拾肆
光がつむじ風になって舞う。
打出の小槌は、光からものを生み出しているのだろうか。
そう思わせるほどに、美しく、悲しい光景だった。
「こうなるの、わかってたんだけどね」
雉が言った。だから、戦いたくなかったとでも言いたげだ。
京士郎は反射的に謝ろうとする。しかし、それは猿の手で止められた。
「おいおい、おれらはお前らが言うから来たんだぜ。謝られたらたまらねえよ」
「だが」
自分たちが、お前たちを死なせた。
そう言おうとした。けれども言えなかった。
彼らがそのことを知らないでここに来たわけではないと、知ってしまったから。
「私たちは、あの鬼から生み出されたの。あいつが消えたなら、帰らなきゃ」
「そんな、そんな……」
志乃の嘆き。猿と雉を焚きつけたのは、他ならない志乃だ。その悲しみや後悔を、京士郎は知ることができた。
雉がそんな志乃の頬をたたく。
「こら、女は狡くないとって言ったでしょ。ここはね、ざまあみろって思っておくのよ」
「できないわ、そんなの」
「もう」
笑っているようだ。京士郎はそう思った。
「さあ、打出の小槌を使え。京士郎の本当の姿を、わしたちにも見せてくれ」
犬がそう言った。志乃は頷いて、落ちてる打出の小槌を拾った。
そして構えるものの、少しためらっている。京士郎は首を傾げた。
「どうした?」
「打出の小槌が、持ち主の思う通りに生み出し、変えるものなのだとしたら、私の手で本当に京士郎を元の姿に戻せるのかなって」
「大丈夫だ。こんなに共に旅をしたお前だ、戻せる。それに、お前なら俺をどうしようと構わない」
京士郎はそう言った。志乃は意を決して、打出の小槌を振るう。
途端に光が広がった。京士郎は思わず、目を閉じる。
瞼越しに光が収まったのを感じ、開く。
志乃が見上げていた。視線が合う。元の大きさに戻ることができたのだ、と実感があった。
久しぶりの高い視点に目眩を覚えながら、振り返った。
「え?」
そこに、彼らの姿はなかった。
元からなにもいなかったように、忽然としていなくなっていた。
見渡しても、見つからない。気配すら感じさせなかった。戻ってきた神通力が、彼らがすでにいなくなったことを教えてくれていた。
京士郎はそれを信じるしかない。
「あの光が消えたら、もう」
志乃はそう言った。泣くのを必死にこらえているようにも思えた。
短い間であったが、彼らには助けられた。深く思い出に刻まれた。
ああ、まただ。別れはいつだって、何かを残していく。
「あいつ、俺の名前を呼んでくれたな」
京士郎、と。犬は呼んでくれた。憎まれ口ばかりだったが、本当はどう思ってくれていたのだろうか。
復讐を遂げて、満足だろうか。それとも……。
そして、自分は彼らに何かできたのだろうか。
仮初めの肉体に宿った意思に、報いることはできたのだろうか。
もう確かめる手段はなかった。打出の小槌を使って生み出しても、それは京士郎が知る限りの彼らだ。決して彼らではない。
「京士郎」
「なんだ?」
「おかえり」
「……ただいま、って言うんだっけ」
京士郎がそう言うと、志乃は笑った、瞳に涙を溜めながら。
釣られて、京士郎も笑おうとしたときだった。
城が大きく揺れる。そして京士郎たちの足元から、光の粒へと変わっていっていた。
「おい、まさかこの城まで打出の小槌で作ったってことか」
「そうとしか考えられないわ! 急いで出るわよ、京士郎!」
志乃がそう言った。京士郎は刀を抜いて、壁を切りつけた。
元に戻った力は、打出の小槌で作られた薄い壁を容易く切り裂いた。
壁の向こうに空が見えた。星空だった。眼下には海が広がっている。
京士郎は志乃の腰に腕を回すと、抱き上げる。
「ちょっと、何するの!」
「ここから飛び降りる。舌を噛むぞ、黙ってろ!」
「もっといい抱え方だってあるでしょ! それに下は海!」
「俺を信じろ!」
「信じられるわけないわよ馬鹿ぁぁぁぁあああああ!」
京士郎は勢いよく、城から飛び出した。
宙を浮かぶ感覚。小さくなっていた頃は、少しの高さから飛んだだけで死にそうな思いをしていたが、今なら余裕すら感じていた。
勢いよく、海に着水。水しぶきがあがる。端からは飛び込んだように見えるだろう。
しかし、京士郎は海に浮かんでいた。足は確かに波に着いているのだが、その上に立っているようだった。
「なんとかなったな」
「信じろなんて言っておいて、できる自信なかったの!?」
「自信はあった。けど、やったことはなくてな」
「あ、呆れた。めちゃくちゃよ」
「久しぶりに聞いたな」
京士郎は笑った。志乃はため息を吐いた。
空には少し欠けた月が浮かんでいた。まるで二人を笑っているかのように、見下ろしていた。




