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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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拾参

 炎の痛みはまったくなかった。

 しかし、このまま落ちてしまえば死んでしまうだろう。自身の大きさとの相対的な距離が大きすぎる。

 京士郎は身を捻り、どうにかして着地の衝撃を逃がそうとするも、それも無意味に終わることが目に見えていた。

 最後という最後に油断。京士郎は顔を苦悶に歪めた。

 地面まで時間がない。視界の端には、志乃も犬も京士郎を救うべく駆けていた。それでさえも間に合わないと、京士郎にはわかった。

 痛みに備えて目を瞑った、そのときだった。

 京士郎を大きな手が包み込む。鬼の手かと思ったが、違う。


「お前、どうしてここに!?」

「気は進まないけどな、助けにきたぞ」


 そう言ったのは猿だった。京士郎を見事に捕らえた猿は、そのまま後ろに下がる。

 鬼と距離をとって、京士郎たちは並ぶ。


「来てくれたのね」


 志乃がそう言った。猿は少し照れくさそうな顔をして笑った。


「私もいるわ」


 やってきたのは雉だった。志乃が顔を綻ばせる。


「仕方ないから、説得されてあげたわ。ここで動かなきゃ、女が廃るってものね」

「ふふ、そうね。ありがとう、二人とも、来てくれて」


 志乃がそう言った。猿は照れたのか、そっぽを向いた、雉は笑っている、気がする。

 ともあれ、ここに犬、猿、雉が揃った。戦力として足りているかはわからないが、心細さはなくなった。

 京士郎は、自分の中に不思議な気持ちが湧いてきたことに気づく。

 誰かと共に戦う。初めてのことだった。

 強大な力を持つ鬼に対抗できるのは、京士郎だけだった。志乃も戦うことはできたが、一人では太刀打ちできない。すると、京士郎が戦うのが必然であった。

 しかしこのときは、京士郎の隣に並ぶ者たちがいた。人ではない、獣たちだったが、それぞれが自分の意思で戦うと決めた者たちだった。

 そのことが、たまらなく嬉しかった。


「うん、よし。作戦があるわ」


 志乃がそう言った。京士郎たちは、志乃を見上げる。

 

「みんながいればできる」

「なら、やろう」

「聞かないの?」

「でたとこ勝負だろ、どうせ。だったら、やるだけだ」

「そう、だったら」


 志乃は自分の策を伝えた。それを聞いて、京士郎は苦笑いをするしかなかった。

 鬼無里の村を思い出してしまったからだ。

 この行き当たりばったりさは、前からそうだった。


「お前はなんというか……」

「悪い?」

「最高だ」


 そう言って、京士郎たちは飛び出した。

 犬と猿が前へと向かっていく。

 飛んでくる槍を志乃が術で防いでいった。

 京士郎はと言うと、雉の背に乗っていた。背中を叩いて、座り心地を確かめた。


「痛いわよ」

「すまん。それで、俺を乗せて本当に飛べるのか?」

「飛べるわけないじゃない。でも、飛ぶのよ」


 雉は翼を羽ばたかせた。

 京士郎は知っている。雉は鳥の中でも、飛ぶのが苦手なやつらだ。

 それでもなお、飛ぼうとする姿。


「何よ、集中できないでしょ!」

「こういうのいい女っていうのか?」

おだてても飛ぶことしかできないわよ!」


 慌ただしく、雉は翼を震わせた。

 京士郎は背中にしがみついて、振り落とされないようにした。

 大きく羽ばたいて、雉は鬼の上までやってきた。

 京士郎は刀を抜く。擦れる音が響いた。

 志乃の指示は、鬼の頭へと一撃を入れること。それで倒れるかはわからない。しかし、あの鬼がそこへの攻撃を避けているのは明らかだった。

 犬と猿が、鬼の動きを止める。歯が、爪が、鬼の肌を切った。

 雉が宙で翻る。京士郎は背中から飛び降りていった。

 回転しながら、鬼の眉間へと目掛けて降っていく。

 刀を構える。が、京士郎は再び、鬼の口が大きく開かれた。炎が吐かれるか、と思ったが、どうやら京士郎を丸呑みしようとしていたようだった。

 京士郎は狙いを変えた。目掛けていったのは、鬼の口の中だ。


(正面から、迎え撃ってやる!)


 京士郎はまっすぐ、口の中に吸い込まれていった。

 鬼の口の中は熱かった。京士郎は嫌悪感を覚えるが、それを振り払って刀を口の中に突き刺していく。

 暴れる口の中以上に、京士郎は暴れた。

 そして天井に刀を貫かせた。

 鬼の喉から、一際大きな声が響いた。追い出されるように、京士郎は口の中から吐き出される。

 落とされた京士郎を、犬が背中で拾った。

 鬼はふらついて、京士郎たちを睥睨する。京士郎と犬、猿と雉は鬼を睨み返す。


「ふん、狭いところで、暴れおって……」


 そう言って、大きな音をたてて鬼は倒れた。その巨体が倒れることで、島中が揺れているかのように。

 その手から、打出の小槌が離れる。それと共に、鬼が呼び出した槍や剣も消えていた。

 打出の小槌の力が失われたのだろうか。

 そしてそれは。


「お前ら……」


 犬、猿、雉が消えることを意味していた。

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