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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
クライマックス 勝利の鼓動
60/79

59.随分と早い再会だね

久々の更新です!


1つの部分に長く入れるってのも、悪くは無いカモメ。

「よし、今日はとりあえずここまで。2人とも、おつかれさん」


「や、やっと終わった……」


俺は猛烈に疲れていた。肉体的な疲れはあまりない。むしろ、滝の水圧によってマッサージされたような気分だ。だが、精神的なダメージがかなり大きい。長時間の精神統一、単純作業の繰り返し―これはかなりの負担だった。ここぞ!という時の精神力に自信はあったが……このような集中は苦手なようだ。まだまだ、道のりは遠いなぁ……


「シンジ、いつまで突っ立ってるんだ?林はもう先に上がっちまったぞ?」


いっけね、ついぼーっとしてた。早く上がらなきゃ身体が冷える一方だ。俺は滝つぼを泳ぎ、岸から陸へと上がった。





「ううう……さっみー。」


俺は冬用の馬着に身を包みながら震えていた。これを見越してわざわざ用意してくれた林に感謝だな。


「初回にしては上出来ですよ、シンジさん」


凍える俺の身体を叩きながら、林は労った。俺はどうもと返すように、林の身体を軽く触った。


そういえば、あの滝は昔林が滝行に使ってた滝だって言ってたな。てことは、あいつが幼い頃からやってるはず……。何か、有力な情報が聞き出せるかもしれねぇな。ちょっと、聞いてみるか。


「なぁ林、お前って、昔から滝行やってんだろ?なんか「コツ」とかってあるのか?あったら教えて欲しいんだが……」


「コツ、ですか。そうですねぇ」


林はうーんと言いながら考え始めた。ここで有識者からコツを聞くことが出来れば、かなりのアドバンテージだ。林、頼む!なんかしら教えてくれ!


「コツ……コツ……」


林は考え続ける。既に一分は経過していた。どうだ?思い出せるのか?どうなんだ!?


「……すいません、思いつきませんでした」


がっくし、そんな音が聞こえそうなほどに、俺は肩を落とした。そんな俺を見た林は、罪悪感からか、珍しくおろおろしながら様子を伺っていた。


「で、でも!必勝法がないからといって、出来ない訳では無いですし……。シンジさんの精神力なら、きっとすぐにできるようになりますよ!ほら!練習だって繰り返すことが大切でしょ?それと同じです!」


なるほどなぁ、と俺は心の中で思った。滝行も所詮練習……それをこなすには、反復が必要だと。確かにそうだな。林の言う通りだ。こうして納得出来ただけでも、林に聞いた意味があったな。


「そうだな。繰り返して、やるのみだ」


「その意気ですよ、シンジさん!」


林は露骨に嬉しそうな顔をして言った。ま、結果オーライってところかな。


「おーい、また明日もやるんだから、今日はもう上がっとけ!体力を回復させるに越したことはないぞー!」


車の陰から調教師の声がした。俺たちは慌てて準備をし、馬運車に乗り込んだ。




次の日も、また次の日も滝行は行われた。相変わらず、水に打たれる感覚は慣れない。この状態で集中するのは至難の業だ。俺自身の変化は、初日から何も無かった。変わったことといえば、林が一緒に滝行をするようになったのと、特訓の疲労がとれたくらいだ。でも、このままじゃいけない。これを乗り越えなければ、真の力を解放することは出来ない。1歩ずつ、地道に進むしか道は無い。俺は自分にそう言い聞かせ、試練に立ち向かっていた。





「シンジさん、ちょっと良くなって来たんじゃないですか?」


そう林に言われたのは、5日目の修行中の事だった。俺はその言葉に驚いた。なぜなら、俺自身、全く特別な感覚などなかったからだ。特別、普段より集中出来ている訳では無いし、特別、念仏が頭に入ってくる訳でもない。何も、特別なことはあるはずがないのだ。俺はそれを林に伝えた。


