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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 森の中を走る。体力が万全な今、京士郎の身体を森が蝕むことはない。

 雪のせいで足をとられるから、木と木を渡って、禊の場へと向かっていく。

 あの巫女たちが言っていたように、そこまではすぐであった。

 しかし人影はない。着地して辺りを見渡すも、何かが動く気配すら感じさせなかった。

 こうも寒いと匂いも残らず、鼻も頼りにはならない。

 だが、足跡が続いているのが見える。社に向かうものはたくさんの足跡があるが、違う方へと向かうのは一人分だけだった。これが清のものであるにちがいない。

 今度はそれを追っていく。足跡を見失わないように、だが急ぎながら。

 すると、人影が見えた。清だ。急いで逃げたからか、この寒い中で薄着しか纏っていない。

 京士郎の目は、彼女を襲うものを捉えている。それは、ものとして実際に見えているわけではない。

 感覚的言えばそこにいるはずなのだ。だが、実像として捉えることができない。

 まるで霧か靄だった。

 確かにそこにあるはずなのに、つかむことができないもの。霊体とでも言うべきだろうか。

 しかし京士郎はためらうことなく、刀を抜いた。


「そこにいるのは誰だ、姿を現せ!」


 そう言って斬りかかると、霊体は遠ざかっていく。

 京士郎は清をかばうように立った。


「京士郎、だめ、あれは」

「問題ない。この程度、相手にならない」


 それは強がりではない。目の前にいるものは、見えないという点では厄介だったが、いままで戦ってきた鬼たちと比べれば格落ちの相手に見える。

 そして、京士郎はこれを斬ることができる。自分の持つ神通力が故に。

 過信ではなく、自信だった。

 じっと眼を凝らした。宙をただよう霊体に、輪郭が現れる。京士郎の目力の前に、姿を隠すことができずにいた。

 だが、それでもその姿は不定形だった。まるで形を得ることに失敗したかのような姿だ。

 京士郎は容赦なく、刀を振るった。

 下からすくいあげるように振るわれた刃の先から、風が起こった。

 風は刃となる。鋭く、早く、切り裂く形へと。そしてそれは、ただの一振りであるにもかかわらず、幾重にも重なっているようであった。

 木々を切り裂き、雪を巻き上げながら進んで行く。

 そしてそれに当たった。靄のような霊体は霧散する。風を切るような音を立てながら、空へと。

 霊体が消え去ったことを確かめて、京士郎は刀を納める。

 初めての相手であったが、京士郎の勘は冴えていた。


「これで安心だな。大丈夫だ……えっ」


 振り向くと、清は京士郎の胸に飛び込んだ。思ったより力強く、京士郎は彼女を支える。

 どうしたんだ、と思い様子を伺った。肩を震わせ、嗚咽を漏らしている。泣いているようだった。

 驚く京士郎であったが、確かに自分や志乃のような者でもなければ恐ろしい体験だったろうと思った。よくも悪くも、清は普通の、人なのである。

 そっと、背中に手を回す。びくり、と清は大きく震えるが、安心したのかさらに大きく泣いた。

 黙ったまま、京士郎は清を抱きしめる。薄い布越しに、彼女の女性らしい柔らかさと体温が伝わってきてしまう。

 しばらくして、落ち着いてきたころに京士郎は声をかける。


「そろそろ帰ろう。このままだと風邪をひくぞ」


 清は京士郎から離れた。眼は赤く腫れており、頬も真っ赤に染まってる。

 どうしてか、京士郎は目を離すことができなかった。目を拭う様子も、顔を覆い隠す姿も。

 一体全体、どうしたというのか。京士郎は自分に喝をいれる。


「ごめんね、ありがとう……ごめん」

「二回も謝るな」

「最初のは、助けてもらった分。二回目は、甘えちゃった分。やっぱり強いんだね、京士郎は。そうだよね、私が想像もできないような旅を、戦いを続けてきたんだもんね」


 そう言って彼女は、弱々しく笑った。無理をしているのが京士郎からでさえ見え見えだった。

 京士郎は彼女に外套を貸す。京士郎は気づいていないが、彼の持つ星兜は寒さをまったく感じさせなくなるものでもあった。

 今度こそ、清は笑う。それは力強い笑いだった。いつもの彼女の笑みだ。

 帰って特訓よ、と言う清に、京士郎は「まずは体を暖めろ」と言って小突く。

 そして歩き出そうとしたとき、清は京士郎を呼び止めた。


「京士郎、その、私ね、裸足なんだ……必死に逃げてたから、気づかなかった」

「なんだ、そんなことか」


 京士郎は清を抱えて持ち上げる。えっ、と顔を真っ赤にする清。しかし、彼女はその状況を受け入れて、安心しきっているのか目をとじた。

 あの霊体がなんなのか、心当たりはあるのか、京士郎は聞きたかったが今は社に戻ることが先決だ。

 京士郎は雪の中を駆ける。清の重さが、いやに重く感じられた。

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