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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
98/109

拾参

8/14 17時に第96部、21時に第97部を更新してます。

 京士郎は村から離れたところで、鬼たちを待ち受ける。

 この日は霧が出ていた。浅いところに、少し深い霧。けれども京士郎は、霧の先まで見通すことができる。神通力は冴え渡っていた。

 肩に乗ってる狐が鳴いた。京士郎はその首を少しくすぐる。

 霧の向こうから、鬼が現れる。大小様々な鬼だ。そしてその中で、とりわけ大きいわけではないけれども、格の高い鬼がいた。

 その鬼は京士郎の前に立った。にやにや、と笑みを浮かべている。大きな直剣を肩に担いで、京士郎を挑発していた。

 京士郎はそれに付き合わず、鬼たちを眺めていた。その数は百をくだらない。どれも大江山の四天王ほどの力は持っていないが、恐ろしい存在であることには変わりない。


「報せにあったやつだな。ふうん、なんだ、俺たちに近いな。混ざり物か。中途半端な臭いがするぜ」


 鬼が言った。挑発だ、とわかっていたから、あえて乗る。

 京士郎ははっ、と笑った。


「なんだ、思ったより大したことのないやつだな。約定だなんだっていうから、もっと立派なやつが来ると思ったのに、拍子抜けだ」


 鬼は笑みを深くした。そしてだらり、と剣を下げる。

 京士郎もまた、力を抜いていた。一触即発であるが、この距離であれば自分の方が早いという自信があった。


「だが、約定は約定だ。守ってもらわなきゃなあ?」


 頭の鬼がそう言うと、他の鬼たちも下卑た笑い声をあげる。

 京士郎はいますぐにでも斬りたくなるのをこらえた。


「その約定だが、物申したい」

「なに? ああ、もしかして、お前は代わりになるってか? 悪いな、願いの代価として求められるものは決まってるんだ。釣り合うようにな」

「違えよ、最後まで聞きやがれ」


 京士郎が腹の底から響くような低い声で言った。ほう、と面白そうな顔で頭の鬼は聞き返す。


「ならば、言うがいい」

「約定はもはや意味を成してない。違うか? 願いに対する代価、と言ったか。それはもう、みんな払っているだろう」

「そんなことはない」

「ほざけよ」


 京士郎は手を前に突き出す。人差し指を一本、立てる。


「ひとつ目、白路の命を長らえさせることの代価だ。この代価は桜によって支払われている。これからの命に対して、これまでの思い出のものを代価にしている」

「いかにも」


 二本目の指を立てる。風が吹くも、霧は晴れない。


「ふたつ目、雨が晴れたことの代価だ。最初、これは白路の願いだと思ったが、違うな。この願いは家を貸していた者の願いだ。その代価に家を失った。……結果として、その家主も死んでしまったがそれはそれだ。そうだろう」


 鬼たちから笑みが消えた。これは正解だった、と京士郎は思った。

 そして三本目の指を立てる。


「みっつ目、白路の願いは『主人がきちんと帰れるように』だ。だからこそ、主人は桜を見ることなく帰って行った。そしてその願いの代価として……白路の主人の命を奪っていった」


 いよいよ、鬼たちから殺気が溢れてきた。

 もう少しだ。京士郎は思った。

 約定を反故にすることは簡単だ。だがそれは、誰かにその責を負わせることになる。だからこそ、ひとつひとつ、整理していかねばならない。

 まさにいま、白路や真緒が追われているように。


「そしてこれが最後に。お前たち、白路たちに約定を持ちかけた鬼ではないな?」


 鬼の一体が京士郎に斧を投げた。京士郎はそれを手で掴む。

 どよめく鬼たち。頭の鬼は忌々しそうな顔をして、京士郎を見ていた。


「貴様、どこでそれを」

「そもそもおかしいんだ。なぜ屋敷を襲った? 代価というのはそんな強引に、奪ってまで払わせるものなのか? 他の代価は静かに払われたというのに」


 鬼の顔が様々に変わった。そして最後には笑った。


「ふ、ふふふ、ははははは! よくぞ見破った。ああ、そうだ。かの鬼神が人と交わした約定はその通りだ。俺たちの求めている約定もまた同じもの」

「へえ?」

「俺たちが交わした約定は、かの鬼神の約定の一切を俺たちが取り仕切る、だ。愚かにもかの鬼神は、どうしてか嘆き悲しみこの世を去って行った。まあ、それはいい。俺はかの約定について不足があると思った。そうだろう? あの約定から、やつは多くのもの得すぎている。そうは思わないか? 許せないだろう? あいつだけ幸せになろうなんてなあ!」


 京士郎は刀を振るった。鞘から抜かれた刃は目の捉えることのできない速さでひらめき、頭の鬼の首にあてがわられた。

 頭の鬼は、まぶたをひくつかせる。京士郎は目を細めて、言った。


「何かと思えば……既に終わったことを掘り出し、幸せになろうとしているやつの邪魔をしたかっただけだと? いままでたくさんの鬼を見てきたが、こんなくだらねえやつは初めてだ」


 頭の鬼はひっ、と喉を鳴らした。京士郎は一歩近づく。隠しきれない思いが瞳に宿った。


「恥を知れよ、下衆ども」

「ぐっ、ひひひ。怒ってるのか? その感情は俺たちに近いものだ」

「そうだろうな」


 京士郎は言い切る。そして同時に、鬼の首を切り落とした。

 転がる首。鬼たちはそれをじっと眺めていた。


「だけどな、俺が怒るのは、あいつらと、そしてこれから生まれる命のためだ」


 怒っていても、冷静に。凍えるような理性で、燃えるような感情を操る。

 刀を払って、京士郎は周りの鬼たちに向けて言った。

 声高く、宣誓をするように。


「かかってこい。ここから先には何人たりとも行かせはしねえ」

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