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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第八章 早来ませ君 待たば苦しも
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 雪の中で目を覚ました京士郎は、那須へと向かった。

 志乃を見つけることは結局、できなかった。そのことに後悔の念はある。けれども進まずにはいられなかった。

 他ならぬ、志乃のために。

 京士郎は穢土を避けて、那須へと向かった。山々を越えて、平原も越える。

 ただ一人となった京士郎の身は軽かった。自身の力の限り、走ることができる。いまの京士郎であれば三日三晩走ったところで体力は尽きたりはしない。もちろん、鬼と戦えば別であるが。

 しかし進んでいるうちに、虚しさが募っていった。

 一人で旅をする寂しさ。

 食事をするとき、話をする相手がいないこと。

 何かを見つけたとき、その感動を共にできないこと。

 感じたはずの気持ちが、溢れたまま埋まらないということ。

 志乃は自分と出会うまで、こんな気持ちだったのだろうか。あるいは、志乃と出会う前までの自分もまた。

 そして、茨木童子や四天王を討たれたときの酒呑童子もまた……。

 時間が戻ることはなく、死んでしまったものが帰ってくることもない。

 京士郎の心は、寂しくなっていった。


「思ったより早かったのう」


 夢で見た景色とは違う。山々の中心に、大きな岩があるだけ。しかも岩を中心にして円状に、焼け焦げたかと思うほど草木がなくなっていた。

 けれども、そのことがかえってその岩の存在感を増していた。

 そして岩の上に現れた女。玉藻だった。

 いま目の前にして、思ったよりも幼い容貌をしていた。

 着物を纏った玉藻は、扇子を広げてくすくすと笑っていた。


「急いで来たか。いいことだ。女が待たせるものじゃないからのう」


 色っぽい声で、玉藻が言った。京士郎は黙ったまま、玉藻を見上げた。


「ああ、ついでに驚いた。この荒れた野は私の領域だ。常人でも、その心構えがある者でも踏み入れることはできぬ。にも関わらず、お前はここに足を踏み入れた。これはよほどのことだぞ? 見てみろ、足元を。骸が腐っているだろう? そいつらは迂闊にもここに足を踏み入れた者たちよ」


 京士郎は足元を見る。

 骸が多く転がっていた。それも五体が整っているものの、腐食が進んでいる。

 が、しかし、京士郎の目はごまかせなかった。


「嘘だな」

「ほう?」

「これはまやかしだ。ここに本当にあるものではない。お前の言葉の通り、ここに踏み入れた者はいただろうが、こいつらは違う」


 京士郎が目に力を入れると、一瞬にしてその骸の山は消えていた。

 幻術の類だったのだろう。玉藻はほう、と唸った。


「これはまことに驚いたぞ。我が幻術を破れるのは安倍の小僧だけかと思ったが。さすが大江山の鬼どもを破って見せただけはある」

「どこまでわかっている」

「おおよそ、天下で起こっていることで私の知らぬものはない。あえて言うならば、未来はわからぬ」


 少しだけ寂しそうに、玉藻は言った。京士郎はもしかしたら、と思ったが、黙っていることにした。

 玉藻は扇子を閉じる。ぱん、と音が鳴った。


「よろしい。うん、いい子だ、いい魂だ。気に入ったぞ」


 ゆえに、と言って玉藻は京士郎を扇子で指す。


「実に勿体ない。いま、お前の魂には暗雲が立ち込めておる。仕方ないとは言え、誰かが救わねばならぬというもの。だが唯一お前を救えるものはこの世を去った。であれば、私が出会わせてやろうと思ったまで。私の慈悲深さを知るといい」


 そう言われても、京士郎はよく理解できない。玉藻は満足そうに笑っている。

 一匹の狐を呼び出した。その狐の頭を一度、玉藻はなでる。そして少しだけ話すと、その狐は京士郎の元へとやってきた。

 京士郎の足元で首を傾げ、ころころと鳴く狐。その光景は微笑ましいものだった。


「その子についていけ。私の現し身の一つ。私はここから動くことがあたわぬ。私がお前に課したものすべてを満たしたとき、また戻ってくるがいい。お前の望むものをくれてやろう」

「その内容は言ってくれないんだな?」

「言う必要がない。いいや、言わぬからこそ、花ということもある」


 くっくっく、と楽しそうに玉藻は言う。

 京士郎は頷いた。どのみち、殺生石を手に入れなければならないのだから、ここは言うことを聞いておくのがいい。

 狐が走り出した。京士郎はそれを追う。玉藻の元をあとにした。

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