28.近未来幻想ファンタジー系魔王降臨レクイエム<2>
急な出張要請を受けて、私はバガルポカル領にある魔女の塔までやってきていた。勿論走って。塔まで来たのは戦闘準備をするためだ。
塔の中は埃が隅に溜まっている。魔王討伐が終わったらまたここに帰ってくるつもりだし、掃除用ゴーレムを予備の分も動かしておこう。管理ゴーレムに任せても何もやらないからな。
私は塔を登り、金属製の扉が閉じられている部屋の前へ辿り付く。
扉には魔法錠が厳重にかけられている。この塔には泥棒対策の戦闘ゴーレムがいるが、それでもこういう防犯対策もしているのだ。
私は、首にかけている首飾りを服の下から取り出すと、魔力を流す。
魔力を受けて、首飾りに付けられている宝石が輝きだし、宝石から光の紋章が宙に投影された。宝石の角度を変え、その紋章を魔法錠へと当てる。すると、重たい音と共に魔法錠が解除された。
両開きの扉を開け、中へと入る。
そこにあったのは、武器、武器、武器、武器、武器、防具だ。
ここは武器庫。私が庭師として世界を巡っているうちに集めた、各国の多種多様な武器が保管されている。
以前は私室に飾っていた愛用の戦斧や、父の形見の大剣もここにしまい直している。
私はその武器の中から、今回の討伐に使いそうな武器を片っ端から手に取り、空間収納魔法へとしまいこんでいく。
魔王がこもっているという遺跡の情報がないため、武器のサイズは多様にする。
狭ければ片手メイスを使うし、広ければ戦斧をメインとして使う。一直線の通路なら突撃用に槍も使うし、遠距離攻撃が必要なら投斧を使う。
鎧は、一つあれば良い。庭師として稼いだ資金の相当量をつぎ込み作らせ、魔法によるエンチャントを幾重にも重ねた鎧。
試しに、着てみよう。永遠の幼児である私は背は伸びないが、太りはする。平和な侍女生活で体型が変わっていないか確認だ。
うむ、うむ……。
「太っていないようでよかったですね、弟子」
うひい。
突然何もないはずの背後から声が聞こえたので、驚いて振り向いてみると、そこには人間そっくりなゴーレムが立っていた。
男とも女とも判別がつかない、不思議な見た目をしている。私の死んだ師匠である魔女が作った、世界樹製ウッドゴーレムだ。魔女は、この塔の前の持ち主であった。
「武器を集めて鎧を用意するなど、侍女を解雇されましたか。もはや魔女になるしかないですね」
私の行動を監視していたのか、ゴーレムがそのようなことを言ってくる。
こいつは何かにつけて私を魔女――引きこもりの魔法研究者にしたがるのだ。多分私の師匠である魔女の仕業だ。
「解雇されてないよ。出張の準備だ」
「侍女の出張に何故武器が必要なのですか」
「戦闘侍女になったからな」
「…………」
お、反応が止まった。このゴーレムは「こう入力したらこう動く」というのを幾重にも積み重ねたタイプの人工知能なので、知らないことには反応ができないことがある。
ただ、まあ高度なので――
「戦闘侍女とは何ですか?」
新しい入出力を自ら積み上げようとする。
「雇い主曰く、戦場まで主人に付いていって、武装して戦いに備える侍女だそうだ」
「なるほど。覚えました」
「覚えなくて良いよこんなの」
言葉を電子ペットに覚えさせるレトロゲーム、前世で大学サークルの誰かがやってたな、と、ふと思い出した。
「戦争に行くのですか。敵国は鋼鉄の国でしょうね」
「いや、戦争じゃない。災厄討伐だ。魔王を相手にする」
「なるほど」
鎧を脱ぎながら言った言葉に、そう短く返してくるゴーレム。
そしてゴーレムはわずかに沈黙したのち、また口を開いた。
「災厄浄化の魔法を教えましょう」
なんかすげーの出てきた。災厄浄化って。
「それ詠唱必要ないやつ?」
