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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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拾肆

 光がつむじ風になって舞う。

 打出の小槌は、光からものを生み出しているのだろうか。

 そう思わせるほどに、美しく、悲しい光景だった。


「こうなるの、わかってたんだけどね」


 雉が言った。だから、戦いたくなかったとでも言いたげだ。

 京士郎は反射的に謝ろうとする。しかし、それは猿の手で止められた。


「おいおい、おれらはお前らが言うから来たんだぜ。謝られたらたまらねえよ」

「だが」


 自分たちが、お前たちを死なせた。

 そう言おうとした。けれども言えなかった。

 彼らがそのことを知らないでここに来たわけではないと、知ってしまったから。


「私たちは、あの鬼から生み出されたの。あいつが消えたなら、帰らなきゃ」

「そんな、そんな……」


 志乃の嘆き。猿と雉を焚きつけたのは、他ならない志乃だ。その悲しみや後悔を、京士郎は知ることができた。

 雉がそんな志乃の頬をたたく。


「こら、女は狡くないとって言ったでしょ。ここはね、ざまあみろって思っておくのよ」

「できないわ、そんなの」

「もう」


 笑っているようだ。京士郎はそう思った。


「さあ、打出の小槌を使え。京士郎の本当の姿を、わしたちにも見せてくれ」


 犬がそう言った。志乃は頷いて、落ちてる打出の小槌を拾った。

 そして構えるものの、少しためらっている。京士郎は首を傾げた。


「どうした?」

「打出の小槌が、持ち主の思う通りに生み出し、変えるものなのだとしたら、私の手で本当に京士郎を元の姿に戻せるのかなって」

「大丈夫だ。こんなに共に旅をしたお前だ、戻せる。それに、お前なら俺をどうしようと構わない」


 京士郎はそう言った。志乃は意を決して、打出の小槌を振るう。

 途端に光が広がった。京士郎は思わず、目を閉じる。

 瞼越しに光が収まったのを感じ、開く。

 志乃が見上げていた。視線が合う。元の大きさに戻ることができたのだ、と実感があった。

 久しぶりの高い視点に目眩を覚えながら、振り返った。


「え?」


 そこに、彼らの姿はなかった。

 元からなにもいなかったように、忽然としていなくなっていた。

 見渡しても、見つからない。気配すら感じさせなかった。戻ってきた神通力が、彼らがすでにいなくなったことを教えてくれていた。

 京士郎はそれを信じるしかない。


「あの光が消えたら、もう」


 志乃はそう言った。泣くのを必死にこらえているようにも思えた。

 短い間であったが、彼らには助けられた。深く思い出に刻まれた。

 ああ、まただ。別れはいつだって、何かを残していく。


「あいつ、俺の名前を呼んでくれたな」


 京士郎、と。犬は呼んでくれた。憎まれ口ばかりだったが、本当はどう思ってくれていたのだろうか。

 復讐を遂げて、満足だろうか。それとも……。

 そして、自分は彼らに何かできたのだろうか。

 仮初めの肉体に宿った意思に、報いることはできたのだろうか。

 もう確かめる手段はなかった。打出の小槌を使って生み出しても、それは京士郎が知る限りの彼らだ。決して彼らではない。


「京士郎」

「なんだ?」

「おかえり」

「……ただいま、って言うんだっけ」


 京士郎がそう言うと、志乃は笑った、瞳に涙を溜めながら。

 釣られて、京士郎も笑おうとしたときだった。

 城が大きく揺れる。そして京士郎たちの足元から、光の粒へと変わっていっていた。


「おい、まさかこの城まで打出の小槌で作ったってことか」

「そうとしか考えられないわ! 急いで出るわよ、京士郎!」


 志乃がそう言った。京士郎は刀を抜いて、壁を切りつけた。

 元に戻った力は、打出の小槌で作られた薄い壁を容易く切り裂いた。

 壁の向こうに空が見えた。星空だった。眼下には海が広がっている。

 京士郎は志乃の腰に腕を回すと、抱き上げる。


「ちょっと、何するの!」

「ここから飛び降りる。舌を噛むぞ、黙ってろ!」

「もっといい抱え方だってあるでしょ! それに下は海!」

「俺を信じろ!」

「信じられるわけないわよ馬鹿ぁぁぁぁあああああ!」


 京士郎は勢いよく、城から飛び出した。

 宙を浮かぶ感覚。小さくなっていた頃は、少しの高さから飛んだだけで死にそうな思いをしていたが、今なら余裕すら感じていた。

 勢いよく、海に着水。水しぶきがあがる。端からは飛び込んだように見えるだろう。

 しかし、京士郎は海に浮かんでいた。足は確かに波に着いているのだが、その上に立っているようだった。


「なんとかなったな」

「信じろなんて言っておいて、できる自信なかったの!?」

「自信はあった。けど、やったことはなくてな」

「あ、呆れた。めちゃくちゃよ」

「久しぶりに聞いたな」


 京士郎は笑った。志乃はため息を吐いた。

 空には少し欠けた月が浮かんでいた。まるで二人を笑っているかのように、見下ろしていた。

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