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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
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「その馬こそが、俺だ」


 白路はそう言った。京士郎は言葉を失った。

 鬼と白路、そして白路のかつての主人の物語。誰よりも平和を願った者たちの悲しい末路。

 聞いて、虚しさがこみ上げてきた。

 鬼にしか縋るものを持たなかったかつての当主。そして、そのせいで永遠に等しい命を得た馬。

 哀しい話だった。だが、これで京士郎は、あの鬼たちと白路の関係をはっきりと知ることができた。


「そして約定はまだ続いている、か」

「そうだ。奴らはいま、俺から代価を取ろうとしている。いま奴らが代価として求めているものは真緒だ。俺の願いに対する代価として、真緒はこの上なくふさわしいだろう」


 これで、いま知りうる限りのことがつながっていった。ただの事実でしかなかったものが紐付けされ、一本の筋になっていくのを京士郎は感じていた。

 白路の昔話に語られるものは、まさに鬼の所業、と言えるだろう。

 けれども、付け入る隙を見せた当主も白路も、己の罪を知っている。願ってはならなかったと、そう思っているにちがいない。だから断れなかった。代価を求められることに。逃げたのはひとえに、真緒と、特に真緒の腹の子を思ったからだ。子には罪はないのだから。

 そして京士郎は、ある疑問を抱いた。明確な形にならない突っ掛かり。喉にある違和感。

 そこにこの鬼をどうにかする手はずがあるはずだ。


(志乃ならどう考えるか)


 ずっと考えている。志乃ならこの物語を、どういう風に受け止めるだろうか。

 呉葉の話も、鬼ヶ島で犬、猿、雉の話を聞いた時も、聡明な彼女が京士郎とは違う目をもって見ていた。違う耳をもって聞いていた。

 京士郎は志乃を思い出しながら、それを聞いていた。寂しさがこみ上げてきたが、必死に堪える。

 整理して、京士郎は再度問いかける。


「なぜ、いまになって代価を求めてくるんだ?」

「それは、確かに俺も思った。おそらく俺の願いに適う代価がなかったからだろう。俺は何も持っていなかったからな……」

「ふうん」


 京士郎はそう言って、一つの確信を得た。その確信は、鬼たちを打倒するための鍵になるはずだ。

 白路はため息を吐いた。その背を京士郎は叩く。


「なに、恐がるな。俺もいる」

「やつの力は強大だ。わかるだろう? 死にかけた俺の命をここまで長らえさせたんだ。雨も晴らしてしまった。天変地異を操ることだって、造作もないのさ」

「ああ、そうだ。鬼ってのは、そういうやつらだ」


 京士郎は深々と頷く。白路は少し驚いていた。


「京士郎、お前は鬼と戦ったことがあるのか。あれほどの技、そうとしか考えられない」

「知らなかったか? 俺はこの世の誰よりも鬼を打倒してきた。自信はあるぞ」


 胸を張って言った。白路は呆れて物も言えないようだった。

 いくら変化することができる馬とて、鬼を打倒してきたという言葉は信じられないのだろう。だが、京士郎の腕はそれを証明するほどのものである。だからこそ、白路はなにも言えなかった。


「それで、続きは?」

「続き?」

「ああ。まだあるだろう、話さなきゃいけないことが」


 京士郎がそう言うも、白路は首を傾げる。馬の身であるのに、器用であった。


「お前とあいつの馴れ初めってやつだ。鬼に追われてる理由はそこにあるんじゃないか、と俺は踏んでいるんだが。どうしてお前はあいつを愛したのか、どうして鬼どもはそれを嗅ぎつけたのか。わからないにしても、話して悪いことはないだろう」

「意外だな。色恋……少なくともお前は他人の色恋になんか興味ないと思った。まあ、顔は色男風だが」


 白路は苦笑いを浮かべる。それは余計だ、と京士郎は拳を握って、軽く叩いた。

 それでも京士郎は、確かに白路の言う通りだと思った。いつもの自分ならこんなこと、聞こうとも思わなかっただろう。だが志乃なら聞いていたはずだし、玉藻が自分をここへ導いたのなら、白路と真緒のことはきっと意味があるのだろうと思ったのだ。

 目を瞑って、白路の言葉に耳を傾ける。恥ずかしそうに語り始める彼は、それでも先ほどの昔話よりもずっと楽しそうであった。

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