31.Twinkle Wienners
遅くなってしまってすみません。
「や、やった。遂に追いついたぞ、アカガミリュウオー!」
ゴールから数十m離れたところで、俺達はやっと減速した。だが、身体を取り巻くあの高揚感は、まだ消えちゃいなかった。それは双方に言えることだった。
「驚いたな。まさかこの数ヶ月で俺に並んでくるとは……俺も調教は一切手を抜いていなかった。やはりお前は只者じゃない。お前こそ、俺のライバルに素晴らしい!」
そう言って貰えて、俺はとても嬉しかった。俺は、こいつを超える馬に会ったことは無い。つまり、俺が知る中で最強の馬だと言っても過言ではない程強力な馬だ。そんな奴に認められたら、そりゃ誰だって嬉しいよな。俺も例外じゃない。
ふと掲示板が気になって見てみた。やはり写真判定だった。ここまでは想定内。問題は、どちらが勝つかだ。正直、俺はどっちが勝ったかなんてわかんねぇ。もしどちらかの勝利が決まったとしても、それは本当に数mmの差だ。ハナ差なんてもんじゃねぇ。もっともっと少ない距離だ。
これの勝敗によって、三冠馬になる資格を持つ者が決まる。三冠馬―これは過去を見ても数頭しか達成していない、神聖で偉大な記録だ。それになれるのならば……俺達は固唾を飲んで見守った。
数分経っただろうか。俺達は既にコースから引き上げていた。検量室で、その時をただじっと待っていた。
瞬間、外から響き渡る歓声。地面を揺らし、天を突き抜ける程の大歓声。あまりの大きさに、競馬場を壊すのではないかと思う程の歓声だった。俺達は覚悟を決め、備え付けのテレビを見た。そこにあった文字は――
同着
俺は溢れんばかりの声を上げた。林も同じだった。両者の勝利。本当ならば勝ちたい所だったが、贅沢は言えない。遂に並べたのだ。リュウオーに、世代最強馬に!俺達はその喜びに打ちひしがれていた。
「本当にお前は……我を燃え上がらせる! シンジスカイブルー!お前は最強の競走馬だ! これからも、共に高めあおうぞ!」
アカガミリュウオーがそう声をかけ、腕の代わりに蹄を差し出してきた。俺はそれに自分の蹄をかざした。熱い、男の友情が二人の間で交わされた。
「シンジさん、次は日本ダービーです。次は同着ではなく、勝ち切りましょう!」
俺達とリュウオー、葛城とその他諸々のスタッフしかいない計量室では、小さいながらも声を出せた。
「やはりか、シンジスカイブルー。話には聞いていたが、お前は話せるんだな」
葛城がそう言う。やはりアカガミリュウオーからお話は聞いていたらしい。更に続けて話した。
「勇、せっかく愛馬と話せるんだから、コミュニケーションを大切にしろ。それこそが、お前とシンジスカイブルーを強くしてやる方法の一つだ」
林と葛城、俺とリュウオー。環境に少しの差異こそあれど、同じ境遇の俺達。思う事は一緒だった。相棒とコミュニケーションをとる、簡単な事だが、大切な事だ。これを俺達はしっかりと理解していた。
「ああ、言われなくともやってるさ。それのお陰で、悔しい経験もしたし、辛い経験もした。けど、それから立ち直る力を彼からはもらったんだ。今の俺は、負ける気がしない」
その言葉を聞いて、葛城はフンっと鼻を鳴らした。それは侮辱でもなんでもない、尊敬と賞賛の表れだった。
「変わったなお前――」
「ああ、お前もな」
そう言って、葛城は背を向けた。その背中は、林よりも大きかったが、同じものを感じていた。別れ際、最後にこう言い放った。
「日本ダービー、ここで決着をつけてやる」
「望むところだ」
ここで、2人の龍王が戦場を後にした。俺達も続いて帰ろうとしていた時だった。外で待ち構えていたのは、見覚えのある非力な馬体。サカガミアトムだった。
「どうして……僕が勝つ可能性は99%だったのに……負けるはずはなかったのに……全く歯が立たなかった。何故だ、何故なんだー!」
地面に叩きつけるように叫ぶ。そこに以前のような汚い笑みはなく、負けを悲しむ男の顔をしていた。そんな彼に、俺は問いかけた。
「何故涙を流しているか……わかるか?」
俺がそう質問すると、アトムは少し困ったような顔で答えた。涙の流れた跡がくっきりと残っていた。
「そりゃ……負けたからだよ。負けたら悔しいだろお前だってそうだろなぁシンジスカイブルー!」
正に魂の叫び。そして号泣。だが、悔しさを知った男は強い。彼はもう、正解を見つけているんだ。データじゃ表せない、本当に大切な事を。
「その悔しさこそ、お前を強くする」
「悔しさを知って、男は成長するんだ。負けたら悔しい、それは当然だ。だが、悔しいと思えるのは、お前が頑張って調教していたからじゃないか?」
「な……」
「お前は頑張っているんだろう。他の馬にきつい事は言うが、言えるだけの努力はしている、そうじゃないのか?」
「く……」
「だが! 勝った奴らはそれ以上に努力してんだよ! 血統でもなく、センスでもなく、努力の量が違うんだよ! お前、心が弱いだろ。だからデータなんていうチマチマしたもので自分を固めている。それは、本当に努力に必要なデータなのか!?それは、本当に自分の欠点を分析したデータなのか!?強くなるためのデータじゃなければ、意味は無い。それを頭に入れておけ。勝者は、努力している」
それだけ言って、俺はそこを後にした。俺の話に終始唖然としていたアトムだったが、俺の言いたい事は伝わっていたらしい。彼の目から零れ落ちる大粒の涙は乾き、そこには闘気に溢れる勝負師がいた。言葉を交わすことは無かった。だが、男は魂で語り合える。「もう一度、強くなってまた現れる。今度は、お前を負かすライバルとして」彼の魂はそう叫んでいた。
「どうしたんですシンジさん」
帰り道、林は不思議そうに俺に尋ねた。俺は、今までの事を全て話すのではなく、少しオブラートに包んで言った。
「いや、少しお灸をすえてやっただけさ。悩んでいる馬を見たら、ちょっと助けてやりたくなってさ」
俺がそう言うと、林はフフっと笑った。なんだよ。カッコつけたみたいで恥ずかしいじゃねーかよ。
「シンジさんは、色々な方を救いますね」
「え?」
「俺もそうですし、蒼海さん、パケット、ナイト、セトウチナルト、ファンのみんな、そして今回。自分じゃ分からないかもしれないですけど、シンジさんは本当に凄いですよ」
そう言われて、俺は少し思い出した。生前、出来なかった様々な事。活躍しようとして空回りした事。色んな事が頭を駆け巡った。その中で、俺は1つの結論に至った。"過去とか関係なく、人を救えたら、自分を素直に褒めよう"と。別れる間際、俺は林にこう尋ねた。
「なぁ、俺って今、輝いてるか?」
変な事聞いたか、そんな事を思っている俺とは裏腹に、林は歯切れよく答えた。
「ええ! そりゃあもちろん!」
俺達は笑顔を合わせる。そして、グータッチをした。林の笑顔は夕焼けに照らされて、赤い頬が更に赤くなっていた。その赤は、悩みを照らし人を助ける、太陽そのものだった。
とりあえず、まずは一冠目、取ったぞ!
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