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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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拾漆

 石の骸は、京士郎を狙う。

 まるで道連れにしようとするべく、彼女はしつこく攻撃をしてきた。

 かろうじて刀で弾いていくも、慣れない雪の足元に、京士郎は劣勢を強いられていた。

 ましてや清は遠くとも石の骸を用いて攻めてくるのである。志乃が術を使って迎え撃つもの、間に合わない。

 いままで戦った鬼とは、桁違いの力だった。酒呑童子と同じか、それ以上。

 何せ彼女はただ一人でこの樹の海を異界へと変えてしまっている。大江山以上の異界を生み出してしまっている。凍えるような吹雪と枯れてしまった石の異界を。

 鬼に抗う術はある。神に抗う術はその先にある。だが、世界に抗う術を人は持たない。

 京士郎はひしひしと、それを感じていた。だが、理解したところでなにか打開できる策があるわけではない。

 耐えて、一歩進んでは、返される。その繰り返しだった。

 京士郎の体力とて限界がある。星兜に守られているから寒さによって体力が奪われることはないが、この攻めは京士郎の限界を超えるものだった。

 それよりも先に、志乃が限界を迎えるのは必然だった。激しい術の行使を繰り返し、ましてやこの吹雪だ。いつもの志乃なら倒れてもおかしくはないだろう。

 しかし、志乃は調子がいいらしい。先ほどから激しく術を使っているが一向に衰える気配がない。

 頼もしさと、一抹の不安を覚えつつ、京士郎は戦いを続ける。

 腕が悲鳴を上げ始める。

 脚はとうに限界だった。

 それでもなお、京士郎は歩みを止めない。清を止めるために。


「いい加減にしろ! 目を覚ませ!」

「だめよ、聞いてないわ!」

「くそっ」


 悪態をついて、京士郎は大きく跳んだ。焦れったくなったのだ。

 だが、それは大きな隙だった。

 京士郎の刀が清に届く直前、石の骸の腕が京士郎を捕らえた。

 腕ごと掴まれ、もがくも離す気配はない。締め付けられて自分の身体の骨が軋みそうだった。


「きょうしろう……」


 骸の頭蓋がそう声を発した。京士郎をじっと見つめて、顔を近づけてくる。

 食おうとしているのだ、と気づいた。臓物を持っていない身では、食ったところで取り込むことはできないというのに。

 大きく口が開かれる。奥に何かがいる。それは京士郎を恨めしく、見ている。


「この世に遍満し守護救済せし明王よ、暴悪なりし力を宿し怒れる者どもよ、我が迷いを砕きたまえ、我を障りし者を払いたまえ、我が願いを成就せしめよ! 急急如律令!」


 志乃の声が響いた。京士郎に炎がまとわれる。

 それはまったく熱く感じなかったが、骸には効果が絶大であった。手の力が緩んでいく。

 京士郎は力の限りで、指を引き離していく。一本、また一本と引き剥がし、三本目になって抜け出すことができた。

 腕を蹴り上げて、志乃の側まで下がる。京士郎は肩で息をしていた。

 恐ろしいまでの力だった。いまでこそ気づくが、あれは京士郎への直接の攻撃ではない。むしろ、精神を蝕むような攻撃であった。


「どうする?」

「あれはもう、手遅れよ……救うことはできない。魔が差してしまったの。とても、とても深くに」

「だけど、あれは!」

「京士郎! しっかりしなさい!」


 志乃の叱咤激励。京士郎は驚いて、志乃の顔を見た。


「貴方は行かなきゃいけないの! この世を救えるのは、京士郎、貴方しかいないのよ!」

「だが、そんな……」

「清が死んで、それで私たちが終わるわけじゃない。浅間のみんなが終わるわけじゃない。でも、貴方が死んだら終わりなのよ!いままでしてきたことも、これからしようとすることも! 魔が差したじゃ済まないことがあるの!」


 京士郎は揺らぐ。志乃の言葉に、なにか大切なものが欠けているような気がしたからだ。

 だが、するべきことはわかった。京士郎は己の持つ冷徹さをすべて、清へ向ける覚悟を決めた。


「どうすればいい」

「……少しでいいわ。時間を稼いで。私に策がある。でもその間、どんな助けもできない。私に賭けなさい京士郎」

「それは構わないが、いけるのか?」

「今日の私は絶好調よ、任せておきなさい。それに、私はこのためにここにいるのだから。そう、星の元にね」


 志乃はそう言った。京士郎は一抹の不安を覚えつつ、おう、と頷く。

 言葉の節々がどうにも引っかかる。だが、志乃がやると言ったらやるのだ。

 頑固だと知っているから。京士郎はそれに従うまでだった。


「よし、任せろ。俺がお前を守る」

「ちょっと、かっこつけないでよ」

「かっこつけずにはいられねえよ。大一番だ、安心して備えろ」

「……ありがとう」


 志乃が小さく、そう言った。

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