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葦毛の雄王〜転生の優駿達〜  作者: 大城 時雨
クライマックス 勝利の鼓動
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57.「挑戦」へと向かう「覚悟」

やぁやぁ、お久しぶりです。

練習に復帰し、小説を執筆する時間が無くなってました。

その分内容が多くなっていますんで、ぜひ楽しんでください!

「ちょ、ちょっと待ってくれ。頭の理解が追いつかない」


調教師は困惑気味に言った。それに林はうんうんと首を振る。


「俺もシンジさんが何を言っているのか、一切分かりません。いきなりトレーニング方法を聞いた私も悪かったですけど……。シンジさんはあの時、何を体験してきたのか、詳しく教えてくれませんか?」


林はそう俺に訪ねた。まぁ、驚かすって目的も達成したし、何よりこの特訓は、林を始め、様々なスタッフの手を借りなければいけないからな。俺は今まで待機させていた医療スタッフを帰らせてから、2人に事情を説明した。






「ふぅん、なるほどねぇ。お前の精神力を鍛えて、更なる力を引き出すため……か。全く、お前と一緒にいると、訳わかんない事が増えてく一方だな。ま、信じるしかないけどよ」


調教師はため息を吐きながらそう言った。俺も調教師の気持ちはよく分かる。もし俺がその立場だったら、100億%信じないからだ。考えてくれているだけ、マシか。


「ですが剛さん。仮に滝行をやるとして、普段の調教はどうなるんです?滝行をやる分、他の調教をする時間は短くなりますよ。その分のハンデをどう埋めるか……」


林は難しそうな顔をして言った。林の意見は最もだ。あの「地獄の特訓」で、基礎能力の底上げを行ったとはいえ、それだけで勝てるほど、最後のクラシックレース、菊花賞は甘くない。


「ああ、林の言う通りだ。今のところ、シンジストライプの重賞勝利馬は、シンジを含めて2頭。しかも、もう1頭の勝利馬は読売マイラーズcを勝利したマイル馬、ストライプスネークのみ。つまり、菊花賞はシンジストライプ産駒にとって、未知の世界なんだ。3000を走りきるスタミナ、シンジにあるはずだが……なんとも言えないところだな」


その意見に、俺たち2人は同意し、再び頭を悩ませた。滝行はやりたい。でも普通のトレーニングもしたい。矛盾する2つの要望が、俺の頭の中を駆け巡っていた。




「……わかった、こうしよう!」


突然、大きく低い声が前から聞こえた。俺たちは下げていた頭を反射的に上げ、調教師の方を向いた。


「坂路や追いなど、基本的な調教メニュー。これだけは譲れない。菊花賞トライアルの神戸新聞杯もあるからな。だから、プール調教の代わりに、滝行を行いたいと思う!」


「「おおっ!」」


2人から思わず声が漏れた。確かにこれは名案だ。心肺機能は坂路でも鍛えられるし、「地獄の特訓」でかなりの所まで行けたと思う。だから、必然的にプールは優先度が低くなる。そのプールをやらない代わりに、時間を作ろうって訳か!考えたな!


「でもよぉ、滝行できるのは嬉しいけど、どこの滝を使えばいいのかなぁ。有名すぎる所だと、観光客がいるから出来ないし、無名の所だと滝の規模がしょぼいだろ?」


俺は疑問符を加えて言った。それに、林は自信満々な顔で回答した。


「ご心配なく、シンジさん。既に、その2つをクリアする滝は準備が出来ています。」


「おおっ!」


流石有能金持ち林と言った所だ。……でも待てよ。いくら何でも早過ぎないか?俺が滝行をやりたいと言ったのはついさっきだ。そこから、林はずっと話をし続けている。スマホで調べる時間もないはずだ。なのになんで?俺は林に質問してみることにした。


