拾参
炎の痛みはまったくなかった。
しかし、このまま落ちてしまえば死んでしまうだろう。自身の大きさとの相対的な距離が大きすぎる。
京士郎は身を捻り、どうにかして着地の衝撃を逃がそうとするも、それも無意味に終わることが目に見えていた。
最後という最後に油断。京士郎は顔を苦悶に歪めた。
地面まで時間がない。視界の端には、志乃も犬も京士郎を救うべく駆けていた。それでさえも間に合わないと、京士郎にはわかった。
痛みに備えて目を瞑った、そのときだった。
京士郎を大きな手が包み込む。鬼の手かと思ったが、違う。
「お前、どうしてここに!?」
「気は進まないけどな、助けにきたぞ」
そう言ったのは猿だった。京士郎を見事に捕らえた猿は、そのまま後ろに下がる。
鬼と距離をとって、京士郎たちは並ぶ。
「来てくれたのね」
志乃がそう言った。猿は少し照れくさそうな顔をして笑った。
「私もいるわ」
やってきたのは雉だった。志乃が顔を綻ばせる。
「仕方ないから、説得されてあげたわ。ここで動かなきゃ、女が廃るってものね」
「ふふ、そうね。ありがとう、二人とも、来てくれて」
志乃がそう言った。猿は照れたのか、そっぽを向いた、雉は笑っている、気がする。
ともあれ、ここに犬、猿、雉が揃った。戦力として足りているかはわからないが、心細さはなくなった。
京士郎は、自分の中に不思議な気持ちが湧いてきたことに気づく。
誰かと共に戦う。初めてのことだった。
強大な力を持つ鬼に対抗できるのは、京士郎だけだった。志乃も戦うことはできたが、一人では太刀打ちできない。すると、京士郎が戦うのが必然であった。
しかしこのときは、京士郎の隣に並ぶ者たちがいた。人ではない、獣たちだったが、それぞれが自分の意思で戦うと決めた者たちだった。
そのことが、たまらなく嬉しかった。
「うん、よし。作戦があるわ」
志乃がそう言った。京士郎たちは、志乃を見上げる。
「みんながいればできる」
「なら、やろう」
「聞かないの?」
「でたとこ勝負だろ、どうせ。だったら、やるだけだ」
「そう、だったら」
志乃は自分の策を伝えた。それを聞いて、京士郎は苦笑いをするしかなかった。
鬼無里の村を思い出してしまったからだ。
この行き当たりばったりさは、前からそうだった。
「お前はなんというか……」
「悪い?」
「最高だ」
そう言って、京士郎たちは飛び出した。
犬と猿が前へと向かっていく。
飛んでくる槍を志乃が術で防いでいった。
京士郎はと言うと、雉の背に乗っていた。背中を叩いて、座り心地を確かめた。
「痛いわよ」
「すまん。それで、俺を乗せて本当に飛べるのか?」
「飛べるわけないじゃない。でも、飛ぶのよ」
雉は翼を羽ばたかせた。
京士郎は知っている。雉は鳥の中でも、飛ぶのが苦手なやつらだ。
それでもなお、飛ぼうとする姿。
「何よ、集中できないでしょ!」
「こういうのいい女っていうのか?」
「煽てても飛ぶことしかできないわよ!」
慌ただしく、雉は翼を震わせた。
京士郎は背中にしがみついて、振り落とされないようにした。
大きく羽ばたいて、雉は鬼の上までやってきた。
京士郎は刀を抜く。擦れる音が響いた。
志乃の指示は、鬼の頭へと一撃を入れること。それで倒れるかはわからない。しかし、あの鬼がそこへの攻撃を避けているのは明らかだった。
犬と猿が、鬼の動きを止める。歯が、爪が、鬼の肌を切った。
雉が宙で翻る。京士郎は背中から飛び降りていった。
回転しながら、鬼の眉間へと目掛けて降っていく。
刀を構える。が、京士郎は再び、鬼の口が大きく開かれた。炎が吐かれるか、と思ったが、どうやら京士郎を丸呑みしようとしていたようだった。
京士郎は狙いを変えた。目掛けていったのは、鬼の口の中だ。
(正面から、迎え撃ってやる!)
京士郎はまっすぐ、口の中に吸い込まれていった。
鬼の口の中は熱かった。京士郎は嫌悪感を覚えるが、それを振り払って刀を口の中に突き刺していく。
暴れる口の中以上に、京士郎は暴れた。
そして天井に刀を貫かせた。
鬼の喉から、一際大きな声が響いた。追い出されるように、京士郎は口の中から吐き出される。
落とされた京士郎を、犬が背中で拾った。
鬼はふらついて、京士郎たちを睥睨する。京士郎と犬、猿と雉は鬼を睨み返す。
「ふん、狭いところで、暴れおって……」
そう言って、大きな音をたてて鬼は倒れた。その巨体が倒れることで、島中が揺れているかのように。
その手から、打出の小槌が離れる。それと共に、鬼が呼び出した槍や剣も消えていた。
打出の小槌の力が失われたのだろうか。
そしてそれは。
「お前ら……」
犬、猿、雉が消えることを意味していた。




