12.性癖改善バイオレンス系トライアングル純愛恋愛事情<1>
ごきげんよう。恋する下女カーリンを応援すると決めた私だが、カヤ嬢達に彼女の恋心を暴露して意見を求めたこと以外には特に何も進展はなし。
彼女の恋をまずはまっとうな形にするには、ロリコン騎士の私への関心を失わせなければいけない。しかし行動を起こして実践するにはタイミングというものが必要だ。そもそも彼は王城勤務ではないわけだし。
まあ急ぐ要素など皆無なわけで、恋愛ごとは一旦脇に置いておこう。
あくまで他人の恋路に個人的な興味や野次馬根性で踏み込もうとしているだけなのだ。本来やるべきことである侍女の仕事に支障をきたすわけにはいかない。
そういうわけで今日も私は新米侍女としての仕事に励み、そして終業後に宿舎でのんびりと仕事の疲れを癒している。
今私が居るのは、談話室。夕食の時間まで同僚の人達と世間話でもして交流をはかろうとしているのだ。
侍女はみな良家の子女とあって、侍女の仕事から解放される寄宿舎では高貴で優美な時間を過ごす。
間違っても庭師や傭兵達のような筋肉と暴食と汗満載の余暇の過ごし方をしてはならない。
談話室には良く見知ったカヤ嬢の姿も見えるが、あえて彼女とは離れて普段あまり顔を合わせることのない子に声をかける。
私はこの国、アルイブキラの貴族出身でも何でもなく、さらにはここ何年もの間、世界中を飛び回る生活をしていた。なので、どうも若い世代の侍女の方々に妙な壁のようなものを感じているのだ。
十年ほど前は『庭師』の仕事でこの国の貴族や王城の高官と関わることが多かったため、侍女の仕事歴が長い方々とはそれなりに顔を合わせたことがある。しかし若い子達からすると、私の存在は少々特殊だ。
この国出身の『庭師』であり、世界各地で実績を残し話に伝え聞く幹種第3類の怪力魔人。対面したことのない人からすると、私という存在は「住む世界の違う」人間のようだ。
地球人的に例えるなら、近所の公園で毎日のようにボールを蹴って遊んでいた少年が、年を経てプロサッカー選手になり外国のチームで試合に出ていたような存在が私だ。私の子供時代を知る地元の人は「住む世界が違う」なんて思わないだろうし、たとえ地元の人でも若い人々はわんぱく少年時代など知る由もないのだ。
現在私はそんなある種のコミュニティ不全状態にいるが、さすがにこの状況を放置しておくわけにもいくまいと、談話室での日常会話にチャレンジしているのだ。
侍女はどうも横のつながりが広い職業らしい。同じ王城の執政官などは上下関係が大事なようだが、城中に満遍なく配置される侍女はまた違う。女所帯というのもあるかもしれない。
私は今のところ老後まで侍女の仕事を続けるつもりだ。状況を改善できるならした方が良い。
民間出身でジェネレーションギャップもある若い子達と、すんなり会話を開始するのは難しい。私の前職の冒険譚を聞きたがる者は未だにいるが、その選択は現状の改善にはあまり繋がらないだろう。
しかしここは談話室なのだ。食前の薬草茶を飲んでいる人もいるし、複数人で娯楽に励んでいる姿も見える。会話のきっかけとなる要素がいろいろ転がっている。
そして今、私と同じく新米の若い侍女達を相手に仲良く会話することに成功している。
話題は近くの卓で行われている貴族の遊びについてだ。
侍女は皆上流階級の者で、嫁入り前の高貴な少女が揃っている。娯楽の内容も市井とはまた違うのだ。
貴族の子女が嗜む遊びといえば。
そう。
「わたくしのターン! ドロー!」
トレーディングカードゲームによる対戦である。
……いや、冗談でもなんでもないぞ? マジもマジで大まじめだ。
「ヒーローカード『蟲神蟻の賢者』を場に転生! 続けて悪獣カード『フダツ湖の食人蟹』を転生!」
貴族の子女に相応しい見事なプレイングである。
さて、この状況を説明するために、少し私の前世について話をしよう。
前世の私は、日本の大学に入りそして留年することなく卒業したごくごく一般的な経歴を持つ。その大学時代だが、私はあるサークルに所属していた。
その名も娯楽追求倶楽部。