「なぁ林。ちょっと気になってたんだけど、お前が言ってるその滝って、どこにあるんだ?」


「ああ、それなら俺の私有地ですよ。ちょうど美浦村にあります」


「……は?」


あまりにもあけっらかんと言うもんだから、俺は声が漏れてしまった。当たり前だ。どこの家に、滝行ができる設備があるというんだよ。全く……お前の方が摩訶不思議だよ。


「ま、とりあえず今後の方針も決まったことだし、早速明日からやるとするか!とりあえず、今日は早く帰って寝ろよ!明日から、1日も気が抜けねぇ日々が始まるぞ!」


俺たちは調教師に頷き、自らの寝床に帰っていった。




「心を通わせる……か」


その日の夜、俺は1人で考え事をしていた。本当に心を通わせる事ができるのか、心配になっていたからだ。2号にああは言ったが、確実視なんて出来そうにない。俺は人と話すのが苦手だ。ましてや、人の気持ちを完璧に理解するなんて、できるはずがない。そして何より……




「お、やっぱり起きてましたか。シンジさん」


どこからか人の声がした。俺は聞こえた方向を向く。そこには、月と街灯に照らされ、微笑みながら歩いてくる林の姿があった。その姿はどこか儚く、美しかった。


「こういう悩みがある時って、大抵夜更かししてるんですよね。シンジさんは」


参ったな、といった風に俺は苦笑いをする。林には悩みがあることも、夜更かししてることもお見通しか。


「悩みの理由、分かりますよ。例の件ですよね。この短期間で、心を通わせられるか、という。」


俺は黙って頷いた。それに、林はまた優しく微笑みかける。


「何かあったら話してみてくださいよ。シンジさんの心が楽になるなら、俺は本望です」


林はなんともないように言った。……林には、話してもいいかもな。


「……少し、昔の話になるが」


思い出すとしよう。あの過去を。


「俺に親友がいた事。それは前話したはずだ。でもな、それよりもっと前に、もう1人いたんだよ。親友と呼べそうだったやつが。まだ、俺が小学生の頃だった」


俺の話を、林は黙って聞いていた。俺はそれに安心しながら、再び話し始めた。


「そいつは、他県から転校してきたやつだった。明るくて、かっこよくて、女の子に優しくて……まぁいかにも、って感じのやつだったんだ。で、そいつは俺の席の隣に来たんだ」


「当時は陰キャ陽キャなんて区別もないから、会話することは容易かった。話してみると、予想通りの良いやつで、すぐに友達になった。もしかしたらあいつは、俺の事なんてただの知人の1人にしか思ってなかったかもしれないけどな」


へっ、と俺は鼻を震わす。またもや林は反応しない。これは終わりまで言った方がいいな。


「そこから、俺は常にそいつと一緒にいるようになった。単純に居心地がよかったのもあるし、純粋に嬉しかったんだ。人気者と友達―いや、親友になれたのが」


「でもある日、俺は一瞬だけ、彼と離れることがあった。トイレに言った時だ。俺は少しでもそいつと長くしたい一心で、さっさとトイレを済ませ、そいつの方へ行こうとした」


「そいつは、他のクラスの人と話していた。最初は何言ってるのか分からないくらいの声だった。すぐに合流すれば、今まで通りにいっただろう。でも、その時の俺は、「俺についてあいつは普段どんなことを言ってるのだろう」と興味を持ってしまった。これがいけなかった」


「俺はトイレの影に隠れ、その話を盗み聞きした。聞き取りには成功した。だが、それは俺にとって信じ難いものだった。そいつは俺の事を、「愉快な取り巻き根暗虫」と言っていたのだ。」


「俺は何かの聞き間違えだと思い、再び耳を傾けた。でも、現実は残酷だった。彼はあろう事か、俺に対する悪口のオンパレードを開催し始めたのだ。「根暗のくせによく喋る」だの、「髪の毛天パで気持ち悪い」だの……」


「俺はとてつもないショックを受けた。「親友」だと思っていた相手が、そんな事を言っていたのだから。俺はその日から、人が少しだけ怖くなった。もちろん、人とは普通に接していたよ。そいつとも、今まで通り普通に生活してたし、他の人に特別な態度を取るわけでもなかった。でも、「心を通わせる」これだけは出来るか分からない」


