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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 森の奥に、その社はあった。

 立派な社でありながら、森の中に溶け込んでいるようだった。よもや、こんな奥地に人の手による建造物があるなど誰も思いもしないだろう。

 京士郎と志乃は、巫女たちに連れられて中へと導かれる。

 貸し与えられた着物に着替える。それはとても暖かいものであった。

 京士郎はそれほど寒さを感じなかったが、志乃は見てわかるほどに顔が緩んでいた。寒さで相当に体を強張らせていたのだろう。ようやく力を抜くことができたようだった。

 一室に通される。二人の前では山菜と穀物の粥が湯気をあげていた。

 京士郎と志乃はゆっくりと味わうように、粥を口に運ぶ。

 暖かさが体に染み入るようであった。力が腹の底から湧いてくるような気分でもある。


「食べながらでも構いません、お話があります」


 そう言ったのは、京士郎たちを助けに来た巫女たちをまとめていた女、きよである。


「我らを統括しております伊月様は、面会は明日で良いとのことでございます。今は両名ともに、その身を休まらせよと」

「ご配慮のほど、ありがとうございます」


 志乃が指を折って、頭をさげる。京士郎はお椀を持っていたから、首だけ下げて応じた。

 はしたない、と視線を志乃から向けられるが、お構いなしに粥を食べる。


「ふふ、食欲がそれだけあれば、体力の回復もすぐでしょう」


 清が笑う。京士郎が倒れそうになったのを支えてくれたのはこの清である。だから、少し照れてしまった。

 志乃はためらいながらも、食事を進め始める。清もまた、ともに食事を始めた。


「お二人の世話を仰せつかっております。何か御用がございましたら、何なりと」


 清はそう言うが、京士郎から特に言うことはない。

 志乃は居直って言った。


「我らは浅間の髪飾りを賜りたく思い、京より馳せ参じた次第でございます。そのことを伊月様にお伝えいただければ」

「髪飾り……? ええ、確かにお伝えいたします」


 しかし、清の琴線に触れたのは、どうやらそこではないらしい。


「ところで、京よりいらしたと……差し支えなければ、お話をお聞かせできませんでしょうか?」

「面白いものでもないですよ」

「いいえ、こう言っては何なのですが、この秘殿には客人が来られることはありません。外のことを知ることもできなければ、私どもも退屈しております。お話の一つでも聞かせていただければ、私どもの無聊の慰めにもなりましょう」


 もちろん、二人がよければ、ですが。

 清はそう言った。京士郎と志乃は顔をほころばせる。

 どうも京士郎は清に、会ったばかりの志乃の面影を重ねていた。生真面目なところも、そのせいできびきびとしているところもそうだ。

 だが、こういった砕けているところもあるのだなと思うと、急に親しく感じてくる。


「では、どこからお話ししましょうか。私がまず、京から旅立ったときのことですが……」


 志乃は滔々と、思い出しながら語り始める。

 合間で京士郎が修正を加えたり、その言葉を巡って口論したりしながら、話が進んで行く。

 出会ったときのこと。

 不破関の土蜘蛛。

 鬼無里の妖女。

 狂気の遊女。

 大江山の鬼神。

 鬼ヶ島の城主。

 言葉にすれば短いが、ここまで来るのに途方もない旅路があったのだと、改めて驚いた。

 清は京士郎と志乃が語る話に、一々面白い反応をする。だから二人も、楽しく話すことができた。疲れを吹き飛ばすほどに。

 語っているうちに、三人のうちに敬語が抜け始めた。それを咎める者はいない。

 ひとしきり清は笑って、夜も更けていることに気づく。


「……ごめんなさいね、お疲れだったでしょう」


 清は申し訳なさそうな顔を浮かべる。志乃は首を横に振った。


「いいえ、私たちも楽しい時間を過ごせたわ。こんなに親しく話せたの、だいぶ前だったし」

「ふふ、この社にいる子とも仲良くなってあげて。みんな、二人に興味津々だから」

「先に聞いた清は怒られちゃうかもね」

「あっ」


 本当にびっくりしたように、清は口に手を当てていた。志乃と京士郎はそれを見てくすくすと笑う。

 大きな神社だと聞き、この富士の森の様子からどうなることかと思っていたが、ずっと心地いい場所になりそうだ。京士郎はそう思った。


「さて、寝る準備をしましょうか。あ、そうだったわ」


 清が少し、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「つかぬことを聞くけど、二人は恋仲なのかしら?」

「な、ななっ!?」

「おいっ!」


 志乃と京士郎は慌てる。その様子を見て、清は確信したようだった。


「ふうん、違うんだ。そんなに一緒にいるのに」

「一緒にいる時間と、それは関係ないわよ!」

「わかったわ。もう、面白そうなのに」


 もったいない。清が言う。

 京士郎はその言葉に、どうしてか背筋に寒いものが通った気がした。

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