「遊びにかまけて貴重な大学生活を棒に振らないよう、あらゆる娯楽を計画的に追求し節度あるキャンパスライフを送ろう」
そんな理念を掲げたサークルだった。
砕けた言い方をするなら、「うちの大学は自由に遊べる余暇がいっぱいあるから、遊びすぎないように気をつけながらみんなで遊ぼう」というわけだ。
そのサークルで私は、娯楽追求という名の通り様々な娯楽に触れた。
屋外ではスポーツ、アウトドア、サバイバル、ガーデニング。屋内ではテーブルゲーム、ビデオゲーム、楽器演奏、手品。などなど。
その中で、私はトレーディングカードゲームというものに触れたのだ。
そして前世から今生へと話を移そう。
私が『庭師』となって一年と少しほど経過した頃だったろうか。その頃私は大きな仕事を受けられるほどの実績もまだなく、この国で細々とした仕事をしていた。
庭師――生活扶助組合組合員の仕事とは本来、世界に満ちた悪意を善意に変換するものである。世界の悪意から生まれる魔物を浄化したり、暴れ回って人の心に負荷をかける猛獣を討伐したり、武装した悪人を捕まえたり、などである。
が、それとはまた別に、生活扶助組合の名の通り、町の身近な何でも屋、便利屋としての側面も大きかったりする。
魔物退治と便利屋は明らかに専門が違うとしか言いようがないのだが、『庭師』の免許を得られる者達は武力の高さとはまた別に多種多様な才能を持つ傾向にある。
毎日のように命の危険がある仕事をしていては、組合に認められた『庭師』と言えど身体にガタが来る。なので多才な技術の数々を様々な困り事の解決に使うというわけだ。私も魔人としての怪力と父に教えられた蛮族の武技の他に、魔女から受け継いだ様々な補助魔法があった。なお、生活扶助の仕事がこなせない戦うしか能がない人間は、『庭師』ではなく兵士になったり傭兵になったりする。
新米冒険者時代の私。駆け出しというだけでなく実年齢も見た目通りだったため、仕事の斡旋所の人達に過保護に扱われ雑務ばかりをしていたのだ。
そんなとき、私は街のある商家の男の依頼を受けた。
雑貨店を構える商家の男は、店のオーナーをするにはあまりにも若いゼリンという名の少年であった。なんでも、彼の父である先代はグルメな人間で、微量に毒を含む山菜を食べ過ぎて全身から血を噴き出して死んでしまったというのだ。そして残された少年は、若すぎる家長就任である。
だが少年ゼリンは前向きな商人で、店を大きくする野心で溢れていた。資金はあり、様々な伝手を使って新たな商売を開拓しようとしていた。
私が受けた依頼は『新しい商品のアイデア出し』であった。
「非凡な者しかいない『庭師』なら商売のチャンスに繋がる何かを思いつくはずだ」
そんな滅茶苦茶なことを初対面で言われたものだ。
その後の十数年で判明することだが、私には商才がない。しかし、新たな商売のアイデア自体は山のように持っていた。
なぜなら私はこの世界とは違う惑星地球で生まれ育ったことのある転生者だからだ。この世界にはなく、地球にはある何かがすなわち新しい商品のアイデアになるわけだ。
そして私は、前世の大学サークル時代に遊んだいくつかの玩具についてのアイデアを伝えた。
その一つがトレーディングカードゲームだ。
そのアイデアが商業的に当たったかどうかは、今私の目の前で繰り広げられている対戦を見て解るとおりだ。
「補助ステップ! 『古なる庭師王』に属性カード『天使の聖杯』を付与!」
「まあ彼女すごいわ! 世界樹教に拝神火教が両方合わさって無敵に見えます」
「『庭師』の苦手属性である悪魔を倒すにはこれ以上ない選択だね」
「そうくると思っていましたわ! 魔法割り込み! 魔法カード『太古の堕天』を発動! このカードは世界樹属性と神火属性を同時に所持する戦闘カードの攻撃力と防御力を5下げます!」
「なっ!? そんなレアカードを隠していたのですね……!」
この対戦を見て解るとおり、トレーディングカードゲーム……トレカは貴族などの上流階級の女性層でヒットを飛ばした。
そう、女性である。
地球におけるトレカは、カードの収集愛好者人口、そして競技人口の大半が男性だった。
なぜか?
