30.皐月の空に輝く星たちよ
腕が少し痛いです。
「晴天輝くこの中山。今日、クラシック最初の大勝負皐月賞が行われます。"最も速い馬が勝つ"と呼ばれるこのレース。一体、誰が栄光を掴むのか。今回も、注目の出走馬を確認していきましょう」
番 馬名 騎手
1コガネスターロード8.8倍(3人気)渡辺
2ユメミノコウテイ194.2倍(16人気)草尾
3ナイトオルフェンズ14.3倍(6人気)夜風
4ダークキルパンサー179.9(15人気)棚木
5サカガミアトム10.1倍(4人気)栄
6イットイズゴレイユ21.5倍(11人気)クラッチ
7シンジスカイブルー3.7倍(2人気)林
8アカガミリュウオー3.3倍(1人気)葛城
9スーパーパケット13.8倍(5人気)栗原
10ミスターウメハラ109.1倍(13人気)米田
11クリエイトナオレ19.6倍(10人気)水口
12コセンノユウシャ158.0倍(14人気)寒河江
13クレセントキーパー17.0倍(8人気)田畑
14オールナイトユタカ32.7倍(12人気)清田
15セトウチナルト15.7倍(7人気)御手洗
16ドリームリバー18.8倍(9人気)田口
「野村さん、やはりシンジスカイブルーとアカガミリュウオーが今回のレースの主役でしょうね」
「ええ、そりゃそうですとも。2頭とも倍率がほぼ変わりませんからね。ファンの皆様も誰が勝つか分からない、と言った所でしょうか。アカガミリュウオーがこのまま突き放すか、シンジスカイブルー逆襲のVとなるか。見ものでしょう」
「それと野村さん、今回人気がかなり分散していますね。10番人気ですら19.6倍と、かなり拮抗しているような予感です」
「そうでしょうね。特に私が注目したいのは、3番人気のコガネスターロードですね。朝日杯FSを勝利し、前回のスプリングSは2着。距離適性によってですが、1着を取れる実力はありますね。もちろん、弥生賞2、3着のスーパーパケット、ナイトオルフェンズ。スプリングS2、3着のドリームリバー、クリエイトナオレ。若葉ステークス2着のクレセントキーパーも勝てる可能性はありますよ」
「なるほど、それでは中山名物、G1ファンファーレが始まります」
ゲートの中で、俺はファンファーレを聞いた。つい数年前は、客席で聞いていたものを、こう間近で聞くことになろうとは。世の中には不思議なこともあるものだな。
「どうしたんですか、シンジさん。いきなり笑いだして」
おっと、気づかないうちに、どうやら俺は笑っていたらしい。そんな自分を見て、俺は再度笑った。
「なんでもねぇよ。ただ、走れるのが嬉しくてさ」
「?」
「こうしてお前や調教師、おっちゃんやライバルのみんなと出会えて、競い会えるのが嬉しいんだ。それは、もし俺が転生しなかったらなしえなかったことだろ。俺は、本当に良かったと思っている。その事実に笑ってたんだ」
俺がそう言い終わると、林は少し笑って、その後俺の体を少し叩いた。
「シンジさん、行きますよ!」
「おう!」
俺は再度ゴールを見据える。夢の舞台はもうすぐだ!