「ふんふん……シンジさん、だいぶ、いい所まで来てますよ!」


「そうなのか!?」


俺は再び驚いた。経験者の林が言うのだから正しいはずなんだが……如何せん、俺にその感覚が全くないんでね。


「だってですよ。シンジさん自身が気づいていないということは、それだけ自分のこと―雑念が少ないということなんですよ。心が「精神を鍛える」という所に統合されているからですね。試しに、その意識を少しでも「念仏を読む」という方向に向けてみてください。きっと、いい結果が得られるはずですよ」


なるほど、筋は通っている。確かに、ひとつのことに集中していたら、自分のことに気が付かなくてもおかしくは無い。ひょっとすると、俺の精神力はかなーりいい感じに成長したんじゃないか!?心がうずうずしてきた。早く滝行の続きをしたい!そんな風な思いすら生まれてきた。俺は林に感謝を告げ、せっせかと準備を始めた。







「では、よーい、はじめ!」


再び滝行が始まった。ここまでワクワクした気分で滝行を始めるのは初めてだ。……さて、林に教えてもらったことを実践するとするかね。俺は高揚感を抑え、念仏の書かれた紙を見始めた。


「よ、読める。読めるぞ……念仏が!」


信じられないことが起こった。今まで、全く読めなかった念仏が、スラスラと頭に入っていったのだ。滝の音も、衝撃も、水しぶきも感じない。ただ、その「文章」だけが頭の中を行き来する。こんな経験、初めてだ。これが、「ゾーンに入る」ということか。俺は頭に入った念仏を、今度は口に出すよう意識を向けた。


「菊はー絶対勝ちたいなー。勝ってーうめぇもん食うだー。みんなー幸せなりたいなー……」


素晴らしい!読むだけでなく、声に出すこともできるとは。俺の精神力は、本当に成長しているぞ!これが修行の成果か!俺の心は、喜びに溢れていた。






「よし、終了!よく頑張ったな!」


調教師の声で、俺はやっと集中を解いた。いつもなら精神的な疲労感を感じているはずだが、今日に限っては違う。逆に、1種の満足感も感じていた。


「凄いじゃないですか!いきなりここまで伸びるなんて……想像以上ですよ!」


陸に上がってすぐ、林は明るい声で俺を称えた。やっぱり林に褒められると嬉しい。俺は喜びながら、へへんと鼻を高くした。


「この短期間でここまでの成長を遂げるとは、さすがシンジといったところだな。この調子なら、神戸新聞杯前に、力を引き出すこともできるかもな」


「そうですね。明日1度、試してみる価値があるかもです」


俺は2人の意見に賛成した。菊花賞前に、トライアルレースである「神戸新聞杯」が控えている。真の力を解放したところで、上手く使えこなせる保証はない。それでは力を解放した意味がない。そこで、神戸新聞杯で力がどのくらい使えるかを試しておこう、こういう考えだ。その他にも、力をコントロールする練習をできる時間が長くなったりとか、滝行に割いていた時間を他に当てられたりだとか……まぁ様々なメリットがあるわけだな。


「じゃ、決まりだな。明日は滝行をやりながら、もう1人のシンジとの対話も進めていこう。体力や精神力を1番いい状態でキープしておきたいから、明日は軽い調教のみやって、早い時間にこっちに来よう。いいな?」


「はい」 「了解」


俺達は明日へ備えるため、急いで厩舎へ帰った。明日は、失敗したくないぞ!


――


「さて、シンジ。準備はいいな?」


「おう、コンディション良好。後は自分を信じるだけだ」


俺達はトレセンでの調教を済ませ、滝行の準備をしていた。昨日はぐっっすり寝たから、体調は問題ねぇ。問題があるとするならば……自分の意思だけだな。


結局、俺が今からやろうとしているのは、「精神力勝負」だ。俺が2号と気絶せず話せるだけのメンタルがありゃ、こんなの簡単だ。要は「力を求める意志の強さ」。これが強いか弱いか、それだけの勝負だ。


