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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
クライマックス 勝利の鼓動
64/79

63.刺客、現る

テスト前の僅かな時間を見つけて執筆してました。遅れてすまんね。

「まぁ、こんなもんかな」


 走り終えた俺は、案外涼しい顔ができていた。日本ダービーの時のような無理矢理走法ではないからだろうか。あまり疲れは感じてなかった。


「いいですね。後はこれが3000の舞台でも通用するか、でしょう」


 俺は頷く。俺は最長でもまだ2400m、この走法では2200mまでしか走っていない。3000mという未知数な舞台では、通用するか分からないんだ。スタミナ的には問題ないと思うが……


「まぁ、これからの調教で長い距離に対応できるようにしていきましょう。東海さんにはそのためのメニューを用意してもらっていますから」


「いいね!じゃあさっさと帰ってトレーニングしますか!」


「あ、今日と明日はさすがに休みですよ!レースのダメージは間違いなくありますからね!」


「はいはい、分かってますよーっと」


「いや、分かってないでしょ!」


 林に怒られながら、俺はターフを後にした。俺は笑顔だった。やっぱり、勝つって気持ちいいな!






「シンジ、おつかれさん。お前の能力を信じてはいたが、まさかあそこまで離すとはな……正直驚いたぜ」


 翌日の朝、調教師は俺を労った。俺はへへんと鼻を鳴らし、にっこりと笑った。


「じゃあ今日から本格的に菊花賞へ向けての調整をしていく訳だが……」


「待ってました!」


 俺は地面を揺らしながら喜んだ。新しいメニューができるのは、素直に嬉しいからな。


「おおっと、あんまり期待しないでくれよ。いつもみたいに、特別なことをする訳じゃないんだ」


「ん?」


「今日からの調教はずばり、「長い距離を走るだけ」だ!」


「え、走るだけ……?」


 俺は驚きを隠せなかった。「本格的な菊花賞へ向けての調整」なのだから、変わったトレーニングを行うだろうと考えていたからだ。そんな俺の疑問を払拭しようと、調教師が口を開いた。


「いやー、俺もいろいろ考えたんだけどよ、シンジ、もうお前に教えられる特別な技能なんてほぼねーわ。もう教え尽くしてしまった。だからな、お前の能力をあげた方がいいって考えたんよ。ほら、あれだろ?まだお前は100%自分の力を使いこなせてないんだろ?だったら、走った方がいいんじゃねーかなーって……」


「なるほどなー、理解したぜ」


 俺は納得し、安堵した。調教師が、しっかり俺の事を理解して、俺に合ったトレーニングを考えていてくれたからだ。


「じゃ、明日から本格的に開始だ。今日はゆっくり休めよー」


「おう、了解だ」


 俺と調教師は言葉を交わし、別れを告げた。俺はスタコラサッサと自分の厩舎へ戻る。レース中はあまり気にならなかったが、かなり疲れが溜まっているように感じた。体力的なものもそうだが、主に疲れていたのは「心」だ。やはり、人と心を1つにすることは疲労が大きいのだろう。しっかり、ゆっくり休まねば。


――


「さぁ、いよいよ菊花賞トライアル第2弾、神戸新聞杯が始まります。華々しき舞台への挑戦権を手にするのは誰なのか。」


「あ、シンジさん。そろそろ始まりますよ」


「お、おっけー」


 林に呼ばれてテレビの方を向く。そこには「菊花賞トライアル神戸新聞杯」の文字が映されていた。そう、今日はパケットが出走するレースがあるのだ。現地に行って応援したかったが、馬である俺には難しい。だからこうやって、テレビ越しで応援することにした。


(ことわ)っておきますけど、一応これは菊花賞出走馬の視察でもあるんですからね!パケットさんだけに注目しすぎて、他の馬を見てないなんてことはないように!」


「はいはい、わっーてますよー」


 本当に大丈夫かな。そう言いたげな林を横目に、俺はテレビに集中する。いいじゃんな、ちょっとくらい贔屓したって。




「今回のレース、やはり注目はスーパーパケットですね!」


「そりゃあもちろんです。前回のレース、日本ダービーではシンジ、リュウオーに次ぐ3着、その前の青葉賞では華麗な勝利を収めていますからね。これは期待できるでしょう」


「では、スーパーパケットの対抗馬というと、どの馬になるんですかね。」


「間違いなくコガネスターロードです。伝説的な2頭の影に隠れてしまって、あまり目立ってはいませんが、彼もGI馬ですからね。その能力は確かでしょう。今回のレースでも2番人気となっていますし、勝てる可能性は十分にありますよ」




「パケットー!かっこいいぞー!」


「やめてくださいよ。ここでいくら叫んだ所で、パケットさんには届かないでしょう」


「こういうのは勢いが大事なんだよ!俺が勝つと言えば勝つ!」


「はぁ……まぁいいですけど」


 さっきと同じような顔をして、林は再び吐き捨てた。やっぱり林は冷静だ。自分が出るレースではこんなじゃないのにねー。二重人格ってやつか?




