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かぎろひの立つ  作者: 桂式部
第六章 夢と知りせば さめざらましを
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拾弐

 鬼の速度は、いつもの京士郎からすれば大したものではない。

 では志乃はどうか。あるいは犬は。

 避けれなくはない。だが圧倒的に速い。その差は歴然としている。

 京士郎は迷わず、志乃の頭の上から飛び降りた。それを合図に、志乃と犬も散開する。

 鬼の突進を避けた三人は、それぞれ戦う構えを見せた。


(おん)————」


 志乃の詠唱が響く。事前に用意していたのか、大掛かりな術だった。

 犬が志乃の前に立ち、鬼から庇う。

 滔々とした響きが、空間を満たしていった。


「不空なる御方、空に座す御方、偉大なる印を持ちし御方、宝珠よ、蓮華よ、光明で包み給え————急急如律令!」


 志乃の指から光が放たれた。それは熱を持った光で、鬼を焼かんとしていた。

 京士郎の目からもわかる。あれは鬼への致命的な一撃になるはずだった。

 しかし、鬼もそう簡単にはやられてくれない。

 打出の小槌が振るわれた。鬼は眼前に壁を呼び出して、光を防いでみせた。


「危ないじゃないか」

「狙ったのよ……!」


 志乃がそう言っている間に、京士郎は鬼の足元にまで迫った。

 体か小さくたって、できることはたくさんある。致命的な一撃を与えられずとも、どうすれば相手の体を崩せるかを知っている。

 刀を引き抜いて、切ったのは足の腱だった。獣も人も、ここを断たれれば弱い。


「うぐっ、貴様」

「浅いか!」


 鬼は変な声をあげた。しかし、京士郎は手応えのなさを感じていた。

 効いてはいるだろうが、致命にはならない。その歯痒さが、京士郎にはたまらなく嫌だった。

 足が大きく上げられ、落とされる。京士郎は慌てて飛びのいた。

 このまま長くに渡って戦うのは危険だ。そう判断した京士郎は志乃に声をかけた。


「おい、茨木を討った術は使えないのか!」

「だめよ。威力が大きすぎて、ここだとみんなを巻き込んじゃう!」


 そう言うが否や、京士郎目掛けて槍が飛んできた。打出の小槌によって生み出された武器を、手当たり次第に投げているのだろう。

 雨あられと降ってくるうち、京士郎に当たるのは三本。一本は体を翻して避け、もう一本は犬が空中で掴み、へし折る。

 残る一本を、一か八か刀で受け止めた。あまりの衝撃に吹き飛ばされそうになるも、刃を逸らして弾いた。

 一寸しかない体だったが、京士郎は器用に操ってみせた。鬼の攻めのことごとくを防いでいく。


「その体でよくあがく!」

「誰のせいで!」


 京士郎はそう言った。

 刀を振るい、降ってくる剣や槍を弾きながら、鬼へと迫る。


「急急如律令!」


 志乃の第二撃。鬼は再び、壁を生み出して防いだ。

 やはり、この鬼の戦いは打出の小槌が中心だった。京士郎は鬼の動きで、攻撃が行われる機会を測っていた。

 そして鬼の眼前に躍り出る。鬼は忌々しそうに、京士郎を見下ろした。


「ずっと考えていたんだ」

「何をだ」

「お前がどんなやつかを、だ」


 京士郎はそう言った。隣に犬が並ぶ。

 二人は、自分たちからは巨大な鬼を見上げる。

 片や復讐を誓って。片や哀れみの目で。


「お前が生み出してきたものを見てきた。ここにいる犬、そして猿に雉……小鬼たちに、数々の財宝を」

「それがどうした。ぶひひ、あんな失敗作どもがなんなんだと言うんだ」


 失敗作、そう言われて犬が喉を震わせた。

 いますぐにでも噛みついてやる、そう言いたげに。

 京士郎は少し視線を犬にやって、落ち着くように諭した。


「失敗作……って言ったか?」

「ああ、そうだ。せっかく生み出してやったというのに、どいつもこいつも上手くできていない」


 まるで、他人事のように言った。

 京士郎はそれを聞いて、納得した。


「ようやくわかった。お前は打出の小槌を使えていないんだな」

「何を! 僕はこの通り、打出の小槌を使えている!」

「いいや、違う。打出の小槌はお前が想像したものを生み出すものだ。だが、想像の限りを尽くさないお前には、満足のいくものが作れないんだ」

「うるさい、うるさいうるさい!」


 打出の小槌が振るわれた。刀が現れ、京士郎に振り下ろされた。

 京士郎はそれに対し、避けてみせる。刃が床に食い込んだ。

 まるで坂のようになった刀を、京士郎は駆け上がる。鬼の体に肉薄した。


「お前はわからないんだ。井の中の蛙だ! 島の外には大きな海があるのに、見えないふりをして、こんな小さな島で踏ん反り返ってる!」

「いいや、それは違うぞ。僕は気づいたんだ。どれだけ足掻いたところで、所詮はその井を広げることしかできない。どうあったって、何かに捕らわれ続ける」

「だったら教えてやる。見つけるには、生みだすためには、それでも飛び出そうとしなけりゃいけねえんだ。こんな狭いところで閉じこもっているなんて、ごめんだな!」


 京士郎は鬼の顔まで迫った。刀を振るう。狙いは眼だ。小さな針であろうと、そこを狙えば命にまで刃を届かせることができる。


「京士郎! 危ない!」


 京士郎はここにきて鬼を侮っていた。

 打出の小槌が振るわれる。床から湧いて出てきたのは炎だった。

 京士郎を炎が包む。おおよその炎を京士郎が纏っている星兜が防いだが、その衝撃までを逃すことはできなかった。

 煙を上げて、京士郎は落下した。

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