「じゃ、今から始めるぞ。呼吸を整えて、精神を整えて――」


俺は目を閉じ、静かに呼吸を整えた。そして、今までの努力を思い出す。


おっちゃんの牧場が始まり、パケットとの初レース、林とのぶつかり合い、リュウオーとの死闘、スプリングスターさんとの特訓、滝行……軽く思い出しただけでも、こんなにある。こんなにたくさんの試練を乗り越えてきた俺に、出来ないことなんてあるか!俺はじっと、視線を向ける。そう、今は見えない「2号」へ向けて。


「よーい、はじめ!」


調教師の宣言とともに、俺は滝の中へと入った。水は相変わらず冷たい。水音も生半可なものじゃない。だが、そんなことで負ける俺ではなかった。


心の目を、2号の元へとピントを合わせる。他の雑念は一切いらない。2号に会う。そして、力を解放する。それだけを何回も心の中で繰り返し続ける。


俺は2号に問いかける。お前はどこにいるんだ。俺の準備は出来てるぞ。お前となら、俺はどこまでだって行ける。菊花賞だけじゃねぇ。こっからのながーい競走馬人生の中で、一生勝ち続けていける。そう、お前がいれば!だから、一緒に走ろう。俺の前に来てくれ、と。


こんなことを繰り返して、もう3分が経過した。タイムリミットは5分。これ以上経つと、俺の身体に影響が出てしまう可能性があるからだ。その時間が尽きるまで、足掻かせてもらおうか!


2号!2号!俺はここにいる!ここで、お前を待ってる!精神を鍛えて!身体を鍛えて!ただ「勝ちたい」という思いを持って!俺はここにいる!だから、来い!来いよ!心の中で隠れてないで!俺は、お前に会いたい!


「来い!にごぉぉぉぉぉぉぉ!」


俺の魂の叫びが森中に響き渡る。遠くからやまびこも聞こえる。だが、俺は決して思い続けるのをやめない。あいつに再び会うまで、俺は諦めねぇぞ!





「い……ご……ち……ご」


「!?」


頭の中に、今にも消え去りそうな微かな声が届いた。これは林の声でもなければ、調教師の声でもない。そもそも、俺の事を1号呼びするのは―


「お前しかいねぇぞ!2号!」


俺は再び心を2号へと向かせた。目線は真正面。いるはずのない2号を思い浮かべながら、鬼気迫る表情で睨みつけた。待ち焦がれたあいつは、もう目の前だ!


ピピピピ


「5分経過!」


ストップウォッチのけたたましい音が終了を告げる。普通なら止めなければいけない。だが、ここでやめたら、男じゃねぇ!林!調教師!止めないでくれ!これは俺の「魂の戦い」だ!


頼む。あと少しなんだ!あと少しで、2号は、再び俺の前に現れる!ずっとずっと求めていたものが、目の前にあるんだ!来てくれ!来てくれ!2号!


「俺はお前とレースがしたいんだぁぁぁぁぁ!」


ピシッ


叫んだ瞬間だった。頭の片隅で、何かガラスのようなものが割れた音がした。俺は辺りを見回す。当然、ガラスなんてものはない。


そのすぐ、風のざわめきや、水の飛沫がピタッと止まった。まるで時が止まったかのように、ここら一帯を静寂が包んだ。


突如、俺の目に光が入ってきた。これは、初めて2号と話した時と同じ色だ。ただ、ひとつ違うのは、トンネルが現れず、風も吹いていないことだ。あの時とは「何か」が違った。


数刻の時が過ぎた。俺の視界を支配していた光は、上から下へと徐々に消えつつあった。俺はその様子をまじまじと見つめる。あいつを1秒でも早く見るためだ。


少しづつ、少しづつ、視線の先が見えるようになっていった。そして、俺の目線まで下がった時、ある1つの影が見えた。その影の主、正体は―







「さすが1号。ボクが見込んだだけあるよ」


もう1人の俺。2号だった。


「へへ、1号様を、舐めんじゃねぇぞ。俺は、人生経験が一味違ぇんだ」

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