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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
97/109

拾弐

8/14 17時に第96部を更新してます。

 白路の話は終わった。二人はともに息を吐いた。

 真緒との恋の物語。それは長い年月を経るものであった。二人は絆を育んで、愛を育んで、いまに至っていたのだ。

 そしてその物語に、京士郎は自分の父と母を感じた。きっと自身の親も、そうして愛を育んだのだろうか。そう思うと胸が締め付けられるような思いだった。


「お前と出会わなければ、きっとこうはならなかっただろう。集落にたどり着き、真緒の出産も。感謝しているぞ、京士郎」


 話の締めくくりに、白路はそういった。答えず、京士郎は目を閉じた。

 白路の鬼については別だが、この巡り合わせは玉藻が仕組んだものだ、という確信がある。悩み、彷徨う不幸な二人を救えといっているのである。

 玉藻が救えというからには、何かしらの糸口があるはずだ。白路と真緒の非を晴らすものが。

 そして京士郎は、白路の昔話からそれを得た。

 すっと立ち上がる。白路は京士郎を呼び止めた。


「どこへ行く気だ」

「聞こえないか、遠くから鬼どもがやってきてる」


 まだ遠いが、日の出前にはここまで鬼たちがやってくる。白路も感じたようで、焦っている様子だった。


「どうすればいい。真緒の出産は、日の出までかかる見込みだ。鬼どもが来たらそれどころじゃなくなる」

「ああ。だから俺が行く」

「無茶だ!」


 白路が言った。傍目から見れば、無茶無謀に見えるのだろう。

 京士郎は刀を掲げる。


「大丈夫だ。俺は負けない」

「だが、約定がある限り俺たちは追われる身だ。その約定をどうにかしなければならない。それに、俺はその約定によって救われた身だ」

「それも問題ない」

「なに!?」


 白路が驚きの声をあげる。京士郎は頷いてみせた。

 自信があるわけではないし、時間稼ぎにしかならないかもしれない。だが、それでもやると決めたのだった。


「どうして、そこまでしてくれるんだ。俺たちは会ったばかりだろう」


 優しい、だけでは納得できないのが情というものだ。白路は京士郎にそう言った。

 京士郎はどう答えるか悩む。そして出した答え。


「火の恩を返すだけだ」

「え?」

「言ったろ、もしお前たちが悪いやつだったとしても、火に免じて許すってな。だけどお前たちは悪いやつじゃなかった。そしたら、火の恩は別のことで返さなきゃならないだろう」


 京士郎が笑ってそう言うと、いよいよ白路は呆れたようだった。


「その自信はどこからでてくるのか。大胆不敵だ。お前ならどうにかしてしまいそうだな」

「任せろ。お前はあいつのところにいてやれ」

「いや、俺も行く。お前一人で行かせるわけには」

「なに言ってるんだ。いますべきことは、愛してるやつが戦っているのを側で支えてやることだろう」


 白路は押し黙った。京士郎は真緒のいる家を指差した。


「ほら、行った行った。ここは任せろ」

「だが、俺は馬なのだぞ? 子を産んだら明かすつもりだったが、ここで人と思ってくれているうちに死んでしまうのが彼女や子のためではないのか」

「うるせえ! さっきからうだうだと! 親のいねえ子が、この世にいてたまるかよ!」


 思わず叫んだ京士郎は、白路にここまでむきになるのはそういうことか、と自分で納得した。

 親のいない子がいるのは耐えられない。そして人ではないからと愛することを拒むことも。何もかも自分のことだ。

 でも、それでいいのだと思う。人でありながらも人でないようなことをする者もいる。人でなくとも、人より深い愛を知る者もいる。そういうものなのだろう。

 白路は頷いて、人の姿になる。そして深く頭を下げた。


「……頼む、京士郎」

「任せろ。すぐに蹴散らして帰ってくる」


 京士郎が拳を突きつけると、白路は頷いて、真緒の元へと向かった。

 見届けることなく、京士郎は背を向ける。はるか向こう、鬼の一団が向かってきているのが、京士郎の目には見えた。

 ふと、足元に狐がいた。玉藻の遣いだろう。もしかすると、ずっと側にいたのではないか。そう思った。


「よし、行くぞ。お前もくるか?」


 京士郎がそう聞くと、狐は無言で京士郎の肩に飛び乗った。

 そして歩き始める。刀を握る手に、力がこもった。

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