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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
99/109

拾肆

 京士郎の元へ、鬼たちが殺到する。

 我こそは強き者を討たんと、その手に得物を掲げていた。

 次なる頭は、前の頭の仇を討ったものに。彼らはそういう意識を共有していた。

 口々に叫び声をあげる。激しい罵り、己の欲望の限り。どれも聞いていて気持ちのいいものではなかった。人が聞けば、思わず耳を塞ぎたくなるだろう。

 京士郎は刀をだらりと下げた姿勢から動かない。傍から見れば、万策が尽きたかのように思われた。力を入れることも叶わず、ただ死を待っているように。

 だが京士郎の瞳は屈していない。こんなもの、いくつも乗り越えてきた。その自信が京士郎を律していた。

 その瞳は鬼たちをじっと見ていた。その一つ一つの位置を見てとっている。宿っている意思で、その鬼たちの陰気をはねのけていた。

 力の抜けていた体が、動く。始まりは遅く、けれども瞬きしたあとには俊敏に。

 銀の光が閃いた。顕明連が翻る。ただの一筋の光ではあったが、それは刃が描いた軌跡であった。

 刃は風を生み出し、地を巻き込み、鬼どもを巻き上げた。

 鬼の一団の一部が、ただの一撃によって消し飛んだ。

 それは鬼どもに躊躇いを生んだ。この人は、この中途半端な鬼は、わけが違うぞ、と。動けば容易に斬り伏せられる。

 京士郎は目を細めて、他の鬼たちを見た。再び体が動く。その場からかき消えた。あまりの速さに、誰の目も京士郎を追うことはできなかった。

 一瞬にして他の一団の背後をとる。刀を一振り、二振り、三振り。猛烈な攻めが、鬼たちを切り刻む。

 戸惑いが広がった。京士郎はそこを見すごさない。

 地面を吹き飛ばすほどの踏み込み。刀が揺らめき、違う一団に風が放たれた。

 轟音とともに鬼たちが吹きとぶ。その端から、消えていく。

 京士郎は暴れに暴れた。ときには刀ではなく、拳を叩き込み、脚で蹴りつけた。四肢のすべてが武器だった。

 恐ろしいき凶器は、鬼たちを倒し続ける。

 いとも簡単に鬼たちを倒していくその様は嵐のようだった。木々もなにもかもを抉りとっていく嵐。残酷という言葉すらも通用せぬもの。

 そしてその嵐の中心にいる者は、しかし冷静だった。瞳はまっすぐ、鬼たちを射抜くようでありながら、自分がなにをすべきかをわかりきっていた。

 むしろそのことが奇妙にすら感じられた。狂気に陥っているのならばわかる。怒りの身を任せているのならわかる。

 京士郎は自分が狂っていることも、怒っていることもわかっていた。その上で冷静に振舞っている。そのことがどれほど恐ろしいことか。

 霧を裂いて進む京士郎。鬼たちはその数を減らしていく。徐々に散っていく彼らを、京士郎は追いはしなかった。

 気づけば、霧が晴れていた。京士郎が暴れまわって払ってしまったのか。ともあれ、空の向こうがわずかな白みを帯びているのが見えた。

 それを眺めて、京士郎は背を向ける。


「なぜだ……」


 声が聞こえた。鬼が一体だけ、満身創痍になりながらも立っていた。

 もう戦う力も持っていないようで、息も絶え絶えであった。声を出すのが精一杯だろう。


「なぜ、その感情に溺れずにいられる。鬼を超える力を振るいながらなぜだ!」


 鬼はそう叫んだ。もう次の言葉を吐く余裕もないだろう。

 京士郎は振り向くこともなく、空を眺めながら言った。


「力に、鬼も人もない。誰が使うか、なんてこともない。どう使うかだけだ。そして俺の感情も、そうだ」


 それだけ言う。鬼は怨念のこもった声をあげながら消えていく。

 京士郎は刀を納めた。きん、と高い音が響いた。

 戦いは終わった。いいや、これは京士郎の戦い。まだ戦っている者がいるということを忘れてはいけない。真緒はいまも戦っている。新たな生命の誕生という、この世で最も尊いと言われる戦いに。

 先ほどまで騒がしかった原には京士郎の吐息しかなかった。

 玉藻の遣いが京士郎の肩から顔を覗かせて、走って行った。まるで急かされているようだった。

 京士郎は走り出す。きっとこのときのために戦っていたのだと思ったから、気持ちが逸った。

 日の出のときが近づいていた。

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