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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
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 黄金の瞳は揺れる。まるで京士郎を誘っているように。

 だが、京士郎は釣られない。引っ張られてしまえば、真緒と白路を守ることができなくなる。

 周囲に気を配った。どうやら鬼は三体のみ。この程度なら一切問題ないだろう。


「賊、賊だわ!」


 真緒はそう言った。京士郎は、そんなはずがないと振り向きそうになるのを堪える。

 自分はともかく、ここで振り返れば真緒も白路もひとたまりもない。

 おそらく、白路が真緒に言ったのだろう。あれは賊なのだと。だから鬼を見ても真緒は賊としか思わないのだ。

 京士郎はひとまず、そう思うことにした。詳しくはあとで聞くのがいい。


「下がってろ。俺が相手をする」

「そんな、危険だわ」

「大丈夫だ、京士郎を信じよう」


 京士郎は前へ出た。刀を夕焼けに閃かせて。


「お前ら、何の用だ。俺がいる限り二人に手は出させないぞ」

「そこの女がほしいのだ。その女は古い約定より、我らへと寄越すことになっている。そしてそれを反故にしようとしている。それは許されない」

「約定だと?」

「いかにも。その中身については、その男がよく知っているだろう」


 その男というのは白路のことだ。京士郎はあえて問いたださなかった。

 代わりに、京士郎は顕明連を振り上げる。

 風が起こったのを感じ、それを解き放つべく振るった。

 嵐が巻き起こった。風の刃が木々を抜けて鬼に迫る。

 鬼が一、二と倒れていくのが見えた。だが残る一体は、他の鬼に庇われていたから刃が届かなかった。

 その鬼は小さく、こう言った。


「約定から逃げることはできぬ。待っておれ」


 底冷えする声だった。京士郎は二回目の風を放つために刀を振り上げるも、鬼が逃げる方が早い。口惜しいが、いまは逃すしかない。

 追うことはできるだろうが、二人を置いていくのは得策ではないと考える。

 そっと刀を下ろした。あっけない幕引きではあるが、まずい事態になったことには変わりないだろう。

 京士郎は振り返った。たくさん問いただいたいことがあった。

 特に白路だった。真緒が追われていることも、そして真緒が鬼を賊と言ったのも、白路に責があると思われた。そうとしか判断できなかった。

 が、それをすることは叶わない。なぜなら。


「お、お腹が……」


 真緒が再び、苦しみ始める。鬼の陰気に当てられたか、それとも生まれるのが近いのか。はたまた、無理をさせてしまっていたのか……。

 とにもかくにも、このままにするのはよくない。すぐにでも対処しなければ取り返しのつかないことになるというのは、京士郎にもわかった。


「大丈夫か、水は」

「飲めない……だめかも」


 弱弱しく、真緒は言った。京士郎は刀を地面に刺して、しゃがみこむ。


「気を強く持て。母になるんだろう」

「でも、でも、ううっ」


 真緒が京士郎の手をつかんだ。真緒のもう一方の手を、白路がつかんでいた。

 時間の問題だった。京士郎も白路も、出産の仕方を知らない。彼女のために何ができるのか、わからない。

 ここから集落まで、あと少しではある。だがその少しの時間を進むのに、真緒の足でどれほどの時間がかかるのだろうか。そしてそれまで、真緒と子は保つのだろうか。


「……やるしかないか」


 白路が言った。真緒の手を離して距離をとる。

 両腕を広げると、その体から光を放つ。京士郎は外套を広げて、真緒の目を守った。

 光がなくなり、白路の姿が消えていた。そのかわりそこにいたのは馬だった。

 京士郎はこれほど立派な馬を見たことがなかった。輝くような白と灰の毛並みに、青い瞳が印象的だった。

 図体も大きい。牛よりもずっと大きく、人が三人も乗れそうだ。


「お前、まさか!?」

「京士郎、真緒を乗せてくれ。そしてお前が支えてくれないか」


 そう言われて、京士郎は真緒を抱えた。二つの命の重さだと思うと、途端に重く感じられた。

 白路の背に真緒を抱えて乗る。白路は駆け出した。しかしまったく揺れない。

 それどころか、大きく跳躍してみせた。まるで空を飛んでいるようだった。

 遠くに集落が見える。食事時なのか、煙があちこちにあがっていた。


「あそこまで行く!」

「わかった!」


 真緒の顔を見る。青くなって、息も荒い。

 あと少しだから、耐えてくれ。京士郎はどこへともなく願った。

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