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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
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 身重の真緒を連れての旅は大変だった。

 進むことすらままならない。少し進んでは立ち止まっての繰り返しだった。

 彼女の腹の子を気遣っていては、京士郎自身の全力で走り出すわけにもいかず、それどころか普通の人の歩みよりもずっと遅くなってしまっている。

 だが、それを責めるわけにはいかない。京士郎は周囲に気を配りつつ、真緒と白路の目となり耳となって進んでいった。

 森は京士郎の味方だった。ときに水源を見つけ、ときに獣を狩り、果実をもぎとって届ける。夜になるまで、どうにかこうにか進み続ける。


「……お気遣い感謝します」


 真緒は自分の身が一番危ういというのに、他人を気遣って笑ってみせる。弱弱しくも、強い笑みだった。

 そんな笑みを見せられれば京士郎もなにも言えなかった。彼女を止めようにもここで立ち止まってしまうのも、彼女の体に悪い。いますぐにでも次の集落へ向かわなければならない。

 京士郎は、自分の無力さに歯噛みした。志乃と清のときもそうだった。自分は武しか持っていない。それでは真緒を救うことはできない。

 神通力を使って、少しでも歩きやすい道を探って、食料を確保することだけができることだった。それでさえ、二人は喜んでくれた。

 二人の笑顔に、逆に京士郎は救われている。

 出発してから三日が経った。

 いま、白路が水を汲みに行ってる。いつもは京士郎の役目であったがこのときは白路が行くと言って聞かなかった。


「貴方はこんなことに付き合うことはないのに」

「そう言うな」


 真緒の言葉に、京士郎は首を横に振った。


「俺はお前たちを助けたいと思った。それに従ったまでだ」

「でも」

「それに、こうしろと俺の勘が言っている。こう見えて、俺の勘は当たるんだ」


 京士郎は笑って言った。真緒も、ふふっ、と笑った。

 そしてお腹をさする。京士郎は、それを眺めるのが楽しみにもなっていた。


「こんなかっこいい人に守ってもらえて、この子も幸せね」

「どうだろうな。その子、女の子なのか」

「貴方でもわかりませんか?」

「そこまではわからねえんだ」


 そう、京士郎の神通力は万能ではない。

 術も返すことができ、千里先の光景や音もわかる。

 少し先ならば、未来さえも見ることができる。けれどもそれは、目の前の景色から想像のできる先でしかない。

 鬼と対抗することはできよう。神と相対することもできよう。

 だが、未来のこととなると、てんでだめなのだ。


「京士郎は、その、ずっと一人?」

「どうしてそんなことを聞く?」

「気になったの。貴方はとても優しい。でも、私は知ってるわ。優しい人はそれだけ憂いを持っているもの。そして貴方の目には憂いがある」


 真緒は瞳を伏せてそう言った。京士郎は言葉につまる。

 言うか、言うまいか。迷った。

 その迷いを知ったのか、真緒ははっとする。


「ごめんなさい。また不躾なことを」

「いいや、構いはしない。話せば長くなるが、お前の問いに答えるならば、俺は一人ではなかった。一人では、なかったんだ」


 京士郎の十七年にも満たない人生の中で一人ではないと感じることのできた、短い一年だった。

 そしてその隣にいたのは志乃だった。京士郎は彼女がいなくなってからそれを知った。

 そのことが恥ずかしく、悔しかった。

 

「気づくのが遅かったんだ。俺は一人のつもりだった。いなくなる直前に、ようやく気づいた」

「まあ……」


 真緒はそう言って、少し黙った。

 次に口を開いたとき彼女は言った。


「それは素敵な出会いでしたか?」

「……ああ、絶対にそうだ」


 京士郎は自信を持って言った。

 それはきっと、真緒と白路がそれぞれ感じているものに等しいか、それ以上だと。

 自分でそう思うのはとても、簡単だった。


「おい、水をとってきたぞ」


 竹筒を三つ持って白路は戻ってくる。

 それを京士郎は受け取ろうとしたが、寸ででやめる。

 そして刀を手にとって、言った。


「よくないものを連れてきたな」

「よくないもの?」

「大丈夫、お前は悪くない。悪いのは奴らだ。つけてきたな」


 森の奥から、黄金の瞳が覗いている。

 数は六つ。つまり三体。

 二人を背に庇って、京士郎は刀を抜いた。

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