「俺の心は、未だ傷を負ったままなんだ。そんなのを負った状態で、人と真摯に向き合えるのか。人と楽しく会話できるのか。人と「一心同体」になれるのか。それだけが、不安で……」





辺りを静寂が包んだ。聞こえるのは僅かな虫の声のみ。俺はその静寂を、破ることは出来なかった。それ以上、言葉を出せなかった。身体が震えて、立つことも精一杯だった。




「ふふ」


林が小さく笑った。俺は俯きかけていた首を持ち上げ、林を見た。


「シンジさんは、本当にそう思っているんですか。でしたら、それは間違えです。だってシンジさんは、もうその時の「青空慎二」ではありません。「シンジスカイブルー」じゃないですか」


それは違う。対人において、俺は何も成長出来ていない。そう言おうとしたが、やはり震えて声が出ない。そんな俺を気にせず、林は話を続ける。


「シンジさん。あなたは自信が無さすぎです。その絶対的な強さと、数々の修羅場を乗り越えた精神力。そして、その明るさがあれば、人と心を通わせるなんて容易いものでしょう?だから、自信を持ってください。シンジさんの心には、決して傷など残ってませんよ。だって、俺が居るじゃないですか。心を通わせることが出来た相手が」


俺の心が揺らいだ。俺にはもう、傷なんてないのか?俺は、前を向けているのか?俺の頭の中は、希望と心配でぐちゃぐちゃだった。


「で、でも……それはお前と時間をかけて、衝突しながら成長していったから……」


俺は心の声を絞り出すように言った。やはりまだ、不安を拭いきる事は出来なかった。


「シンジさん……」





「何バカな事言ってるんですか!」


弱気な俺に竹刀を叩きつけるように、林はぴしゃっと言った。俺は焦って林の方を向いた。林を怒らせてしまったのかと、心配になったからだ。だが、林の顔は晴れやかだった。屈託のない笑顔とでも言うべきか。その顔に、怒りのようなものは感じられなかった。


「林さんはこの俺と親友になったんですよ!天才と呼ばれ、誰とも親しくなれなかった俺と!だったら、そんな心配なんて無用ですよ!シンジさんは絶対に、心を通わせられます!俺が保証します!」


その言葉で、俺は目頭を熱くせずにいられなかった。目から光の粒が落ちてくる。その粒は、俺の心を洗い流した。今の心は、晴れ渡る空のように、青く美しく澄んでいた。


「それに、シンジさんは成長し続けています。1番最初、シンジさんが俺に思いを言った時、シンジさんは泣き叫んでいました。それが今はどうか。冷静に自分を振り返り、そして、前に進もうとしているじゃないか。その心さえあれば、心配無用です!自分の心を、相手にぶつけてやってください!それさえ出来れば、分かり合えない者などいないでしょ!その心に、俺は、救われたんだから」


林は依然として、大きな笑顔を続けていた。俺は、ただ感謝して、情けない声をあげるしか出来なかった。


「じゃ、俺はもう行きますんで!明日からまた、頑張りますよ!」


林はそう言って立ち上がり、俺の部屋を出ていった。その立ち姿は美しさを通り越し、勇ましさへと変わっていた。


そうだ、何か一言言わなければ。せめて、お礼の言葉くらいは。そう思って喉を震わせるも、すすり泣く音しか出なかった。でも、このままじゃだめだ。林が俺を信じてくれたんだから、「俺は大丈夫だぞ!」っていう所を見せなければ。俺は最後の勇気を引っ張り出し、精一杯声を出した。







「俺を……信じてくれて……ありがとう……」


霞と消えそうな、弱々しい声だった。本当に届いているのかさえ、分からないほどに。だが、それを言った直後、それまで歩み続けていた林の足が、一瞬、止まったのだった。




空は黒かった。決して、青空ではなかった。だが、空に浮かぶ綺麗な宝石達が、俺の旅路を照らしていた。

今回もありがとうございました。


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