47.戸惑い→?
投稿頻度がごみ!
スプリングスターさんから技能を受け継いだ後もあの坂路は続いた。ずっとゆっくりしていては体がなまってしまう。だから、スプリングスターさんとのトレーニングは俺にとってリフレッシュのようなものになっていた。
「……とはいったものの、やることねぇなぁ!?」
スプリングスターさんとの練習は約30分程度。となると、それを除いた1日の大半が俺の暇な時間だ。脱力走法について考えていた時はまだマシだった。自分1人で時間を潰せたからだ。だが、今はそううまく行かない。「それならば誰かと話をすればいいじゃないか!」と言う人がいると思うが、それは難しい。レジェンドコネクトはあれから武者修行を始めてしまったし、スプリングスターさんは種牡馬としての仕事や俺との特訓がないときは殆ど寝てしまっているからだ。かといって、名も知らぬ競走馬と話すのもちょっと……そんな事を考え込んでいると、俺の頭に妙案が浮かんだ。
「ん?自分になんか用ッスか?」
そう、俺の特別担当厩務員である夢野駆だ。こいつは俺が喋れる事を知っており、周りにバラすことのない数少ない人材だ。多少バカかもしれないが……暇よりはマシだ!そう思った俺は彼に話しかけた。
「こ、こんにちは……今日はいい天気ですねっ」
そこから彼との会話が始まった。最初は多少ぎこちない所 (主にこちら側の問題)があったが、駆の明るさのお陰ですぐに打ち解ける事ができた。話していてわかったのは、こいつはやっぱりバカだということ。そして、思っていた数倍いいやつだということだ。こんな奴だから、駆と親しくなるのは早かった。
「やぁシンジさん!こんにちはッス!」
駆と話し始めた日から、俺はスプリングスターさんとの坂路以外は彼と話している時間が増えた。意外なことに、駆は話がうまかった。頭の回転が速いっていうのかな……。なんというか、あいつだけ話すときのロードが無いんだ。それは直感で話しているだけかもしれない。だけど、彼の話は面白いんだ。それは話の内容だけじゃない。彼の反応、受け答え、彼の一挙手一投足全てが面白かった。学校ではさぞかし人気者だったんだろう。その性格さえ直せば、彼女もいただろう。ルックスは悪くないし、むしろいい。でも、こいつは多分モテない。女子からも男子からも「最高の友達」になる素質が強すぎる。俺は、そんな彼と話すのが日々の楽しみになっていた。
「ねぇシンジさん。今日は、この日高ホースパークを見て回りませんか?俺が色々教えるんで!」
話し始めてから数週間が経過した日の朝、俺は駆にこう言われた。別に断る理由もないし、俺は承諾した。内心、すごい楽しみなのを隠しながら。
「ここが未来のスターホース生まれる、子育て広場ッス!みんなかわいいッスよ!」
「たしかにな……。俺にもこんな時期があったのか……」
「いってもあんまり変わってない気がしますけどね!」
「っ……てめっ!」
「あははー!逃げろ〜!」
――
「ここは噴水広場!夏の暑さを感じさせない、涼しむのにピッタリな場所ッス!」
「なるほどね~、ここで駆さんは業務をサボっていると!」
「そんなわけないじゃないッスか〜!」
――
こんな調子であっという間に時間は過ぎていった。やっぱり、駆は面白い。一緒にいて退屈しなかった。できれば、一日中バカみたいな事を話してたい。だが、時間は有限だ。2人で馬鹿騒ぎしていたら、もう夕方になってしまった。既に日は沈みかけ、ひぐらしが鳴き始めている。俺がもうそろそろ帰ろうか、そう言おうとした時、駆が先に声を発した。
「シンジさん。最後に、俺のお気に入りの場所に来てくんないッスか?一度、シンジさんにも見せておきたくて」
彼の声はいつもと違った。あの馬鹿っぽさが少し抜け、多少冷静になっていた。いや、違うな。もっと強烈だ。ほんとにこいつはあの駆か?そう思わせるほどに、この時のあいつは違った。俺は少し困惑しながら、了承した。
ここからその場所へは多少時間はかかった。そこは本当に牧場の端、最南端にあった。
そこは岬のようになっていた。沈んでいく太陽と、輝ける海が美しい。いわゆる恋愛・青春映画のワンシーンに出てきそうな所だった。
「ここは俺が入りたての頃からのお気に入りの場所でして……困ったときや、うまくいかないとき、嬉しかったとき、悩んでいるとき、いろんなときにここを訪れるんです」