私は声を出せないので、詠唱魔法は使えない。ゴーレムもそれを織り込み済みで答えているだろうが、念のために訊く。
「貴女が普段使っている浄化魔法を高度にしたものなので、詠唱は必要ありません。攻撃用の武器や魔法は必要です」
当てたら勝手に浄化される大魔法じゃなくて、武器や魔法にまとわせる善意変換魔法と同じタイプの魔法か。
「そうか。じゃあ時間かかりそうにないなら考えようかな」
「すごいですよ。なんと、浄化した後も遺骸が残ります。災厄は魔法素材として優秀ですよ」
「え、それやばくない?」
魔物は悪意の塊なので、浄化したら全てが善意に変換されて何も残らない。災厄も同じだ。以前討伐された悪竜が浄化されたときは、翡翠色の光になって何も残らなかった。
当代の魔王は肉体のある人間が魔王化した存在なので、浄化したらどうなるかは解らない。だが、多分遺骸は残らないと思う。もし肉体という器に縛られているなら、魔王と言えどさほど脅威ではないからだ。生の肉体というものは動きに限界が存在する。そんなものが、災厄と呼ばれるはずがない。
そんな魔王の遺骸を残せる魔法か……。
「是非、教えてくれ」
私が積極的に魔王と対峙することはないけれど……もし魔王をこの手で浄化することが出来たなら、遺体を残して埋葬してやることも出来るかもしれない。そう思ったのだった。
◆◇◆◇◆
日は半ばを過ぎ、夕暮れ前。
塔から帰ってきた私は、侍女長に帰還を伝え、侍女服に着替え近衛宿舎までやってきていた。
宿舎長オルトに顔を見せに来たのだ。今日の業務を休んでしまったし、これから一緒に出動する身だ、何か話すこともあるだろう。
宿舎の中を進み、宿舎長の部屋を目指す。やがて部屋の近くへと辿り付くと、何やら扉が既に開いていた。私はそのまま扉の前へと近づく。
「なぜ連れていって貰えぬのですか!」
そんな叫び声が聞こえてきた。
とりあえず私は、開いたままの扉をノックしてみる。
「侍女が付いていくのに、従騎士の俺が何故!」
また叫び声だ。負けじと私も再度ノック。あんまり長く話されるとご飯の時間が来ちゃうんだよ、とノックに意思を込める。
すると、ちゃんと聞こえてくれたのか「入れ」と入室を促す言葉が返ってきた。うん、開いた扉向こうに私の姿が見えていただろうから、私だと解って入室させてくれたようだ。
部屋へと入る。部屋の中を見てみると、そこにはオルトともう一人、若い従騎士がいた。この従騎士は……確かオルト付きの従騎士だったはずだ。
従騎士は私を射殺さんばかりににらみつけている。怖いなぁ。
で、先ほどの話を聞くに、オルトは魔王討伐に行くけど、この従騎士は連れていかないとか、そんな話だろうと推測できた。
「その侍女は私より強い。だが、お前はまだ力不足だ」
私の方をちらりと見ながら、オルトはそう言った。どうして私と比較しちゃうかなぁ。従騎士の視線が強くなったよ。
そしてオルトは続けて言う。
「私の向かう戦場は、生半可な実力で近づいたところで、死ぬだけだ」
「死を恐れて主人を置いていく従騎士など、騎士の名折れです!」
「確実に死ぬことが判っていて従者を連れていく騎士は、騎士失格だ。そういう場所なんだよ。今回私が行くのは」
オルトは悪竜討伐戦の経験者だ。その戦場の激しさは身に染みて解っているだろう。
それを伝えてやりたいのだろうが、オルトはどうも魔王討伐浄化に向かうということを言い渋ってる気がする。
私は特に何も国王に言われていないが、出張先の秘匿義務とかあるのだろうか。やっべ、ゴーレムに魔王討伐に行くって言っちゃったよ。
「そもそも、俺が死ぬ戦場で、その侍女が無事というのが納得できません!」
うお、従騎士の矛先が、こっちに飛び火した。そういうのも覚悟で、騒いでいる最中に入室したけどもさ。
そんな従騎士に反抗するようにオルトは言う。