それは男は物をコレクションする性質をもつ生き物だからだ。対戦という要素も男の子向けだ。地球だけでなくこの世界の男も同じである。
でもこの世界では実際のところ女性人気が高い。
なぜか?
それは最初から女性に売れるよう作ったからだ。
この世界での年が若く、商才のなかった私には思いつかなかったことだ。日本にて札束を刷っているとまで言われたカード。しかし、世界の中枢『幹』と道具協会によって技術レベルの操作を受けているこの国では、一枚一枚の製造コストが高くなってしまう。
日本のトレーディングカードは子供の娯楽として宣伝することで、男の子達がこぞって買い集めるようになった。そうサークルで聞いたことがあるが、この国、いや、この世界では一般家庭の子供が何百枚も気軽に買えるような安価な商品にすることができないのだった。
そこで商家の少年ゼリンは、イラストカードという新しい雑貨をファッションとして設計した。
高級アクセサリーとしてカードホルダーを作り、魔法素材で美しいカードスリーブを生産させた。
さらには広く売れた場合の事業計画として、対戦大会の勝利者でしか得られないバッヂやメダリオンを設計し、男性向けの『強者が得られるトロフィー的アイテム』も用意した。
……結果的に大会の成績で得られる階級メダリオンは、男性ではなく女性に人気のアイテムとなったのだが。
その様子を見た商家の少年――その時点では青年は言った。
「女性がファッションを意識するのは、お洒落な同性に囲まれたとき」
なるほど、カードゲームの勝敗とは別に、トレカと関連アクセサリーはファッションを競い合う材料ともなったわけだ。
「く、この状況で魔法カードでの攻撃ですの」
「このカードは木属性のヒーローカードの攻撃として扱われます。さあ受けなさい! 『世界の合言葉は樹木』!」
「……わたくしの世界魔力で受けますわ!」
対戦を続ける私服の侍女の方々。
彼女達は互いにルールやカードのテキストを把握しているというのにまるで、カードゲーム漫画のようにテキストを読み上げ、腕を振り上げる仕草で行動を宣言する。
彼女達の動作を追う様に、卓上では魔法の光が縦横無尽に舞っていた。
……トレカ対戦における前世との最大の違い。それは、対戦は神聖で魔法的な宗教儀式であるということだ。
試験販売でファッションとしてのカードは売れると確信した商家の少年。彼の次に打ち立てた方針は、ゲームとしての完成度を上げる事であった。
そこで彼がとった行動は私には到底思いつきようがないものだった。
共同開発提案としてカードを持ち込んだのだ。宗教団体に。
この世界における最大の宗教。世界樹教。この世界に生きる人間は大なり小なり、この宗教の神を信仰している。
なぜなら、神は実在している。すぐ足元に。この世界を形作る、巨大な樹が神なのだ。世界樹は植物であるが、世界樹の実態は旧惑星に神のごとき偉大な生物が跋扈していた何千万年も前から生きるある種の神獣だ。
世界樹は意志もあり、人へ神託をもたらすこともある。そして何より、人間が生まれ生きるために必要な魂は、世界樹から与えられるものなのだ。樹の脈を流れる『人間の要素』が枝――大地から女性の身体を通じて萌芽する。それが魔法的な人、そして生命の誕生だ。
文字通り人は大地に生まれ大地に生きるのだ。そして大地に還す生命の魂を善なるものになるよう努めるのが、『庭師』であり世界樹教の司祭達というわけだ。
そんなもの凄い宗教団体に恐れもなく、商材としてトレカを持ち込んだ商家の少年。
少年は世界樹教の経営部門の教職者達に説いたのだ。
