかぁー」


 食料を取りに、休日を使って王城と魔女の塔を往復したときのことだ。

 馬車が山賊に襲われており、それを助けた事があった。山賊は三十人ほどの大集団。対する馬車は、剣士が五人に、すでに矢を撃たれた御者、それと貴族らしき年若い娘。馬(として用いられているこの世界特有の生物)は既に落命していた。


 偶然通りかかった私は山賊をまとめてなぎ倒し、馬車を近くの町まで運んだ。

 そのときの貴族の娘が、事情通のカヤ嬢から伝え聞くには、公爵の娘だったと。


 というかあの山賊、工作員だったのか。小さな集落が暴徒化でもしたのかと思っていたが。工作員となると、大方、西の鋼鉄の国あたりの者だろう。


「そういうわけで会いたいってさ。それともう一つ」


 国王は急に神妙な顔をして、言葉を続けた。


「彼女、どうも後宮スワトで何者かに嫌がらせを受けて、身柄を狙われているっぽいんだ。守ってあげて」


 なに!? それはまさか……。


「王の寵愛を競う女の戦い! すごい後宮バシーヌっぽい!」


 私は思わぬ展開に、喜々としてそんなことを言った。カヤ嬢が聞いたら、私以上に滅茶苦茶はしゃぐだろうな。あの子、清らかなものもどろどろとしたものも、満遍なく恋愛話が好きだし。


「だから『バシーヌ』じゃないって! まあでも嫉妬の線はありうるかもね。俺、あの子気に入ってるし」


 私の言葉に焦ったように否定の言葉をぶつけると、続けてそんなことを国王は言った。

 国王のお気に入りだと?

 もしかしたら、私は国王から初めて女について、惚れた腫れたの話を聞いたかもしれない。

 こいつにも思春期はあったはずなのになぁ。私と馬鹿やってばかりだったがその頃は。


「ということは、もしかしたら王妃になるかもしれない子付きの侍女かぁ」


 私は思わず感慨深げにそんなことを言ってしまう。

 王妃候補者付きの侍女か。相当やりがいありそうだ。


「彼女が実家から連れてきて、後宮スワトで寝泊まりしている専属の侍女もいるけどね。キリリンは今まで通り、侍女宿舎からの通いで」


 ああ、そういう侍女もいるんだ。会ったことはない。確かに、主人のおはようからおやすみまでを見守るためには、私のように侍女宿舎では生活できないな。


「出来れば、嫌がらせをしている子を見つけ出したりして欲しいんだけどね」


「名探偵ホルムスじゃないんだから、そういうのは私に求めないで欲しい」


 国王の期待に、ノーを突き付ける。犯人を見つける推理とか、周囲を探る探偵の真似事とか、私には無理です。


「ええー、キリリンの『犯人はこの中にいる!』、見たいなぁ」


 やめて。ただでさえ一部の人間に、私が推理小説の概念の発明者だって知れ渡ってるんだから。

 名探偵ホルムスの小説を書いたのは私ではなく、この世界のちゃんとした小説家なんだがなぁ。


「キリンさんが専属の侍女になるとなったら、あのお方も後宮スワトに来ている他の子女達の嫉妬を買ってしまうかもしれませんね」


 私達の会話を見守っていた秘書官が、そんなことを唐突に言った。

 いや、本気でやめてそういうの。

 確かに前にこの執務室に来たとき、国王に私の担当を色々な人達が取り合ってるとか聞いたけどさあ!


「頼むから問題は起こさないでね」


 そんなことを国王からも言われる私であった。


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