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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第七章 心のうちに 燃えつつぞ居る
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 洞窟の中に入ると、そこは雪の中にあって暖かかった。

 風が遮られているか、それとも熱が残っているのかわからない。

 志乃に導かれたままたどり着いた場所だったが、ここなら一息つくことができそうだ。

 京士郎は壁に背を預けて座り込む。志乃は術を使って、灯りをともした。

 明るくなった洞窟で、志乃は京士郎の手を見た。

 痛みは軽くなっているものの、鱗はなくなっていない。それどころか、少しばかり大きくなっているようにも見える。


「待ってて、いま治すから」

「わかるのか?」

「勉強したのよ。京にいたときにね」


 そう言って志乃は、清潔な布を取り出した。

 辺りを見渡す。さっきのように水を探しているのだとわかった。光が弱く、遠くまでは見えないでいる。

 京士郎はじっと耳を澄ませた。目に見えないのならば、耳が頼りだろう。


「向こうだ。流れてはないけど、滴る音がする」

「わかったわ。ここにいてね!」


 洞窟の奥へと志乃は消えていく。京士郎はその後ろ姿を、ひやひやしながら見ていた。

 乗り越えたはずの血の呪いもこうして蘇ってくると、むしろ自然のことのように思えてきた。だが、不甲斐ないことには変わりない。

 ため息を吐いて、呼吸を整える。少し落ち着いた気がした。

 志乃が慌てて帰ってきた。そして京士郎の手を取ると、濡らした布を当てる。

 肉の焼けるような音がした。ついで、臭い。

 がっしりと志乃は腕を押さえる。京士郎は暴れる隙もなかった。

 志乃は呪文を唱えながら、京士郎の鱗を一つずつ剥がしていく。痛みが走るたびに歯を食いしばった。


「我慢して」

「わかってる!」


 京士郎は思わず叫んだ。

 鱗がすべて剥がされたとき、ようやく苦痛は終わった。

 志乃も相当に体力を使ったようで、顔が汗で濡れていた。

 肩で息している志乃。その手はまだ、京士郎の手からは離れていない。


「ありがとう」

「いいのよ。前みたいに、打つ手なしなんてことにならなくてよかったわ」


 志乃は酒呑童子の襲われたときのことを言っているのだろう。

 京士郎はふっと、笑った。

 治った腕を見た。もう痛みはない。志乃の治癒が効いているのだ。握ることもできる。これなら刀もつかむことができるだろう。


「大丈夫だ。しばらくすれば力が入るようになる」

「そう」


 志乃はすとんと、京士郎の隣に座った。

 風も雪も遮るこの洞窟なら、しばらく休めそうだった。志乃は灯りの術を解く。

 外は雪は止んでいるが、これから暗くなるだろう。今日はここに止まった方が良さそうだ。

 しばらく、黙って体力を回復する。心臓の音がやけに大きく感じられた。

 隣に志乃がいることが、余計にそうさせていた。


「……水、とってくるね」


 志乃は洞窟の奥へと向かった。水筒に水が溜まるまで、相当の時間を有するだろう。

 時間はいくらあってもいい。いまは、まだ。

 京士郎はさっき出会った者について思いを馳せた。

 志乃の故郷がここだと言っていた。だが、志乃は京で育ったはずだ。何がここを、彼女の故郷とさせているのかわからない。

 そしてそれは、少しの嫌な予感をさせていた。

 知っていいことなのか、どうか。知らない方がいいのではないか、とすら思う。


「案じていても仕方ない」


 自分に言い聞かせるように呟いた。

 そのときだった。外から雪を踏む音が聞こえた。人の足音だった。それも複数も。

 こんな森の奥に人が?

 京士郎はのろのろと立ち上がって、洞窟から出ようとする。刀の柄に手をかける。いつでも斬れるように。

 そして近づいてきた者たちを見て、それは杞憂だったと知る。

 白と赤の装束を身に纏った女たちであった。それは巫女の衣装だ。


「本当に、こんなところにいるなんて」


 先頭の女が言った。京士郎は顔をしかめる。


「もしかして、白いやつに言われたのか」

「貴方も見られたのですね。ええ、そしてここに来るようにと。二人の男女が、助けを求めていると……もう一方は?」

「いま奥にいる。呼んでこよう」


 洞窟に行こうとして、よろめく。すかさず、女が京士郎を支えた。

 どうやら体力は戻ってないらしい。ざまあないと、ごちる。


「大丈夫です、私どもでやりますから……」


 女に指示され、もう一人の巫女が奥へと向かった。

 そうして出てきた志乃は、安心した顔をしたかと思えば急に顔が険しくなる。


「京士郎、何してるの?」

「何って、これは、その」

「また女の人を誑かしたの!? 答えなさい!」

「そんなわけあるか!」


 そんな言い合いを、周りの者は笑いながら見ていた。

 しかし、京士郎を支えている女は、志乃の顔を見て驚いている。


「ええと、どうかされましたか?」

「いえ……」


 口ごもる女。顔を引き締めて、二人に言った。


「ひとまず、向かいましょう。この先に浅間の秘殿があります」

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