俺は彼の発言に引っかかる所があった。今、彼は嬉しいのか、悲しいのか、悩んでいるのか。それが異様に気になった。ここに来るということは、何かしらの理由があるだろう。それ良い理由なのか、悪い理由なのか、無性に気になった。だが、彼は俺に発言権を与えなかった。
「自分、シンジさんにずっと聞いておきたいことがあって……それは、"なんでシンジさんが走るのか"ということなんです。それはただ単に死にたくないとか、活躍したいとかのごく一般的な思考かもしれませんが……なんか……シンジさんは普通の馬と違う感じがして……」
俺は彼に驚いた。彼が俺の走る理由が特別な事に気づいていたからだ。俺はあまりおっちゃんの事について話さない。それは、俺とおっちゃんとの約束が他とは一線を画すほどの大きな約束であり、男同士の熱い誓いだからだ。だが、彼には何故か話してもいいように感じた。それは、彼が良い奴だからではない。一友人として彼にはいずれ話さなければいけないと思っていたからだ。
俺は彼に話し始めた。俺が生まれた時から、今に至るまでの全てを。彼はそれを黙って聞いていた。恐ろしいぐらいに静かに。
「……てなわけだ。どうだった?」
俺が話し終えた後、数十秒間の静かな時が流れた。それはあまりにも異質な空間だった。あの夢野駆が黙っていたからだ。俺は彼が何か悪い物でも食べたんじゃないかと、彼の顔を覗き込んだ。彼の顔は赤くなり、小刻みに震えていた。本当になんかあったんじゃ……そう思った俺が耀さんに伝えに行こうとした時、彼がようやく重い口を開けた。
「実はオレ……今、物凄く不安なんですよ……。それは将来の不安であったり、すごく些細な不安であったりするんですけど……本当に大きい不安は……」
「オレ、"本当は何がしたかったんだ"って悩み始めたんですよ。それはひとえに、シンジスカイブルーさん、あなたに会ったからです。キラキラ煌めくあなたを見て、子供の頃のバカみたいな夢―最強のG1ホースを助ける柱になりたいっていうのが出てきてしまいまして……。本当にこのまま終わっていいのかって……。それで、あなたに聞いたら何か変わるかなって……。でも、オレとあなたじゃ背負っているものが大違いだ!オレなんて、ただのバカで、間抜けで、自分の夢を笑顔で見えないようにして逃げて!オレは、俺は……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁ!」
そこで彼の目から熱い思いが溢れ出した。彼の叫びとそれが混ざり合う。それはまるで、彼の心の中の悩みを代弁しているようだった。俺は彼気持ちが痛いほどわかった。俺にもこんな時があったからだ。だからこそ、俺は彼の力になりたかった。彼を助けてやりたかった。俺は彼の方を向いて、おもむろに話し始めた。
「わかるぜ、その気持ち。俺もそんな時はあったさ。とんでもないくらい強いライバルが現れて、挫けそうになったこともあったしな。でも、俺はそれから逃げなかったぞ」
「夢野駆!お前は自分から逃げてしまっている!せっかくお前には力があるのに、それを活かそうとしない!それは何故だ!」
「それは……俺には力なんてないし……」
「嘘をつけっ!」
「!!」
「お前には明るさという武器があるじゃないか!人が真似できない武器である明るさが!何故それを逃げることに使うんだ!お前ならば、G1馬の相棒になれる!努力さえすればな!だからこそ、死ぬ気で頑張ってみろ!死ぬ気で夢を掴み取れ!俺が……お前の夢の先導者になってやる!お前が自身をつけ、その弱さを克服した時、俺のもとに再び来い!そこで、二人でまた頑張ろう!俺は……待ってるからな!」
俺は言葉を終えた。彼の方を振り向く。そこには、涙の跡さえあれど、泣いている男などいなかった。その横顔は海と太陽の光を受け、本当に美しい顔になっていた。
「シンジさん、いや、シンジ!お前のおかげで目が覚めた。俺は必ずお前のもとにもう1度おとずれる。その時まで、少し待っていてくれ!俺が、最強の柱になるまで!」
覚悟の血に染まったその顔は、信頼に値するものだった。心の中の闇を全て吐き出した後の、爽やかなその表情は、やはり、俺の親友だな。
俺達は拳を合わせる。いつの日かの再開を誓って。
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