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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
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8/7 第87部から三話連続更新しております。

 結局、一晩の間、京士郎は火を借りていた。

 真緒は早々に寝てしまった。白路と二人で話していたが、やがて白路も寝てしまい、京士郎はしばらく火の番を預かっていた。

 二人にとって、慣れない旅路なのだろうな。そんなことを思いつつ、京士郎はしばらくの間、面倒を見てやろうかとすら思った。

 狐のあとを追うのも困難になってしまったこともあるが、何よりも玉藻の言っていた「目的がないならば、まずは動いてみよ」という言葉が脳裏によぎったからだった。

 自分は目の前の二人を助けたいと思った。だから、動く。そう決めたのだった。

 日が昇る。そろそろ声をかけた方がいいか、と思った矢先、白路が目を覚ました。

 ちょうどいい機会だ、と思って白路に京士郎は問うた。


「お前たちはどこまで行くつもりなんだ?」

「ここから先に、大きな集落がある。ひとまず、そこまで行こうと思っている」


 白路がそう言った。京士郎はふと、白路のことが気になった。

 真緒は名のある家の生まれだと聞いた。豪族か、あるいは地方に任ぜられた者の家の娘なのだろう。

 しかし、白路は何者なのだろうか。その家に仕えていた者にしては、顔は整っている。しかし武の心得があるわけでもない。それでも、教養はあるようにも見える。

 そして何より、京士郎の感じている感覚。自分に近いものを持っていると言うのは簡単だが、それは性格などではなく、性質のように思えてならなかった。

 どうにも不可解であったが、本人が語らない以上踏み込まない方が良さそうだった。何よりも聞いたところで話してはくれないだろう。


「集落か。だが、お前たちは賊に追われているのだろう? そのことをどう言うつもりだ」

「それは……頼みこむしかあるまい」


 白路がそう言う。京士郎はやれやれ、と思うが、白路なら本当に頼み込んでどうにかしてしまいそうだとも思った。


「そのときは口を添えよう。それとも、俺がその賊とやらを追い払ってやろうか」

「まさか! 一人でそんなことできるわけがない。それに、京士郎に迷惑をかけるのは忍びないというものだ」

「それこそまさかだ。俺が賊ごときに負けるわけがない。これまで、人では到底敵わない魑魅魍魎どもと戦ってきたからな」


 京士郎が腕をあげて、言った。それは面白いな、と白路が言った。


「だが、賊をどうにかしない手はないな。諦めてくれればいいんだが」

「それはないだろう」


 白路はそう言った。

 断言をするような言いぶりに、京士郎はそこに何かあると踏んだ。

 京士郎は声をひそめる。真緒に聞こえないように。


「どうしてそう言える?賊が求めるのは目の前にある金と食糧、あとは女だろう。目の前にないものは求めないし、こう言ってはなんだが、真緒の家が襲われたならひとまずは満たされていると言ってもいい」


 京士郎がそうたずねると、白路もまた声を潜めて言った。


「奴らは真緒を追っているんだ。今も真緒を探しているに違いないし、追いつかれるのも時間の問題だろう」

「……どうしてだ?」

「わからん。大方、嫁にでもしたいのだろうよ。なにせあの美貌だからな」


 白路が誇らしげに言った。

 ふと、真緒を見る。確かに美しい女なのだろう。京士郎はあまり人の美醜がよくわからなかったが、多くの者と会ってきて多少の区別がつくようになった。

 しかしそれ以上に、真緒の魅力というのは裏表のなさなのだろう、とも思っているからあまり真に受けていない。


「お前も惚れるなよ」

「馬鹿いうな。惚れるわけがないだろう」

「なっ、何故惚れないんだ!?」

「わけがわからねえよ……惚れるなって言ったのはお前だ」


 白路はうっ、と唸った。京士郎はため息をつく。

 惚れない理由は、決まっている。だが、それは口にはしない。


「そろそろ、向かおう。あとどれくらいで目的の集落に着くかわかるか?」

「半日もあれば着くだろうが、真緒を連れてではどれほどかかるかわからん」

「夕暮れには着くかどうか、という具合だな」


 京士郎はそういうが、白路の答えは芳しくない。

 どうしてか、と聞こうとしたとき、ちょうど真緒が目を覚ました。


「う、うう……」


 真緒は苦しそうだった。京士郎は白路とともに近づく。

 顔は青白い。汗もかいており、呼吸も厳しそうだった。


「どうした、病か何かか?」


 京士郎は真緒の体を気遣い、言葉を荒げずに聞いた。真緒は首を横に振る。

 白路もともに顔を青くしている。そっと、腹に手を当てていた。


「大丈夫だ、大丈夫だから」

「う、うん」


 何が起こっているのか、京士郎にはわからない。京士郎もまた、真緒の背をさする。

 彼女は少しばかりの嘔吐を繰り返すも、少しして治った。まだ具合は悪そうだったが、ひとまずは安心というところか。


「なんなんだいったい、どうなってる」


 京士郎がそう聞くと、真緒は小さな声で言った。


「お腹の子が、動いているのです」

「……いま、なんて言った?」


 思わず、問い返す。真緒の代わりに白路が言った。

 本当は嬉しいことであるはずなのに、苦しそうに。


「真緒はいま、身籠っています。俺の子を、です」

「……っ」


 思わず、絶句。

 改めて真緒を見る。

 真緒の腹は、着物でわからなくなっていたが、少し膨らんでいた。少しでも注意して見れば気づいたであろう。

 何よりも、京士郎の目には見えていた。その腹の中にもう一つの魂、生命が宿っているということに。

 これはただならぬことに巻込まれた。京士郎はそう思わずにはいられなかった。

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