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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 身を清めた京士郎と志乃は、この浅間大社秘殿の長、伊月との面会へと向かう。

 志乃は少し緊張した面持ちだった。どこか動きがぎこちないような気がする。

 用意されたものであるが、志乃は巫女服を身にまとっている。これが礼服だからだそうだ。

 一方の京士郎は、刀と鎧と外套、すなわち武装を外している。男の服がないというのももちろんであるが、京士郎にとってはこれが礼服に等しいものであるし、この装備だって由緒あるものであるのだから、正当なものである。


「そんな力むな」

「そうは言うけど」


 志乃は口ごもる。公式の場である、という意識があるのだ。そうした場に縁のない京士郎にはわからない感覚だった。


「この先に伊月様がいらっしゃいます」


 京士郎と志乃を先導していた清がそう言った。

 二人は立ち止まって、互いに顔を見合わせる。準備は万端だ。


「私は下がらせてもらいますが、なにかあればお申し付けください」


 そう言って清は襖を開けた。京士郎と志乃は、部屋の中にいる者を見た。

 やはり、女だ。この社にいる者はみな女だとは聞いていたから、わかりきったことだが。

 横顔だが美人だとすでにわかる。服は巫女服であるが、他の巫女が纏っているものより少し上等だろうか。儚げな雰囲気が印象的だった。


「ようこそおいでくださいました、志乃様、京士郎様」

「……?」


 その声音に、京士郎は引っかかった。初めて会うはずなのに、聞いたことがあるような声だ。だがその正体はつかめない。一体どこで、と頭を巡らせるも混乱するのみだ。

 伊月はひどく無表情だ。外の雪よりも冷たく、刺さるようである。

 まるで作り物のようにすら感じられた。そのせいか、年齢を感じさせない。

 この浅間大社の秘殿にあって浮世離れしている。


「浅間大社が秘殿、俗世より離された当社では、お二人は私が来てから初めての客人となります。作法もわかりませんが、どうぞお寛ぎくださいませ」

「はい。すでに一晩泊めていただき、疲れは癒えました。温かい歓迎に感謝しております。それに、迎えまでいただいて……なんと感謝をすれば」


 志乃がそう言った。京士郎はむずかゆい感じがした。

 他人行儀、というのが苦手なのだろう。自分自身、丁寧な言葉遣いができないから余計にそう思った。

 伊月が顔をあげた。やはり無表情。


「志乃様、そして京士郎様。お二人が浅間の髪飾りを望んでいることは、すでに聞き及んでおります。つかぬ事お聞きします、お二人はなぜ、髪飾りを求めるのでしょうか」

「それは、この世を救うためです。伊月様、もうこの世は保ちません。ここより東にある黄泉への穴を封じなければ、陰気によってこの世は滅びるでしょう。彼の地へ向かうには、浅間の守護が必要なのです」


 伊月は黙って、聞いていた。目を閉じて考えるように。

 まるで試されているようだと、京士郎は思った。


「わかりました。貴方たちの目は、いくつもの死線を乗り越えてきたもの。貴方たちにならば、託すことができるでしょう。ですが、そのためにはやってもらわねばならないことがあります」

「それは?」


 志乃が尋ねる。伊月は、京士郎と志乃を交互に見た。


「いま、ここに、貴方たちの望む髪飾りはありません」


 二人は驚く。では、何のためにここへやってきたというのか。


「我が浅間大社が祀るのは木花佐久夜毘売このはなさくやびめ。咲き誇る木々の花そのものです。やがては枯れる運命にあるものを、どうやってこの世にとどめておけましょうか」

「なるほど……」


 京士郎には何がなるほどなのかわからなかった。

 だがしかし、わかることはある。浅間の髪飾りは、打出の小槌のような代物と違い、長く留めておけるものではないということだ。


「そこで貴方がたには、この髪飾りを造っていただきます」

「え、ええ?」


 京士郎が思わず声をあげた。志乃がきっと睨む。

 続けてくれ、と話を促して、京士郎は引っ込んだ。


「では、その製法というのは?」


 伊月は頷いて、言う。


「髪飾りに神威を宿すために、お二人には神楽を舞っていただきます。もちろん、この浅間大社総出で貴方がたをお助けしましょう」


 今度は志乃が、悲鳴をあげそうになっていた。

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