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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
83/109

拾陸

8/4の18時にも更新してます。

 見間違えるはずがない。

 肌を刺すほど凍える空気の中、助けにきた少女の姿を。

 毎日顔を合わせ、始終、京士郎に教えを与えてきたその少女の姿を。

 苦しみながらも己の心の裡を吐露した少女の姿を。

 ……例え、幽鬼がごとき姿になってしまったとしても。


「どうして……!」


 清は答えない。度重なる問いかけに、無言を突き通す。

 かと言って、口を開いていないわけではない。吹雪の中であって、彼女は歌っている。

 その歌は神楽にも通ずるなにか。

 体の芯から震わせるような、歌だった。

 京士郎は刀を掲げて、斬りかかる。だが走れど走れど、届かない。

 まるで彼女だけ別の世界にいるようだった。見えない壁を隔てた向こうに、いるようだった。


「京士郎……」


 ようやく清はわかる言葉を発した。

 京士郎と志乃は、その言葉が吹雪をより一層強くしたのを感じた。


「清! どうしてこんなことをするの!」

「どう、して?」


 瞳に宿るのは怒り、嫉み。

 京士郎は本能的な恐怖を感じた。


「わからないの? ええ、そうね。わからないでしょうね! すべて持ってるあなたには! すべてを持って行ったあなたには!」


 吠える、猛る。

 吹雪は京士郎と志乃を吹き飛ばそうと、勢いをさらに増した。

 いよいよ、顔を上げることすら困難なほどになっていた。

 常人であれば立ち上がる間も無く、雪に埋もれてしまうだろう。


「いい加減にしろ!」


 だが、ここにいる二人は違う。京士郎も志乃も、常人とは異にする領域にいる。

 吹雪に抗える数すくない人であった。


「そこを退け。お前に俺らの足を阻むことは許されない!」

「ええ、ええ! 許されないの。私、許されないの! 京士郎への想いも、志乃への想いも、伊月様への想いも!」


 だから。そう言って、彼女は両腕を掲げる。

 それは天へ施しを願う巫女のようだった。


「全部、全部、なくなってしまえ」


 低い声。違う、これは清のものではない。

 京士郎の目には、そう見えた。口も体も清のものだ。その願望も、清のものだろう。

 だがその意思はどこにあるのか。京士郎にも志乃にもわからなかったが、少なくとも清ではない。あの慈悲深い彼女がそんなことをするはずがないのだから。


「答えろ、答えろ!」


 京士郎は呼びかけ続ける。

 清は京士郎を好いていると言った。それは京士郎が求めた形ではないにしろ、真実だった。

 志乃は清に、いい指南者になれると言った。誰よりも彼女を認めているのは志乃だった。

 伊月は巫女たちは皆、自分の娘だと言った。実の娘を愛せなかった償いだったかもしれない。けれどもその言葉は本物だった。

 だからどうにかして、連れ戻す。

 京士郎は意思を持って、一歩を踏み出した。

 清へと手を伸ばす。

 近づけばわかる。彼女の顔は半分が石になってしまっている。灰色の石。その石には一筋、水の流れた跡が残っている。

 黄金の瞳が京士郎をじっと見ている。恐ろしいほどの見開かれた瞳。視線だけで、人を射殺すことができるのではないかとすら思うほどの。

 それがなにかの術であると見破った京士郎もまた、視線を返した。眼力による術返し。清が一歩引いた。

 行ける、そう思うも、京士郎は嫌な予感がした。

 大きく飛び退く。それとともに、志乃が術を放った。吹雪に負けないほどの炎が現れ、京士郎の見えない外側からの攻撃を防いだ。

 それは大きな手だった。それも骨の手だ。骨でありながら、石でできている。志乃の炎を前にしても焦げることなく、むしろ炎すら潜り抜けて京士郎を掴もうとしていた。

 刀を振るう。風が石の腕を押し返し、さらに炎の勢いを増した。吹雪の中に映える炎は異様な光景であった。

 腕が戻っていく。清の頭上には、上半身のみであるが石の骸が浮かんでいた。輝く白い薄衣を纏ったもの。骨だけであるが、女なのだとわかる。

 そして清と同じように笑っているが、清がうっすらと笑っているのに対し、石の骸は嘲り笑っているように見えた。それがまた、薄気味悪かった。


「何なんだ、あれは!」


 京士郎が叫ぶ。志乃が声を震わせて、言った。


「あれは……ありえないわ」

「わかるのか?」

「わからないわよ! でも、そうとしか言えないわ」


 志乃は少しだけもったいぶる。それは目の前で起こっていることを信じたくないという思いからか。


「あれは……あれもまた神憑り。ほとんど悪霊だけれどもはや神霊の領域。清はここで、一人で、神楽を執り行ってるも同然なの!」

「なっ!?」


 京士郎は言葉を失った。

 どれほどの思いがそうさせたのか。どれほどの後悔があったのか。想像もできない。

 だが、心当たりがあった。あの日、京士郎が戦った、清を襲っていた霊……。それと同質のものを京士郎は感じていた。

 そして感じたのは、鬼とは比較にならない敵が目の前に現れたということだった。

 刀を強く握る。京士郎の頬に、嫌な汗が流れるも、すぐに凍った。

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