――
「なぁ翔太、今回のレースアツすぎだろ!」
いつも通りの2人組、翔太と和義は今日も競馬場に足を運んでいた。この世紀の大レースに、2人とも興奮が止まらないようだった。
「ああ! シンジスカイブルーとアカガミリュウオーの第2戦、アカガミリュウオーの差し切りが決まるか、シンジスカイブルーが華麗な逃げ差しを決めるか! 非常に熱いレースだな、和義!」
「シンジとリュウオー以外に、なんか注目馬はいないの?」
「うーん、パケットとナイトは前回の弥生賞で解説したからな……強いて言うならコガネスターロードだね。朝日杯を勝利したあのレースがも一度出来たら、食らいつくことぐらいはできるんじゃないかな。前走のスプリングSでは、自慢の追い込み決まらず、リュウオーから5馬身差の2着だったが……勝機はなくはないだろう」
「そうか、お!そろそろ始まるぞ!」
――
心を落ち着かせる。勝てる、勝てる。俺は強い。こんなことを何回も繰り返す。次第に、その心は闘争心へと変わっていく。絶対に勝つ。そんなことしか考えていなかった。
バタッ
ゲートが開き、硬い蹄が芝を踏む音と共に、優駿達が走り出した。俺も好スタートを切ることに成功した。もう中山は慣れっこだ。頭数が多いため、先頭争いは苦戦を強いられるかに思えた。だが、スタートが幸をそうし、ナイト、その他諸々の逃げ馬に前を塞がれることなく先頭を取った。そこからの流れはいつもと同じだ。2番手のナイトから3、4馬身つけた所で、林の合図によってペースを落とす。やはり、俺が後方を引き連れる競馬となった。
「さぁ、大方の予想通りの展開となりました。現在中山最初の坂を抜けて下り坂のコーナーに入るかというところ。やはり逃げる1番手シンジスカイブルー。その後ろにつけているのは冷静沈着3番ナイトオルフェンズ。その後若葉Sを勝利した5番サカガミアトム。2番、9番、11番、6番、16番、13番、10番、12番、少しペースが速い15番セトウチナルト、今回の本命1番人気8番アカガミリュウオー、4番、14番、やはり後方からの競馬9番スーパーパケット、朝日杯馬コガネスターロードは最後方からの競馬です。ペースは至って平均的です」
第1コーナーを回りきったところで、上り坂の次は下り坂だ。中山はこの高低差が忙しい。だが、この下り坂ならば、前回のトレーニングで覚えた"重力友人"が使えるはずだ。これを思い出した瞬間、あまりのネーミングセンスの無さに、笑いそうになってしまった。林もそれと同タイミングに近しい時に笑った。これは息が合っている証拠と言えるのか。
そんな雑念タラタラな状況でも、体に身についたことは難なくできた。こう、少し重心を前に倒すというか、顔を前に突き出すというか……ほんの少しの工夫かもしれない。だが、この少しが俺のスタミナを節約させる。重力のお陰で、普段走る時の力以下で、同じ速さを走ることが出来る。これは非常にでかいポイントだ。特に高低差の大きい中山ならば、尚更だ。
「先頭のシンジスカイブルーが向正面に辿り着きました。依然、大きな順位の変動はありません。だが、スーパーパケットとアカガミリュウオーが少し順位を上げました。スーパーパケットが10番手、アカガミリュウオーが6番手に着いています」
やはり向正面はいい。熱き熱狂、魂の叫び。これを1番落ち着いて感じられるのがここだ。大勢は、笑っていたり、喜んでいたり、怒っていたり、祈っていたり、様々だ。この表情全てが、この中山を取り巻く熱狂を作っている。そして、その熱狂は俺達選ばれしサラブレッドに向けられているのだ。生前、こんな経験、した事はなかった。……少し懐かしい記憶が蘇ってきた。
「おい、お前。いつも俺よりいい点数取りやがってうぜぇんだよ!」
誰もいない教室に鳴り響く怒号。目の前には鬼の形相で立つ、性格がいいと評判の生徒会長。
「え、何でそんなこと……」
俺が否定した時、平手打ちが飛んでくる。当時は今ほど規制が厳しくなかっただけに、こんなのは日常茶飯事だった。
「あのな?俺は生徒会長?君みたいな地味な男じゃなくて、この学校を背負った看板なの。そんな男が2番なんて、恥ずいじゃん?」
そう言って、俺の顔にニキビで埋まった汚らしい顔を近づけてくる。酷い口臭だったが、俺は黙っていた。
「だからさ、休めよ、学校。二度と来んな」
俺はただ恐怖していた。暴力に、暴力が支配するこの社会に。そして、俺は初めて学校を休んだ。適当な理由をつけて、テストも受けなかった。俺は、何者でもなくなろうとした。ただの"無"そのものとなろうとした。そのまま、俺は次第に学校を休みがちになった。
0.1秒にも満たない刹那の時間だった。当時は、思い出したくない記憶だったかもしれない。でも、今は違った。今、俺は俺として走っている。みんなの期待を乗せて。みんなの夢を乗せて。みんなを乗せて走れる――こんなチャンス、俺には二度と来ない。これは、神が俺にくれた挑戦権だ。なら、俺はそれをぜってぇ無駄にしねぇ。勝利あるのみだ!