「さぁ、神戸新聞杯!最後のクラシックロードへ向けた戦いの火蓋が今……」


「開かれました!」


「各馬一斉に飛び出し、ポジション確保をしに行きます。やはり1番人気スーパーパケットは後方2番手からの競馬となりました。その後ろ2番人気コガネスターロードがピッタリとマーク」


 菊への挑戦権を賭けたレースが始まった。今回もパケットは最後方付近、シンガリからのレース展開だ。正直、出走馬の中ではパケットが頭1つ抜けた実力を持っている。自分の走りさえ出来れば、勝利は確実だろう。




「現在、第2コーナーを通り過ぎ、先頭は向正面へと入りました。全馬、まだ動きはありません。レースが動くのはいつになるのか!」


 パケットはゆったりと、余裕を持って走っている。あいつの持ち味の超ロングスパートはまだ見られそうにない。普段ならここら辺でスパートを切る。だが、今回の「中京競馬場」ではそう上手くいかない。


 中京競馬場は、高低差2mの坂と、それを登りきった後に待ち構える200m余りの直線がある。いくらタフでパワーのあるパケットと言えども、体力的にかなり厳しい部分があるのだろう。


「うーーん、おかしいですね」


 横で静かにレースを眺めていた林が呻いた。何かあったのだろうか。


「ん?どったの?」


 俺はフランクに話しかけた。だが、林はその固い表情を崩さず、何かを悩むように答えた。


「あの2番人気、コガネスターロードが気になってしまいまして」


「あぁ、あいつか。一応GI馬らしいけど、俺とかリュウオーに比べてあんまり目立っている印象はないな。前回のレースでもパケットに競り負けてるし」


「そう、そこなんですよ。普通にやりやえば、前回のレース同様、スターロードが負けるのは予想できます。ですので、後方ではなく中団から攻めてみたり、パケットさんより早くスパートしてみたりなど、工夫をしようとするのが普通でしょう。でも、ここまでのレース展開は、日本ダービーの時と同じ。全く変わってないんですよ。これが本当に奇妙で……」


「そうか?この作戦しかできないんじゃなくて?」


「だといいんですけど…私には「前と同じ作戦でも、パケットに勝つことができるという自信がある」ようにしか見えないんですよ」


「考えすぎじゃねぇかー?」


 俺がそう言うと、林は少し不服そうな顔をして、再度テレビの方を向いた。ちょっと神経質すぎやしねぇか?ま、騎手ならそんぐらいがいいのかもしれねぇけど。




「さあ、最終コーナーを過ぎまして、各馬直線へと入っていきます!……おおっと、スーパーパケットが遂に動き出しました!栗原騎手がパケットを外へと持ち出し、前方の馬を抜き去っていきます!」


「おお!」


 俺の読み通り、坂に入る付近でパケットはスパートをかけた。他を圧倒するパワーとスピードで、前へ前へと進んでいく。坂の半分を過ぎる頃には、もう先頭5番手につけていた。


「ほら林!今回はパケットが貰ったぜ!ほら、コガネスターロードなんて大したことなかったじゃないか!」


 俺は大はしゃぎで林を煽った。だが一向に、林は画面から顔を話そうとしない。


「…あ!見てくださいシンジさん!コガネスターロードがぐんぐんと上がってきてますよ!」


「え?なんだそれ。冗談もいい加減に……」


 俺は唖然とした。それは、残り200mで、パケットが先頭を取ったからじゃない。コガネスターロードが、6番手まで上がってきていたからだ。俺は目を疑った。だが、このレースに出走している中で、尾花栗毛の馬はあいつしかいない。コガネスターロードは、あの坂の中盤、つまり100mちょっとで、最後方から中団まで上がってきたのだ。


「おいおい…なんだよ、これ……」


「コガネスターロード、大外からとてつもない末脚!スーパーパケットとは比べ物にならない程の豪脚飛ばして、先頭の首目掛けて一直線!逃げ切れるかスーパーパケット!」


「残り100m!現在差は2馬身!ラストの粘り!ここで勝負が決します!」


 頼む、粘れ。粘ってくれ。俺は心の中で祈ることしか出来なかった。


「並んだ!並んだ!2頭が並んだ!」


「そして…差し切ったぁぁぁ!まさかまさかの、大勝利!あの地点から、超ド級の差し切りを決めましたコガネスターロード!シンジスカイブルーのライバルは俺だと言わんばかりに、高々と天を仰ぎました!」


「これは…大変な事になったな……」


 林がいつになく深刻そうな顔で言った。その顔が、事の重大さを物語っていた。


「ああ、一筋縄ではいかないぞ」




 次の朝、俺は重たい目を擦りながら起きた。昨日はあのレースのインパクトが大きすぎて、よく眠ることが出来なかった。


 俺は真っ先に、パケットが普段使っている馬房へと向かった。パケットがいる所は俺の馬房のすぐ近くだ。だが、今日はなんだかその距離が遠いように感じた。


「あ、パケット!」


 大きな茶褐色の馬体が目に飛び込んできた。あれは間違いなくパケットだった。首を垂れながら、牧草を食べている所だった。やはり、ダメージは大きいか。




「お!シンジじゃないか!」


 パケットは思った以上に明るく、そして元気に返答した。俺の心配は必要なかったようだ。


「とりあえず、レースお疲れ様。……どうだった?」


 俺がそう言うと、パケットは少し苦笑いをしながら答えた。


「いやー、騎乗位も仕掛けるタイミングもバッチリで、スタミナ的にも問題なかったんだけど、見事に差しきられちゃったね。練習が足りないか……」


「そうか。ありがとう」


「あ、ちょっと待って!最後に一つだけ、伝えなければいけないことがある!」


「ん?」


 パケットはいつになく焦って俺を呼び止めた。こんな事は滅多にない。俺は脚を止めて、パケットの方を向いた。


「俺を差し切ったあの馬、「コガネスターロード」には気をつけた方がいい。あいつは、俺のような普通の馬じゃない。」


「シンジやアカガミリュウオーと同じ……」


「まさか……!」


「そう」


「転生者だ」

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