「姫――キリンは最強の庭師だぞ」
「それが納得できぬのです! この小さな幼子が強いなどと!」
「……そうか、そこからか」
オルトは、はあ、と一つため息をつくと、私の方へと向かって言った。
「なあ姫、ちょっとこいつ、のしてやってくれ」
「ええっ、……しょうがないなあ。良いよ」
今の格好、侍女のドレスなんだけどなぁ。
とりあえず私は従騎士へと身体を向け、構えを取る。そして言った。
「さあ、かかってきてください」
「くっ、こんな幼子に手を上げるなど……!」
「じゃあこっちから行きます」
踏み込んで、足を払う。長いスカートだから足の出が見えにくかっただろう。見事に従騎士は転倒する。
そして私は足元近くに来た頭を軽く蹴り抜いた。
鈍い音が室内に響く。
「…………」
従騎士が沈黙する。
大丈夫。手加減したよ。これくらいじゃ人は死なない。
一応、妖精を呼んで治療させておく。
「あーあ、これは酷いっしょ」
すると室内に、第三者の声が響く。
オルトは、はっとして開いたままの扉の向こうに顔を向けた。
そこにいたのは、いつもの貴族風ヤンキーファッション服に身を包んだ国王と、その秘書官である。扉閉めるの、私も忘れていた。
私は人が来たことに気配で気づいていたけど、オルトは気づかなかったらしい。そんなに従騎士が心配だったのか。
オルトは思わぬ来客に、すぐさま迎えの体勢を取った。
「これは陛下! このような場所に……!」
「まーまー、楽にしてよ」
「はっ!」
国王の言葉に、全然楽にしないオルト。近衛騎士達って忠誠心高いから、いつでもこうなるんだよね。
そんなオルトの様子にいつものことだとスルーしたのか、国王は床で倒れる従騎士を見た。
「で、なに? 若い子いじめ? もしそうなら絶対に許さないけど」
国王の目が怪しく光った気がする。こいつ、見た目チャラいが風紀にはうるさい男だ。
「いえ、そのようなことはありません!」
そう言って、オルトは従騎士が倒れるに到った経緯を話し出す。
その間、私は部屋にあるベッドに従騎士を寝かせてやった。妖精に頭を撫でられている従騎士は、見事に意識朦朧としている。
簡潔なオルトの説明は、すぐに終わった。
「ほーん、そんなことが。まあ騎士なら、身体で解らせてやらないと駄目ってこともあるかもね」
どうやら国王は体育会系のノリを理解してくれたらしい。
「で、ちょっとキリンに用事なんだけど」
国王がそう話を切り出した。オルトがいぶかしげに答える。
「姫にですか?」
「はい? なんでしょう、陛下」
周囲に人が居るので敬語で話す私。私の使う敬語には、慣れろ国王。
「うん、実は一個だけ言い訳させてほしくてさ、午前中のことで」
「はあ、なんでしょう」
蟻人との会談のことについてだろう。一体なんだろうか。
私に向かって国王が言う。
「キリンを討伐に向かわせることだけどさ、今日出動要請で今日準備、明日出発で急だろ?」
「急ですね」
本当にいきなりすぎる予定だわ。ライブ感溢れすぎる。
「本当はそこそこ前から、君の出動要請を受けてたんだぜ。拒否してたんだけど」
えっ、そこそこ前から? 拒否していたから私には知らせてなかったということかな。
「それでも国は『幹』より立場が低いから、他の王族にせっつかれて、しかも蟻人の偉いさんが急に頼みに来ちゃって、今朝仕方なくキリンに頼んだんだ」
あれか。『幹』の勇者育成課課長なんて大物が来たから、動かざるを得なくなったのか。おのれギリドゼン! 今度会ったときはどちら様ですかって言ってやる。
「そうだったのですか」
「そうだったんだよ。キリリン……許して?」
悲しげな瞳でこちらを見てくる国王。なるほど。私の答えは一つだ。
「うん、許す」
「ありがとう!」
そんなやりとりをして、私と国王は固く握手をかわした。友情!
