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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 京士郎と志乃が神楽の訓練を始めて、数日が経った。

 冷たい水で顔を洗った京士郎。今日も今日とて、このあとに練習を控えている。

 清がいうには、京士郎は並々ならない上達を見せているようで、彼女をもってして「天才」と言わしめるほどだった。しかし、京士郎の実感としてはできるには程遠いように思うのだ。

 清の奏でた音と京士郎の奏でた音。それはまったく違うものに聞こえた。

 自分の持つ笛で、指の動きを見る。いまいち、指の形と音が合わない。

 一音ずつ確認する。音は出さなくとも、覚えているものを一つ一つ見ていく。


「京士郎様!」


 縁側で一人で予習をしていると、声をかけてきたのは、巫女の一人だった。確か名前は、楠葉くずはだったか。何度か京士郎は顔を合わせたことがある。

 彼女は京士郎の元に駆け寄ってくると、辺りを見渡す。それを見て、京士郎は清を探してるのだと思った。


「あいつならいないぞ。今頃は禊でもしてるんじゃないか」

「なら、よかった」

「よかった?」


 てっきり、彼女に用があるのだと思っていた京士郎は驚いて楠葉を見た。

 楠葉は瞳を輝かせて、京士郎を見る。


「お聞きしますけど、京士郎様は志乃様と恋仲ではないのですよね?」


 それは何度も繰り返された問いだった。いい加減、聞き飽きた。

 京士郎は違うぞ、と軽く否定して、笛をしまう。


「じゃあ、清様とは?」

「……なんであいつの名前が出てくるんだ?」


 京士郎は心底わからなかった。首をかしげると、楠葉はため息をつく。


「京士郎様は、なんとも思わないんですか? 志乃様や清様のような女性と二人きりでいて。志乃様とはずっと一緒にいますし、清様とはここのところお二人で部屋に篭り特訓だとか。その、男性的にどうなのです? お二人はとても魅力的でしょう?」

「…………」


 京士郎は少し考え込む。


「確かに魅力……ではある。だが、それは俺が男であることとどう関係があるんだ?」

「えっと?」

「それは雄としてだとか、雌としてだとか、そういう話か」

「ふ、ふぁ!」


 楠葉は奇妙な声をあげる。顔を赤くし、視線を外そうとする。京士郎はじっと、楠葉の目を見た。

 確かに、京士郎から見て二人は魅力的な存在である。だが、その正体がわからずにいる。

 友人として好いているのか。

 それとも、かつて父が母に、母が父に抱いたような気持ちなのだろうか。

 そこにどんな差異があるのか。


「端的に言えばそうですけど、ちょっと直接的というか! 京士郎様は、恋についてどのようにお考えなのでしょうか」

「恋、か」


 ようやく、京士郎は楠葉の問いの意図を知る。


「色恋、というのはこの世の始まりだと聞いている」

「え?」

「古い友に聞いたんだ。そういうものらしい」


 そう言って、京士郎は頭の中に何かが浮かんできそうだった。しかしそれは形にならずに霧散する。

 何かを掴んでは、失ってしまう。この繰り返しだった。

 楠葉は戸惑いながら、京士郎に再び聞いた。


「よくわかりません。伊月様ならわかるのかな……」


 伊月はこの中で最も知恵のある者として、よく敬われているようだった。

 社にいる巫女たちは、ことあるごとに清と伊月の名前を出す。彼女たちが慕われている証だった。


「そういえば、志乃様って伊月様と似ていませんか?」


 話が急に変わる。おしゃべりが好きな彼女たちは、会話に一貫性を持たせない。


「そうか? あまりそうは思わないが」

「ええ、私の目には似て見えます。実は、伊月様のことよく知らなくて。以前は京にいたそうなのですけど、あまり話してくださらないの」

「ふうん」


 京士郎は志乃と伊月を思い浮かべる。

 子供っぽく感情的な志乃と、大人であり無表情な伊月。彼女たちは正反対のように思えた。

 だがそれは京士郎の目から見てであり、楠葉の目からは違うのかもしれない。

 そのときである。京士郎の耳に、誰か複数人の足音が聞こえた。

 それは巫女たちである。彼女たちは京士郎を見つけると、駆け寄ってくる。


「京士郎様! お助けください!」

「どうした、なにがあった」

「清様が、清様が」


 京士郎は彼女たちの言葉で、清の身に何事かあったことを察する。

 外套を纏って、置いていた顕明連を腰に帯びた。


「どっちだ」

「ここから西に、少し歩いたところです!」

「すぐだな」


 京士郎は地面を蹴った。一瞬で姿を消したあとには、巻き起こる風しか残っていなかった。

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