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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
82/109

拾伍

「そろそろ、行くか」


 京士郎は装備を整えて、そう言った。

 服に六つの鎧を合わせた星兜。腰のは愛刀にして神刀、顕明連。

 やはりこの方がしっくりくる。笛よりも刀の方が、性に合っていた。

 京士郎は振り返って、志乃を見た。

 神楽のあと、二人は精も根も果てて、倒れていたのだという。遅くなり探しにきた巫女が見つけたのだという。

 幸いにして気を失っているだけであり、夕方ごろには二人は目を覚ましていた。

 二度も寝れば、快復するのが京士郎の強みである。

 見たところ、志乃も好調そうであった。ともすれば、神楽の前よりも。


「ねえ、京士郎」

「なんだ」


 志乃が何かを差し出す。それは、髪飾りだった。

 神楽を終えたあと、気づけば髪飾りは変化していた。蔦のあちこちに、小さな花の蕾がついていたのだ。

 これこそが浅間の髪飾り。花が咲くのを待つ、美しい髪飾りだった。


「これは京士郎が持っていて」

「俺が髪飾りを持っていたって仕方ないだろう」

「いいから。きっと京士郎が使うことになるから」


 そう言って、志乃は強引に京士郎の手へ握らせた。

 渋々と受け取って、胸へ仕舞った。

 秘殿を出ると、巫女たちが見送りに来ていた。彼女たちと一堂に会したのは初めてだった。

 こんなにもたくさんの者がおり、こんなにもたくさんの者に支えられたのだと思うと、途端に申し訳なくなる。

 皆が笑顔だった。京士郎と志乃もまた、笑顔で答えた。


「行くのですね、お二人とも」


 最後にいたのは、伊月であった。京士郎も志乃も、まさか伊月が見送りにくるとは思っていなかったから驚きはしなかったが、安心もしていた。


「はい。お世話になりました」


 志乃が礼をして言った。京士郎もそれにならって頭をさげる。

 伊月は二人の前までやってくる。影を二人に落とした。


「顔を上げなさい」


 二人は顔をあげる。すると、伊月は腕を大きく広げて、二人を抱きしめたのだった。

 巫女たちが声をあげる。まさか、あの伊月さまが、と口々に言っていた。

 京士郎は戸惑いつつ、志乃の顔を見た。志乃もまた目を白黒させている。


「別れは不慣れでして。……ここで暮らした者は、家族も同じ。そう思っております。だから、私の子らよ、精一杯生きるのです。その星に描かれたその命の限りを尽くして」


 その言葉は京士郎と志乃だけに向けられたものではない。ここにいる者すべてに向けられた言葉だった。

 巫女たちにも向けられた、母としての愛だった。

 伊月が離れていく。名残惜しそうに、最後に「不器用でごめんなさいね」と、そう小さな声で言った。

 それは志乃が伊月の娘であることを知っている京士郎に向けられたものなのだろうか。それとも、志乃へ向けられたものなのだろうか。

 わからなかったが、そのどちらでもいいだろうと、京士郎は一人納得する。


かかぁ、行ってくる」


 つい、口をついて出た言葉。志乃もまた、言う。


「お母様、行って参ります。いつか、また会いましょう」

「……ええ。いつか」


 伊月は言った。

 京士郎は少しだけ先を歩く。志乃はそれを追うようにして、走ってくる。

 空は晴れていた。京士郎と志乃は、雪を踏んで、歩いていく。

 振り向いた。白と赤に身を染めた少女たちが、手を振っている。


「よかったな」

「何が?」

「この出会いが」

「そうね」


 志乃は笑う。京士郎も笑った。

 二人の進む道はなかったが、進むべき方角はもうわかっていた。はるか、東へ。




   *    *    *




 ……雪だった。

 京士郎と志乃を阻んだのは、またも雪である。

 先ほどまで晴れていたはずなのに、樹の海は吹雪いていた。

 何も見えない。だが、進むべき方はわかっている。

 そして、その先に何がいるのかも。


「なんだ、これは」


 大きな気配。鬼など比較にならないほどの。

 歌が聞こえる。恐ろしく、腹に響いてくるような歌が。

 京士郎のはかろうじて聞き取れるが、それは自分たちが使っている言葉から大きく外れている。解することを、頭が拒んでいるようだった。

 向こうから誰かがやってくる。京士郎はとっさに刀を抜いた。


「京士郎!」

「下がってろ! こいつは……まずい!」


 やってきたのは、石の乙女。

 顔は石になっており、爛々と輝く黄金の瞳が吹雪の向こうからこちらを覗いてくる。

 京士郎は知っている。いいや、志乃も知っている。

 だが、知らない。こんなもの、知らない。

 神楽を舞っている志乃を見たときとまったく同じ、しかし正反対の感情が京士郎の胸にあった。


「どうしてここにいる!?」


 言葉を投げる。何も返ってはこない。

 そこで微笑んでいるのは、清だった。

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