その様子をオルトは尊いものを見るように、秘書官は呆れたものを見るようにして眺めているのだった。
あ、従騎士さんは怪我無く無事でした。
ちゃんと謝っておいたよ。苦虫を噛み潰したような顔をされたけど。
◆◇◆◇◆
明くる日、私達はいよいよ魔王討伐へと出発する。
「キリンさん、行ってらっしゃいませ」
「キリンお姉様、どうか無事に帰ってきてください」
侍女宿舎前でカヤ嬢とククルに見送られ近衛宿舎に向かい、オルトと合流する。荷物を受け取り、空間収納魔法に格納した。従騎士や小姓がついてこられないから、鎧武器や着替えなどは私が持っていく必要があるのだ。
まずは、他の国の精鋭達との顔会わせをするため、世界の中枢『幹』へと向かうことになっている。
『幹』へ行くには、特殊な経路を通らないと辿り着けない。地上である陸の枝葉を伝っているだけでは、けっして辿り着けない場所にある。
その経路とは、地上の遥か下、世界樹の内部にて世界樹の脈を伝うというものだ。世界樹は樹である。なので、枝や葉には樹液を伝えるとでも言うべき脈が存在する。それを移動経路として世界の中心に向かうことで、『幹』に到着するのだ。
私達はその脈へと行くため、王城にある魔法宮へと訪れていた。
魔法宮は赤の宮廷魔法師団が詰める部署。『幹』と直接連絡を取り合い、国益となすのが彼らの業務の一つだ。
場所を使わせて貰うため、魔法師団の魔法師達に、挨拶をしておく。
「どうか皆様、よろしくお願いします」
そう言葉を投げかけたのだが。
「魔女だ」
「ああ、魔女だ」
「魔女姫がよろしくだって」
「よろしく! 魔女姫!」
「うおー、祭りの休み取ってなくて良かった!」
これだ。私が塔の魔女の後継者だからって、なんだか特別視されているんだよな。
どうも塔の魔女はその老いない永遠の少女としての外見で、生前はこの国の魔法師達のアイドル的存在だったらしい。そして、私はその弟子ということで、扱いも引き継いだ感じなのだ。……よくわからん!
「では魔女様、ご案内します」
「あ、はい。ではオルト様もどうぞ」
私だけエスコートされたので、仕事上の主人であるオルトを立てて促してやる。
「ああ」
私に促されて移動するオルトに、舌打ちが向けられる。
魔女が侍女とかうらやましい、とか聞こえる。あんたら、魔法宮付きの侍女にそれ聞かせるなよ、可哀想だから。
私達が案内されたのは、まあまあ広めの部屋だ。床に魔法陣が書かれており、扉の横の壁にもなにやら魔法道具が埋め込まれている。
その魔法道具の前に、女性の魔法師が一人立っている。部屋の扉が閉められ、中に三人だけになる。
そして、魔法師が唐突に言った。
「下へまいりまーす」
途端、床の魔法陣が光り輝き、身体がふっと軽くなる。
浮いているような感覚。どこか懐かしさを感じるそんな感覚だ。
「うう……」
オルトはこの感覚に慣れないのか、うめき声を出しながら顔をしかめている。
そう、これはエレベーターである。
地上から世界樹の葉の内部に行くには、間に土や世界樹の表皮が邪魔をしている。そこで、世界樹の葉の内側まで直通の穴を開けて、エレベーターや螺旋階段を通した場所が世界各地に用意されている。
私は無言でエレベーターが下層へ到着するのを待つ。オルトはちょっと具合が悪そうだ。魔法師の女性はニコニコと笑っている。
やがて、浮遊感がなくなり、床の魔法陣から光が消えた。
魔法師の女性は扉を開き、私達を部屋の外へと導いた。
「ご利用ありがとうございましたー」
その声に送られて扉をくぐった私達が見たのは、深緑の素材で出来た宮殿の内部だった。
前世の古代ギリシア風の神殿とでも言うべきか、柱が随所に立った独特の外観だ。一面嫌いな色で出来たその見た目に一瞬気分が悪くなりそうだったが、道をしばらく進んで次に目に入ってきた光景で、それは緩和された。
そこは、まるで近代的な駅のホームだった。
平らな床が横方向に広がっており、手前方向の奥には転落防止柵とホームドアが設置されている。
防止柵の向こう側には、翡翠色の川のような奔流が勢いよく流れている。この奔流が世界樹の脈であり、人の死後、魂が還る場所である『世界要素』の一部である。
そして、正面ホームドアのちょうど奥、そこには前世で似たようなものを見たことがある、とある物体が鎮座していた。
オルトはそれを見て、思わずといった様子でうめく。
「何度見ても面妖な……」
それは例えるなら、列車、三両編成。
尻込みするオルトに向けて、私は言う。
「乗ろうか、世界樹トレイン」
地上の文明レベルを軽く凌駕する、技術規制されていないこの世界の真の文明がここにはあった。




