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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 神楽、と聞いて京士郎がまず思い出したのはろくだった。

 彼女は歩き巫女であり、多くの者に舞を披露する者であった。そうして神々の神威を振りまくのだ。

 が、しかし。京士郎は本当の神楽を知らない。

 であるから志乃の衝撃もわからないでいる。


「それは、私に巫女を務めろということですか? そうでなくとも、ここには私たちより遥かに優れた舞手も奏手もいるではありませんか」


 少し語気が荒くなっている。

 京士郎もまた、同じように思った。何も自分たちがやらなくてもいいだろうと。


「確かに彼女たちは優れた者たちではございますが……未だに至らぬのです。まだ足りないのです」

「しかし、私たちなら届くというわけでは」

「いいえ、真に願いを持つ、貴方がたならきっと」


 伊月は頑なだった。志乃も根負けしている。

 そこでようやく、京士郎は口を挟んだ。


「俺たちがやるしかないなら、やるぞ」

「京士郎……」

「ここまで来て、諦めきれるか」


 死にそうな思いをして、ここまで来たのだから。いまさら一つ二つ、やることが増えたところで何も変わりはしない。

 京士郎がそう言うと、志乃は諦めがついたのか、しぶしぶと頷いた。


「わかりました。私たちが、神楽を舞いましょう」

「もちろん私どもで指導いたします。……どれほど仕上げることができるのかわかりませんが、最善を尽くしましょう」


 言葉に、わずかな思いの揺れを感じた。

 京士郎は先ほどから感じている違和感に、首をひねる。

 伊月の感情が一切読めないのだ。

 もともと京士郎は他人の感情の機微に疎いのだが、伊月については悟らせる気すら感じない。

 鬼とは違う違和感。人であるのに、何かを抑えているような感覚だ。

 京士郎にとって、それが奇妙で仕方ないのだ。


「何かありましたか、京士郎様」


 伊月が問いかけてくる。京士郎は伊月の目を見た。

 虚ろな目だった。志乃や清とは正反対の、がらんどうの目だ。

 だが、京士郎の神通力はもっと深いところまで潜り込む。彼女の奥深くへと。

 触れた。そして揺れた。微かに、伊月の意思は揺れたのだ。

 そこで京士郎は、罪悪感に襲われた。あまり触れてはいけない場所に触れてしまったような気がしたのだ。


「すまない、悪いことをした」

「いいえ、そのように見つめられたのはいつぶりだろうと、思わず照れてしまいました」


 その言葉さえ表情を動かさずに言う。どこまで本気なのか、伺うことはできなかった。

 

「京士郎?」


 志乃が睨んでくる。京士郎は肩を竦めて抗議した。


「それで、神楽ってのはなにをやればいいんだ」


 二人と言ったのだから、京士郎にだってやるべきことがあるのだろう。

 だが、この秘殿は女所帯である。男の果たす役割というのがあるのかどうかわからない。


「京士郎……貴方、わからないで請け負ったの?」

「神楽が踊りってことは知ってる。だけど、それがどういう風にされるものかはわからん」


 きっぱりと言った。志乃は呆れて頭を抱えている。

 伊月はというと、京士郎の顔をじっと見て動かない。


「……舞手は志乃様に務めていただきます。奏手は京士郎様に。それぞれ、我が社で最も優れた者を指導につけましょう」


 伊月はそう言った。

 京士郎は渋い顔をする。まだ舞手ならどうにかなるが、奏手なら……。


「もとより、神楽は神々をその身に降ろすためのもの。そして宿すことができるのは女の身のみ。であるならば、舞手の役目は志乃様が負うのが適任です」

「待て、神を降ろす……つまり神憑りか?」

「驚きました。失礼を承知で申し上げますが、そうしたことには無知かと」


 伊月がまた、平坦な口調で言った。

 京士郎とてきちんと知っているわけではない。ただ、京士郎がかつて揶揄された「妖憑き」の代わりに、養父母たちが使った神憑りという言葉があった。天狗に聞いたその意味は、神をその身に宿していることを言うらしい。普通の身にはそれは起こり得ないし、本当はもっと形式的にするものであるとも。


「それは危ないんじゃないのか」


 京士郎は志乃を見た。ただでさえ、術を行使し続ければたちまち体調を崩してしまうような体だ。神楽や神憑りが多大な体力を使うのだとしたら、また倒れてしまうのではないか。

 だが、志乃は首を横に振る。


「京士郎、私たちはもう、いくつも危険を越えてきたわ。いまさら危ないかどうか、なんて問題じゃないの。むしろ、私たちにその才があるか……そっちの方が問題だわ」


 志乃は言った。覚悟はできている、ということなのだろう。

 神楽を舞うことを認めつつも、志乃の身を案じる京士郎と、神楽を舞う才がないと断りつつも、己の身を差し出す志乃のちぐはぐさ。

 あとは才があるかどうか。確かに、その通りだ。京士郎自身、楽器に触れたことなど一度もない。草笛や口笛がせいぜいだった。

 伊月は二人の会話を聞いて、頷いた。


「ご心配なく。お二人に才はございます。ここへたどり着いたこともその証。なにより、私が保証いたします」


 いままでにない、自信を感じさせる声音で伊月は言った。

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