71.真相
あと少し
「き、貴様今……なんて……」
俺は理解が出来なかった。神に選ばれた最初の転生者? 何がなんなのかさっぱりだ。
「1から教えてやろう〜。俺はね、昔、君と同じニートだったんだよ。趣味のネットゲームにハマりこんでしまってね〜。遂には家から追い出せれてしまったのさ。食いものに困ってしまって飢え死にしそうに街をさまよったよ。だが、そんな時だったのさ、神様が現れたのは」
カエサルは淡々と話し続ける。
「その神様は、どうやら俺を救ってくれるらしかった。俺が『1度も暴力を振るわなかった人間』だとか言ってね。で、俺は何を願ったのか。俺が願ったのは『最強の競走馬に転生させてくれ』だった。ちょうど競馬のゲームも流行ってて、俺もランカーになるほどのめり込んでたしね。俺自身が転生して無双するのも楽しいかなー」なんて思っちゃったりしてさ!」
「なんだそれ……」
そんな、ファンタジーみたいなことがあるかよ。ありえねぇ。そして、なんでそんな事願ったんだよ。なんで、競馬の世界を荒らしに来たんだよ。動機は「ゲーム」だって?ふざけんな。
「そこからは君の知る通りさ。目立ってたあの芦毛の馬……スプリングスターか。あいつが気に入らなかったから、日本ダービーっていうどデカい舞台で潰してやった。いやー、滑稽だったね」
カエサルはケラケラと、スターさんをバカにしながら笑った。俺はそんな奴に殺意が芽生えた。が、ここはグッと我慢だ。もっと情報を聞き出さなければ。
「でもそこで俺は気づいた。「敵、いなくなっちゃった」てね。だから、転生させたの。君たちを」
「!!」
なるほど、点と点が繋がったぜ。要は、俺たちはこいつの対戦相手として連れてこられたってわけだな。許せねぇ。
「1人はやり手社長。1人は奥さんもいて、人生も何もかも上手くいっている自衛官。3人はそこら辺にいた学生。そして最後の1人が……ニートの君さ」
なるほど。やり手社長はリュウオー。自衛官はコガネ。3人はアースガルドたち。そして、ニートが俺……か。
「正直、ニートの君が上がってくるとは思わなかったなぁ。いやー、よく頑張りました!花丸!」
うざ。黙れよ。
「でもさー、残された人達、可哀想だよねー! 社長が突然死んじゃって、途方にくれた従業員! 愛する夫と父を失った家族! 今も死を受け入れられず、子供の帰りを待つ学生! いやー、成功者たちが悲しむ光景は……」
「想像するだけで愉快だよォ!」
邪悪。この世の悪を煮詰めたような邪悪。人の人生を……人の命を自らの遊戯のために弄びやがって!
俺は林やおっちゃん、いろんな「失ってきた人」を見てきた。だからこそ、そんな人たちの苦しみが、凄くよく分かる。だから……許せねぇんだよ!
「この……クソ野郎がぁぁぁ!」
遂に堪忍袋の緒が切れた。そんな俺を見て、カエサルは薄ら笑いを浮かべる。
「ぼうりょくはんたーい! 俺らは競走馬なんだし……レースで決めようよ! ま、魂合成が『2秒しか』持たない君じゃ、勝てないだろうけどね!」
そう言って、ゴミ外道は汚い笑いを響かせた。周囲にいる馬たちの顔が引きつっていく。そこにはコガネの姿も含まれていた。あいつに限っては明確な憎悪の感情だったが。
「やって見なきゃ……わかんねぇだろ。もし、俺が勝ったら、これ以上無理やり転生させるのは、やめろ。人の悲しみを自分勝手奪うんじゃない」
俺は静かな怒りを燃やしながらそう言った。
「ああ、いいよォ! 君の走り、楽しみにしてるからね〜」
外道はそう言って、装鞍室へと消えていった。そうか、もうそんな時間か。外道といると時間が早く感じる。
「俺たちも、行くか」
俺はその場で、厩務員が来るのを待った。
――
「おはようございますシンジさん!」
装鞍室で待機していた林が、俺を見るなり元気な声で言った。だが悪ぃ。今日は、笑えねぇわ。
「林、絶対勝つぞ」
俺らにはこれだけで十分だ。それを林は感じ取ったのか、小さく微笑した。
「ええ、もちろんですよ」
俺たちは僅かな視線を交わした後、熱狂の地、パドックへと向かった。