「我々信徒は起床や食前など日常的な場面で聖句を唱える。だが、率先して大規模な儀式を行うことは少ない。生活圏を善で満たすには儀式をあらゆる場所で行うことが望ましいとされているのに。故に、義務感ではなく娯楽として儀式を行うようにすればいい」
世界樹教はお堅い宗教ではない。そもそもこの世界に生きる人々は、世界樹からの恩恵を多大に受けており、厳しい生活を送ることは少ない。よって人々は宗教に救いや戒律を求めない。
基本的には神様に感謝しましょうねという宗教なのだ。
そしてこの世界に生きる人々が世界樹から受ける恩恵の一つが、特殊な魔法である。
聖句を唱えると様々な益をもたらす、知識のいらない魔法。日本語訳をするとしたら神聖魔法だろうか。世界樹教の信徒達は神への感謝と恩返しとして、神聖魔法を使って世界を綺麗にする。それが起床時や食前に行う聖句の習慣だ。
そして、一言呟く聖句より長い祝詞をあげる儀式を行う方が、浄化の効果ははるかに高い。その儀式をカードゲームでやれ、と少年は言ったのだ。
教職者達は商家の少年の話術に見事に乗せられ、ゲームの設計を行った。
競技ルールはこの世界における転生の概念や魔物の発生理論を基にすることによって、この世界の成り立ちと世界樹教の教えを娯楽で身につけられるようになった。
競技ルールの専門用語やカードに書かれるテキストには、聖句を織り交ぜられた。札を引くドローなどの行動を宣言するだけで神聖魔法が発動する。当然、テキストを把握していたとしてもテキストを読み上げることが推奨される。
結果、前世で机に座り静かに行っていたカード対戦は、大きな身振りでテキストの読み上げ、神聖魔法の光が飛び交うコミック時空の娯楽に生まれ変わることとなった。
世界樹教の全面バックアップで、トレーディングカードゲームはこの国の広い地域で販売された。
トレカは新しい謎の玩具ではなく、バックボーンのしっかりした新ファッションとして上流階級に飛ぶように売れた。そしてすぐにあらゆる言語に翻訳され世界的ヒットを飛ばしたのであった。
トレーディングカードゲームは男所帯ながらも高給取りである『庭師』の間でも流行っていた。
そして侍女達の間でも当然のように流行っているようだ。
対戦の内容に差はなくとも、『庭師』の対戦は格好良く、侍女達の対戦は美しい。侍女達のこの優美さは勝ち負けを争う戦いというよりも、神聖な儀式と言った方が相応しいだろうか。
……やっていることは結局カードゲームでしかないのだけれども。
「『剛力の魔人』で『アルイブキラ・ドラゴン』を攻撃。これで貴女の世界魔力は全て世界へと還ります」
「……完敗ですわ。いい試合でした!」
「いい試合でした!」
「いい試合でした!」
対戦した二人だけでなく、周囲で観戦していた侍女達も一緒に儀式終了の聖句を唱える。
そこには激しさや暑苦しさなどどこにもない。まさしく貴族の子女の嗜み。
勝ち負けの争いをしていたはずのプレイヤー二人に浮かぶ表情も、優越の顔や悔しがる顔ではなく、美しく儀式を終えられた満足げなものだった。
「次、どなたかおやりになる?」
「あ、私キリン様と対戦したいです……!」
おや、珍しい。私にお声がかかった。
私はこの宿舎に来た当初、カードを持参していなかった。なので前は誘われても手元にないと断っていた。
以前の休日でカードを塔から持ってきたことはあまり言っていないのだが、ククルかカヤ嬢が誰かに話したか。
しかし未だに私を様付けで呼ぶなんて誰だろうか。身分もなく新米中の新米なので様付けなどいらないと皆に言ってあるのだが。
声の主に私は振り返る。が、その人物に私は仰天した。
「……なにしてるんだ君は」
そこにいたのは下女の制服に身を包んだ少女、カーリンだった。