「さぁ、今1番手シンジスカイブルーが第3コーナーを回りました……やはり、やはり来たコガネスターロード! スーパーパケットも同時期にスパートを切りますが、これはコガネ優勢だ!順位をどんどん上げていきます!」
後ろで足音がする。だが、リュウオーではなかった。何故見ないでわかるかって?あいつの調教から全ての出走レースまで、全て叩き込んだからだ!俺はまだスパートを切らない。脚を溜め続ける。そろそろ最終コーナー。俺の新必殺、インコーナー重力を使う時だ!心と位置の準備を進めていた時、後ろで物凄い音が出た。これはもう確信した。あいつだ。あいつが遂に来た。
「おおっーと! やはり来た覇道の赤龍アカガミリュウオー!競馬界で誰も適わないほどの豪脚飛ばして、前の星々を喰らい尽くす! コガネスターロードも最早これまで! 逃げていたナイトオルフェンズも、遂に追いつかれた! 勝負の行方は、2頭の英雄に託された!」
遂に来た最終コーナー、俺は脚に力を入れる。そして、体を前のめりにし、全速力でインコーナーを曲がる。
重力によって押された体は、普段と比べ物にならないほど瞬間的に加速した。もちろん今までの調教で培ったものもあるだろう。だが、これは俺の意地によってなし得た力だった。絶対に負けたくない。そんな意地が俺に全てを超える力を与えたのだ。
「さぁさぁさぁ、これこそ彼の代名詞!コーナー逃げ差しを今日も魅せる! 必死に近づいていた差も、この圧倒的な力の前では手遅れ!弱点のないパーフェクトホースを、アカガミリュウオーはどうやって追いつく!」
「面白い!そっちがその気なら、」
バコッ
「魂で語り合おう!」
「何故だ何故だ何故だ! 加速した体に鞭を打って、もう一段階加速したー! 有り得ない、有り得ません!この体のどこにそんな力があるのか!」
差をつけたと思ったら、その差を更に縮めようとする。それでこそアカガミリュウオーという男だ!俺も、負けられない!
「シンジスカイブルー! シンジスカイブルーも負けじと加速ー! なんなんだこのレース展開は! なんなんだこのレース展開は!2人並んで坂を駆け昇るー!」
「シンジ、我はお前に会えて本当に良かった。ここまで熱くさせるのは、シンジ、お前しかいない。だからこそ、絶対勝ちたい!」
「望むところだ!」
「坂を駆け上がる! 坂を駆け上がる! まるで2匹の龍のように、天に向かって上り狂う! もうどうにでもなっちまえ!このレースは、競馬の枠を超えた何かだー!」
だけど、さすがにそろそろ体力がきつい。後数十mなのに、あと少しなのに!
「負けるな! シンジスカイブルー!」
横から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった。どこか懐かしく、毎日聞いていたそんな声―おっちゃんだった。
「お前はこんな所で止まっていい馬じゃねぇ! 次元を超えて! 天まで突っ走れ! あの日、夢を俺にくれた時みたいに!全速力で!」
そうか、そうだよな。俺は、夢を背負ってるんだ。大勢の夢を。なら、そんなヒーローがこんな所で止まってられねぇよな!
「俺はぁぉぁぁ負けねぇぇぇぇぇぞぉぉぉぉぉぉ!」
「シンジスカイブルー更にペースを上げる! シンジスカイブルーかアカガミリュウオーか! シンジスカイブルーかアカガミリュウオーか! この勝敗は――」
「神のみぞ知るぅぅぅぅ!」
意地と意地のぶつかり合い。俺達は2人並んでゴールした。
今回もご閲覧ありがとうございます。
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