52.特訓―Ⅱ
長い間おまたせしました!大城です!
遂に復活しました!これからもよろしくおねがいします!
「ほらほら!坂路30本コースまであと5本!限界突破するならこんなのでへばってないでくださいよ!」
「ぐわぁぁぁ!しぬぅぅぅ!」
9月―真夏の猛暑がまだ残る朝、俺は必死に坂路を登っていた。身体から汗が滝のようにしみ出し、脚は悲鳴を上げながら前へ前へと進んでいる。いったい、どうしてこうなった!?
――
「……本当に、限界を超えたいんですね?」
俺が調教師に宣言した次の日の朝、林はいつもどおりやってきた。調教師から話は聞いてあったのか、手にはいつもは握られていない古ぼけたノートがあった。
「そりゃそうだ。限界を超えなければ、“あれ”を超えることはできない」
俺はさも当たり前のように林に言った。すると、林はため息を吐いた後、俺にノートのページを見せた。俺はそのノートの文字をゆっくりと確認するように見た。
「えーと、なになに?“グラッツェカイザー育成計画書”だって?グラッツェカイザー……え!あのグラッツェカイザーかよ!?」
俺は目を丸くした。グラッツェカイザーと言えば無敗の三冠含むGI7勝を達成した名馬中の名馬で、俺がガキの頃に走っていた憧れだ。そんな馬の練習を知れるなんて……俺は歓喜していた。
「グラッツェの主戦騎手だった岡崎敏夫さんと俺の父は旧知の仲でしてね。急遽借りてきたという訳です」
林はさも当然のように言った。おいおい、そうサラッといえる内容ではないぞ。
「さて、私はこんな話をするためにここに来たわけではありません。シンジさん!」
柔らかかった林の表情が一気に険しくなった。俺は少しだけ身体が強張った。
「限界を超える、というのは簡単なことではありません。何せ、自分の能力を超えることをするんですから。そのため、シンジさんには地獄とも言えるグラッツェの調教の“2倍”をこなしてもらいます。もちろん、できますよね?ここまできて、やらないとは言わせませんよ?」
林はまるで圧迫面接の面接官のように俺に詰め寄った。それは俺が受けてきたどんな面接官よりも厳しい詰め方だった。林、俺に答えさせる気がねぇな。
「そ、そりゃそうだ!2倍でも3倍でもやってやろうじゃねぇか!」
「そのいきです!さぁ、行きましょう!」
俺の目が死にながらの叫びを、林は心底嬉しそうな状況で受け取った。そして、俺をおいてどこかへと消えてしまった。
「お前、大丈夫か?」
「どうだろう……」
――
あ、思い出した。疲れすぎて、記憶がどこかへと言ってしまっていたらしい。このときの俺は実に馬鹿な事をしたなと、今更ながら思ったのだった。
「ホラホラホラホラ!これが終わったらまだプールがあるんだから!急いで急いで!」
これ、終わんのか?
――
「……お疲れさまでした、シンジさん。予想以上でしたよ」
「……」
死にかけの俺を見下ろす形で、林が屈託のない笑顔を見せてきた。俺に否がなければ今すぐぶっ飛ばしてやろうと思ったが、了承してしまった俺が100%悪いので、何もできない。呼吸が荒々しい中、ただ俺は過去の俺を呪うのだった。
2日目も1日目と同じだった。終わった頃には満身創痍。厩舎でくつろぐ間もなく寝てしまう。これが3日目、4日目と続いた。その度、俺の精神は削られていった。
変わってきたのは5日目からだつた。調教タイムがいつもより8秒早くなった。それだけではない。いつもより絶対的に体力に余裕が出てきた。いつもなら床に舌をくっつけ、這いつくばっているところなのに、今日は脚が震えていながらも耐えている。いつもなら汗と泥にまみれた茶色の液体に覆われている身体が、今日は汗の量が少ないためか固形の泥が付着しているだけになっている。俺の精神は少しだけ回復した。
その後も俺は諦めずに調教を続けた。時には泥が目に入りそうになった。時には脚が生まれたての子鹿のようになり、立てなくなった。時には他馬の騎手に憐れまれた。でも、俺は折れない。何故なら、確実に強くなっていたから。坂を登るたび、筋肉が脈を打ちながら大きくなっていった。プールの水をかく度、心臓の力が強くなってった。俺自身で俺の成長を実感できていた。
それからも調教は続いていき、遂に2週間が過ぎ去った。この頃になると、最早何も思わず登るようになっていた。
「……はい、そこまで!よく頑張りましたね、シンジさん!」
プール調教が終了した時、林の心底嬉しそうな声が俺の耳に聞こえた。俺はそれがどのような意味を示しているのかよく分からなかった。戸惑っている俺に、林は笑顔で声をかけた。
「シンジさんは俺が予定していたトレーニングを全て終えたんですよ!しかも、俺が予想していたよりも短期間で!ホントは弱音を吐くシンジさんを激励しながら、ゆっくり進めて、菊花賞前日くらいに終わる予定だったのですが……流石はシンジさん!俺の相棒です!」
「そうか……終わったんだな」
最初のうちは、まだ理解ができていなかった。このトレーニングに終わりはないと思っていたからだ。だが、全てを理解したとき、俺の心に高揚感とある欲求が湧いてきた。それは―
「うぉっしゃぁぁぁぁ!」
喜びを爆発させたい欲求だった。
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