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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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拾参

 一晩が開ける。いいや、正しくは日が昇るより前。

 京士郎は巫女たちに手伝ってもらいながら、身支度を整えていた。

 正装になって、身を翻す。慣れぬ服装であるが笛を吹くには問題なさそうだった。

 だが、京士郎の心は晴れないままだった。清の言葉も、伊月の言葉も、飲み込むことができなかった。その上で、彼女たちの思いを汲もうと思ってしまっている。

 こんな考えを抱えたままでは、上手く笛を吹くことなどできない。自分の求めていた音色から、遠く離れてしまう。

 すると、きっと神楽は失敗する。他ならぬ京士郎の勘がそう告げていた。

 気持ちの整理だけはつけなければ、そう思って深呼吸をする。

 神楽の舞台が整っていくのを眺める。緊張感が湧き上がってくる。

 数々の者が挑戦し、破れていった。それは鬼であれ、神楽であれ、変わらない。自分はいつだって挑戦者だった。

 だが今回は少し違う。自分は努力し、限界だって見えていた。その上で、敵わぬと思ってしまっている。

 笛を構えて、指の動きを確かめる。こんなもの意味はない。そう思っていても、やめられずにいた。


「もう来てたのね」


 志乃がやってきた。いつもとは違う、巫女装束に白い千早を羽織っている。

 彼女の神楽における衣装なのだろう。立派なものだった。


「ああ、不安でな」

「珍しい。京士郎でも不安に思うことがあるんだ」

「いつだって不安だ」


 思わず、口をついて出る悪態。志乃はくすくすと笑って、京士郎の隣に腰掛けた。


「浮かない顔をしているけど、どうしたの?」

「大したことじゃない」


 そうは言うが、京士郎は自分の口を止めることはできなかった。


「そういえば、お前が舞を習っていたのは誰なんだ?」

「伊月さまよ。知らなかった?」


 知らないふり。自分もすっかりずるくなってしまった、と自己嫌悪に陥る。

 口下手だったけれども、丁寧に教えてくれたわ、と志乃は言った。


「京士郎は清でしょ?」


 清の名前を出されて、ぎくりとする。


「ああ」

「清、ものを教えるのが上手そうよね。きっといい指南者になれるわ」

「そうだな。おかげで俺も、短い間で笛が上達した」

「ずっと言ってたわ。京士郎には才能があるって。相方として頼もしいわ」


 志乃は楽しそうに笑う。

 そう言うなら、志乃もそうだった。清は志乃に才能があると言っていた。彼女の言葉からは、京士郎の持つそれよりもずっと強いものを持っているに違いない。


「神楽が終わったとき、お前はここに残れ」


 京士郎はずっと、腹にあった言葉を言った。

 驚いた志乃。京士郎の目をまじまじと見る。


「何を言ってるの。私たち、一緒にここまで来たのに」

「これまではそうだ。これからは違くたっていいだろう。それに、ここから先は、本当に危ない旅になる」

「そんなの、百も承知よ。それに、私には私の役割があるの」


 志乃は固くそう言った。この頑固さは、旅の間もずっと変わらなかった。


「……何か隠してるでしょ」

「は?」

「無駄なんだからね。京士郎、隠し事が下手くそよ」


 こわばっていた顔が崩れる。京士郎は頬をかいた。

 神懸かりだとかそんなもの関係なく、志乃は京士郎の隠し事を見破った。それがわかってしまったのだから、笑うしかない。


「ねえ、京士郎。誰に何を言われたかわからないけれど」


 志乃は、京士郎の手を握る。そして京士郎の瞳をじっと見る。

 逸らそうとするも、そうできないだけの力がこもっていた。


「本当のことは貴方の中にしかないのよ。きちんと、正直に言って。自分の言葉を」


 その言葉が、京士郎の胸に突き刺さる。

 自分の言葉。本当の言葉。

 それは己の中にしかないと、いうこと。

 知っていたはずだった。それは茨木童子や、天狗にかけられた言葉によく似ていた。


「俺は……」


 声は掠れていた。必死になって、絞り出した。

 たくさんの言葉の中から、選び取りながら。


「わからないんだ。自分の思いが。俺は何を選べばいい。ずっと、そう思っていた」


 けれど。


「俺は、お前が見たいという景色を共に見たい。一人では見れないものがたくさんあると知ったから」


 京士郎は立ち上がった。握ったままの手が、志乃を引っ張りあげた。

 二人は手を握ったまま、見つめ合う。どこからともなく、笑いがこぼれた。


「当然。貴方は私が選んだ男なんだから、最後まで付き合ってもらうわ」


 素直になれない二人の、素直じゃない本音。その音はお互いの芯まで響いていく。

 さあ、行きましょう。そう言って彼女は歩く。千早を翻して、まっすぐと。

 京士郎はその跡を追った。剣の代わりに、笛の握って。

 空が明るくなる。二人を集中させるために、他の巫女たちは姿を消していた。

 志乃が髪飾りを身につける。それは蔦の巻き付いた櫛だった。

 こうして舞台は整った。

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